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『機動戦士Zガンダム』 第15話「カツの出撃」/第16話「白い闇を抜けて」 

[2008/12/28] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 うーん、ロザミア・バダムって、こんなキャラクターでしたっけねぇ。(笑)
 というか、『Zガンダム』での“強化人間”って、ここまでヤバい感じで描写されていたんだったかと改めて思い直すテレビ版再見なのでした。人為的に作られたニュータイプとか言っても、ここまで人格破綻気味に“逝っちゃってる”のでは、戦力として使い物になるのかどうかをブランさんが危ぶんでいたのもごもっとも。

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 戦っている相手がシャアやカミーユでは、強化人間だからって強いんだか何だかわかんないし。今となっては後で再び出てくることも知っているわけですけど、オンエア当時、このロザミアというキャラクターは(やけに美人ではあるんだけど、)いったい何のために出てきていたのか、この時点ではけっこう意味不明っぽい印象があったんじゃなかったろうか。
 洗脳の悲惨さ、無残さっていうことで、続いて出てくるフォウ・ムラサメの存在を予告する役割は果たしているんですけど。何か微妙ですね。

 そういえばブラン少佐の部隊が所属する“ニュータイプ研究所(ニタ研)”って劇場版では完全にティターンズ傘下でしたけど、テレビ版ではティターンズと一線を画した存在でしたね。物語の序盤で「ある程度ニュートラルというか、外部化された視点で双方の組織が見れるポジション」だったライラ隊と比べて、作劇上の意味が分かりにくくて煩雑なような気もしますけど。

 ハヤトは「殴ったぐらいでお前の性格が直るのか」と前回カミーユに言ってましたが、子育て経験のある彼の若者への接し方はどうかな、と少し期待。・・・それでちょっと意外だったのが、アムロに言った「思ったとおりカツを連れ出してくれた」という彼のセリフ。父と息子とはいえ、また、もちろん血が繋がってないとはいえ、子どもを戦場に出すことを喜ぶ親がいるんだろうか。ただ、息子はもう一人(レツが)いるはずなのに「カツを」と明言してるあたりは、もともとそういうところがある子どもだということを、この父親はよく分かっていたのかなぁとも。
 七年で一番(別人のように・・・)親父くさくなってるのがハヤトです。昔はアムロに勝てないと悔し涙を浮かべたりもしていたんですけど、そういえば、もともと体育会系のほうでしたか。カツがああいう性格なのは、あるいはこの親父の薫陶があってのことなのかな。カミーユを導く先輩としては、この人も少々問題ありなほうなのかもしれません。(笑)

 で、もう一人の先輩。それこそファン期待のアムロ・レイですが、前回いいところを見せたわりに、まだ吹っ切れてない。「俺にとってはシャア・アズナブル以外の何者でもない」と、クワトロの存在も気になる様子。ハヤトは気軽に「こだわり過ぎ」とか言うけど、カイでさえ気にしていたし、そりゃあ(一番の宿敵だった)アムロがこだわっても何もおかしくないだろうと思えます。一見、当たり前のようではありますが、アムロはアムロらしく“うじうじ”しているし、ハヤトはハヤトらしく、少しがさつですかね。(しかし、そこがいい。)

劇場版『Z』は、つぎはぎだらけの変な映画です。これはハッキリ言ったほうが良いと思う。旧作のアムロと新作のアムロを同じキャラとして思ってくれといっても「思えねぇよ!」って感じられるでしょう?

 『1st』と『Z』でのキャラクター描写は、当時のファンの思い以上に、実はちゃんと繋がってる気がします。これは『Z』テレビ版(旧作)と劇場版『新訳Z』(新作)という意味ですかねぇ。

 昔見たときには、ヒーローらしく再起しないアムロに苛立つカツに、近い気分が私もあったと思います。でも今見ると、アムロの気持ちもよく分かる気がするのは不思議です。これが新訳の効果なのか?それとも今回は、『機動戦士ガンダム』から『逆襲のシャア』への補助線のもとで『Zガンダム』を見ている効果?
 そう考えると、「ララァの魂は地球圏に漂っていると思えた」なんていうシャアのセリフは、アムロへの挑発に聞こえてきます。ベルトーチカの複葉機の着艦騒ぎに反応して起き出すカミーユと寝ているアムロなんていう一瞬の細かな対比もあって、アムロはここではまだ戦士として眠りから覚めていない。“ヘレンヘレン”なんて石鹸の匂いをさせている「普通の人」であるわけです。
 「私はそれほど鈍くはない」って自分で言うだけあってベルトーチカの初見での洞察ってのは鋭く、シャアに対しては「戦争以外で生きていけない」人の匂いを嗅ぎ取っている。マークIIでのカツの勝手な出撃にアウドムラの「ハッチを開けろ」と言うのはシャアなんですが、そういう目で見ていくと、ニュータイプの可能性があるカツを戦力にできるかどうか、試してみようと思ったんじゃないかと邪推したくもなります。

カツを追って出撃するカミーユとクワトロ大尉を前に、アムロは戦うことができずにいた。

 出撃する気はあったんだけど、15話のここでは何年もモビルスーツには乗ってないんだろう、とハヤトに止められるんですよね。技術屋のアムロらしからぬところ。戦う準備がきちんとできていない。実戦から遠ざかっていてカンが狂っているという。

 シャアの挑発では目覚めないアムロなんですが、ベルトーチカの刺激で俄然活気を取り戻すという描写を見て、「悔しいけど、僕は男なんだな」という1stでの彼のセリフを思い出しました。少し分かりにくいけど、つまりはそういうことでしょう。この間に一瞬ですが、待機中のリックディアスのコクピットに入っていく(自主トレの?)描写があったのが秀逸。見過ごされがちですが、アムロが戦士として覚醒するということは、そういうことをちゃんとやるということなわけですよ!

 物語の先行きを知っているからそう思うということもあるんですが、ヒッコリーからカツを宇宙に連れて行くということについて、「父親代わりは胸がときめく」とか言っているシャアを見ているとぞっとします。(笑)
 それをのほほんと聞いているハヤトはやっぱり鈍いんであって、(この場面では違和感を感じがちですが、)カツへの餞別に“シャアと撃ち合った拳銃”を渡すアムロのほうが、長い目で見れば正しかった!
 眠りから覚めたアムロ・レイの活躍は見ていて爽快なのですが、ブラン隊との激戦のさなかでベルトーチカの複葉機のことを気にかけるアムロに対し、カツ(視聴者の代表)は「こんなときに女のことを気にして!」と毒づくわけですけど、それが青いんだね。分かってないんだ。そのときは分からないんだけど、視聴者が年齢を重ねてきてからふっと振り返ったときに、“ああ、あれはそういうことだったのか”と気づくようなことが多々あるのが富野アニメの凄いところです。
 ロザミアのギャプランもそうでしたけど、ブラン少佐は空中戦でのアッシマーの優位ということに強く固執していて、それが逆に敗因となっていくという。そういうあたりも面白い。

 ここでブランに道連れにされかけて、危地に陥ったカミーユが一瞬ファ・ユイリィの幻影を見るという描写があり。またアウドムラに生還してからベルトーチカと自然に寄り添い合うアムロを見て、「そうか。ファは元気かな?」と独り言を言うカミーユの姿があり。
 ずっとエンディングには出てきているけど、実際はすれ違いで接点の少ないファが、それでも故郷も家族も失ったカミーユにとっては、心のよりどころなんだなぁと。たぶん彼以上に、見ているこっちのほうが納得される16話の最後でした。

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