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近ごろのTVドラマは、“まんがチック”にデフォルメされた表現が多かないですか? 

[2008/06/04] | 随想系 | トラックバック(1) | コメント(12) | TOP ▲

 例えば、私はあまりテレビを観ない人ではありますけど、テレビのドラマに、やけに“まんがチック”にデフォルメされた表現が増えてきたように感じられること!(実際、コミック原作がかなり多いんだろうなぁ。)
 もちろん、製作サイドの人たちにまんがっ子世代の人が多くなってきたのもあるでしょう。

 何ちゅうかですね。あくまで私の体感レベルの話ですが。むしろある種のアニメのほうが、“まんがチック”な表現を退けようとしてるものが多いんじゃないでしょうか。世の中の人たちには、アニメというとみんな「萌え~っ!!」だと思ってる人も多いみたいですけどね。(笑)

 “まんが”と“アニメ”は、(特に日本では?)かなり昔から親戚なんですけど、だから仲がいいとは限らなくて、むしろアニメは(特にオリジナル志向のアニメ作品は)“脱マンガ”を目指してきたところもあるんじゃないかと思います。

※コメントのご指摘により追記:
 ここで私の念頭にあるのは、『ヤマト』以降、とりわけ『ガンダム』以降で、下記のNishinomaruさんの説を採り入れるなら『エヴァ』までのアニメのことで、最近のアニメのメインストリームからは外れた物言いかもしれません。うーむ・・・。

 アニメ好きだから“まんがチック”な表現も好きだろうなんて思われたら、私などは戸惑うわけです。そりゃ少々デフォルメされた表現だからって、ビックリして拒否反応なんか示したりはしませんけど。・・・昔は世の中に“まんがチック”なデフォルメに抵抗を示す人が多かったと思うんですけど、今はそんなこともなくなってきたのかもしれないですね。

『エヴァ』は1990年前後のアニメ人気の終わりの始まりでした。『エヴァ』は、これは印象論だけれど、アニメから『ウルトラマン』『仮面ライダー』という実写へ、人気を橋渡ししたと思うのです。というか『ガンダムW』も『エヴァ』も特撮ヒーローものの方法論を引用していたわけです。

 何が「おたく」かとか、よく分からないし、どうでもいいって、この頃うわごとみたいに言い続けているんですけど。ロボットアニメの中だけで、「スーパーロボット」系とか「リアルロボット」系とか言っているのも、なんかあんまり的確ではなくて、“やっぱヒーローものなのかもね!”と視野を広げて考えるほうが、あってるのかもしれないなぁと思ってみたり。
 ちょっと前に流行った韓国ドラマなんかでも、昔々の少女漫画みたいなデフォルメされたストーリーだなぁと思ってましたし。会社のオツボネ様たちには、アニメ好きは白い目で見られているわけですが、貴女たちが昼休みに大声で感想を述べ合っているTVドラマの話のほうが、よっぽど荒唐無稽な内容にしか思えないのは、単に私の嗜好に合わないっていうだけなんでしょうかねぇ。

 どうせデフォルメするのなら、『コードギアス』ぐらい派手にやらかしちゃってるのが面白いと思うのですが、ネットでの評判に比べて視聴率的には苦戦してるらしいとか漏れ聞こえてくるのは、あれはネットで感想を反芻しながらじゃないと、込み入った話の内容が理解できないからなんでしょうか。韓国ドラマなんかでも、何じゃそりゃみたいな難しい言葉が飛び交っていたみたいでしたけどねぇ。(チャングムやらに出てくるヘンサンゴン様だか何だか?とか・・・聞くでもなしに聞いていると、だんだん頭が痛くなってきたものでした。)
 ブログで感想を反芻しあうのと、昼休みにでっかい声で感想を話し合うのと、何がそんなに違うのか私にはよく飲み込めませんけど(笑)、こっちのほうがあまり人の迷惑にはならないと思っているのは私だけでしょうか・・・。

以下追記

 既にコメントいただいているのに、書き忘れたことがあるので追記しちゃいます。

 私もマンガはきらいじゃないので、マンガそれ自体ではなくて、マンガ的な消費のされ方ということで聞いてもらいたいのですが、読んだ刹那、「うぉぉ」と燃えたり、笑ったり、感動して泣いたりもして、でも読み終わったら、くずかごにポイっと言いますか。つまり、読み終わったあとにはサッパリとして、あまり尾を引かないものが好まれるというようなこともあるのかな、と感じたりもします。(微妙にのりのりさんからいただいたコメントにも関連しますが。)
 そういうのも、もちろんあってもいいと思いますが、私は読み終わったあとにズシッと重いものが残って、何度でも何度でも読み返して反芻したくなる、そういう作品が好きなんですね。アニメでも、マンガでも。

 そういうものが遠ざけられているという。そんな印象もあります。
 理性でねじ伏せようとしても、どうしようもなくこみ上げてくる情に衝き動かされてしまうのが、人間の「業」というお話を、その前のコメントでいただきましたけど、私が魅力を感じるのも、まさにそうした物語で、「頭でっかちで理詰めな作品」がよいと言っているわけでは、もちろんないんです。

 十人いたら、十通りの感想が出てきて、互いに「うーん・・・」と言うようなのが、私の好みなのだと思います。
 「昨日見たー。面白かったよねー。」「だよねー。」「あれ馬鹿馬鹿しいところがまたいいよねー。」「だよねー。」で、終わっちゃうようなのが多いなぁと。何だか腑に落ちない気がするのです。

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コメント

>

おそらく正解と思われるものを一つだけ書くとすれば
キャラの性格、物語の設定、そういった諸々を
分かりやすくしないと視聴者がついてこれないからでしょう。

まんが、アニメ、ドラマに関わらずインパクトある設定部分(売り)以外は
かなり単純明快なものが多いかと思います。

複雑なドラマもあるよ、ということもありますが
これもなんというか、「複雑にすること」そのものが目的のような
作品が多いのではないでしょうか?

Z劇場版や、ヱヴァ序で感じたのですが、
登場人物の変化を細かい芝居の部分で違いを見せていたなと思えたのですが、
他の感想を見ると私のような見方が少なくはないにせよ、
ラスト予想や、新たに提示された記号から謎を推測するファンの方が
いまだに多数派を占めていた事にちょっと驚いてしまいました。
複雑さは謎解きのための味付け、のように作り手も受けても理解しているのかなとも思えます。

どうも「頭でっかちな人が理詰めで作った作品」という印象が強いかな。
そう思う作品にも泣ける、笑える作品は多いんだけど、
視聴者に要求する喜怒哀楽もはっきりしていて
腹の底からずしんと来るような「情念」を感じるには理が先に立ちすぎているような…。

と、私の言葉の方が、言葉が踊りすぎて理に勝ちすぎてるかもしれない。

韓国ドラマは昔の日本の昼メロに雰囲気が近いらしいですね。
あと、台湾ドラマだと素直に日本マンガが原作のものが多いようですが。

> 追記しました

すみません。少し書き忘れたことがあって追記しました。
微妙にコメントいただいた内容と対応してるかもしれません。
しばらくブログを遠ざかっていたので、本当にブログの書き方を忘れちゃってる気がします。(笑)

> お手本が漫画しかない

>むしろアニメは(特にオリジナル志向のアニメ作品は)“脱マンガ”を目指してきたところもあるんじゃないかと思います。

 ここにちょっと異論を唱えさせて頂くと。
 最近のアニメは、むしろ「漫画的」な紋切り調の演出が多く見られるように感じていました。たとえば男が照れると必ず右手を後頭部に回すとか、妹キャラが怒ると両手を腰に当ててえっへんポーズをするとか。
 CGの発達によって実写さながらの映像を実現出来るようになったからこそ、むしろ「漫画的」演出が目について。
 思うに、制作者の世代交代にともない、若い世代があまり演劇や映画を目にする機会が無く、もっとも漫画と親しんできた世代ゆえに、息をするが如くに作品が漫画表現的になってしまうのでは。

 何度も繰り返して恐縮ですが、マクロスFや図書館戦争はキャラクターに「演技をつけて」いる優れた演出家による作品であり、一部「漫画的」演出を意識的に取り入れている良作と受け止めています。
#ドラマとコードギアスは見ていないのでコメントできません。KYでスミマセン(^^;

> 異論歓迎。というかむしろ、なるほどと賛同。

>最近のアニメは、むしろ「漫画的」な紋切り調の演出が多く見られる

「漫画的」演出の分かりやすい例示、ありがとうございます。
“異論”の趣きも、まったくおっしゃるとおりですね。アニメもどこかで「脱マンガ」は忘れ去っていってしまった事実を、すっかり見逃しておりました。

“特にオリジナル志向のアニメ作品は”・・・という中で、私の念頭にあったのは、『ヤマト』以降、とりわけ『ガンダム』以降、Nishinomaruさんの説を採り入れると『エヴァ』までのアニメのことかもしれません。うーむ・・・。

> 伝統芸能化

紋切り型は「漫画的」というよりは伝統芸能化かもしれません。引用されている拙稿は「エヴァ以前はアニメ冬の時代」という見解に対する、僕の応答です。『エヴァ』を区切りとすると、見えなくなることもあるのではないか、という立場から書いたのです。

> 波があるんだと思いますよ

「昨日のやつ面白かったねー」「そうだねー」
で終わる作品も必要というか、そういう需要は必ずあると思います。
重い話ばっかりじゃ疲れてしまいますし。
ラーメン食べながらずずずーっと見て、見終わったら面白かったおしまい、
っていうのもあった方が良いわけです。
コース料理ばっかじゃなくて、たまにはお昼をサンドイッチで済ませたい日も
ある、みたいな、そんな感じ。

けど、あんまり軽いものばかりになってきたら、揺り戻しは必ずありますよ。
いきなりとんでもなく難解で重い作品が流行り始めたりして、
かえってびっくりしてしまったり。
かつて本格ミステリで京極夏彦が流行ったのに立ち会った私が断言しますw
まあだから、私はドラマもアニメもほとんど見てない状態ですが、
今はたまたま軽いもの中心のターンなのかも知れませんね。

> 伝統芸能というと、

保護が必要なのかと思ったりしますが。(笑)

お約束のマンネリ芸という様式を見ることで、人々は安心する。それを伝統芸能と呼ぶんですかね・・・。
様式が美として成立した瞬間には、その様式を必要とした理というものが必ずあったんじゃないかと思います。その理が省みられることなく、ただお決まりの様式だからと何の疑問もなく用いられだした瞬間から、形骸化してしまうんでしょうね。

Nishinomaruさんの記事の引用は、少し趣旨を読み違えて、引いてしまったかもしれません。失礼しました。

ただまぁ。それでもなるほどなぁと思います。漠然と感じている違和感について、いろんな視点を与えてもらえてありがたいです。皆様に多謝。

> メインストリーム

たしかに、イケメンライダーからヨン様という流れ(ストリーム)は、トレンドウォッチャー的にはリアルかも知れません。一方、目をアニメに転じると《最近のアニメのメインストリーム》とは何だろう、と、考え込んでしまいました。うーん。

> コメントを編集するとタイトルが飛んじゃってました

いろいろすみません。
自分でもやっちゃったので気付きました。
バグは修正したはずですのでお試しください。

コメントに追記:
お手数おかけしました。
テンプレートの模様替えは案外すんなり行った・・・とばかり思っていたのですが、
これがなんかえらいことになっちゃってまして。(滝汗

> 紋きり調の演出が多いのは

一つには「多さ」って絶対あると思うんですよね。今、週に70本近く新作が制作されています。この量は「普通に社会生活を送りながらでは絶対全部は視聴できない量」だと思います。そしてここ何年もこの状況が続いているんですよね。

言ってみれば「作る側も、そこまで拘って作ってはいられない」と思う訳。

特にアニメやドラマの演出なんて、やりたいからと言ってすぐさせてもらえる様な業種でもないので、どうしてもそうなれば「一つ一つを薄くせざるをえない」と思うのです。

需要や供給と考えると、どうしても意図的にそうしていると思いがちですが、状況による「不可抗力」もあるんじゃないかなぁ。私はそう思うんだけど。

>

大衆化したメディアは
大衆すべてを相手にするために
要求する理解力のレベルを下の方に合わせてしまいがちなので
基本的には分かりやすく単純な表現が主流になるのは
免れないでしょう。

どのタイプの作品であろうと、一定以上、深い内容の作品に
しようと思ったら
要求される理解力のレベルが高くなります。

それをやろうと思ったら
共通の趣向、知的レベル、世代とかさまざまな要素について
大衆を層別したある種の共通項のあるまとまりにしたほうが良いでしょう。

例えば…
恋愛について考えることに特化している少女たちには
到底私の思考レベルは追いつけません。
たとえそれ以外の描写のレベルが低いなと思っても、
恋愛について考察する面において、少女マンガのレベルには
一生たどり着けないと思います。

閑話休題

まあ、それはともかく
ある一面でも深く追求した作品を要求するのであれば
共通項を絞りに絞って
層別を狭く、さらに狭くしていく必要があるでしょう。
まあ、本来その層を○○オタクというのでしょうけどね。

ですが、オタク界隈そのものが増殖し、
内部でも趣向が多岐に渡ってしまった現在
先鋭化した小さな市場しかないのでしょう。

それに対し、ゆるい表現のまんが、アニメ、ドラマであれば
まだ、一般人や若い世代を引きずり込む予知がある
だからマンガ的表現のものが増えるのかもしれませんね。

その場合、表現をより豊かな情報を持つものにしようと思ったら…、真面目な意味での知的水準を上げなきゃ無理なんじゃない?

市場を狭くするか、全体の知的レベルの底上げ
の2種類くらいしか道はないし
一ファンがそれをどうこうコントロールできるわけじゃないので
ただのヨタ話ですが。

> 笠原の演技

 図書館戦争第8話「策動セシハ手塚慧」を見たんですが、査問会に呼び出された笠原郁が堂上教官に、「辛いことがあったら俺にいえ」と約束させられた時、笠原がちょっと身を引くように頷いたんですよね。
 女らしい仕草もない山猿女の笠原が、反発しながらもどこか依存している堂上教官に対する心の傾きを、その「引き」が表しているようで、いかにも演技付けてる感じがして良い意味で鳥肌が立ちましたです。

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マンガチックなドラマ

正直言って、囚人022さんとこのコメント欄は恐ろしい。 何故かというと、色んな凄い人たちが僕が付けそうも無い論述をバンバン出してるからで...
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