『宮崎駿は女をわかっていない』???
[2008/07/24] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(8) | TOP ▲
古くからの友人から、宮台真司さんが『崖の上のポニョ』をラジオで語っていた内容が面白かったヨと聞かされて、興味を持ったのでググってみたら、何と文字起こししてくれているサイトさんを見つけたので、ネットの神に深く感謝!
宮崎アニメが大好きだという宮台さん。「飛行視点」という言葉を出していて、一番好きな作品は『ラピュタ』だそうです。

飛行しながら風景の流れ、風の匂いということで言うと、ナウシカ、ラピュタは圧倒的なんですよ。ストーリーがわからなくてもふんわり浮かびたいなという子供の願望に直接応える意味では2本の映画は子供にもわかる。ストーリーがわからなくても楽しめる。
この次の話が面白すぎます。よく言われる話ではあるけど、本人に面と向かって言っちゃいましたか。鈴木Pとかが青ざめて、大慌てで宮崎監督をなだめている図を想像して笑っちゃいました。(笑)
前に宮崎駿さんと対談した事があるんですが、30秒で決裂して鈴木敏夫プロデューサーとか、日テレとか徳間の偉い人が取り持ってくれて対談が継続したんですが、私が彼を怒らせたきっかけは「魔女の宅急便」と「耳をすませば」について宮崎さんは女をわかっていませんねと言ってどうも彼を直撃したようです。図星だったようです。それは僕が少女漫画評論家を看板にして女の子がわかっているマンガと女の子がわかっていないマンガは一目瞭然で、宮崎さんのこの2本の映画はわかっていない。僕の大好きなラピュタの女の子シータ、あるいはコナンの女の子ラナちゃんと同じでしょう。出てくる女の子のキャラクターが造形さえ違え同じで、いつも同じずりネタみたいな感じ。そういう意味でわかっていないんだな。観念しかないんだなと思った。
男の子が女の子を知らない段階で女の子にはこうあって欲しいなという時の女の子ヴィジョン。現実の女の子を知らなくてもこうあってほしいなとい生きる願望だけで生きる生き方もあります。宮崎さんの生き方もいいと思います。空や雲や風を描いてくれたからいいです。
宮崎アニメ好きとして、アニメーターとしての力をすごく褒めています。
町の中をどう作るか場面設定も同じ。動きをどういう風にするのか、動きをどう見せるのか。実写と違ってアニメーターがコントロールできる。動きがどうなっているのかを日本のアニメーターの中で初めて重視した人ですよ。ディズニーとは違うのは空間の中を動くという概念を初めて世界に提示した人。
でもまあ、「みんなヒューマンドラマに感動しているつもりでも本当はそういうところに感動しているのではないか。実は。」というのは、なかなかキツいですね(笑)。
このブログの筆者さんも言っておられますけど、「画作りの人」というのは私もそうなんだと思います。それが正当な“アニメーション”だろうという意見は当然あるでしょうけど、それだけでもないでしょう、とも。ただ「画作り」で頭抜けているだけでもすばらしいというのにも、私は同意します。
宮崎さんは「原作クラッシャー」の癖に原作がある作品のほうが出来がよいのは何故なんだろうかと前からよく言ってますが、画面作りの人だからと言われれば、なるほどそうかも。
昔の作品では、あまり得手ではない物語作りに自分を投影することは控えていたのかもしれなかったですけど、今は“怖いものなし”なんで、平気でストーリーにも自分の趣味を押し込んでくるから、近作のいくつかは「気持ちいい」のか「気持ち悪い」のか、よく分からない作品になっているような気がします。
なんだか『ハウル』、『千と千尋』、『もののけ姫』などを、そういう眼で見直してみたくなってきましたよ。(笑)
以下余談。
『ぽにょ』話のついでに。(via テケリ・リ! - カオスの縁 ――無節操日記)
この作品は、だいぶ「クトゥルー神話」を踏襲した創りになっており、そういう見方をするといろんなことに説明がつき、全然わからないことなんかなくなります。
ん?「クトゥルー神話」?・・・ということで、Wikipedia。
なるほど、興味深いですね。
ただまあ、ブクマコメントの中に、
でも劇中でポニョをブリュンヒルデと呼んだりと明確に北欧神話の話してるよな。それをそっちにもってくのはどうなのか。
・・・というのがあって、それもごもっともだなぁと。そういうわけで、
で、この方向性で面白かったところ。(笑)
ただ、富野スキーがブリュンヒルデと聞いて思い出してしまうのは、こっちの絵づらだという・・・。(笑)
『キングゲイナー』に出てくるブリュンヒルデって、そういう悲しい名前だったんですね。
・・・っていうか、ぽにょがこれになったら怖い。(笑)
・・・っていうか、なんちゅうか、どうもまだ見てもいないのに『ぽにょ』話で盛り上がるのも気が引けるんですけど、ついついネタ方向に行ってしまうのは、「ラジオ映画館」さんが書いておられたように、
竹熊健太郎さんが指摘しているが、劇場映画で大きな企画になりすぎていてジブリは製作費も膨大で失敗できない状況になっている。テレビアニメくらいから始めたほうがいいのではとおっしゃっていた。そのとおりで失敗できない状況というのは冒険が出来ない状況でジブリも苦しいと思う。
・・・というようなこともあるんだけど、そのわりにはけっこう無茶な冒険を宮崎さんはやってるような気もしないでもないです。そういう、内容を正当に訴えて大人気なのなら何とも思わないのですけど、内容がどんな冒険であっても宣伝の威力で絶対に失敗しない状況を作っちゃうというのが、何だかどうも。
何しろ、私がそれを嫌がってるのを知ってて、わざわざ着メロを「♪ぽーにょ、ぽにょぽにょ・・・」にして聞かせてくれる友人が身辺にいたりすると、別にアンチではなかったものが、かたくなになってしまったりとか。ひそやかな悪意というのは、このように何でもないところから育ってしまったりするんですねぇ(笑)。
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宮崎駿
コメント
TBどうもありがとうございました。
ブログを取り上げていただいてありがとうございました。
クトゥルー神話、ブリュンヒルデの話はとても興味深かったです。
宮崎駿が無茶をして冒険しているとの指摘は今回の映画を見れば確かにそうだと思いました。マーケティングやほかの人の意見を反映すれば、このような作品にはなっていなかったでしょう。息子と違って稀有な才能の持ち主だと思います。彼にしか表せないような世界観でした。けれども、あまりにも唐突な話の流れには乗れませんでした。宮崎映画は毎回興行的には成功しているので、1度失敗してからの宮崎アニメを観てみたい気もします。
こちらこそありがとうございました
『未来少年コナン』以来、宮崎監督の場合は、ベースとなる原作があってこそ暴れ放題、腕を振るえるのではないかという気がします。今回は、そのへんを神話的なものから採ったようですね。
何をやっても興行的に失敗することはないというのは、作家として恵まれているのでしょうが、それだけに、何かと闘いながら作品作りをしたほうが、稀有な才能を活かせるのではないかと思います。例えばもう一度高畑さんと組んで仕事したりとか、もう無理なんでしょうかねー。
宮台さんの分析は大変面白くて、やっぱり頭のいい人だなということと、もう一つは宮崎アニメへの愛を感じました。良いものを読ませていただいて、本当にありがとうございました。
資本主義の文脈の中で作品作ってる以上、ある程度仕方の無いことで。
ここに、現代において作品を作る事の、根源的な無茶があるわけです。
つまり企業としてやっていくなら、必ず前年より多く利益を挙げて
「成長」しなくちゃいけない。
従って作家は、必ず「前作より儲かる作品」を作らなきゃならない。
結果として、前作より壮大に、前作より派手に、前作より劇的にしていく。
ハリウッド映画の2、3とかそうですよね。ゲームでも今同じ事が起こってます。
これが、創作という行為において如何に不自然な形か、
少し考えていただければお分かりになるかと思います。
(余談ですが私がここ数年、某同人シューティングに夢中になっているのは、
一つにはその作り手の方が「同人なんだから全然売れなくても構わない」
というスタンスで、「前作よりパワーアップしたりはしない作品」を
定期的に作り続けている、その出来がすごく気持ちいいからだったりします)
そうした社会的制約を考えるなら、ジブリのやり方は正しい。
そして、そういう制約の中でなお、今回のような思い切った作品を
作ってきた宮崎監督も、相変わらず気概はすごいなぁ、っていう感じがします。
無論、作品そのものの評価とは、分けて言うべきことですが。
表題の件については……まぁ、散々言われてる事ではありますよね。
事実、女性像もそうだし、宮崎は「子供」も同じように観念的に描いてます。
5歳児ってそんな純朴なばっかりじゃないですよねぇ(笑
テレビのバラエティまねしたり、ウンコウンコ言って喜んでたりしますしw
無意味に蟻を虐殺したりしますし。よくポニョは犠牲にならなかったものだ(ぇ
非アニヲタ、サブカル系文化人の典型
>>動きがどうなっているのかを日本のアニメーターの中で初めて重視した人ですよ。
は、言葉のアヤかも知れないけれど、ああ、この発言をしている人は非アニヲタなのだなぁ、と思うわけです。いずれにせよ、宮台氏を始めとするコミュニケーション能力の高さで勝負しているような文化人は、ある意味、最強です。
宮崎駿が受けた主な理由は、やはりヒューマンドラマとしての面白さではないだろうか。ただ、ヒューマンドラマに注目されやすいけれど、それだけではなく、アニメーションの動きとしての面白さも持っているよというものではないだろうか。
ブリュンヒルデという名前は、不細工なポニョの容姿の割には立派なお姫様みたいな名前という落差による可笑しさを狙ってのことではないかと思う。
ハウル、ゲド、そして今回のポニョで、宮崎駿に期待していた観客はずいぶん期待はずれの思いをしたのではないかと思う。私個人はポニョは子供向けだろうと特に期待もしていなかったので期待はずれもなかった。ただ、宮崎駿が引退した後に彼のような豊かなアニメを作れる次世代のアニメーション監督が現れることを期待している。また、富野由悠季についても同様で彼の後継者が現れることを切に願っている。
見てきました。
幕が下りた間際の観客の反応はというと、父親は洟をすこしだけ啜り、母親はおもしろかったね、子供に声を掛け、一部の子供は強烈なイメージに竦み上がっていました。多数の子供はエンドタイトルのポニョの歌を合唱していましたが。
確かに、この映像は今までに見たこともないものです。そのイメージの奔流に意識が飛ばされる思いすらしました。
ストーリーといえば、多分、この映画にはストーリーは無いと思います(^^) この映画の蔵している情報量は、一度では理解できません。何度も見て、ようやく宮崎監督の云いたいことが判ってくるのかもしれません。が、何度も見たいかというとちょっと微妙ではありますが(爆)
思ったのですが、この映画ほど子供に両親の解説が必要な作品は珍しいのでは無いでしょうか。そういう意味でも希有の映画だと思います。
さもありなんという感じです
みなさんすごい分析で勉強になりました。
ありがとうございます。
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