『ガンダム』と『巨人の星』の似ているところ、似ていないところ
風邪引きさんで昨夜はブログを更新できなかったんですが、微妙にアクセスが来てるので、どこからおいでかと見れば、グダちんさんのところから。
- アムロ・レイは天才ではない説 - [呶呶]玖足手帖[日日]→
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- 痕跡症候群で紹介されてアクセスいっぱい→
- グダちんさんの記事で言及いただいた記事“『機動戦士ガンダム』 第16話〜第19話 「僕が一番ガンダムを・・・」”にも微妙にアクセスいっぱい。
こんな流れみたいです。ぐしゅぐしゅ。ご紹介ありがとうございます。
http://zmock022.blog19.fc2.com/blog-entry-1132.html
を読ませていただいて気付いたんですけど、大人の事情だなんだといっても、アムロは訓練をマメに頑張ってて偉いですね。
セイラさんの飛行時間が足りないって天然で嫌味を言うし。
刹那・F・セイエイはガンダムマイスターとしての実力が疑わしいってよく言われる割に、誰も練習に付き合ってあげないのは酷いですね。
セイラさんがGファイターにまだ不慣れだったのは、まあ事実だったんですが、それをわざわざ衆人の前でズケズケと指摘してしまい、アムロが彼女を(「悪かったわね」と)怒らせたのは、いちおう27話のことであります。「天然で嫌味」っていうか、“Gメカをどう活用しましょうか”と言う話に夢中で、セイラさんの「怒!」な雰囲気にも気づかない(ニュータイプの癖に空気嫁!)ところは、アムロの“技術屋”的な性格が、これは悪いほうにも出てる例だと思ったのでメモしたのでありました。
関連:
しかし「アムロはガンダム大好きすぎるだろ」ってことで、“ガンダム愛”に燃えまくる刹那クンと対比しちゃったところは、さすがグダちんさん。なるほど!
ガンダムは友達!怖くない!
んで、リンク先をうだうだしていて、ここらへんにたどり着きました。ぐしゅぐしゅ。
星飛雄馬は、「野球ロボット」と言われ、それを乗り越えるのに大変だったわけだけど、アムロもまさに「戦争ロボット」なわけで、そしてなんか乗り越えてないような気もするけれど、飛雄馬が「巨人の星」という名の「野球道の究極」を目指したように、アムロも「連邦の星」という名の「戦争道の究極」を目指してたわけだ。
飛雄馬は中日戦で、完全試合を達成(?)するけれど、肘を壊し、父に負われ球場をあとにする。そして、アムロはア・バオア・クーの攻防戦で、連邦を勝利に導く(?)けれど、ガンダムを壊し、仲間達と共に戦場を去る。
後に、飛雄馬は左門豊作の結婚式を眺めつつ、球界からも去るんだけど、長嶋巨人のために復活する。Zガンダムでアムロが復活するのも似てるね。
指導者であり、対立し乗り越えるべき対象であるところの父、一徹が存在しない、星飛雄馬、それがアムロなんですね。ブライトやシャア、ランバラル等が、父の代替となっている部分もありますが、肝心のテムレイは、越えるべき対象たりえていないわけで、そのへんにまさに、視聴者層が、後世「ニュータイプ」と称されることになることを考えると、興味深いものがあります。
アムロが飛雄馬なら、花形満は、シャアなんだろうな。自らのニュータイプとしての能力を十分自覚する花形シャアは、迷うことなく野望に邁進する。一方、越えるべき対象の無い、アムロ飛雄馬は、明確な目的のないまま、ニュータイプとしての進歩を遂げていき、オズマたるララァに出会い、ただただ強い『野球人形』であることを指摘されるわけだ。
これは面白い指摘!
ミリタリ系ガノタが「ガンダムは天才の子どもがオヤジ軍人に勝つからダメ」っていう共通認識はアムロには通用せんなあ。アムロはもう、努力しすぎるくらいしてる。
グダちんさんのこの指摘がさらに面白くなってる!
- 飛雄馬は、『野球人形』を克服するのに時間がかかったんだけど、アムロはたいして悩まないんだな
- 飛雄馬は、恋人のミナさんの死を見事乗り越えるんだけど、アムロはララアの死を乗り越えてないように思う。
似ているところだけじゃなくて、違うところも見ているあたりは興味深いです。
ところで、「ふむふむ」と読んできて、ふと流れに不安になったんですが、「アムロ・レイ=古谷徹=星飛雄馬」って、ここまでの流れの中で、どこにも押さえられてないけど、みんな分かってるんですよねーっ!?(何たって古いアニメだからなぁ。)











