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囚人022の恋愛傾向というか、チミに足りないもの 

[2008/02/15] | ネット巡遊記 | トラックバック(0) | コメント(10) | TOP ▲

 そういえば、チョコレート業界の陰謀の日でしたが、残業続きで今日も風呂で寝てしまいました。
 案外、本人だけは楽しいのですが、箱庭の記事ばかり書いているわけにも行きませんねー。(笑)

 まあ私などは、以前にも「繁殖ゴキブリ級」などと判定されたこともあるぐらいで、バレンタインデーなどというものには近年とんと縁がない。

→ 囚人022の恋愛傾向 by チミの恋愛傾向

 どは!(笑)

 意外に鋭いので、またもぐうの音も出ないのでありました。(「下僕」までは許しますが・・・。)
 ちなみに適性職業も教えてくれました。

囚人022の適正職業 by チミの適正職業

 「魔王」って職業なのか、おい。(笑)
 向いているらしいので、募集があったら採用試験を受けてみたいと思います。情報をお持ちの方はご教示くださいませ。

 世の中には面白い人がいて、シャア・アズナブルの適性職業を調べておられる人がいらっしゃいました。(→ シャア・アズナブルの適正職業 ([の] のまのしわざ)
 ついでに彼に足りないものも調べておられて、「ゆとり」なのだそうな。(笑)

人生ゆとりが大事ですよね。ゆとりがないと、生き急いでしまいます。

シャアってエコファシズムだったんですね。さすが、20年先をいっている富野監督。

 よくまとまっている、いい記事でした。(笑)

 以下、もう少し、まじめな方向の話。

「ところが、積み重ねられた近代の実証的歴史学の結論は「聖徳太子はいなかった」で、どうやら決定的らしいのです。」

彎曲していく日常: 聖徳太子は非実在で決まり

 webって面白いですね。全然知りませんでした。びっくり!
 だから、何が常識かなんて分かんないことが多いです。

私見によれば、沢尻エリカがバッシングされたのは、或る種の変な民主化というか平等化の効果である。藝能界一般では、役者とヴァラエティ藝人などの間には明確な差別があった筈だ。沢尻エリカはその差別が消失した、或いは曖昧になってしまったにも拘わらず、役者(女優)として振舞ったためにバッシングされたということになる。勿論、その差別は肯定されなければならない。

羊水not 陽水 - Living, Loving, Thinking

 差別肯定と言われるとドッキリするんですが。(これも悪しき“常識”か!)・・・差別というか区別というか。例えば富野監督のような方がクリエイターの立場で言われることでも、「ヴァラエティ藝人」のしゃべりと同等のネタ視をする風潮は、やっぱりよくないですよね。

つまり、平気な顔で「成長を維持」とか言うけど、成長した分だけ誰かが負けて、首吊ってるんだろう。きっと。

呪いあれ - カオスの縁 ――無節操日記

 コメントした内容を転記しておくと、「経済成長」っていう信仰の強制こそが呪いなんですよ、きっと。呪われていることに気づかないところが恐ろしい。

私たちひとりひとりは時と場合に応じて、専門家であったり、市井人であったり、博識の市民であったりする。さて、専門家というのは自分の専門分野以外では定義上非‐専門家なので、主要な対立は市井人と博識の市民との間にあることになる。

(中略)

シュッツは民主制が存立するためには博識の市民が市井人に打ち勝たなければならないともいっている。多分、かつて博識の市民を体現していたのは、例えば(よく落語に出てくる)〈ご隠居〉のような人たちだったのだろう。では、ネット時代の現代における博識の市民は如何に? インターネットは博識の市民に有利なのか、それとも市井人に有利なのか。

「博識の市民」は? - Living, Loving, Thinking

 私などは学もなく。社会の底辺で文章にもならないこんなものを垂れ流して暮らしている愚民の一人なのですが、考えさせられます。

囚人022に足りないもの by チミに足りないもの

 ・・・うぐっ!
 ・・・なんか、鋭いなぁ、おい。(結局、最後はこんな話。)

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[tag] 日常雑記 fc2ファビコン

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コメント

> 微妙な話しです

>シャアってエコファシズムだったんですね。

『ナチスと動物』(青土社)という本が出ていました。島編のナディアみたいな。

> ボクに足りないもの

勇気、日銭、跳躍力、そして『愛人』だそうです。
愛人にぐっと来たので恋愛傾向もやってみました。

八次元、九次元、二股、二股。

…、帳尻あってます(瀑布の如き冷汗




愛人はさておき、他の三つはたしかに今の僕には必要と感じられるものです。
ということは、やはり愛人は必要なのか!

> 私は

五次元、五次元、幻滅、幻滅・・・。
五次元と幻滅だけかいっ!

> しかし

>チョコレート業界の陰謀

おもちゃ屋の陰謀には簡単にのせられていたりして…。

チョコ屋の陰謀もおもちゃ屋の陰謀もあんまり変わらないと思ってます(笑)

> 危機感の足りない魔王

「陰謀だーっ!」って騒いでみてもしかたがないのは承知しております。(苦笑)
夢(?)をも与えてくれる陰謀ならば悪くはないのか、そこらあたりが微妙なところで。私だってチョコ業界の陰謀に夢を抱いてはみたいのですが、何て言っても「暴挙」「暴挙」「下僕」「不気味」ですから。(・・・ひでぶ!)

それはともかく、オモチャ業界の陰謀とはいえ、「環境ファシズム」という言葉にしても、ちょっと関心を持ってググってみたりするきっかけにもなる。何にせよ“常識”を疑ってみる契機というのは、よろずあってもよいのかもしれません。
シャアには「ゆとり」が足りなかったそうですが、私には「危機感」が足りないんだそうですけどね・・・。

> いやあ

いや、まあ「常識を疑え」と叫ぶ(自称)非主流派こそが主流になってるのが今の世の中じゃないですか。

既存の価値観に乗り切れなかった良い子ちゃんが、アニメ的(サブ&カウンタカルチャー的)価値観でもって世に打って出たのがオウムなわけで。

たとえるなら「世の中の流れに取り残された(チョコに縁のない)俺たちこそがニュータイプ(被害者)」とか思って、おもちゃ派がチョコ派にテロってしまった。

トミノさんもそのあたりは結構口やかましくいってますし、チョコもおもちゃもほどほどがいいんじゃないでしょうか。

> チョコもオモチャも程々がいい

同意します。チョコ派が世間を席巻しているからといって、オモチャ派がそれに取って代わろうというのはナンセンス。

でも“「常識を疑え」と叫ぶ(自称)非主流派こそが主流になってるのが今の世の中”というのは、どうかと思いますよ。
私などネットなんかでもそういう「疑え」的なところを選んで見ている傾向はありますけど、何が主流か非主流かというのは、人によって体感しているものに大きな違いがありそうです。
盲目的に情報を受け入れずに、自分の頭で考えましょう、ということなのだと思うのですけど。

> そうですね

同意します。

主流と非主流を切り分けることが実質不可能な状況だからこそ、勝ち組負け組、モテ非モテ、オタ非オタの間に線を引くこと(定義)にみんな必死になってるわけです。
ここから先は勝ち組(主流)でここから後は負け組(非主流)だと。

で、各々が勝手に「俺はこっち、アイツはあっち」と定義して「自分の戦争」を始めてしまっている。
そんなところだと思います。

> チョコエッグ vs. チョコQ

ですね!

>

アニメ好きーの間でチョコ論議が白熱してますね!
京都人的には、季節のイベントで遊ぶのは楽しい事だと思いますよ。

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