ロボットの話やらただの日記やら
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今日は何となく「インサイド9/11」などというドキュメンタリーを一生懸命見てしまいました。何だかすごいね。歴史上の事件だと言うのに、まるでドラマのように、かなり細かいところまでいろいろ調べられていて。怖いぐらいです。こんなのを見ていると、信念を持って「断じてやる」って狂信的に決めているテロリストを阻止することなんて、不可能なんじゃないかと思えてきます。人間って、恐ろしいですね。
急に寒くなりました。で、しっかり風邪を引いてしまったらしく。熱は出ないんですけど頭と体の節々が痛くて。集中力がないので、今日は何をやっても中途半端でした。
だらだら『モスピーダ』(10〜12話)などを眺めていると、徐々に明かされてくる敵の設定なんかが面白くて。でも、スクラップの山から“レギオス”を何機も発掘しちゃったりすると、「うーん」と思ったり。やっぱり微妙な作品です。
“ロボット話”でいろいろ話題を出していただいているので、何か言わなきゃいけないような気がしていながら、どうもわが知識もリテラシーも間に合ってない感じで。少しネットをさすらってみたり。
押井氏は、「ロボットは人間が夢見た第3の身体」だと述べた。第一の体が人間自身の体であり、第2の身体が動物で、かつて人々は動物のように走ったり空を飛んだりしたいと夢見た。そして今は「機械の体」を「夢の身体」として求めているのではないかと捉えているという。
知りませんでしたが、お江戸では大ロボット博などという、楽しげな催しをやってたんですね。見てみたいなー。でも混雑してるんなら嫌だなぁー。
この「ロボットWatch」ってサイトが面白くて、だらだらーっとバックナンバーを眺めていたりしちゃいました。ロボットアニメ好きの私は、やっぱりロボット好きなんだろうか、どうなんだろうか。
やっぱり、すぐ風邪とか引いてしまう、この情けない身体の代替というか強化延長というか、そんなふうにロボットに夢を持つっていうのは、あるかもしれないですね。日本人は、人型のロボットにこだわりがあるっていうのも、いちおう事実らしいですが、マンガやアニメの影響でそうなのか、そうではない理由があるのか。いろいろ考えていくと面白そうなんですが、難しそうなんで、今日のところはこのへんで尻尾を巻きます。(やっぱり“考察”めいたものって、どうも私は得意ではなくて、何か考えるにしても、アニメみたいな作品に投射されたものの“感想”としてしか書くことができないような気がします。)
コメント
モビル・スーツ
このアイデア、その後の『聖闘士星矢』を代表とする、いわゆるクロス系の元になっていると思います。
ある意味では、装着変身シリーズという玩具によって成立している平成仮面ライダーを考慮すると、仮面ライダー自体はガンダムより古いですから、系譜はジグザグに複雑になりますね。うーん。
スーツの男(と女)
たしか仮面ライダーは(コミック版では)マスクは変身に含まれない、あと付けのものなんですね。正体を隠すというより、「醜い自分を隠す」ためのもの。
それ以前だとアメコミとか、日本でも鞍馬天狗とか(月光仮面はスーパーマン以降だから考えないとして)、更に遡れば怪傑ゾロとか。
最初はマスク、だったんだと思います。そこから、正体を隠すためのものとして独特の「スーツ」が考案された。いわば概念の拡大かも知れません。
アメコミでもマスクの人は多いですが、スーパーマンを始め、マスクなしでスーツだけの人も結構いる。XーMENとか。
アメコミヒーロー達は、裸ん坊でもスーパーパワーを失わない事が多いですが、まあいろんな理由(主に商業的なってのが、アメリカらしいやね)で、そうもいかない。そんな中で「(正体を隠すための)独特の衣装ースーツ」が、力の源だというイメージが改めて開発されたのかも知れません。
そして、怪獣文化が大きな背景になっていた日本では、ウルトラマンがスーツなのか裸なのかよくわからない状況で受け入れられていった。背中のチャックを剥いたら裸のウルトラマンが出てくる、とは当時の僕らは考えてなかった筈です。思い出せんけど。
だけどチャッックは厳然としてある。
どっちやねんというジレンマを、ある意味解決したのが「巨大ロボット」なのかもしれない、なんて考えたりもしてみます。
そういう意味では、巨大だろうとサイボーグだろうと、ロボットというのは今風夢の身体なんだ、という認識は合ってるんでしょうね。
あでも、今のライダーは強化服なのか?やっぱスーツなのか。しかもイマジンさんが入ったりして、中の人も変わったりするのか。ややこしいなあ。
>大ロボット博
今は亡き、名古屋は栄のロボット博物館の夢のあとが…(滂沱の涙)。さびしいっす。
管理人のみ閲覧できます
間違えました。ごめんなさい。
警視庁のマスコットキャラ、ピーポくんも背中を探せばチャックはあるはずです。そうでなければ公衆の前で全裸になるわけですから。
あと、マスク、というと能が仮面劇ですよね。アニメもある意味では仮面劇だと思います。
http://www.toei-video.co.jp/DVD/sp21/spiderman.html
なんで特に日本人がロボット好きだったのか。こうした番組は、単にオモチャを売るため(それこそ富野監督がさんざん付き合ってきた理由)というのもあるんでしょうが、さかのぼれば江戸時代に茶運び人形みたいなのもあったし。
多分、突き詰めて考えていくと、日本人の技術観とか、日本のエンジニアのものの考え方とかまで考えなくちゃならなくなりそうです(笑
>>アニメはある意味仮面劇
それはほんとにそうですね。うん、そうだなあ。
だがしかし。
>>公衆の前で全裸
マスコットは基本服着てない気もするんですよね。ムーミンとか、清々しいまでに全裸ですが、そういえばあんまり気にした事なかったなあ。
でもたしかに、警察のマスコットが風紀便覧、ていうのは、想像するとちょっと可笑しい…。
>zsphereさま
>>かのスパイダーマンですら
すっかり忘れてましたけど、レオパルドン、なんか以外にかっこいいですね。それにしても車がすごい。咬まれそうです。
でもしかし。
>>江戸時代に茶運び人形
他の国に、からくり文化が皆無かというと、そうでもなかったりするし、困ってしまうんですよね。ドイツのからくり時計(建物に収まってるでっかい奴)とか。んー、でも、手元でいじれるパーソナルなものを愛好する傾向は、他の文化にはあまりなかったのかなあ。
あでも、フランスにオートマータがあります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/オートマタ
これも時期的には幕末と同時期ですね。
変な言い方になりますけど、江戸までの日本というのは、今と同じくらい宗教に無頓着で、キリスト教みたいに「神が人間を作った」とか、「精神が云々」みたいな事は日常レベルであんまり意識してなかった節があるそうです(それでいて狐狸妖怪やまじないはえらく信じてるのですが)。
幕末の宣教師がビックリこいてる文献がいくつもあるそうです。
もしもそのしっぽを僕ら子孫が引き継いでいるとしたら、「ヒトの似姿」をつくることに、それほど抵抗感がない、のかも知れません。クローンやサイボーグ技術なんか、西洋では(今でも)以外と抵抗感があるのじゃないでしょうか。
西洋のエンタテイメントに出てくる「巨大」ロボットが総じてデクのボー系なのは、そういう抵抗感が尾を引いてたりなんかして。
一言
「巨大な自分になる」願望というのが
あるみたいですけどね
オートマタ、というのは言葉は知っていましたが、失念していました。
海外文化に疎い身としては、あまり比較して考えるにも認識不足が勝ってしまうようで。もどかしいところです。
宗教の問題は確かにあって、一神教では創造は神様の専売特許ですから、人間がそれに並ぶような事をしようとするのは良くない事、らしい。
我々日本人には、そういうタブー観は無いですしね。
むしろ、アニミズム的な、身の回りの何にでも精霊とか神様とかが宿っているという考え方が、根っこの部分にあるのかも知れません。
たとえば、スターウォーズに「インペリアルワーカー」という、二本足で歩く兵器が登場します。けど、前面に砲台とコクピットはあっても、別に人を模しているわけじゃない。
というか、そもそも「人の形にする必要なんかない」わけですよ。
仮に手足のついたメカが必要になったとしても、人間を彷彿とさせるような顔を、わざわざデザインしてつける必要なんか無いわけで。
多分、西洋の人たちにとって、メカは所詮道具に過ぎないから、そんなものに顔を付けようなんてしないんじゃないですかね?
茶運び人形みたいなものを作らせても、多分、お茶を運ぶ機能を持たせた、ただの車みたいなのを作るだけなんじゃないでしょうか。
けど、日本人は何故か、そういうただの道具に顔をつけたがる、のかも。
そこに理由を考えるとすれば、私が思い付くのは九十九神とか、アニミズムとかの心性くらいだったりするんですが。
どうでしょう?
SF雑誌の表紙から
http://sunmoon.blog.shinobi.jp/Entry/171/
GIANTSとは書かれていますが、巨人が操られているのか、小人が操っているのか、どちらかは不明です。
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