「'80年代ロボットアニメ」史の個人的懐想 

[2007/11/19] | 随想系 | トラックバック(2) | コメント(3) | TOP ▲

 先日、“アニメの青春”だったんだなぁと寝ぼけた感想を書いた『愛・おぼえていますか』は1984年の作品。思い出してみると、この年、『風の谷のナウシカ』と、『ビューティフル・ドリーマー』はしっかりと劇場で見ました。けれど、実はこのマクロスの劇場版は、当時見に行っていなくて、これを見たのはずっと後年になってから、テレビで放映されたもので、はじめて見たのでした。
 アニメブームの真っ只中で、自分も若き日を過ごしてきたんだけど、部活だ受験だで忙しくなってしまい、さすがにテレビアニメをフォローしきれなくなっていたらしく、『マクロス』にはほとんど関心がなかったんだろうと思います。その前の年、1983年には『宇宙戦艦ヤマト 完結篇』があったりして、“マニアック”なアニメ視聴というものに、かなり嫌気がさしはじめていた時期でもなかったかとも思い出されます。(あの『ヤマト』の完結篇というのは、私にとってはそういう作品でした。)

宇宙戦艦ヤマト~完結編~【劇場版】

 1982年にイデオンの『接触篇/発動篇』を見て、もうこれ以上の作品はないんじゃないかというぐらいの衝撃を受けていたこともあるような気がします。『ビューティフル・ドリーマー』は誰か友だちが強くプッシュしてくれて、半信半疑で見に行って、新しい可能性を感じ、とても驚いたことを覚えています。
 この頃、私は高校進学と同じ県内での転居が重なって、中学校のときの親友たちとは離れ離れになっていたのですが、個人的にアニメ映画を見に行くというのは、これら旧友たちとの親交を暖める特別なイベントで、『ナウシカ』や『ラピュタ』などの宮崎アニメ黄金期の名作も、彼らに手を引っぱられるようにして見に行っていたのでした。あのみんなには今、だからとても感謝をしています。

カラオケにいって『装甲騎兵モスピーダ』の「失われた伝説をもとめて」を歌ったことがある。第1話の映像も流れてカラオケは例の如く大盛り上り。ところがそこでその場にたまたま参加した、若い男子が無邪気にも発した一言に、歌をガナっていた一同、ちょっと頭を抱えてしまったのだった。
 その彼の一言とは――。
「で、コレおもしろかったんスか?」
 ……シンプルだけれど、実に難しい質問だ。

藤津亮太の只今徐行運転中:
ロボットアニメは青春時代の夢を見るか?

 藤津さんともあろう人が、「装甲騎兵」じゃなくて、「機甲創世記」なんだけど(笑)、今、うだうだとGyaOで『モスピーダ』を見ていて、この文章を久しぶりに読み返すと、思わずいい加減に間違っちゃう部分も含めて、その気分は実によく分かると言うか。

 『宇宙戦艦ヤマト』が放送開始された'74年から『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』が公開された'84年までの10年間は、今思うと「アニメの青春時代」だった。数ヶ月から半年のスパンで“事件”が次々と起こり、アニメの可能性がどんどん拡大された。

 まさに私の個人的アニメブームは、藤津さんの指摘した「アニメの青春時代」そのものだったんだなぁと、思わずうるうるしてしまいます。
 『愛・おぼえていますか』を見直してみたいと私が思ったのは、『モスピーダ』を見ていたら、どっかで頭のチャンネルが、それを求めたような気がしてなりません。何ていっても『モスピーダ』は、「ガンダム・ブームの余波で生まれたあだ花」に違いありません。「あだ花ではあっても、ブームの最中の熱気とカオスが籠もっていて、そこがねじれた魅力になっている」と言うのもそのとおりで、だから私は当時見たこともなかった『モスピーダ』を今はじめて見ても、その時代を知っているから、“懐かしい”気がするのかもしれません。

機甲創世記モスピーダ Complete BOX

 今日見たのは「第13話 砂嵐プレイバック」、「第14話 ミントの結婚行進曲」、第15話「 仲間割れのバラード」という、このあたりなんですけど、やっぱり好き放題に作っているなぁと、感心するやらあきれるやら。第13話は(“制作都合の総集編”的意味合いもあるのか)いきなり意味不明にファンタジーな幻想世界へずぶずぶ入っていっちゃうし。第14話の原住民の集落は、既視感があると思ったら、まんま、その年に公開されたばかりの『スター・ウォーズ ジェダイの復讐』の“惑星エンドア”だし。第15話では、このメンバーでの旅に、各自がどんな目的意識を持って加わっているのかというところを描こうとしていて、おおっと思ったんですけど結局グダグダだし、男女その他の人間関係もカオスにその場次第だし(笑)。
 『マクロス』のアイドルの描写もそうだったけど、“自分が見たいと思うものを作るのに、何をためらう理由がある?”という信念なんでしょうかね。まあ、そうやってコアな固定ファン向けに閉じた表現になっていってしまうんでしょうけど。そうやって今に続いていくのかもしれないんですけど。

 モスピーダの主題歌「失われた伝説をもとめて」は、藤津さんが思わず歌ってみたくなるのも分かる印象深い名曲で、私も半分はこのオープニングを見るために、この作品を見ているようなところがあります。

そこには、ロボットアニメというジャンクなジャンル作品が、一般的なテーマを語りうるメディアたりえるという夢があった。今思えば、みんなウブだった。

・・・というのが一番うまく現れているのが、この『モスピーダ』ではオープニングでしかないというのが、つらいところではあるのですが。(無理とは思いながら、それでももしかしたら、“あの時代”を知らない世代にも訴える部分があるのではないかと夢見てしまう、そうした心性は否定し難い。)
 ただココロザシは持ちながら、モスピーダは粗製濫造の哀しさでもあるのだろうな、と感じてしまう部分があり。持てる能力の限りを注ぎ込んだのであろう劇場版『マクロス』の完成度と、この『モスピーダ』と、実は背中合わせの部分もあるのだろうなと、時代の熱気とカオスを知っている世代としては今さらながらに味わいなおしてみたりしているのでありました。

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コメント

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>

まさにおっしゃる通り!

あの時代って期待が裏切られることがすごく多かったですよね。マクロスも板野とか美樹本が作画しているときはすごいクオリティーなのにそれ以外は劣悪だったり。

モスピーダも天野キャラと金田オープニングで期待させて、本編は金田パースなし、天野キャラの面影なし。

そろそろ私もまたアニメについて語りたくなってきたよ。

>

>テレビシリーズの戦後編
途切れ途切れにみていたら、いつの間にかそういうことになっていて、唖然としたのを覚えています。いやはや。(笑)

>転換点
そうなのでしょうね~。

>赤枕さん
私はとてもそこまで詳しくは語れませんよー。(笑)
古いアニメの話も、たまにはしましょうよ。昔を懐かしむだけじゃダメなんだろうけど、歴史ってきっと語り継がれることで編まれるべきものだと思うのです。

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70年代アニメって試行錯誤だったよね

囚人022さんが80年代アニメを振り返っていたので、私は70年代アニメを。昔のアニメには何とも言えないいい味わいのものがあった。今のアニメみたいに狙ったシュールさではなくて天然に醸し出すシュールさというか。これは今につながる過渡期だったんだろうなと今ならわかる

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