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突然、「靴磨き」というマイブームが到来。 

[2008/07/03] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲

 タイトルのとおりで、昨日ぐらいから突然、「靴磨き」というマイブームが到来。何だか仕事をしていても、そわそわ。ちょっと手が空いたら物陰でごしごし磨いてるとか、そんな感じ。(笑)

 しかし。もう何年はいているんだろう?少しは磨き甲斐のあるような靴であれば、まだいいのですが。そもそも頑丈なだけがとりえで、そんなに高い靴でもない。なおかつ日々、非常~♪に酷使してきた歴戦の勇者でありまして、なんつうか、もう、見る影もなくぼろぼろです。何しろ私と来た日には、身なりとかあんまり構わない、ものぐさな性質なもので、これまで手入れなんてろくにしたこともないのですよね・・・。

 近頃なんとなく、はてな界隈などで、「承認欲求」がどうのこうのという話などを、ちらほら読んだりしています。周りの人たちに(かろうじて)存在を認めてもらえる、(必要とまで行かないかもしれないけど)そこそこアテにしてもらえる、(あえて斬られない程度には)何とか繋がり感を保っている・・・。難しい話はよく分からないんですけど、その程度の最低限のレベルの欲求(自意識?)ですね。考えてみると、たしかにこれは絶対防衛ラインという感じで、何とか確保しておかねばならないと、いくらものぐさな私でも無意識に周りとの折り合いをつけているもののようです。

 こんなのは、いろいろ議論されていることの本筋とは、たぶん大幅に外れてる、イタい反応なのですけど。

 「承認欲求」というマジックワードを聞かせられて、私の場合は、急に周りの人たちに自分はどう見られているかということが、(久しぶりに)自分の意識の表層に上ってきたような気がします。急に背筋を伸ばしてみたり、・・・というよりは、いつのまにか無意識に背中を丸めていたのに気づいた感じですね。

 靴磨きというのは忘我には最適なメソッドでもありまして。どうして自分はこうも身なりにかまわないダメ男になっちゃったんだろうかなどと、ぼんやり考えていると、意識の奥底のほうに沈めてあった、かさぶたのような記憶がなんとなく思い出されたり。
 勿体つけて言うほどのことじゃないんですが、16歳の冬のある日。それなりに相手にも好感を持たれているという自信を持って、生まれて初めて「告白」というものをしてみて、これが見事なまでに玉砕(笑)。
 言うのも恥ずかしいんですけど、その夜、粉砕された承認欲求を抱えてまんじりともできず。頭の中は真っ白。何でそこまで思いつめなきゃならないのよって今だったら思いますけど、どこかでそんなことを実行するわけがない自分も知っていながら、ナイフと手首を見比べながらどれだけの時を過ごしていたのやら。まあ、パニックだったんですね、きっと。
 それが不思議と失恋そのものでは泣けなかったんですけど。こんなことで死んじゃうかもしれない自分って、何てかわいそうなんだろう・・・とか、ふっと思ったら、これがびっくりするぐらい急に涙がこみ上げてきて。そういう馬鹿な自分の姿というのも頭のどこかでは客観視できていたんですけど、だけど白々と夜が明けるまで、いつまでもいつまでも涙が止まらなかった。・・・そんな遠い記憶がふっとよみがえってきました。

 たぶんあれ以来ですね。まあ、ものぐさは元からでしたけど。自分を良く見せて相手に認められたいと意識することを、むしろかっこ悪いとか何とか自分に言い訳を付けて忌避する性癖が付いてしまったのは、たぶん、あれ以来じゃないかと。
 まあ、「あの葡萄はすっぱいに違いない!」という、過剰な防衛本能なんでしょうけど。前にもまして、身なりに気を使わなくなってしまいました。人が大勢集まるところもなるべく避けるようになっちゃったし、若者らしくワイワイ騒ぐようなことも、すっかり苦手になっちゃいました。そしてあれからウン十年・・・(笑)。

 どこでどう回路が繋がって、靴を磨いてみようと思ったんだか、よく分かりません。まあ、こんなぼろぼろの靴を今さら磨いてみたって、・・・と思ったんですけど、今まであまりにも手入れも何もしてこなかったんで、磨いたら磨いたなりには、見栄えがましになるんで、逆に驚いてみたり。もちろん、客観視すれば、ただのおんぼろな靴なんで、こんなことで周りの人から見栄えを評価されるようになるなんて、期待なんかしていないんですけど。
 ただ、なんていうのか、磨いたら磨いただけのことはあるなぁというのが、誰にも評価されなくても自分自身にとって楽しいということを発見したのが驚きだったという、そんな感じです。ここで手っ取り早く、買い換えればいいじゃないというふうには、さすがになかなかならないんですけどね(笑)。
 自分を根底から変えてまで、あくせくしてみても、やっぱりどうせモテないよとか、そういうのは相変わらずあるんですけど、まあ、あるがままの自分を、せめて自分ぐらいは認めておいてやらないと、あまりにかわいそう過ぎるし(笑)。で、それがいつの間にか、諦めになっちゃっていたんですけど、どうも本当はそうじゃなくて、あるがままの自分を少しは磨き続けてやろうという気持ちを持てなくなっていたのは、それもやっぱり自分で自分を認めてなかったことで、どうやらかわいそうだなぁと。

 とにかく、ものぐさなのは、これはどうにかしたいと思ってもどうにもならない部分もあって、いつまで続くんだかぜんぜん自信はありません。でも「承認欲求」というのは、これは私には不思議なマジックワードとして働く面があるということを発見したので、これからもときどき思い出して、ぶつぶつと自分につぶやいてみようかと思いました(笑)。

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[tag] 日常雑記 fc2ファビコン オタク fc2ファビコン 非モテ fc2ファビコン

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コメント

> 靴を磨くのは…長持ちしてほしいから

という、即物的なワタシです。

> 僕も長持ちのためですね

きれいな物は性能的にも良いと思います

>

>磨いたら磨いただけのことはあるなぁというのが、誰にも評価されなくても自分自身にとって楽しいということを発見した

なんか、この一文読んですごく爽快な気分になりました。

>あまりにかわいそう過ぎるし(笑)
という落としどころが、兄ぃらしいなぁ、なんておもいますけど(笑)。

まず楽しいのが一番だと思います。
楽しんでる姿と言うか、自分が好きだと自覚してる事以外に楽しめる事が増えてく姿って、結構外に伝わったりするのかもしれないって、このごろ思います。だいたい、モテたくってあくせくする事がモテる事に直結する事って、まず無いし。そういうのは度外視で。


かくいう僕はズック靴ばっかりで磨ける靴はほとんどないですが(激汗)

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