スポンサーサイト 

[--/--/--] | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) | TOP ▲

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ロボットアニメ―「スーパーロボット」と「リアルロボット」の話など 余話 

[2008/01/26] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲

ロボットアニメ―「スーパーロボット」と「リアルロボット」の話など その1

ロボットアニメ―「スーパーロボット」と「リアルロボット」の話など その2

 感想じゃないものを書こうと思うと毎度グダグダに長くなってしまうんですが、ちょっと書ききれなかった話を書き足しておきます。

 富野監督は「リアルロボット」という言い方ではなくて、「ハードロボットもの」という言い方を『ガンダム』にはしていたらしいですね。(サンライズの作品の癖に、「ハード」という言い方はタツノコプロっぽい気がします。)

 ロボットが出てくるアニメには、ロボットの玩具が売れるという“大人の事情”があるということも一応了解しています。ただ、ごく個人的な趣味嗜好の話ですが、「そこはまあ、そういうことだから・・・」で終わってしまうのも寂しいんですね。ロボットはただの物語(人間ドラマ)の背景で、どっちかといえば本当はないほうがいいぐらいなんだ、あれは戦闘機とかそんなようなものとまったく同じ、ただの道具(本当にたまたま何かの間違いで人型をしているだけ)だよ、というようなロボットアニメは、何だか完全に(制作者も、ファンである私自身も)“大人の事情”に屈してしまったような気がしてしまって、どっか釈然としないわけなんです。

 なので、私は“ロボット”それ自体にテーマ性がある作品のほうが好きです。SFの歴史を覗いてみると、科学の象徴であるロボットを用いる物語は、文明批評的な性格を持ってきたのかな、と。
 ・・・と言っても、どんなにこじつけても今では非科学的なものでしかない人型の巨大ロボットに、現実的な科学文明を象徴させることは難しいので、どうしても未知の超科学のようなものを仮定せざるを得ないんですけどね。(本来はあり得ないはずのものがなぜか存在する、いわゆる「オーパーツ」としての巨大ロボット。)
 そうした意味で、『伝説巨神イデオン』は人間の意志を無限の力の根源とする究極の科学を象徴するロボット(もう少し正確には、それが内在する“イデ”)の物語であり、その超文明を仮定した中で人間は“業”を超越できるのかどうかという内容を扱っていて、テーマの面では古典SFのロボットものの伝統に連なるんじゃないかと思うのです。(実に正しく、「彼はロボットを通じて何かを思考しようとしたのかもしれない」と思います。)

「創作の中に相対化できない貴重な物の存在を、クライマックスで描写しようとする富野氏の思考は、SF人間の思考とは根本的に異なります.」(SF者達の挽歌

 富野監督には「SFマインド」なるものがない、という話なんですけど。「 様々な可能性を否定して絶対的な結末を導き出すという物語はSFでは成立しないということ」が、そのSFマインドなんでしょうか。よく分かんない。科学文明で説明できないことはSFでは書いちゃならないってことなら、そういうSFなんかでなくて全然かまわないと私は思います。でも私は「フランケンシュタイン・コンプレックス」っぽく、人間と、その文明の在り方を考察しようとするSFは大好きだなー。

ロボットアニメとは単にロボットが出てくる作品という訳ではなく、

  • ロボットが存在する必然性がある世界が描かれている
  • ロボットを他のものに置き換えたり、省略しては物語が成立しない

といった作品なのだろうと思います。

 しののめさんが昔お書きになった記事(むいむい星人の寝言: ドラえもんはロボットアニメか?)をコメントで教えていただきましたが、納得です。私は『ドラえもん』はとてもニガテなアニメで、ロボットアニメを考える中でも“アレはただのファンタジーだから”と念頭から外してしまっていたのですが、

  • 科学技術の産物であるロボットのドラえもんは、未来の象徴
  • ロボットは「人間と異なるもの」であるが故に、異形の存在が日常空間に入ってくる非日常を描く物語構造が成立
  • 他のものに置き換えては「ドラえもん」にならず、ドラえもんが来なければ話が始まらず、また「未来からやってきた」ことでロボットである必然性は描かれていることから、「ドラえもん」はロボットアニメと言える

・・・あっさり納得。たしかにロボットアニメかも。
 してみると、私がニガテなのは、『ドラえもん』の科学文明を疑わないところ、価値観の問題なのかもしれません。私はかねがね“みんなどうしてあんなに『ドラえもん』が好きなんだろう”と思ってきたのですが、それは「そもそもなぜ私たちがこうもロボットが好きなのか」と根っこのところで繋がっている疑問なのかもしれないですね。

 “夢の21世紀”も来てみればこんなありさまだっていうのに、高度成長期を懐かしむような風潮のほうが強いような国だからなぁ。・・・って言いながら、私もロボットアニメが好きなんだな、これが。やっぱり不思議なものですね。

関連記事

コメント

>

スーパーロボット=対象年齢が小学生以下
リアルロボット=中学生以上、大人の鑑賞も意識している

……っていう分け方はあまりに身も蓋もないでしょうか(笑

この差は何なのか、という話ですが……たとえば、
ロボットを運用するにあたっての補給とか整備とか、
そういう背後設定にまで意識を通してる作品がリアルロボットで。

……と言いそうになるんですが、私もスパロボで知ったんですけど、
たとえばマジンガーZとかでも、
そういう用語が絶無ってわけじゃないんですよね。
一応お話の中にはそれなりに含まれてるらしくて。
それに、大人が見たって楽しめないことはない。

ただ、リアルロボットとは何かといえば、
「この作品は子供だましじゃないぞ」という
スタンスというか、そういうコードが織り込まれた作品なのかも、
とは思います。
子供だましって、嫌な言葉ですけど。

> ロボットは実現している

"Video killed the radio star."ではないけれど、ロボットアニメはASIMOに殺されたと思います。

いわゆるリアルロボットアニメの限界は、科学技術上の実現性ではなくて、社会科学(政治学、経済学)上のものです。それこそ『コードギアス』のように何百年かさかのぼって歴史を再構成しなおさない限り難しい。しかしも、「歴史にもしもはない」という風に考え始めるともはやリアルは絶望的です。

猫型ロボットをフランス人形に置き換えた『ローゼンメイデン』、食わず嫌いなのですが、その理由は、もしかしたら、囚人022さんの『ドラえもん』に対する思いと通じているかもしれません。もちろん、高い評価を聞いていますから、いつかは見たいのですが。

> 刻が未来へ進むと誰が決めたんだ

≫zsphereさん

なんだか、あんまり「スーパーロボット/リアルロボット」の話にならなくなっちゃったのでした。(タイトルに偽りあり、とJAROに訴えられちゃう!)v-39
真っ向きって「子ども向け」なロボットアニメを最近ぜんぜん見ていないので、実はそのへんの話がわかんなくなってます。いずれフィクションには違いないので、騙されていることには変わりないのですよね。上手に騙してくれないと、物語を楽しめないというだけのことなんですけどね。

≫Nishinomaruさん

不手際でお手数おかけしてすみませんでした。コメント転記、ありがとうございました。
うっかりして、自分のコメントを転記するのを忘れてしまいましたが・・・。v-40
「いわゆるリアルロボットアニメの限界は、科学技術上の実現性ではなくて、社会科学(政治学、経済学)上のものです。それこそ『コードギアス』のように何百年かさかのぼって歴史を再構成しなおさない限り難しい。」というのは、まさに至言だと思います!
『コードギアス』然り、『∀ガンダム』また然りということかと思いますが、私はそういう文明批評的な側面を持つ作品が、とにかく好きなようです。
“サイエンスフィクション(SF)”が、サイエンスだけに全幅の信頼を置いて、科学文明自体の意義を何ら疑わないのなら、そんな貧しいジャンルには未練も何もないんですが、古典的なSFにはそうした性格のものが含まれていたようですね。・・・しかし、これにしても時代の歯車は閉塞していく一方で、なかなか逆回転はしないんものなんでしょうかねー。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://zmock022.blog19.fc2.com/tb.php/1121-1df6e9fa

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。