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『無限のリヴァイアス』 いつの間にやら第17話 

[2008/09/22] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(4) | TOP ▲

 見はじめに一度感想を書きました。その後も続けて見てはいたんですが、感想をブログに書くことはしていなかった『無限のリヴァイアス』です。
 『ガサラキ』(1998)の助監督を務めた翌年、谷口悟朗監督のテレビアニメ初監督作品。・・・なのですが、シリーズ構成の黒田洋介さんの印象が強いのかなー、と前に書きました。って言っても『ガンダムOO』と似たような重さだなーという程度の話ですけど、その印象は話数を重ねていってもあまり変わりません。
 あるいは“スペシャルコンセプター”(『ガサラキ』ではシリーズ構成を担当)の野崎透さんのカラーもあるのか? 世界観の設定というのがこの役職の仕事だとすると、物語の背景になっているSF的な部分(→ 無限のリヴァイアス | 用語解説)は面白いもののような気がします。ちっともそこに話が向かっていかないというところがいやはや何とも。いくら子どもばかりという設定とはいえ、登場人物の誰も「そもそも、このリヴァイアスって船は・・・?」的な疑問を示さないのには泣けてきます。(笑)

無限のリヴァイアス Vol.3 無限のリヴァイアス Vol.2

 まあ徹底して現代社会の戯画化をして見せているこの作品なので、そういうふうに「そもそも世界の成り立ちがどうなっているのか」といったような、考えても始まらないことなんかにかまってらんないだろっていうスタンスなのでしょうか。
 人間ドラマを重視しましたよっていう言い方も、もちろん可能なのかもしれませんが、ドラマっていうよりもシミュレーションを見せられているような印象が強いですね。この種の作品ではドラマがSF的なものと密接に絡んでこそ面白いというのは、ある程度鉄則だと思うのです。(この点ですごく良かった作品には、例えば『ゼーガペイン』などがありましたね。)
 だから良くないとまでは言わないのですが、何ていうか、もったいないなぁという印象があります。

無限のリヴァイアス Vol.6 無限のリヴァイアス Vol.5

 この作品には“ヴァイタルガーダー”という人型ロボット兵器も出てきて、いちおうロボットアニメというくくりもできる作品なのですが、何とか姿を現したのは第9話。がっつりそれらしいアクションを見せたのは、ようやく第15話という具合で。そこも全然やる気がないような。(笑)

 いや、別にそれも大いにけっこうなんですけど、最近メディアに露出度が高くなって、いろいろ発言している谷口監督の諸々の発言で触れていたような“娯楽性”の趣旨とは、一致していない部分も多いというのは思わざるを得ないです。

 特にロボットに関しては、アニメーションで最も有効なツールだと思っています。
 ロボットは、漫画や実写の映画にも登場しますけど、そこではメインストリームにはなり得ないんですよ。アニメにしたときに、初めてメインストリームになり得るんです。アニメーションはロボットが最大の武器なんですよ。

 うーん、すこしむつかしいいい方になりますが、ロボットは虚構でもあり、現実でもある、という事ですかね。それらしく見せることもできるし、ウソだけど気持ちよいでしょう、と表現することもできる。情報の整理がとてもしやすい記号なんです。

 “ロボットもの”にこんな前向きの言葉を与える人を最近あまり見たことがないような。(笑)
 だから、このリヴァイアスなんかは(もしかしたらガサラキなんかも)反省材料になっている点もあるのかもしれないなーと、そういう印象も持ちます。

 逆に『コードギアス』と比べても変わってない部分としては、「世界は自分には優しくない」、「抑圧した上で、突き破ろうとして出てくるのが個性だから」というスタンスは、このリヴァイアスからブレてないですね。これは薬じゃなくて毒なんだ、それがサブカルチャーなんだと言ってますが、毒を口に持って行かせるのが本当に上手くなったと。これははっきりと思いますね。(笑)

 それで、娯楽に乏しいと不満たらたらかというと、そうでもなくて、戯画化された人間模様の落としどころをどこに求めるつもりだろうかと。物語の成り行きを、あまり感情移入せずに眺めています。子どもばかりの集団の中で、いちおう上級生(エリート?)の“ツヴァイ”あたりは官僚なんだろうし、ブルーらの不良グループは政治をやったんだろうな、とか。あとファイナにはカルトっぽい宗教の気配もしてきたし。こんなに分かりやすく記号化しちゃうのか。
 描写であまり垢抜けないなと思うのは、劇中時間の経過なんかがほぼセリフで進行している感じで、アニメ的というより、これは小説の手法なんだろうと。エロチックなほのめかしの用法が少し下卑ているのも不快だけど、主人公周り以外の“その他大勢”をチャラかして描いているのも、娯楽の方向性を間違っている気がしちゃいます。人々がこんなことだと、普通にシミュレーションしていれば(主人公周りがどうあれ)、ここまで長い物語時間には本来耐えられずに、リヴァイアスという船はとっくに自壊していそう。
 その辺のリアリティバランスも考え直されて、後年の『ガン×ソード』とか『コードギアス』になってるんでしょう。善良な市民さんが、この『無限のリヴァイアス』と『コードギアス』にしばしば言及しているんですけど、両者を(批評的な目でなく一観客の目で)平たく見比べてしまうと、リヴァイアスの先駆性というよりも、’90年代的なものの残滓からゼロ年代的なものへの伸びしろというか、変化というか、私はそっちのほうを強く意識してしまいます。

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コメント

>

リヴァイアスは中身について
私個人の見解を語るのを遠慮している作品です。

(嫌悪感とは違う意味での)
生理的なレベルで理解できない、
ある種のリアリティを描いていながら、
そのリアリティは自分にとって決定的な何かが違う、
というシグナルがいつもなってる感じです。
(リアルではなくて「リアリティ」。特に使い分ける意味はないですがニュアンスとして)

簡単に言うと、当時の中高生にとってのリアリティであって
それ以上の年代である我々のリアリティではないなあと。

社会とか人間関係とかを描くときに
認識できる範囲、描写が
あそこまで狭まってるのか!
と驚かされた作品です。

富野作品であれば、隣近所的なコミュニティが社会とつながっていることを分かってる人間が構築しているので、ある程度人間関係をディフォルメしようが、しっくり来る、

ちょっと下の世代になると、実はそういった社会性というものを十分には理解してないんだけど、
「リアリティのために」、「それっぽいものを」デザインしてみせて、自分の身の回りの世界に配置してみせる、

しかし、これの場合、直球勝負で
そんな外野の世界を無視しちゃった!

そういう印象を受けたのです。

大人の世界が記号的に感じられる
最近の作品(エヴァとかも含む)ともまた違ってみえるんです、これ。

だからこそ、これを見た当時中高生は
熱く語れるんだろうけど、
自分にはそれに対してコメントすることがないよ、
としか言いようがない
上記のような感慨を言っても理解してもらえないだろうし、
だからこそ発言するのを遠慮している、
そんな感じです。

> 谷口インタビューの一部にあったように

中高生向けのターゲットマーケティングで作られていると言われれば、そうかもしれないですね。
それと、過度に記号化されているところなどは、批評的には便利につまみ食いできる作品なのかもしれないですね。
落としどころまでは見ようとは思っていますが、たしかに語りにくい作品だと私も思います。

> リヴァイアス未見ですが…

囚人022さんの感想をうかがうに、どうやら黒田洋介テイストに横溢したアニメのようです(笑)。あの『ときメモ』を原作にして黒田洋介氏の筆にかかると、あんな風に仕上がるわけで、他のスタッフの方には失礼な話しなのですが、やはり、黒田脚本アニメは、もうほとんど黒田アニメと呼べるんでしょうね(笑)。

「俺がガンダムだ」

>

箇条書きで(各話題がつながってないので)

・当時からよく言われていることですが
 バイファムが「15少年漂流記」なら
 リヴァイアスは「蝿の王」と対比されます。

・リヴァイアスのコミュニティは
 社会の記号化した縮図、というよりは
 教師のいない学校、という印象があります。

・黒田脚本というと当時の作品で
 個人的に感じていたシリーズ終盤のパターンというものがあるのですが、
 これは全話分の感想を出されてからにします。

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