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『新造人間キャシャーン』 最終回近辺の話その2(今回は主に33話) 

[2008/05/13] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 仕事のほうは、ようやく少しは落ち着いてきたかなぁ。まだ休める感じではないんですけど、パニック状態からは脱出できたかもしれないです♪

 さて、『キャシャーン』最終回の話の続きです。ほぼ記憶だけで、けっこう語れてしまうところが、なかなかオツなところ。(笑)
 だけど、どうにもすぐに脱線するので、最終三話のタイトルをまず書いておきますね。

  • 33話  スワニー危機一髪
  • 34話  キャシャーン対ロボットエース
  • 最終話 地球最大の決戦

 キャシャーンって、視聴率的にはどうだったんでしょうね。ガッチャマンのような伝説的レコードになってなかったことは間違いないんでしょうけど。ただ作り手側からしたら、ガッチャマン以上に本気で「ハード路線」を狙いたかったんだろうなぁということはうかがい知れます。
 けっこうガッチャマンに負けず劣らず好きな作品ではあるんですが、あれに比べてしまうと歴史に名を残し損なった意欲作っていう気がして。それは予期せぬ「打ち切り」によるだけのものでもなかったんじゃないかと思うので、好きだからこそ残念だった部分を考えてみたくなります。

33話 スワニー危機一髪

 毎週テレビ放映されるシリーズの中で、作品を通してのストーリー性というのをどう見せるかって言うのは、それが当たり前みたいになっちゃった今では想像もつかないぐらい難しかったんじゃないかと思うのですよ。(まだ“アニメ”ではなく“テレビまんが”と呼ばれていた時代の話。)
 各回ごとに一話完結の面白さを持ちながら、シリーズとしての醍醐味をどう入れ込むかと言うときに、『ガッチャマン』がうまかったのは、個性的なキャラクターのそれぞれの物語を入れ代わり立ち代わり、長いシリーズの中で少しずつ重ね合わせながら展開させていったので、自然にスパイラル状にストーリーが盛り上がっていったんですね。これが群像劇の妙味ってヤツですかねぇ。
 それに対して『キャシャーン』は主要登場人物が少ない!その分、各回のシナリオは凝っていて、ガッチャマン以上にずしんと重い内容を持たせているんですけどね。残念ながらそれぞれに優れているだけで厚みが出にくかったうらみはあるような気がします。

 “ラスト三話”と言いながら、この33話はあとの二話と連続性がなくて、ラスト三部作の構成にはなってないんですね。(打ち切りが決まる前に33話は、もうある程度作っちゃってたのかも。)だけど、強大な敵の中にぽつんと身を置いて、非力な白鳥型ロボットが危険を冒して懸命にスパイ活動をする。・・・『キャシャーン』という物語のキャラクター配置の中で、一番要素としてはドラマチックだった部分が、敵将ブライキングボスの愛玩するペットロボットの“スワニー”に身をやつした、この東みどり(=キャシャーンの母)というポジションだったんだろうと思います。
 で、スワニーのそういう微妙な立場から生まれたシナリオも、ここまで少なくなかった気がしますが、最後にそれの“決定版”をやろうとしたのかな、という感じのエピソードでした。何ていっても『キャシャーン』です。アンドロ軍団に抵抗する人間たちがスワニーを捕らえ、人質(鳥質?)にし、さらにはあろうことかスワニーに爆弾を仕掛けてブライキングボスのもとへ返そうという、えげつない作戦をやろうとします。どっちが非人道的なんだか、たまに分からんですねー。ものすごく人間くさい話ではあるわけですが。
 もちろん焦るキャシャーン。何だかんだで、スワニーの身代わりに身体じゅうに爆弾を巻きつけて、アンドロ軍団に特攻することに。すごい話ですよねー。(あ、今回はトミノ演出回ではないですから。念のため!)(笑)

 以下ネタバレになりますが、覚悟を決めて、ブライキングボス目掛けて突っ走るキャシャーンに、ボスを守ると見せかけてスワニーが突っかかります。刻々と迫る爆発の瞬間。スワニーは身の危険をかえりみず、キャシャーンの身体じゅうに取り付けられた爆弾を振り落とそうというんですね。で、スワニーをやらせるなというブライキングボスの命に、群がり寄るアンドロ軍団のど真ん中で爆弾は大爆発。
 キャシャーンは難を逃れましたが、スワニーは負傷。その身を深く案ずるキャシャーンの目前で、ブライキングボスに連れて行かれる。それをただ見守るしかないわけですねー。うーむ。

 ・・・普通に上々のエピソードです。ただ、ラスト直前ということを考え合わせると、欲張りですが、“あれー普通だなー?”と思っちゃうのもまた事実。考えてみると、キャラクターの初期配置から物語が展開したのは、実は「キャシャーンはロボットだった」というヒミツが周知のものになったということぐらいなのですな。毎回がんばって話を盛り上げても、次のエピソードの呼び水にはならないとなると、たとえば表現の“えげつない”部分をエスカレートさせていくよりほかに行かなかったりするんでしょうか。

漫画家を経て、タツノコプロの創立時から演出家として活躍。1970年代から1980年代にかけてのタツノコ黄金時代の立役者の一人。代表作は『タイムボカンシリーズ』など。ギャグ作品を多く手がけており、マンネリを生かしたギャグの演出を得意とする。「ギャグアニメの帝王」「アニメ界の欽ちゃん」とも言われた。しかし、当人は『新造人間キャシャーン』のようなシリアスなストーリーが好きであるという。

 総監督の笹川さんの渾身の力作が『キャシャーン』だと思うんですけど、『タイムボカン』シリーズのマンネリを逆手に取ったギャグの方向で、むしろ才能を開花させていくというのは確かにありますねぇ。ここで重厚なストーリーを志向したのは、初期に手塚治虫に傾倒したという部分が表れていたのかなぁなどと想像してみたりもしますけど。
 また、『ダイターン3』なんかで見せた富野さんの微妙な(笑)ギャグというのは、わりと笹川テイストで鍛えられた部分があるのかなぁなどと思ったりもします。
 『ガンダム』以後の、すごい“群像劇”の部分は、やっぱり直接的には『ヤマト』から受け継いでいくことになるのかなぁ。

 すみません。また長くなっちゃったので、続きは今度にします。

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