新訳Ζガンダム「恋人たち」2回目行ってきました! 

[2005/11/21] | 新訳Ζ | トラックバック(0) | コメント(9) | TOP ▲

もうネタバレとか気にしないでもいいですよね。見る人は見ただろうし、見てない人は、もう劇場で見る気はないのでしょう。
今日は午前中にDVDで第一部「星を継ぐ者」を鑑賞。午後から劇場へ足を運んで「恋人たち」2回目に行ってきました。自分的に最高のプランニング。(笑)
DVDで見直すと、旧画と新作画の落差もあまり気にならず。そんなものかなぁと思いながら劇場へ行きましたが。・・・やっぱり映画を劇場で観るというのは最高ですね!スクリーンに集中できることは比類ない贅沢だ。
2回目になると心のゆとりを持って見れるというのか・・・この話のどこが難解だというのかなぁ。(笑) いや、いろんなディティールで再発見もあったりして、本当に楽しく見てくることが出来ました。

実は昨夜は「哀 戦士」(ファーストガンダムの第二部)をレンタルビデオで見て、それはそれで楽しかったですが。話のスピーディな展開は似たようなもの・・・というようなことよりも、「哀 戦士」って、そう言えば、こんなに「ニュータイプ」の存在を強調してたんだっけなぁと。覚えているつもりで忘れているものですね。
先週はファーストガンダムの劇場版第一作を観たんですけど、ラストの盛り上がりがガルマの国葬で「ジーク・ジオン!」連呼だったっけ!?と、ちょっとびっくり。「恋人たち」のエンディングより、ずっと歯切れは悪かったなぁ。(主題歌もかなり重めでしたし・・・)

近い将来、人間が宇宙を生活の場としたとき、
人はその厳しい環境の中で変わってゆくだろう。
人の第三のルネッサンスである。
強靭な精神とより深いやさしみを持った人・・・・・・。
これは、その人の変革の道をたどる少年の物語である。


これは劇場版第一作の巻末に入っていた「劇場予告版」に出てくる字幕。
「やさしみ」とか日本語がおかしいところが何とも御大くさい。(笑)
「哀 戦士」を観ても、レビル将軍は「直観力」だけでなく「洞察力」をニュータイプの概念として挙げていました。勘がいいだけじゃないんですよ、ええ。ええ!
その眼で新訳Ζを見直すと、直観力の描写を削って洞察力の描写を増やしているように思えてなりませんでした。そして「強靭な精神」と、「より深いやさしみ」ですよ!意外と素直に原点回帰を目指しているのではないかな、と。

ちょっと脱線します。ファーストと比べて全然そうだとは思われないのに、新訳はストーリーが難解だという人が本当に多いので、「これは世間の人の洞察力が落ちているのかな」と考えてみたりしました。それで振り返って考えてみると、昔、私がファースト劇場版をはじめて映画館で見た頃、2回3回、当たり前のように見ていたのではなかったかと。(笑) 
・・・いえ、お若い方には分からないでしょうが、昔は「総入替制」と謳っていない限りは、朝に劇場に入ったら、2周でも3周でも見れたのですよ。朝、相当早起きして劇場に行っても、もうすでにすごい列になっていて、ずっと後ろで立ち見とか、通路で座って見たりとか。それで2回目になったらいい席を目指して猛進するんですが、案外席を立つ人は少なくてですね・・・'70~'80年代のアニメブームなんてのは、そんな感じだったのですよ、お若い衆!(って、ここの読者にはそんな人ほとんどおらんって。)

まぁ老人の昔語りをしてもアレなのですが、やっぱり2回ぐらいみたほうがいいですよ。それもやっぱり劇場で観るに限る!(笑) 
あと、昔は劇場で見逃したら、「次にテレビで放映されるのは何年後だろう」という必死さの中で見てましたから。今みたいに、1年も経たないうちにレンタルにかかったりする状況とは雲泥の差がありましたね。昼飯も抜きで3回ぐらい見て、さすがに気力体力の限界で映画館を出てきたときの充実感・・・。今の人には分からないかもしれないですね。(笑) 「THE IDEON(接触篇・発動篇)」なんて、映画館を出てきたときにはみんな瞳孔が開いちゃってましたよ。(笑)

・・・脱線話が長くなっちゃいましたが、やっぱり劇場で2回は観る。作品を観ようという志のある方には、これはゼヒお勧めしたいです。私は関連する雑誌とかそういうのは一切買わないケチですけど、これは惜しくない。雑誌を2、3冊買うお金があったら余裕で見れるのですよ!

第一作を見てない人でも話に入っていけるようなイントロがあったほうがいいかもしれない・・・というのは、二度見ても思いました。「哀 戦士」にでさえ、それはあったし。でも、私は何度もそう言ってますが、TV版を復習して見に行く必要なんかは絶対にない!むしろ絶対に逆効果!そんな余裕があれば、「星を継ぐ者」を見た勢いで「恋人たち」を見る努力をすべき。
「さすがはアムロだ、優しく抱いたな」とは、勘がいいだけでないニュータイプのありように対する言葉なのかな、と。
よくよく見たら、ブラッシュアップされた戦闘シーン、随所にありましたね。戦闘が印象に残らないぐらい、ストーリーで魅せているのだと。
フォウの死は、何度観てもジワッときますね。その後のカミーユとファのキスなんですけど、アポリーさんが香港でいろいろ楽しかったんだろって言った流れで、コンマ数秒、カミーユがちらっとファの顔色をうかがってたような気がしました。そう思ってみると、その後のカミーユのサービス過剰っぷりも何となく違った心理劇に思えて、実にベリー・グーです。(笑)
あと、ヘンケンさんは本当に最高の千両役者ですね。すっごいイイ!それからサラも、先入観を持たずに見れば、悪くない。
ジェリドってのは一生懸命やってるけど、洞察力が足りないオールドタイプっていうことなんだなぁ、うん。第二部を見てから第一部を見直すと、なおさらそう思える。
ラストねぇ。「大人っていうやつは!」ってあのカミーユの台詞でシメでいいんですよ、たぶん。ただ、ガクトの曲のイントロが被ってくるのがほんのちょっと早いんだと思いました。それであの台詞が印象に残らない。そんな気がしました。

他にもいろいろ「あれ!?」と思った場面あったんですけど、・・・あ~、老いたな、自分!思い出せなくなってる。・・・もう一度見に行くべきかな?(笑)

とにかくポイントは、状況の「洞察力」ですよ!直観力じゃないんだ。そして洞察することで、優しくなれる強靭さを手に出来れば・・・。
長くなっちゃったし、思い出したらまた書きます。本当は、ちょっと硬派なアニメ論で書こうかと思ったんですが、やっぱり気楽に行こうかと。ではまた!

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コメント

> 昔の見方

まさに一期一会状態でしたね
それこそ瞬きもしたくない感じで・・・
やっぱり昔に比べたら今は見方が雑でしょうね

と言うわけで
あれってやっぱり死んだのかな?キリマンジャロは?
ダメだもう一回行くかな・・・

> 集中してこその洞察力!

フォウでしょう?零距離射撃で側頭部ズドン&高空から落下ですから、即死間違いなしでしょう。これで生きていたら「種」になっちゃいますよ。そういう超絶展開に頭が慣れてしまってますね(笑)。
よく覚えてるはずの「哀 戦士」でさえ、「え?そうだっけ?」という短縮はてんこ盛り(あっという間に黒い三連星全滅とか、リュウさんも死んだばっかりなのに「マッチルダさぁぁぁん・・・」だけだったりとか・・・)でしたよ。それに比べれば、ねぇ・・・。きれいに、丁寧に、よくまとめたほうですよ。それにしても、なんか人間って、都合よく覚えているものですね。
もう一度見に行けたら、絶対にいいと思いますよ。ファとのキスの前にカミーユの目が一瞬泳ぐのとか、実際にかなり集中して映像を見ていなかったら気がつかないです。
ヘンケンさんの「男の甲斐性」も、クワトロ「脈は保障できんのだぞ」とか、見直すとますます味のあるいい会話でした(笑)。
二回目こそ楽しんで観れます。当ブログ的には、『資料を買うより劇場に行こう!』キャンペーンを熱烈展開中です。(爆)

> 私も映画を見直せば良かった・・・

私は映画見てDVDに走って撃沈したパターンです。見終わった後はウォンさんに修正をくらったカミーユのごとく悶絶。富野監督の修正は新訳Zですか?フォウからハマーンの話を「恋人たち」なんてタイトルでまとめるなんて・・・

「そんな大人修正してやるー!」 

今はそんな気分です

> ガンダムファンさん?

えーっと? 新訳Ζを劇場で見た後で、TV版のDVDをご覧になって、頭が混戦モードになっておられる? 物語の進行も変わっているし、個別の行動の動機など、細かい解釈などについても、あえて変更されてますから、混乱するでしょうね・・・。 はっきり「別物」だと思うしかないのでは。
「修正してやるー!」は新訳で削除された部分ですが、ガンダムファンさんはいったい、誰を修正してやりたいのでしょうか?

> ずばり御大こと富野監督です

無礼極まりないことはわかっています。ですが御大のような偉い方があのようなラストをつくったことが許せぬのです。ストーリーは問題ないです。映画との違いを楽しめるくらいの余裕だってありました。ですが、ラストが許せません。あれだけは・・・
カミーユとシロッコ、まずこの組み合わせが納得いきません。どうみてもシロッコはシャア絡みの話でしょう!さらにカミーユがシロッコを倒してしまえたことがもっと納得いかず。あの時点でカミーユがどれだけがんばっても倒せる相手ではないはず(シロッコの悪さは子供がどうにかできるものではない!)・・・なのにあの共感するエナジーみたいのを持ち出してやっつけるなど絶対オカシイ。でオカシイと思ってたらやっぱり。yasuakiさんのところの富野語録で当時のZを語る富野監督の台詞があったのですが、「”アニメを見つづけるとカミーユみたいになるぞ”というテーマを、ロボット物という圧倒的なヒーロー作品にまぎれこませて、視聴者と提供者側に渇を入れたかった」とあるわけです。これってシロッコという強敵ををダシにカミーユを崩壊させてテーマを成し遂げようとしたわけでしょう?これを認めろというんならそれまで人を魅了し続けたあの49話分をどうしてくれるんだと!大人の都合を持ち出すなんて卑怯だ!と。(スミマセン、ほんとに悪気はないのですよ・・)
新訳Zではその辺りを見直してくれるように期待したいわけですが、なにしろ皆さんが富野監督=シャアとおっしゃるくらいですから、シャアのラストのごとく自滅して欲しくはないと思うこのごろなのであります。

> TV版のラストですか...

えーと・・・。 (^_^;)
まずは「御大=偉い人」・・・どうかなぁ?(笑)
「シロッコの悪さは子供がどうにかできるものではない!」・・・うーん、そうなのですか。ラスト以前の49話には魅了されたとおっしゃるのですね・・・。

それで御大を「修正してやるー!」なわけですが、Ζ以降、御大は実際うつ病みたいになってましたし、新訳Ζは文字通りに自分で自分を「修正してやるー!」なわけですし・・・ねぇ。
私はせっかくTV版をまだ見ておられないのなら、見ないままで新訳をご覧になることをお勧めしたかったですが。

とりあえず、まだお読みでなかったら、ルロイさんの「ゼータは失敗だったか?」http://members.jcom.home.ne.jp/0911502801/zgh.htm
を読んでみてください。「あくまでガンダムシリーズの一つでしかない」という見方をどう考えるのか。「正統な続編」を謳う新訳Ζでは、ヒーロー性に復活の兆しが感じられますが、それだけではないものを御大は目指しているような気はしますね。
ルロイさんのところへ行ったら、もう一つ、「シャア・アズナブルは富野監督の代弁者」http://members.jcom.home.ne.jp/0911502801/ccah.htm
も是非ご一読を。特に後半の、「シャアが富野監督であるのと同時に、アムロもまた富野監督である。」以下の文章をよくよく読んで、考えてみてください。
ガンダムファンさんも深みにはまってしまったようなので(笑)、ここまできてしまったら「逆襲のシャア」も見てください。それから「∀ガンダム」も見てもらったらいいと思います。(たいていの人はTV版を進めるはずですが、わたしはまず、劇場版「地球光」「月光蝶」で充分でないかと思います。)
私が富野由悠季という人が好きなのは、「偉い人」として好きなのではなく、「苦悩する人」の姿に強い共感を覚えるから、であるかもしれません。TV版ΖガンダムやVガンダムというのは、御大自身否定的に語ってきている作品なので、私もあまり見たいとも論じたいとも思わない作品なのです。ごめんなさい。

> どんどん深みにはまっていく自分をどうすればよいのか・・。

今までガンダムを避けてきていたのはこの危険を自ずと察知していたからなのか・・。ガンダムを好もうが嫌おうがもはやガンダムに吸い寄せられているではないか・・。
アニメから受ける影響が決してアニメチックなもの(例えばフィギアに走るなど)で終わらないことに嫌悪しているというか・・。ハマる感覚は好きですが、その分ハメられた感が生まれるのがアニメとか小説などの作者が存在するフィクション物でありまして、影響された自分に腹が立つというか・・。
影響を受けた作品含めその作者については本当はものすごく認めてるんでしょうけど(もはや融通きかないくらいなんですよ、サラみたいに)、突き詰めれば至らぬ自分を認めれないんでしょうね。
すみませんウダウダわけのわからぬことを言ってしまって。Z一作でこれですから、逆襲のシャアと∀ガンダム見るとどうなることやら・・ガンダムはやっぱりR指定ですよ

> 自虐版のように使って申し訳ないですが・・

最後に一言だけ。
Zのラストに逆上したのは富野監督の言う”アニメを見つづけるとカミーユみたいになるぞ”っていう言葉が図星だったからだと思います。富野監督の今の若者批判は私に関して言えば100%適合です。まさに尊敬と畏怖です。
アニメはやっぱり新訳Z第3作まで控えます。それ見てどうこうというわけではないですが、とりあえずけじめということで。

以上が富野監督が危ぶんでいる若者のひとりがZを見て感じた感想でした (囚人さんへ お手数ですが読んだら上のと合わせて削除してしまってください)

> 囚人と言うのは、

相互監視のネット社会に囚われてしまっている自分を皮肉って、名乗っているHNですが、ガンダムファンさんのコメントを読んでいたら、アニメとかガンダムとかいうものの「重力に囚われている」囚人でもあるのかな~、と気が付きました(笑)。
「たかがアニメ」とあなどって、単に娯楽として消費しているつもりの人が世の中のほとんどだと思うのですが、実はそれに無意識下で強烈に影響を受けていることを自覚されたことは、大変素晴らしいことだと思います。これは皮肉でも何でもありません。とりわけ現在のアニメの状態は「消費させられている」というほうが適切ですので。それを如何に「自覚的に見る」ようにするかを考えることは、極めて重要なことだと思うのです。
「∀ガンダム」はTV版「Ζガンダム」でささくれ立った頭を癒すには、最適な作品だと私は思います。ガンダムで傷ついたものはガンダムでしか癒せない、のであるかもしれません。今ふっとそう思いつきました。
「読んだら削除しろ」というご指示ですが、私にはそれはもったいなく思えます。このブログでは同じPC(IPアドレス)からならば、末尾の「編集」というところから、自分の投稿内容を編集することが出来ます。また、「管理者にだけ表示を許可する」という機能もあります。
ネットというやつは、残るものでもあり、流れていくものでもあります。このコメントも、今のガンダムファンさんのまぎれもない一つの「存在証明」なのであり、消してしまうのではなく、この地点から再び積み上げていかれることを、私は希望します。「Vガンダム」まで墜ちたトミノという人が、「∀」を経て今、「新訳」に立ち向かおうとしているように。

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