スポンサーサイト 

[--/--/--] | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) | TOP ▲

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『ブレンパワード』 ゆるゆる再見 第2話 運命の再会、第3話 勇の戦い  

[2010/03/05] | 感想系 | トラックバック(1) | コメント(0) | TOP ▲

 この作品、本当に好きだなぁと思います。すごく荒いんですけどね。第3話の最後に勇が「俺たち何やってんだろうな」とユウ・ブレンに話していて、たしかに筋道だった行動計画みたいなものは何もないんだけど、ほぼそのままの勢いで最後まで行っちゃうとは、まさか思いませんでした。(これ、重要なネタバレだな。w)

 そういう物語のカギとなるヒロインのヒメちゃんは、実にそれにふさわしいキャラクターで、理屈抜きで直感で「分かっちゃう」ところがすごい。で、彼女に対する主人公のユウは男の子だからいちおう頭で考えようとしてるんだけど、でも、あのキス魔ぶりは実は、理屈を超えた行動力のあらわれなんだな。

 kaito2198さんが「富野監督の方法論には『飛躍』という概念があります」という話をしていましたが、この『ブレンパワード』も第1話の終わりにあまりスマートでないやり方で1年という時間の飛躍をしただけでなく、この後ユウがヴァイタル・ネットの向こうに飛ばされちゃったところなんかでも「飛躍」はあるんですよね。
 でも物語の舞台設定をまだ全部見せきってないところでポーンと飛躍しちゃって、それから徐々にバックグランドが明らかになってくるっていう、このパターンはちょっと凄いと思うのですよ。
 だいたい「え?」と思う場面で、EDの『愛の輪郭』が重低音で入ってきて次回へという各回の「引き」の切れが半端じゃないんですよね。早く続きを観たいという意味ではTVアニメの方法論なんだろうけど、劇中での大きな「飛躍」の使い方なんかは「映画的」な気分がある。

 ・・・と、このぐらい書いて、ずいぶん間があいてしまいました。

ブレンパワード Vol.1 [DVD]

 ブレンパワードについて どんだけブログ更新できないでいるんだか。TSUTAYAの店員も、このオヤジは同じDVDを何度も借りるのだと、そろそろ変だと思ってはいないだろうか。(笑)

 まあ、もともと「荒く」書くというのが予定だったはずなので、以下ざっくりと書き殴ってみます。

 とにかく没入して見ちゃうので、メモとか取りながら見れないのだよね。「映画的・・・」という言い方が、相変わらず頭の中でぐるぐるしてます。ブログにどうやって書こうかとか考えながら見ているのなんて、作品に接するやり方としては「下の下」なんだよね、本当は。

 この作品には、物語全体を俯瞰している視点とか存在していない、と思える。たぶん、そこがいろんな意味で「リミテッド」な表現に慣れた視聴者には受けない理由ではなかろうか。
 特にこの序盤では、登場人物も視聴者も、(・・・たぶん作り手たち自身さえも)誰も物語の行くえを分からないままで、方向性を手探りしてる。そして結末に向けての予定調和的な(ウェルメイドに研ぎ澄まされた)物語とは正反対で、本筋に絡んでこない膨大な情報量がある。(それは無駄なものなのか?)

 アニメの批評でよく言われる「リアル」とかいう言葉はいかにも薄っぺらいものだが、この『ブレンパワード』のおそろしく無駄な情報量(何かの伏線とかでさえないのだ!)の積み重なりこそが、奥行きのある現実の映し鏡というものだろう。

 それは登場人物たちに重ねてみれば分かりやすい。物語の中で一定の役割を果たすだけの人物(「キャラ」っていうのかな?)というのは実は薄っぺらい。この『ブレンパワード』作中の人物たちの、なんと(無駄に)厚み、奥行きをもって生み出されていることか。
 たまたま出てくることはあっても、重要な役割など何一つ果たせずに表舞台から退場していくことのほうが多いのが、私たちもよく知っている「当たり前の人生」なのだよね。だからこの作品では、どんな端役でも、その生きざまを「体験」することができる。

 すべての描写に、たぶん意味はある。

例えば直子おばあちゃんのノースリーブのファッション。割烹着というステレオタイプな「おばあちゃん」の表象の下に、とっくに閉経を迎えていても、どっこい生きてる「女」がそこにいるという。これはなまじの違和感ではない。

だが『ブレンパワード』が分からないとか難解とか言うのは、つまりアニメファンはアニメを舐めているということだと思うんですよ。

 このへんTwitterでつぶやいていたのって、去年の10月だよ。まあ、それはいいか。

 しかし、そうではあるのだが、ユウとヒメちゃんは、対概念の主人公だ。オルファンとBプレートのように。

 そして、この作品の登場人物たちは、年相応に幼く考え浅かったり、そういうところもあるな。「俺、17歳になってしまった」というユウは、本当に17歳だと思う。そのあたりはガンダムのアムロが実際はそういう年齢ではないと想定されて描かれていたのとは違うところだ。

 それから「オルファン」だ。これは物語の全体を俯瞰する視点がない中で、本当に物語の方向性を象徴している存在だ。
 この序盤では、物語そのものも深く海の底をさまよっているようである。その深い海底を発して、最終回の宇宙への飛翔に至るまで、がこの『ブレンパワード』という作品なのだけど。一直線ではなく、まして一筋道でさえなく、本当にスパイラル上に迷いを重ねながら、しかも(ここが重要だと思うのは)「重さ」を抱え続けたままで、飛翔へと繋がっていく。だから泣けるんだ。

 私はこの『ブレンパワード』が本当に大好きだ。ウェルメイドな予定調和のストーリィなんか、くそ喰らえ!だ!!

関連記事

この記事のはてブ はてブの数 livedoorクリップ クリップ数 Webスカウター情報

permalink | トラックバック(1) | コメント(0)

[tag] ブレンパワード fc2ファビコン

TOP ▲

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://zmock022.blog19.fc2.com/tb.php/1495-3729a859

[アニメ]富野由悠季とブレンパワードの癒やし

『ブレンパワード』 ゆるゆる再見 第2話 運命の再会、第3話 勇の戦い  囚人022の避難所 『ブレンパワード』は好きだよなあ、トミノアニメの中でも、特別に痛い人と痛い台詞のフルコースなのに、環境ビデオとして音声も出したまま、普通に垂れ流しておくことが出来る。富
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。