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コードギアスのヒロインたち 

[2008/09/30] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 ちょっと思い出したので、忘れないうちにメモしておきます。

 ルルーシュは自ら望んで「魔王」と呼ばれながら死んでいったわけですが、第1期の終わり近くでも「魔王」という言葉を使ってなかったかな?うろ覚えで書いてしまいますけど、たしか神根島でC.C.の過去に接してしまい、自らを「魔女」と言う彼女に対し、「ならば俺が“魔王”になればいいだけだ」というような会話だったと思います。
 係り結びといいますか、そういう形がきれいにできているなぁと思ったんですけど、大河内さんは第1期の終わりの時点で、既にこの終劇の迎え方までを見越していたのか、それとも、あれを念頭において(あるいは意識的にか無意識にか、その言葉に触発されて)物語の結末を描き出したのか。そんなことが何だか気になりました。

 『コードギアス』というこの作品には、主人公ルルーシュの周りに多数の少女(一部、魔女を含む)がいて、誰が正ヒロインだったか、みたいな話もあるんですけど、その序列みたいなことを言ってみてもしかたがないといちおう私は思っています。(まあ『マクロスF』みたいな話であれば、何か三角関係がどうなったのか結論を示さなくてはいけないとは思いますけど、それとこれとは違うから。)
 ただ、あえてどうかというと、シャーリーは死んでしまったし、妹ナナリーとはきちんと訣別していますし、やはりカレンかC.C.かという話ですよね。
 最終回のタイトルが『Re;』であるのは、ルルーシュが生命を賭けて行動で示したものに対し、残った者たちがどう生きて応えていくのかというようなことかな、と思いました。そして、それを代表するかのように、エピローグの中でルルーシュに語りかけていたのはカレンでした。

 “仮面の騎士”ゼロがルルーシュを襲撃した場面で、あらかじめ同様の自己犠牲を思い描いていたナナリーはともかくとして、カレンもまたいち早く“ゼロ・レクイエム”の真実に気付くのは、本当を言うと、これはちょっとヒロイン特権を行使してる(笑)と思うんですよ。フォローもしておくと、ナイトメア越しとはいえ一番スザクと刃を交えたライバルとして、偽ゼロの俊敏な動きから、その正体がスザクではないかと見抜けたというのはあります。ランスロットを倒したときの手ごたえから、スザクは本当に死んだのかと疑問を持っていたのかもしれない。
 でも、それにしてもどちらかと言えば彼女はスザクと同類の筋肉馬鹿(失礼!)系のキャラクターであったはずで、ここまで念の入ったルルーシュらの芝居の真意を一瞬で察知できるタイプではなかったはずじゃあないかなー、と。(まあ私の主観ですが。)

 ただ、この物語の語り部でもあるC.C.は、エピローグでのルルーシュへの語りかけも、最後の一番美味しいところ(「ギアスという王の力は・・・」)を持って行っちゃいました。「魔王」として死んでいったルルーシュの運命の女は、そういう意味であえて言えば、C.C.だったと言えるのかもしれません。

 非常にきれいに、見事に幕を下ろした『コードギアス』だったんですけど、こんなことに限らず、やっぱり簡単にくくれないものを多く残したという点では、何度も反芻したくなる作品だったのではないかと思います。(“名作”という言葉は、時代が決めていくものなのでしょうけど。)

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