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手塚治虫と富野由悠季という師弟のこと 

[2008/09/16] | 御大 | トラックバック(2) | コメント(4) | TOP ▲

手塚治虫の伝記を書くとき、何が問題かといって、手塚自身が大量の文章を残していることであります。これがもうなんというか、韜晦というかウソというかホラというかハッタリというか、これらが多くて全然あてにならない。

手塚治虫―アーチストになるな (ミネルヴァ日本評伝選)

 これを読んで、「私の言うことをいちいち額面どおりに取らないで欲しい!」という富野由悠季御大将の言葉を思い出しました。トミノ中毒患者でごめんなさい。(笑)

 『だから僕は…』でも、『ターンエーの癒し』でも、丸ごと真に受けたら、やっぱり上記のような言葉が飛んでくるんでしょうかね。

 あ、そうそう。
 富野情報の宝庫「ひびのたわごと」さんと、期待の新星「TOMINOSUKI」さんで、相次いで富野関連記事のまとめがアップされてました。

 けっこう見逃してる記事が多かった・・・。って言うか、こんなに多量の記事を確認していたら、夜も昼もなくなってしまう(うれしい悲鳴)。

 ただ、さまざまな時代の中で発せられてきた、その富野監督の大量の言葉を読ませていただいていると、「韜晦というかウソというかホラというかハッタリというか」が、御大の言葉にあまた含まれているのは自明というか、折込済みというか、とにかく「いちいち額面どおりに取らないで欲しい!」なぁと、これは自戒も込めて思うのでありました。

 kaitoさんが7項目挙げた相似点の中では「2」に近いですけど、「韜晦・ウソ・ホラ・ハッタリ」で「自身を大きく見せたり、逆に卑小に見せたり偽悪的に書いたり、そんなことばっかり」というあたりも、この師弟、実によく似てますねっ!(笑)

 「まとまった手塚の伝記としては、今後第一に参照される本になるのじゃないでしょうか」と漫棚通信さんに取り上げられているこの本、『アーチストになるな』という標題がとても気になります。

富野
 虫プロに入社した1週間以内の時に天井裏の試写室で『ある街角の物語』を見せられました。それの時の印象と、週刊ペースで俗気本まがいのアニメにもならないようなものを作っている漫画家の心とは何なんだろうか、とは本当にわかりませんでした。
 そして、基本的にアニメーションを作るということは制作資本というものが大変にかかる表現媒体なんです。ということは、まずビジネスとして成立していなければ次の作品が作れないという絶対的な身命を持っているということです。手塚先生が児童漫画の漫画家として、世に出てお金を稼ぐことをおぼえてしまった。先生はその瞬間に先生の中にある本当の意味でのアーティスティックな衝動を自覚されたのではないかと思っています。そうなりますと、コミック、アニメという表現媒体が持っている問題を個人が抱え込むことになります。その不幸が虫プロダクションというものを生みもしたし、それから、虫プロダクションが衰退していった原因でもある。それから現在まで解消されずにアニメを目指す、コミックを目指す若い人が自分のアーティスティックな心と、それから表現をとにかくきちんとしたものを作りたいと思いながら、制作資金の面で悩みながら公開する問題、状況を作り出しているということです。で、この問題は、これ以後も永遠に続く問題だと思っています。

 いい話で切るに切れなかったので長文引用すみません。「じつはその問題を一部の制作者とか一部のアーティストに任せるのではなくて、大衆のものにしてしまった、大衆にこの問題を突きつけたというのが手塚治虫ではないのかな」と富野監督は続けておられまして、恩師・手塚治虫から、その課題を継承している弟子なんですね。(言い方はツンデレっぽいですけど。)

 その矛盾を抱えているからこその「韜晦・ウソ・ホラ・ハッタリ」なんではないかと私は思うのでありました。

関連記事

コメント

> 『金と芸術』

この手の話題(ビジネス?)にかんして、分かりやすく解説した本に『金と芸術』があります。私自身も全巻を通読しているわけではないのですが、おすすめです。

あと、アニメは複製技術時代の芸術でありまして、その点で、芸術の政治化を唱えたベンヤミンの古典的名著もあります。金、芸術、政治、という三段話し、ということで。

>

最近、手塚治虫、宮崎駿とボクの大好物の話題が多くて興味深いです。
時に、宮崎アニメにもいよいよ黒澤明晩年作品の「夢」的な、老人独特の時間感覚(ストーリーがなかったり)が見られる中で、富野監督は宮崎駿と同世代ながらいまだに若々しい作品を発表しつづけていることについてはどう思われますか?

> 富野監督作品の若々しさ

私はホントに『ポニョ』見てないので、宮崎監督のことは『ハウル』の印象の延長で、黒澤明で言えば『夢』というのを理解します。なるほど。

富野監督の作品が若々しいのは、作品として世に出すものについて、老人の感覚だけではいけないだろうという考え方があって、スタッフワークを追求しているからだと思いますが、それでも年配者独特の時間感覚が現れていたものとしては『リーンの翼』はかなりそれっぽかった気がします。(『ポニョ』と対照してみたら面白いのかもしれません。)

>

リーンの翼は確かにサコミズが老人の視点でしたね。あ、そうかバイストンウェルそのものが、富野監督にとっての「あの世」そのものだったのかも。

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