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「言うに言われぬ・・・」もの/人間はスペックではないということ 

[2008/04/24] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲

富野由悠季監督が以前何かのインタビューで、田舎に出かけて薪割りのために斧を持った時、「うわ、これで人を殺せるんだ」と思ってものすごく嫌な気分になった、その時に感じた嫌な気分っていうのは大事だよね、という話をしてたと記憶しています。
確かに、そういう嫌な気分っていうのはあって。だからこそ、たとえば「ハサミを人に渡すときは刃の方を相手に向けて渡すな」とか、「食事の時に相手に箸を向けるな」といったマナーも自然にできていったんだと思います。危ないっていうのもあるけど、多分相手の本能的・動物的な警戒感を刺激してしまうからでもあるでしょうし。(太字は引用者)

 なんとなく気になりながら、うまくコメントできなくて、ただ「うだうだ・・・」と触れてきたことについて、zsphereさんもやっぱり気になってるらしく再度記事にしておられました。引用中で私が太字にした部分、「嫌な気分の大事さ」、そこから「自然にマナーができていく」ということ。そのへんが、ひどく弱くなってきてしまっているからこそ、こんなに語りにくい話題のはずのものが、ネット上でずいぶん大きな声で語られているのだろうなー、というのが私の感想です。

書いたあとで気づいたが、「あるものを描くことは、描く対象を許容することではない」と言えるのならば、「あるものを好むことは、好む対象を許容することではない」と言えるのかもしれない。許容というのが社会通念に関する限り、あってはならないことなのだけどどうしても好いてしまう、ということはあるだろう。人間の欲望は、倫理・道徳とは別のレイヤーに位置するからだ。

 zsphereさんのリンク先のこの記事に、私は次のようにブクマコメントしてました。

なんてゆーか非モテの話でもそうだけども、昔は決して人には明かせなかった内面的問題が、わりと低コスト低リスクでオープンにできるようになったことのメリットデメリットって言うのは確かにあるなぁ!

 何で唐突に「非モテ」とかの言葉が出てきたかというと、その直前に読んでいた記事が次のようなものだったからです。

ほんと君たちは甘やかされてるよ。甘やかしているのは誰かっていうと、やっぱインターネット。はてなでブログを書いているような連中とか。ほんとひどすぎるね。貴重な思春期の孤独感をスポイルしてしまっているよ。モテない話が通じすぎるんだ、最近は。モテないという苦しみは、本来、誰にも相談できずに、ずっと心に隠しもっていなきゃいけないような類のものだろう。(太字は引用者)

 この太字にした部分は、激しくズキッときました。これはまさしくそう!
 本来、一人一人の心の闇に隠れていたような部分を、低コスト低リスクでオープンに語り合えるようになったのは、これはたしかに“インターネットさまさま”なのではないかと感じます。これまで私はそれは、“いいこと”だと単純に考えてきたんですけど、・・・デメリットというのもある!そうだ、たしかに!!これはちょっと目からウロコな指摘でした。

合目的的なキャラクター、世界観に沿った合理的なキャラクターという思想。それにしたがって消費すればよいという思想。それ自体が、語り手と受け手による巨大な暴力である。

日本のサブカルチャーにおいて、明確にこれに反する作品作りを行なったのは富野由悠季で……というのはもはや素朴にすぎる見方かもしれない。が、少なくとも、富野的な態度を無用とするポルノの保守性、旧態依然とした構造は明らかだろう。

 キャラクターなど“ただ消費する”、それだけのためのものという作品の作りかたは、「語り手と受け手による巨大な暴力」だという見方に共感。富野由悠季はそれに抵抗する作品の作りかたをしているというのが「もはや素朴にすぎる見方」ではないのかという疑念も、たしかにあり得る、のかな?
 富野監督の作品では、一つの出来事が(しばしば相反する)多面的な角度から捉えられていると前にも書いたんですけど、それは作為ではなくて、むしろ素朴にそうなってると私は思ってます。つまり、実際の戦争の場面でも、たとえば核にも類するような大量破壊兵器を持ってしまえば案外、人なんていうのはゲーム感覚でそのボタンを押してしまえるかもしれないということと、もちろん、そのような兵器によって、何の罪もない多くの人々のかけがえのない日常が一瞬で蒸発し、跡形もなく消え去ってしまうかもしれないということは、どちらもあるがままの現実だと思うんですよ。
 どれかのキャラクターの視点に偏って物語と接していると、ひどい極論がそこから導き出されかねない危うさはあるんだけれど、薪割りの斧を見ただけで「うわ、これで人を殺せるんだ」とものすごく嫌な気分になるという場合には、そこでは既に、一瞬のうちに“殺す側”と“殺される側”の双方の立場が自分の中で想像されているんだと思うんですね。こんなことは特殊でもなんでもなく、ごく当たり前に人と人との間で働いている心の働きなんだと思うんです。

 そういう自然な心の働きが、機能していないというのは、これは富野由悠季の作品の作り方のせいでもなんでもなくて、どうも世の中自体が近頃そんななのですよ。「核兵器どっかーんで、敵を一瞬にして殲滅してやったぜー、気持ちよかったぁー」なんて、たとえゲームの話にしたって、世間に向かってはばかりもなく言うようなことじゃないんだって。ほんのちょっとの想像力があれば。
 「人間の欲望は、倫理・道徳とは別のレイヤーに位置する」というのは、まさにそのとおりなんだけど、匿名であると実名であるとに関係なく、実際にそうした欲望があったからといって、それを堂々と人前に曝していいとは限りません。心の闇の部分に関わる話は、もう少しこそこそと人目をはばかってする程度の節度が何故失われてしまったのか。
 他人の気持ちや立場をおもんぱかる“想像力の欠如”と言ってしまえばそれまでなんだけど、ネット上で簡単に話や趣味が合う人とそうでない人を選別して、外部に何らはばかることのない対話を大声でしてしまえるメンタリティというのは、キャラクターを“スペック”だけで消費してしまう感覚とあい通じるものがあるような気がします。――もちろん、それに押し潰されるところまでも、“心の闇”を一人で抱え込めなんて、決してそんなことが言いたいわけではないんですけどね。
 うまくまとめられませんが、“言うに言われぬものが自分の中にはある”というのが「貴重な思春期の孤独感」だったとすれば、それを味わい尽くした果てに、自分と同じではないかもしれないけど“ほかの人にも、言うに言われぬ何かがあるのかもしれない”という想像力を得て、人は世の中へ出て行けるようになるんでなかったかなぁ、と。

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コメント

> 田山花袋を読めば(しんのすけの口調で)

この手の話題に接していつも疑問に思うのは、話者たちの教養の幅です(ひとのことはいえないけれど)。

いわゆる「非モテ」なんて、「日本近代文学」のメインモチーフのひとつで、80年代ポストモダンは、そいう「ネクラ」なものを一掃したわけです(一時的だったのだけど)。

それにしても、あいかわらずの、アメリカ映画オタクぶりですね、富野監督は。おそらく「斧」うんぬんの話しは、キューブリックの『シャイニング』から連想されたのでしょう。富野監督のホラーもの、ちょっと見てみたい気もします。

>

「教養の幅」といわれると、つらいものがあります。「心貧しく、何かを求め続ける」のは、貧しいものなればこそではないかと、自分にはときどき言い聞かせたりしてますが。(笑)

「ネクラ」一掃って風潮は、以前たしかにありましたね。・・・今もそんな風が新たに吹いてきているのを感じてます。開き直って「ネクラ」に胡坐をかくのはたしかにどうかと思いますが、さてどうなのか。(また突っこまれそうだなぁー。)

富野監督がホラー作っても、あまり怖くなさそうな気が一瞬しましたが、考えてみると案外そうでもないかな。

>

共有する事のデメリットというものはあると思います。それはある局面では救いともなります(俺/私はこの世でたった一つのモンスターではないんだ)が、反面そこから一歩踏み出すきっかけを奪います(みんなそうならそれでいいじゃんか/また孤立したモンスターにはなりたくない)。

懲りずにオタクの概念についてためすがめつしています。もしかしたらそこにもう一つ、「自分と他人との境界意識の希薄さ」を付け加えてみようかと考えています。良い面も悪い面も、他者との差異というものを見据える機会に恵まれないと、自分というのが何者であるかを認識する事が困難である時期を必要以上に引き延ばしてしまうのではないか、と。

他人様、余所様、という言い回しを、最近とんと聞かなくなりました。個性の時代と言いますが、そもそも自分がどんな存在であるかを自覚しないでいるのに、個性というものが成立するものでしょうか。そんな事を最近、よく考えます。

まぁ、どんな時代でも若いうちはどこか無自覚で、それでいて自意識過剰を持て余すのが青春ではあるのかもしれないのですが…。

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