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『機動戦士Zガンダム』 第33話「アクシズからの使者」  

[2009/03/13] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲

 ふと思い出したので、今回のエピソードと関係ないけど書き留めておくと、Zガンダムのオンエア当時、「Z」というのはアルファベットの最後の文字で、これで「ガンダム」を終わらせるんだという気持ちが込められているんだ、と私は思い込んでいました。どこかでそういう記事があったんだかどうだったか忘れてしまいましたが。『さらば宇宙戦艦ヤマト』の「さらば」と同じ意味なんだと。
 だから、「Z」の後には「ZZ」がはじまるらしいよと聞いたときのガックリといったらもう!
 『ヤマト』で続編ものにはつくづくウンザリしていましたからね。

 まあ、そういう恨み(?)があるからそう思ってしまうのかもしれませんけど、『ダンバイン』、『エルガイム』と(営業的には?)思うような成果を挙げられなくて、『Zガンダム』を作ることになってしまったというようなことを富野監督はおっしゃっていますけど、そのこと以上に、「Z」の製作途上で「ZZ」製作の打診を受けたときに、もちろんやれます、みたいに即答してしまったということ。そのことの傷というほうが非常に大きいんじゃないかと『Zガンダム』後半を見ていると私はつくづく思います。
 焦りだったのか、あるいは逆に俺はなんだってやれるんだという驕りたかぶる気持ちがどこかであったのか。「Z」をスタート時に思い描いていたとおりにきちんとやり通していたらどうなっていたのか。見てみたかったものだと思います。こういうことになってしまうのも富野監督の職人性の悪い面が出たとも言えるでしょうが。

 33話はシャアがぶっ壊れるエピソード。しっちゃかめっちゃか。「まったく!」(byカミーユ)

 まだ幼いミネバを担ぎ出してきたハマーンのやり口に怒りを感じるのは分かるんですけど、後先考えずに何であそこまで逆上したんだか。このへんは劇場版を見てもよく分からなかったところだけど、テレビ版で見ていても私はやっぱり「?」だったりします。
 前回あたりでレコアの不穏な気配に気づかない鈍感ぶりを見て、あー、この人もいっぱいいっぱいだったんだなぁーとは思いました。あのシャアのやることだから、何かちゃんとそれらしい理由があるんだろうと思ってしまうのは、私も“シャア=カッコいい、できる男”という先入観を持って見ているから見誤っているんで、客観視すればたぶん、感情が暴発しちゃっただけなんですよね。でも何だって暴発しちゃうのか。それがなんか、画面を見ているだけではすっと胸に入ってこないんですよ。小説版は後で読もうと思って取ってあるんですけど、そこには何か書いてあるのかな?

 ぱっと見たとたんに納得がいく描写だけじゃなくて、後から後から「あれはどうして・・・」と何度でも味わいなおす表現っていうのも文芸的にはありだと思います。
 んー、何でしょうかね?取り澄ましたハマーンの態度に、逆に「女」を感じてムカッと切れちゃったんですかね?放り出してきた“昔の女”との再会っていうだけでピリピリのところへ持って来て、「そこのサングラスの方」ってハマーンが呼びかけたのが、あまりに白々しくていかんかったかな?
 ミネバの扱いにこだわるのも、この少女をはさんで、ハマーンと擬似家族の真似事みたいな時期もあったのかなぁ?
 ザビ家への感情の複雑さというのも何となく分かります。ジオン・ダイクンの遺児である自分をザビ家はどう扱ったか、(だからこそ逆の立場になったときに自分は・・・)みたいなこともあるんでしょう。かつて上官だったドズルのことは(ザビ家への恨みはあっても)武人として尊敬できたとか、そんなこともあったのかもしれないですね。
 だからこそ母親役のはずのハマーンがミネバを扱うやり口にカッとなるのは分かるんですけど。だけど、それを(擬似)家族を放り出してきちゃった父親役がなじるのも、それもやっぱりおかしいヨなぁ・・・。まあおかしいことをしてしまうのが人間ってもんだということか。シャアのような人であっても。いや、シャアだからこそ、こうなっちゃうところもあるのかな。でも、戦争マニアとか、男ってやつはすぐにそういうふうになっちゃうところはありますよね。企業戦士とか。そう考えると味わい深いんですけど、やっぱり描写としては難しいところですね。

 前回からの感情のもつれを見てきていますから、身を挺してシャアをかばったレコアの負傷を見たりするとハッとしますね。でも、そういうことで逆の方向へ吹っ切れるきっかけにもなったりするから奥が深いです。
 テレビ版の展開のことはかなり忘れているんですけど、レコアの裏切りっていうのはこんなに話数をかけて引っぱった描写をしていたんだなぁと思いました。これも本当に難しい芝居です。うん。

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[tag] Zガンダム fc2ファビコン

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コメント

> Zは2に見える

>「Z」をスタート時に思い描いていたとおりにきちんとやり通していたらどうなっていたのか。見てみたかったものだと思います。

見てみたかったですね(笑)。富野御大による「ZZ」の企画書は『ガンダム大全集』(講談社)で読めます。

>

『機動戦士ガンダム大全集』(講談社)から、富野監督の文章を孫引きします。一次資料は「Z」の続編である「ZZ」の企画書とのことです。内容を読めば、執筆の時点は「Z」の実制作が終わりかけたころと想像されます。

----

「Zガンダム」は、シャアがカミーユを悪の手先にする物語であると思った、といわれております。

その期待を番組が裏切った、と見られています。それが真実であるならば、そうなった原因は、作者がガンダムを継承しつつ、変わった作劇をしたいという意識が強すぎたエゴに起因します。

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ここを読む限りでは、囚人022さんが、

>「Z」をスタート時に思い描いていたとおりにきちんとやり通していたらどうなっていたのか。見てみたかったものだと思います。

と仰られているような解釈は、まさに富野監督の言う《その期待を番組が裏切った》ことに対応していますね。

> これは面白い!面白すぎます!

『Z』冒頭でカミーユをエゥーゴに引き入れたシャアの手並みを見て、『逆シャア』でクェスを味方にするやり口を思い出したのは、まんざら深読みしすぎでもなかったんですね。w

しかし「いわれております」、「見られています」と客観的な視点を装いつつ、実はあまり共通認識ではなさそうな意外な言葉を出してきて、しまいには作者のエゴが強過ぎたという・・・。w

「シャアがカミーユを悪の手先にする」
そんな期待を持っていた人、いるんですか?w

あたかも「番組が勝手に裏切った」かのような物言いは、正直なところ、(いくらファンの立場からであっても)作者としてはいかがなものかと言わざるを得ない気もしますねー。しかし、そこが面白い。w

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