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私がアニメの話を書くときのスタンスは、あくまで“感想”です。 

[2008/01/07] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(11) | TOP ▲

 「歴史に“残したい”アニメとは」という記事は、年寄りが少し偉そうになりすぎてしまったかもしれなくて、psb1981さんから、厳しいツッコミをいただきました。
 ・・・そうですね。もちろん、これはつまんないツッコミではないです。自分の頭を整理してみる必要もありそうですね。

 『ダブルオー』や『地球へ・・・』なんかの現在形の作品は、まわりの皆さんの感想もついつい目に入ってしまって、釣られてこまごまとツッコミを入れている面も大きいかもしれません。(反省。)
 それと一話ずつ感想を書いてるんで、これだと細かいことまで気になって書いてしまうというのはありますね。昔のアニメは、だいたいDVD一枚の、5話、6話単位だったりします。
 あと、より重要なのは、同じ基準でツッコミ出すと、70年代アニメなんかは、設定の矛盾ばっかり書くようになるけど、「野暮」と言いますより、少なくとも、今そんなことに意味があるのかという思いもあります。『ガンダム』以前の作品が、そのへんは大甘なのは、少なくとも私の中では分かりきっちゃってることなんで、個人的な“感想”としては浮かんできにくいんですよね。ときどき目に余ると、「そこは突っ込まないように(笑)」と書いちゃうんだと思いますが、禁止しているつもりじゃなくて、“このへん気にしだすと楽しめないかもしれないから気をつけてね”と言いたかったんだと思います。

 「自分が書いていて楽しいのが絶対条件」という以上の開き直りを言ってしまうと、史観は個々に持つべきものではないかとも私は思っています。(そもそも歴史とは、という話になっちゃいますけどね。)

 そういう考え方で、昔のアニメのことは、ふだんから“関心がある人”は、実際に見て知っておいてほしいというようなニュアンスで書いているつもりですが、曖昧になってる点があるかもしれませんね。そこも気を付けるようにします。
 でも“昔のアニメは作画が悪い”などという批評は「筋違い」みたいなことを、私も言ってしまっていましたか?『ザンボット』とかは、私も作画が“悪い悪い”とばかり言ってた気がします・・・言い出すときりがないから、ある程度でやめるようにしてますけど。ただ“個性的”な作画はやっぱり面白いと思ってますよ。“作画”の話はあまり得意ではないんだけど、それは個人的には感想を持ったときに書き留めておきたい点です。(言い方が悪いときがあるんでしょうかね?気をつけます。)

 先入観の問題は難しいんですけど、見終わったあとでは、どんな言い方をされてきた作品だったのかを調べるようにはしています。初見の感想というのは、せっかく一度きりのものなので、大切にしたいんですよね。『エヴァンゲリオン』とか、少し耳年増になって観てしまったので、自分ではなんだか損をした気分があって。
 逆に、むしろ私が昔の作品のことを書くときに、ネタバレを気にせず先入観を与えるような書き方をしてしまっているかもしれないと危ぶんだりもします。

 「自分の時代のアニメ」が大好きなことは否定する気はありません。でも言うまでもないですが、当時見ていたアニメのどれもこれもが今でも好きなわけでもありません。ロボットアニメでも、例えば永井豪原作ものとかは、あまり得意ではないというのもときどき書いているとおりです。
 歴史・文脈無視で自分の好きなものを自分の観たいようにだけ観ているというのは、だから古今の作品について私の中では一貫しています。(って、自慢することでもないですが。)例えばロボットアニメ史をきっちり語りたいなら、よけては通れないところをかなり無視しているんじゃないでしょうか。

 スタンスというお話でしたが、「批評や考察ではなく、“一人の観客”のまとまりのない感想」という私のスタンスが、“史観”のような話をするとブレているように見えたんでしょうね。たまたま検索でこのブログにたどり着いたような若い方に、そこが間違いないように伝わるかどうかと言われると、たしかになるほど、少し偉そうな物言いでしたでしょうか。
 あと念のため付け加えておきますと、『ガッチャマン』が、“若い世代の人たちには「アニメ史のお勉強」でしかなかったのかどうか、残念でならない”と書いたのは、若い方の感想をちっとも見ることができなかったのが残念だったと言いたかったんで、まさか私の感想メモが何かのお勉強の役に立つなどという大それたことを言いたかったわけではないです。誤解を招く書き方でしたらすみませんでした。

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コメント

> アニメはソ連の崩壊を予測できたか?

 同時代の作品は今の目で批評し、歴史となってしまった古い作品はその時代を踏まえつつ鑑賞する――囚人022さんのスタンスには何も問題ないと思います。
 過去のイデオロギーとか、かつての戦争の問題を、現在の常識でもって遡及し断罪することを許さない「歴史」に接する姿勢とはなんら変わらないのではないでしょうか。
 かつて21世紀を夢みた古いアニメはいくらでありましたが、21世紀までソ連と米国の冷戦が持続している世界観を描いた作品があったとしても、それが作品そのものに対する瑕疵にはならないのと同じ事だと思います。

>

すみません、まさか、エントリの方で反応いただくとは思いませんでした(笑)。
また、前回のコメントに不正確なところがあったことをお詫びいたします。

ただ、やはりここで独特というか、面白いかな、と思うのは、受け取るときには「歴史・文脈無視で自分の好きなものを自分の観たいようにだけ観ている」と言われる一方で、語るときには「歴史化していこうとする視点というのは、不断に存在すべきもの」と仰る、その歴史に対した矛盾した(ように見える)欲求のありかた、態度です。

受け取るときは歴史不要、しかし語るときは歴史化しようと試みてしまう…。

もちろん各個人の中でその欲望が矛盾することは珍しくはないのですが。

と、ここでもう朝の出勤時間なので、ここまでです、それではっ(笑)

あんまり大した話じゃないので流してください。

> 史観は個々に持つべきもの

やっぱり自分の個人的「黒歴史」である「90年代」アニメの見方が変わってるんだと思います。(まあ帰国子女かなんかのようなもんです、きっと。)

・受け取るときには「歴史・文脈無視で自分の好きなものを自分の観たいようにだけ観ている」
・語るときには「歴史化していこうとする視点というのは、不断に存在すべきもの」

たしかに後者のみ、無理に一般化して言おうとしているような気がしました。もう少し、わが身に引き付けた言い方をし直せば、

・見たその瞬間から歴史化していくことに自覚的であるべきもの

…とでも言うべきだったかもしれません。

たぶん、はたからは矛盾に見えるのだろうこの私のスタンスは、「史観は個々に持つべきもの」という、物議をかもすのか、あるいは失笑されるだけのような個人的な考え方から出ているように思えます。
ご指摘によって、自分でも曖昧だったそのへんのことが見えた気がするので、記事にしてみたんですが、何だかまだ掘り下げ不足ですね。
自分はひどいエゴイストだと思うのですが、公共への意識を失ってもいいと言うほど開き直りたくはないというところで、あがいているだけなんじゃないでしょうか。

>

脇から失礼します。

囚人022さんの、70年代アニメと現在のアニメとの
スタンスの違いには、多少共感できるところがありまして(笑

今のガンダムのように、設定の細かいところまで突っついて
論じたり意見交換したりしてアニメを楽しむ、というやり方は、
70年代にはあんまりなかったんじゃないかな、と思うのです。
無論一部の、こだわりを持った製作者はそうした細部にも
色々と気を回していたでしょうが、
基本的に当時のアニメって「その回が楽しめれば良い」的な
スタンスで作られていたように思うので。

『ルパン三世』の展開や設定に
ツッコミ入れながら見たってしょうがないじゃないですか(笑
多分、そういう違いを、当時を知っている囚人022さんは
70年代アニメを見るときに、
無意識のうちにモードを切り替えてたんだと思うんですが。

どうでしょう?

>

モードの切り替えはおっしゃるとおりですね。無意識っていうか、こう古今あちこち節操なく見てまわっていると、多少は意識化せざるを得ない面もあって、ぶつくさ言ってしまってるわけですが。それで余計に変な人に見えるんだろうなぁ。実際たぶん変な人かもしれないから、そこは仕方ないや。欲張りなんです、ただの。

『ルパン三世』で例示されたりなどすると、でも“青ジャケ”ルパンを見ていると、大隅ルパンと宮崎ルパンとか、どうしたって意識に混じってきてしまって、本当は余計なことなのかもしれないなと思いながら、浮かんできてしまったことは感想に書き留めてしまったり。

たしかにブログってのはいろんな人が見に来るんで、“変に見えるでしょうが私ってこんなヤツ”というのを、毎回の記事の中で出すのは難しいなぁと素直に思います。あまり自分を「変なヤツ」と言い過ぎても、それはそれでイタい人ですよねぇ。

> 拝啓、ジョン・レノン

psb1981さんが引用されている《歴史化していこうとする視点というのは、不断に存在すべきもの》には前段がありまして、それは《“アニメ史”的な物言いを軽々にすべきでない、というNishinomaruさんの警句(以下略)》、「警句」と言われると苦笑です。

もともとは「ロックは語りやすいから歴史に残った」という議論について面白いなぁと。まさに「ミネルバのフクロウ」ですよね。いわゆる「ロックは死んだ」と裏腹な認識でもあります。

しかし、ほんとうにロックは歴史的遺物なのだろうか、ロックフェスが盛況ではないか、そう考えるのです。おなじようにアニメも、媒体を、映画テレビからゲーム、ネットと広げながら同時代のものとして生きていると思うのです。

> ためになるなぁ

「ミネルヴァの梟は暮れ染める黄昏とともに飛翔する」ってヘーゲルの暗喩なんですね。これは難しいけど、勉強になります。いろんな意味に取れてしまうところがいいなぁ。
人気の命脈を保っているように見えるロックではあるが、“カウンターカルチャー”という魂の部分では、ロックは今や死に絶えつつあるのかもしれない。そのようなロックの真価を、哲学的な“知”が捉え得るのは、それがまさに死に絶えようとしている黄昏時の今ごろになってである、・・・とでも解釈すればよろしいでしょうか。
翻ってアニメはどうか。うーむ、なるほど。面白いです。

しかし、苦笑いただいたことなども、私の主観的視点から「警句」と受けてしまったわけで、新年早々からいきなり“ツッコミビリティ”満載のブログで、皆さんどうもすみません。

> 『磯野家の謎』

「ロックは語りやすいから歴史に残った」は、それとして、逆に「歴史に残ったから語りやすい」というのもあって、1990年代の「語り」を作った出版物は『磯野家の謎』だと、これは個人的感慨だけではないです。すごく売れたのです。

つづきです
いまの四コマ漫画を原作にしたアニメの増加もその起源は『磯野家の謎』にあるように思います。

> サザエさんは“黄昏”を知らない

『磯野家の謎』は実は私でさえも持っていたりしますからねぇ。(苦笑)
『ガンダム』の語りやすさは、続編が巧みに生き延び続けているから。異論ありません。
これが『サザエさん』クラスになると、歴史に残ったということになるのか、しぶとく生き抜いているがために、歴史というモノサシを今も拒み続けているのか。
“ロックの魂”は失われやすいが、“演歌の心”はたくましいのでしょうかね。

> アクティブソナー

みたいなものなのかな、僕らが発する言葉は。
ナンテエことをふと思いました。
何かを照らし出そうとしたとき、
それを照らす明かりの所在もまた、
明らかになるものなんだろうと。

僕は、psb1981さんのお話は「うっ、やられた」と思いつつ、でも確かに、少なくとも兄ィの文章を拝読しながらひっそりといろいろ考える「自分には」当てはまっているなぁ、とすこし驚いています。必ずしも自分の座標はゼロ地点ではないってこと、僕はどうも忘れてしまう機会が多いみたいです。それはあくまでも、バルタザールへの監査です。

「立場は違うが、共感する」というのは、実は結構相反したイメージを併せ持った言葉かも知れません。立場が違うと、共感するための基盤が怪しくなるのは確かなので。

でも、なぜだか違うところに共感するときがあるのはなぜなんだろう。
ただの誤解かもしれない。
でも、とっかかりになるんなら何でも使ってみたい気もします。転がり続けてなんぼです。

モンキーパンチのコミック版を原点とする人(多数派ではないだろうけど)にとって、青服も赤服も、アニメ版というのは異物かもしれません。
誰の演じた黄門様かで、水戸光圀のイメージは千差万別です。
実は人によって「ロック」の中身はものすごく違う。
これについては実体験豊富でありますので断言します。いやもう、いろんなことがあったなあと遠い目で。

でも、自分の座標は一つです。
歴史というのは、普遍ではあり得ないものかもしれません。実は史観というのはすべて、「俺はこう思う」なものなのではないかと思ったりします。トニィパンディとか。でも、そういう言い方をしてしまうと、言い訳っぽくなってしまうかな。
ごめんなさい、うまくまとまりません。

> 「間違い探し」になるけれど

アニメ史とか言い出すと、「間違え探し」になりがちでなかなか難しいところです。

たとえば「設定マニア」みたいな見方は(おそらく)『ガンダム』あたりから出てきたように思うし(註:というか、さかのぼれば「戦記物」に辿り着くのでしょうか)、逆にアニメのルパンとくに赤ジャケルパンは、浦沢義雄のアニメ脚本デビュー作で、現在でも例えば『カブトボーグ』だとか『Kawaii! JeNny』だとか制作されていることからすると、赤ジャケの設定や展開のツッコミどころ満載的なところを70年代アニメの特徴と言えるかというと無理はあるわけです。

といったようにアニメ史のみならず歴史は「間違え探し」になりがちで、面白いけれど、論争を招く危険性も多いのです。

はたして「歴史は科学ではない」のか。なんだかすこし危険領域に足を踏み込みそうなので、筆を置きます。

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