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機動戦士ガンダムOO (第二シーズン) 第11話「ダブルオーの声」まで 

[2008/12/21] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(5) | TOP ▲

 第二シーズンになって以来、感想あまり書いてないなと思ってはいたけど、振り返ってみれば、なんと第5話以来。(驚)

300ピース ダブルオーガンダム 33-034

 『ガンダム』って言ってるだけで、無条件に食いつく気にもならないというか。でも批判するというわけでもなくて、あえて言うと、食いつきどころがどうにもわからないという感じで、ただただ見守ってきました。・・・なかなかダイナミックに物語が駆動し始めない印象だったんで。
 それがここに来て、“ダブルオーライザー”の“ツインドライヴ”によって、“脳量子波”によるコミュニケーションが起る・・・といった展開が目新しかったので、ようやくエンジンがかかってきたのかなーと。

 主人公たちの「敗残のテロリストたちの逃避行」状態は、あまり変わっていないんですけど、敵であるアロウズさんたちのほうが、宣戦布告も何もなしで、衛星兵器による無差別大量殺戮をやってくれるという、あまりにも分かりやすい「巨悪」ぶりを示してくれてしまったもので。これじゃあ、視聴者的には主人公側に肩入れして、「アロウズを倒せ!その後ろで糸を引くイノベーターを倒せ!」っていう見方をするしかないですね。そういえば竹田青滋プロデュースの作品でしたっけ、と今さら思い出してみたり。
 アロウズはともかくとして、イノベーターを率いるリボンズ・アルマークは、やがて外宇宙へ進出する時代に備えて人類を統合せねばならない、というような(イオリア・シュヘンベルグの計画に基づく)大義名分を奉じているらしいですが。

 キャラクターのドラマは、それなりに動いているのですよね。“超兵”ソーマ・ピーリスちゃんが、本来の自我を取り戻してアレルヤのもとへ来たり、ティエリアの出自が明らかになったり。しかし、どうもそれらがダイナミックな物語の駆動とは思えないのは、主人公たる刹那と離れたところで起きているからなのか何なのか。
 とりわけ(キャラクターの存在意義がよく分からなかった)第一シーズンの埋め合わせのように、いろいろ活躍(?)しているサジ君とルイスちゃんのドラマが、かなり濃い感じに盛り上がってきていて、相対的に刹那(&マリナ・イスマイール)の影の薄いこと薄いこと。(第一シーズンの“サジ・パート”と同じぐらいに、今の“マリナ・パート”は存在意義が不明な感じです。)

 そういえばコーラサワーには、もう少し期待していたのですけど、何だかあまり盛り上がりもなく再登場。“Mr.ブシドー”ことグラハムに、ネタキャラNo.1の地位を完全に奪われちゃってますね。(コーラサワー氏は、この感じだと、やがてカティ・マネキンさんが良心に目覚めるステップか何かで哀れな最期を迎えるような予感が。)
 グラハムは第一シーズンの最終回で、“ガンダムLOVE”なカミングアウトで噴き上がっちゃったので、今さら普通の人には戻れない感じでしょうか。ワンマン・アーミーを自称するこいつにしても、アリー・アル・サーシェスにしても、刹那のライバル的な存在が、本筋の展開からは遠ざかっちゃってるのが、刹那の存在感のなさに繋がっちゃてるのでしょうか。
 刹那は第一シーズンから第二シーズンに入ったところでは、ずいぶん成長したな(多少まともに会話が出来るようになっただけ?)という印象もあったのですが、その後は乗機のパワーアップ(エクシア→ダブルオー→ダブルオーライザー)ばかりが印象的で、相変わらずサーシェスにはまったく歯も立たないし、いいところが全然ないですよね。

 あとは・・・ワン・リューミンとニーナ・トリニティは今のところ、ただ不気味なだけだし。二代目ロックオンは、女の子のハートを狙い撃つほうでの活躍ばかりが印象的だし。(笑)

 なんかこう、どうにもならないところで、こまごまとしているばかりの印象を、いい加減何とかしてくれよ、と思い始めていたところで、なんとまあ。“ニュータイプ”の翻案を突破口にしてきますか。

 最近、『ガンダム』という名を冠すシリーズの作品と、富野監督のことを、改めていろいろ考えてみたりしているので、オープニングで「原作: 矢立肇 富野由悠季」という文字を見ると、実はそれだけで個人的には「うわぁぁぁ」と感無量だったりいたします。(笑)
 30年近い年月を経てなお、ある種のロボットアニメを指してあたかも普通名詞のごとくに通用する『ガンダム』というイメージを築いたのは、やはりまぎれもなく富野監督だというのに、30周年の節目を飾る作品さえ思うようには作らせてもらえないというのが、『ガンダム』の“呪縛”なのでしょうね。(35周年には、などと言うのは、富野監督の「自分が生きている間には何とか・・・」という意味だと思うと私は泣けてきます。)
 水島監督は過去のガンダムをあまり見てないようなことを言っていましたが、それはどうあれ『ガンダム』的なものに触れていくと、だから真面目にやればやるほど、富野由悠季という人が歩んできたものにぶつかるのが必然なのだろうなと(信者の妄言といわれてもかまいませんが)私は思わずにいられません。
 なので、「“ニュータイプ”の翻案などと、今さら何を周回遅れなことを・・・」というような憎まれ口は決して申しますまい。持てる限りの能力をつぎ込んで、群像劇も(もっと!)巧みにさばきながら、こういう大きなテーマともがっぷりと組み合っていってほしいと願います。

 やっと面白くなってきた!(・・・かも。)

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[tag] ダブルオー fc2ファビコン

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コメント

> ラスカルは必見

>水島監督は過去のガンダムをあまり見てないようなことを言っていましたが、それはどうあれ『ガンダム』的なものに触れていくと、だから真面目にやればやるほど、富野由悠季という人が歩んできたものにぶつかるのが必然なのだろうなと(信者の妄言といわれてもかまいませんが)私は思わずにいられません。

富野由悠季アニメの本質は『あらいぐまラスカル』にあり、だとかたくなに信じております。必見です。

> 『あらいぐま ラスカル』

http://www.geocities.com/Tokyo/Bridge/2508/tva/Rascal.htm

8.10.11.13.15.17.18.19.21.24.26.28.30.33.34.37.39.40.44.47

これだけ絵コンテを担当しているのですね。そのうち機会があったらと前から思ってはいるのですが、みずから機会を求めねばならないかも、ですね。
富野アニメの本質は『ガンダム』ではないという言い方は分かるような気がしています。
でも、ここでおっしゃりたいのは、物語作者としてより、演出家としての側面を見よ、とのことでしょうか。
『キャシャーン』は富野テイストが私にもよく分かりましたけど、『ラスカル』で私にわかるかなぁ…。

> ・・・。ドキッとした。

なぜなら私のハンドル自体が「あらいぐまラスカル」に由来するので・・。
ああ焦った!

> 長いお付き合いですが、

全然知りませんでした(笑) >スカルさん

> 『ガンダム』へ至る道標

もし、わたしがアニメ批評家を目指すなら、『ガンダム』から『ラスカル』を見る、ということで、本を書きたいくらいです。具体的にあれこれ指摘するとネタばれになるし、それに、そもそも『ラスカル』は肩の力を抜いて見るアニメでしょう(笑)。TVの再放送で見るのが一番、『ラスカル』に似つかわしい気もするのですが...。

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