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出崎統 『あしたのジョー 2』とアニメブームの頃 

[2009/04/10] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 GyaOでやってますが、皆さん見てますかー?いやいや何だって、こう、カッコいいんでしょうねぇ?

 『あしたのジョー 2』は1980年放映。当時のことを思い出してみると、個人的には、だんだん忙しくなってきて、TVアニメからは少しずつ離れつつあった時期で、コンスタントにテレビシリーズのオンエアを全部見てはいなかったはずですが、それにしてはやけに印象に残っている作品です。

あしたのジョー2 COMPLETE DVD-BOX

 自分と同年代のアニメ様が熱く語り倒していらっしゃるので、なるほどなーと思うことは多々あるんですが、でも私はああいう立派なマニアの方とは違い、ただよく見ているだけのぬるーいアニメファンだったので、アニメ誌なんかもあまり読んでいなかったし、恥ずかしい話、実はあの頃、『出崎統』という名前をまだ認識していませんでした。(苦笑)

 『機動戦士ガンダム』の翌年でしょ?アニメブームさなかのあの頃、アニメ様みたいなすっごいマニアが出現してたのはそうなんでしょうけど、私ぐらいのぬるいのも、実はいっぱいいたんだろうと思うんですよ。
 そういう、ぬるい人視点の話で言うと、『宇宙戦艦ヤマト』とか『銀河鉄道999』とか、とにかく松本零士のアニメがぶわっと来てて。原作の漫画家とアニメの作り手の区別がまだよく分かってなかったところへ『ガンダム』が来て。だから、アニメの作り手の名前というのは、「富野由悠季」(その頃はまだ富野喜幸か・・・)というのではじめて認識したっていう、正直そんな感じでした。
 ただ、それでもやっぱりブームの渦中ですから、ぬるいファンはぬるいファンなりに「とにかくアニメとマンガは違うんだよ」とか、覚えたての言葉で「アニメ」のことを熱く語り合っていたりもして。今から思えば恥ずかしい限りですが、あの頃はそんなのでも楽しかったし、それはそれで真剣でした。

 そういうところへ来たのが『あしたのジョー 2』だったんですけど。考えてみると、あの頃は頭でっかちで、見たものの凄さを素直に認められずに、「何かが違う」とか言いながら、それでも気になってしまっていた。そういうような思い出があります。
 アニメ様もいつか書いてましたけど、当時のアニメブームって、かなりの程度「SFアニメ」ブームだったんですよね。だから、何でボクシングのアニメなんだよ、とか。まずは、そういうとっつきの悪さがありました。
 それと、『あしたのジョー』の原作コミックは以前からけっこう好きで、全部しっかり読み込んでいたんです。それで、当時の頭でっかちな自称アニメファンとしては、「これからはアニメの時代だ」ということを口角泡を飛ばして語ってるわけですから、「とにかくアニメとマンガは違うんだよ」と思い込もうとしているところです。だから、にわか覚えの理屈を持ち出して、「何でオリジナルストーリーじゃなくて原作マンガありなんだよ」とか。
 まあ、頭でっかちだと、そういうのだけで目がくらんで、目の前のアニメの面白さを素直に認められなかったりするという。「認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを」ですわ、まったく。

 だいぶ後になってから、出崎統という名前を覚えたとき、だけどビックリしましたね。あの頃、「アニメとは・・・、アニメの新しい表現とは・・・」みたいなことで何も分からないなりに問題意識を持って、ちょっと注目していた作品が、ぞろぞろとみんな出崎アニメだったんですから。

 特に、大好きだった『ガンバの冒険』(1975年)が出崎アニメだと知った衝撃は大きかったです。
 それと、私には二つ上の姉がおりまして、少女漫画もけっこう読んでいたので、『エースをねらえ!』も『ベルサイユのバラ』も原作コミックのファンでした。今から思えば、そういう超人気コミックをアニメ化するのに、あそこまでアニメ独自の表現を意欲的に盛り込むっていうのは、何とも凄いことをやってたもんだなぁと感心するばかりですが、当時の感想としては、どっちに向いて何を「違う」って言ってたんだか(笑)、・・・とにかく複雑な思いでした。

 おっさんの思い出がたりが長くなりすぎましたが、作品内容の話も少しはすると、矢吹丈って主人公は、感情移入しながら見るっていうのとは少し違う感じで。「彼は何故こんなにも・・・?」という思いで見ている視点は、作中の人物で言えば林屋の紀ちゃんあたりに近いのか。
 それで、こう、何ていうのか、この『あしたのジョー 2』で描かれている力石戦後の展開っていうのは、実のところあんまりすっきりとしたストーリー展開でもないんですよね。それでもマンガ原作のほうではまだ、淡々と物語を進めているほうなんですが、それ以上に、情感をギュギュギュッと盛り上げてみせるアニメ版では、「うぐぐぐぐ・・・」と胃にもたれる展開の重たい感じが強調されている面もあって。だから、今にして見てれば見てるほど不思議になります。「何だって、こんなしんどいアニメが、こんなにもカッコいいんだろう?」って。

 美学・・・ですかねぇ?だけど例えば前期のオープニングなんかは、キャラクターが全然でてこない映像で、あれがクールでカッコいいって人もいるけど、そもそも「BOXING」ってやつがあんまり好きじゃない私には、あれはあんまりぴんと来ない。
 BGMもいいとは思うんだけど、曲数が限られていて、パターンで押しちゃっている印象もなくはない。それはハーモニーや透過光といったエフェクトについても、同じようなことが言えると思うんです。

 それなのに。ああ、それなのに。(笑)
 たぶんストーリーから作品に入っていく派の私が、理屈のほうで考えていくと、否定する言葉はいっぱい出てくるのに、それでもやっぱり「カッコいい!」と感じずにはいられない、この出崎アニメってやつは!
 たぶん、この『あしたのジョー 2』なんかでは出崎アニメの表現が、もう“至芸”と言うべき域に達しちゃっていて、いったん見始めたらもはや抵抗不能な魅力を持っているんでしょうね。それは誰の目にもつくエフェクトとか、そういう次元の話を超えたものなんだろうと推定だけはしてるんですが、「じゃあ具体的にどういうものなのか」と語れるほど、私もアニメ通になったわけでもなくて、結局相も変わらず「ぬるーいアニメファン」のまんまだったりします。
 ただ、昔より少しだけ自分がマシになったかなと思うのは、理屈はどうあれカッコいいと感じるものは「カッコいい!」と、素直に手放しで言えるようになったことぐらいですかねー。(笑)

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[tag] 出崎統 fc2ファビコン なつかし系 fc2ファビコン

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以前にも書いたかもですが、昨年、1と2を立て続けに見たのですね。でも、まったく違和感なく連続した物語として見ることが出来たのが驚きでしたね。
白木洋子とノリちゃんの声が違うのがちょっとだけ違和感ありましたけど。
それと、荒木一郎の音楽。これもいいんですよね。
あしたのジョー2の格好良さって、荒木一郎の音楽のお陰な部分も多いのではないでしょうか。

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