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映画を撮らせてもらえないルサンチマン、などという過去形の話 

[2008/06/08] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲

 なんだか普通のアニメ感想を書くやり方を忘れてしまった!で、今度はひとさまのブログで、言及いただいていたのでお返事のコメントを書いていたら、だらだら長くなってしまったので、トラックバックにさせてもらいます。

僕としてはミュージカルとかオペラのように、つまり時間軸に沿ってテンポがはまりきっているような感じもした。
それでいて、現代タレントの芝居でもあるので、はまったままなのだ。
あと、カメラポジションもセンターがメインで、視点が簡単だ。
でも、逆にこれは萬画にした時にコマ割が単調だなあ。
いや、僕が好きなアニメの構図が凝り凝りなのかもしんないけど。

 私は印象論でしか書けなかったのに、ちゃんと具体的に検討してくださっていて、グダちんさんは、偉い!と思いました。ありがとうございます。
 昔は、映画が撮らせてもらえないルサンチマンの塊のような人たちがTVドラマを作っていたりしたのかなぁとか勝手に思ったりしています。(これだと富野監督の話っぽいけど・・・。)
 多くの視聴者に求められているTVドラマのクオリティって、見終わったらスッキリするのが大事なことで、あとから何度も反芻したくなったりとか、そういうのは余計なことなのかも。マンガで言うと、週刊ペースで読み終わったら惜しげもなく廃品回収へ行くのが標準的な消費者のスタイルで、単行本を買いたくなっちゃうのはあくまで例外的扱い、とか。そんな感じ。
 あれもこれも気になった作品の単行本を買いだしたら、きりがないぐらいの量がある。昔はどうだっただろう?まだ子どもでアンテナが発達していなかったせいもあると思うけど、気になった作品の単行本ぐらいは、集める気になれば集めることができたような気がします。

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コメント

> ヌーベルバーグかも(笑)

図式化すると、富野的「映画」とヌーベルバーグの二項対立です。かなり強引かもしれませんが。

>

*きちんと調べてるわけじゃないし、
*生まれてもない時代のことなのでもっと詳しい方がいれば
*教えてください

>昔は、映画が撮らせてもらえないルサンチマンの塊のような人たちがTVドラマを作っていたりしたのかなぁとか
日本の場合、娯楽の王様が
映画からテレビへと移行して言った時代というものがあって
ようするに映画界で仕事がなくなった人間が
TVドラマ制作に関わってきていたようです。

というか
ウルトラファン的に言えば、ウルトラQのコンセプトは
怪獣映画を毎週お茶の間に届ける、という円谷一の意図が働いており
一本あたりとんでもない制作費のものを作っております。
新マンあたりからかなりの経費削減を行っておりますが、
現在に至るまで30分のTVドラマとしては破格で
放映期間にペイすることはないという構造だそうです。

「必殺」オタ的な話で言えば、まさに映画のスタッフが揃ってたというか、深作欣二監督が必殺仕掛人の第1話でメガホンを取っていたりします。

関係ない話かもしれませんが。

TVドラマの軽薄化は80年代という時代を紐解く必要があるような気がしますし、
他にも、
予算と視聴率主義とかTV番組制作そのものに関わる環境について
検証しないと現状の理解は難しいのかもしれません

> 富野信者から見れば…

フィクションに限定して言えば、富野監督作品以外の、あらゆる映像作品は軽チャーかも(笑)

イデオンを見て、あのカタストロフィに、スッキリする観客も少なくないやも知れず、なんともかんともです。

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