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コードギアス 反逆のルルーシュ R2 final turn 『Re;』 

[2008/09/29] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

「調子のいい話よね。でも、だからこそみんな、過去に囚われず、先に進めるのかもしれない。」

 いい最終回でした。印象に残るセリフはありすぎるぐらいありましたが、このエンディングを象徴するセリフをあえて絞れば、カレンのこれでしょうか。あと、セシルさんも美味しいところを持ってっていたような気がします。(笑)

「ささいなことよ。あとから考えてみたら何てことない、出発点ってだけ。」

 こういうのを、結局明かされなかったロイドとラクシャータの過去の因縁話に引っ掛けて、するっと言わせる。これ、壮大な悲劇に終わったこの物語全体にかかってくる、実に気の利いた暗喩でもありますよね。
 やぁーりおるわ、大河内一楼!!(笑)

「あなた、がんばったじゃない」
「がんばっただけじゃ・・・」
「んーん、がんばった!」

 「成功と失敗を繰り返してでも、前に進む」というのは、前回ミレイさんとリヴァルの間であったこの会話を受けて、この作品の基調テーマの分かりやすいまとめになっていたと思います。最後の最後まで、嘘とどんでん返しの連続で、非常に複雑な構成になっていた物語だったからこそ、“骨格”になる部分がしっかりしていなくてはならなかったわけですけど、この一点にきれいに収束したので、見終わった後の印象が心地よいものになっているのは不思議なぐらいです。たぶん、長く忘れられないぐらいに胸に突き刺さってきた悲劇の終幕であったにもかかわらず。

 “皆が皆、そうやって足を踏み出したときに、価値観が衝突しあうのは当然なので、そうした対立を解決するのに、再び旧来の“正義と悪”を持ち出すのがナンセンスだとすれば、じゃあ力が強いほうが勝つという、そういうやり方しかあり得ないのか。”
 これが前回、この『反逆のルルーシュ』という物語の落としどころをどう描くのかと私が注目していたポイントだったんですが、最も力の強かったものが、最も大きな自己犠牲であがなうという結末を迎えるとは。
 なるほど、それでこそ近しいものにこそ真意を打ち明けない“ゼロ・レクイエム”の構想であったかと納得もされましたが、最後の最後にカレンや、そしてナナリーには、その想いのありかが伝わったという描写は実にいいものでした。泣かせるなー。

「なあスザク。願いとはギアスに似ていないか。自分の力だけではかなわないことを誰かに求める。」

「俺は人々の願いという名のギアスにかかる。」

 シャルルを打ち破ったときに、人々は“明日”を望んでいるというのをルルーシュとスザクは知ったと言っていました。シュナイゼルもまた、人々の“平和”への望みを知っていたはずでしたが、集合無意識(≒人々)は、その両方を欲しいと願ったというのが本当のところなんでしょうね。

「俺はね、みんなと楽しくやっていければ、それだけで良かったんですけど。」
「うん、わかるよ。」

 その辺のバランス感覚の働きなのか、普通の人代表(笑)のリヴァルとミレイさんが今回語っていたのは、“平和”への望みのほうでした。

「いつ私がそんなことを頼みましたか!私は、お兄様と二人で暮らせれば、それだけで良かったのに。」
「しかし、現実はさまざまなものによって支配されている。抗うことは必要だ。」

 力による支配を繰り返させたくはない。でも人は弱い。そのくせ人は、明日を夢見ていたい生き物でもある。・・・このあたりのセリフからセリフにつないでいく演出手法は、もはや至芸の域に達してましたね。(例えば『エヴァンゲリオン』TV版ラストのセリフの掛け合いだって、こういうふうにやってもよかったのかもなどと、ふと思い出してみたり。まあ富野アニメでは主人公とライバルの大激論が定番なわけですが。)
 「何でみんなオレを馬鹿にするんだよー!」という玉城の言葉なんて、(同じく力なき者のはずの)凡百の視聴者に向けたメタな逆転の一打でもありましたし。
 たとえ無力であっても、支配に抗うことが、人の歴史。思い通りにならない世界を変えようとすれば、力が必要になり、それは新たな支配として再び人の意思を捻じ曲げ尊厳を踏みにじる卑劣さから逃れられない。

 ルルーシュが辛酸をなめた末にようやく得た結論(自己犠牲)と同じ考えに、ナナリーがすでに至っていたというのは、物語として考えてみると少し残念なところもあるのですが、その彼女の後ろ盾を“仮面の騎士”(スザク)がしていくのであれば、安心できると思うべきなのでしょうね。

 第二期に入ってからのナイトメア戦はスペック差の大きな空中戦ばかりで単調大味でしたが、ランスロットと紅蓮の最強王者決定戦(笑)は、立体的な戦闘で見ごたえありました。また、玉城に微妙な恋愛フラグとか、カレンの部屋のバーベルに鉄アレイとか、オレンジ君がオレンジ園とか、教師崩れの癖に扇首相(笑)とか。最後の最後までエンターテイメントとしてのサービスも盛りだくさんで、まったくとことん楽しませてくれる作品だったと思います。

「ギアスという名の王の力は、人を孤独にする。
 ・・・ふっ、少しだけ違っていたか。なぁ、ルルーシュ。」

 人を孤独にさせるだけでない“力”のあり方でありましたか。第一期では、しばしばC.C.が物語を回想するという語り口のアーバンタイトルがあったな、などと思い始めたら、また見直してみたくなってきたりしました。いい作品でした。

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[tag] コードギアス fc2ファビコン

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コメント

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最近見ただけ(特に理由はない)なので全体についての発言はしませんが

「願いとはギアスに似ていないか」

願い≒ギアスに例えたあたりを汲み取って
「そのギアス(願い)確かに受け取った」
といっているのだな、という部分が
印象に残りました。

評判を目にする限り、
真面目に見てあれこれ語るのと
ネタアニメ(いい意味で)と割り切ってみるのと
楽しみ方が二様にあって
まあ、それぞれありだと思います。

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