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『機動戦士Zガンダム』 第32話 「謎のモビルスーツ」
[2009/03/10] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲
やはり後半になってくるにつれて、劇場版とは「やっぱり違う」と感じることの多いTV版『Zガンダム』再見です。
“新訳Z”という「祭り」は間違いなく嬉しいものだったんですけど、少し頭を冷やして考え直してみると、「作品」としては、このTV版へのカウンターとして作られた性格が無視できないのかもしれません。当時の富野監督はさまざまなメディア上で、広く公共に向けた作品を作らなければならないと繰り返していたんですけど、あれはいささか自戒を込めた言い方だったのかもしれないですね。そのぐらいTV版の重力(呪縛?)は強いような気がします。
今ごろ気づいたんですが、このZガンダムの公式サイトの各話あらすじの変則的な三分割って、(エピソードを入り組んで再編集しているので)厳密にはちょっと変なような気もしますけど、劇場版三部作に照応?してるつもりだったんですかね(星を継ぐ者・・・1話〜10話、恋人たち・・・11話〜30話、星の鼓動は愛・・・31話〜50話)。
そういうわけで、ついにハマーン・カーンのアクシズ登場。物語はそろそろ『星の鼓動は愛』のステージに進んできたってことになります。
アクシズの登場はだいぶ以前から伏線が敷かれていたんですが、TV版『Z』スタート時にはハマーンの物語はどのようなストーリーが構想されていたんでしょう?さまざまなエピソードの挿入で彼女の登場はここまで引き伸ばされてきたと言ってもいいと思うんですが、もし『ZZ』が作られていなかったなら、『Zガンダム』の50話の中で、ハマーンはもっと厚みを持って描かれ、結末までを迎えていたはずでした。さすがの新訳でも見ることの出来なかった、いわばトゥルーエンドというか。どんなものだったんだろうかと。ふっとそんなことを思いました。
一方、『逆襲のシャア』のプレエピソードというか、シャアの物語として見ていくとレコア・ロンドとの感情のもつれが表面化しつつあるところへ、“昔の女”が無視できない大きな存在として目の前に現れてくるという。「人の心の中に踏み込むのは、それ相応の資格がいる。いくつになっても、そういうことに気づかずに・・・」という彼の鬱屈。
シロッコのプレッシャーに気おされてドゴスギアへの狙撃をはずしたり、“カッコいいシャア”を求めて見ていたらガックリなんでしょうけど、彼の「ニュータイプのなりそこない」ぶりっていうのは、みっともないけど味わい深いものだという気がします。こういうのは、私がおっさんになったから分かるようになったのかなぁ。
気にしすぎるぐらいにレコアの様子を気遣うカミーユに比べて、あまりにも鈍感なクワトロ・バジーナなんですけど、ハマーンとの再会を前にして、彼は彼でいっぱいいっぱいだったのかも。
それと好対照に余裕しゃくしゃくなのがシロッコ。アクシズとの接触を焦らないのもそうですけど、ワイルドそのもののヤザンを歯の浮くようなおだてで懐柔することができるのも、カリカリ神経質になることなく相手が望むものを洞察し、てらいもなく口にすることができるからなんでしょう。
こういうのがニュータイプの能力なんだろうという気もしますが、やっぱり厭な感じはしますよね。うん。
それにしても、何度も何度もカミーユのZガンダムをギリギリのピンチにまで追い込むヤザンの戦闘力の高さはほんとにすごいですね。この男の強さっていうのはいったい何なんでしょう。
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