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夏の終わりに(「ある種の鈍感さと横柄さ」について) 

[2008/08/30] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 久しぶりの休日で、惰眠をむさぼりました。たしかに明け方になってようやく寝たのは悪かったけど、目覚めたら夕方っていうのは、さすがに呆然・・・。(笑)
 まあ実際、疲れていたんでしょう。

 8月ももう終わりなんですけど、バケツをひっくり返したような豪雨が降ったりしたせいもあって、今年は涼しくなるのが早いような気がします。
 夏の終わりっていうのは、何かいつも焦燥感があるというか。
 学生時代みたいに、無駄に長い夏休みがあるわけじゃなし。今さら夏だからといって、胸がときめくような(笑)、素敵な出来事なんかが起こるわけもないんですけどね。

 自分のペースからすれば暴飲暴食というか、ふだんはわりと一つ一つ咀嚼する意味で、だらだらと感想をメモしながら本を読んだり、アニメを見たりしているんですけど、このところはそのあたりを省略して「次!」「次!」と何かを求めてみていたような気がします。ちょっとした飢餓状態でしょう。いい年をして、そんなことをしてみたって、頭と身体にガタが来はじめてるんだから・・・。

 毎度、耳が痛いんですが(苦笑)、ためになりますねぇ。「ある種の鈍感さと横柄さ」は必要かもしれない。ただし、ノスタルジーに浸るためよりも、もっと建設的に、現代を生きるためのツールとすべきものなんでしょう。(私の感じ方だと、例えばある世代の方々が『エヴァンゲリオン』を前提抜きで、もの凄く重要なものとして語るのも、「ある種の鈍感さと横柄さ」ではないかと思うことがあります。でも、それはたぶん、いいことなのでしょう。)

 個人的な話。先日、たまたま高校時代の先輩にお目にかかりまして、昔話なんかもしながらつくづく思ったのは、「あの頃、何やってたんだ、俺?」という事実でありました。若い頃に体験しておくべき失敗と挫折を、まあ一通りは経験したのだったかもしれません。“自分より優秀なやつが世の中にはいっぱいいるんだ”という当たり前の事実に気がつくことだとか、もっと月並みに“失恋”だとか(笑)。
 そういうのを一通り経験するのは、誰もが通ってくる道だと思うんですけど、私がダメだったなぁと思うのは、一回の挫折でとことん懲りちゃって、それをきちんと直視し、克服してこなかったってことでした。

prisoner022 <恋愛> 挑戦しただけましでは?中学生ぐらいで体験しておくべきことを30過ぎてやるとなるとつらいな、お互い。まあ、そうやって何回も傷つくべきものだろうから、失敗から少しずつ学べればいいですね。

 これは話としてはつまらん話なんですが、タイトルのせいで注目されたんだと思います。コメントは、自戒も込めて本当にそう思ったので、「そう馬鹿にしなさんさ」という気持ちが少しあります。
 蛮勇を奮って告白する側も、それをふる側も、こういうのは「はしか」みたいなもんで、慎重に発症を拒否するよりは、早いとこ免疫を作っておかないと。
 この匿名ダイアリーの筆者は不本意だったかもしれないけど、「純情な○○青年の想いをすげなく断った身の程知らず」というポジションをあえて引き受けた結果になっています。それができたのは「ある種の鈍感さと横柄さ」のおかげでしょう。
 ただ、ふった側もそれでよかったけど、ふられた側もがんばって挑戦したじゃない? ちょっとは懲りたほうがいいけど(笑)、あまり懲りすぎて事実から目を背けちゃ、かえってよくないですよね。やり方はまずかったと思うけど、またがんばって挑戦したらいいと思います。(今度はもう少しうまくやろう。)

 しかし中学生ぐらいの時には、たかが「はしか」なんですけど、頭も身体もだんだんガタが来はじめてくると、これはなかなかしんどい。しんどいんだけど、あまりにいろんな立場をおもんばかってしまうと行き着くところは思考停止なので、「ある種の鈍感さと横柄さ」を指摘されるぐらいにふるまうほうが、むしろ積極的なのかもしれません。

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コメント

> やっぱりメンコの数なのか

トラバの中に、「良い営業マンと悪い営業マン」の話があったんですが、俺自身はこの意見に積極的な賛意を感じないのです。

俺は建築業界のハジッコで仕事をしているのですが、住宅というのはでっかい買い物です。そして、成約すればそれでおしまい、というものではありません。理不尽なクレームと言うのは置いといて、不備があれば対応しなければいけないし、そういう意味で売り手と買い手の関係が終わるものではないからです。
そして多分、どんな業界にあってもそれは普遍の事実ではないでしょうか。商い取引というのはやっぱり、モノとお金だけでなく、人とのつながりで成り立っているというのは真実なのですよね。

逆に言うと、まずとっかかりがあって、いろいろ折衝する打ち合わせがあって、それで一つのものを作り上げていくわけで。美味しいことばっかり言ったところで、売っておしまいに出来るわけではない。責任は取らなくちゃ、なのです。それは信頼関係の醸成と言うことでもあります。そして、まずセールスポイントを何も言わないで俺の言うこと聞いてくれ、というのは、誠実ではなくて只の我が儘です、言い方きつくなってしまいますが。

メリットを述べるのは打算と言えば打算ですが、思いやりと言えば思いやりです。一緒に行きましょうと言う架け橋です。だから、「売れないとクビなんです」という営業は下の下だし、次が続きません。売り逃げするつもりがないなら、悪質な買い手を自分で生産してるようなものです。なぜ自分がこれを売れるのか説明できるのは、営業の基本じゃないかと思うんです。いや俺、営業職じゃないですが(激汗)



そして恋愛、です。
彼の立場を、俺は痛いほど判ります。30前半くらいまで、まさに彼のような堂々巡りの中で生きて来たので。
そして彼女の立場も、痛いほど判るのです。30後半から、ようやくそれまでの教訓が身に付いて来たので。

お互いが手漕ぎのボートで川を進んでいくようなものなのです。それがお金の問題であろうと、性格の問題であろうと、丸ごと収容してもらえるなんてことはないのです。こっちが丸ごと収容するということも、たいていは不可能だし、そもそもそんなことを目指すとこれは行き着く先がDVです。連れ合いが欲しいのにペット作ってどうするのですか。

認めてほしい気持ちが真実であっても、ていうか真実ですが、こっちに相手の現実を認められる気構えがないのに要求ばっかりするのは、「売れないとクビ」営業と同じです。
未来を作り込みすぎて修正できないのも、営業の失敗としては良くあるんではないでしょうか。それもまた、相手の要望を見ていないことの現れになってしまうからでしょう。

ある種のガッツストーリーが好評を博すのは、「すごいことが出来るようになるから」であるかもしれません。でもそもそもその背景には「相手が何を求めているか」を確かめる段階がきちんとあって、「相手の期待に応えたい」自分の気持ちを保持する大切さ、があるからではないかと思います。

弾み車は押さないと走らないものです。始めは、肝心だと思います。だけど、始めたら続けるのがもっと肝心だと思います。少なくとも、続けることは始めることよりも大変ではないと思います。ただし、今までと同じ安楽はないのです。
その先には、でも、新しい景色がある筈です。それを見ることが出来るのは、でもやっぱり、自分の目、なのです。

いつも以上の長文、ごめんなさい。

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