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『機動戦士Zガンダム』 第43話「ハマーンの嘲笑」/第44話「ゼダンの門」 

[2009/06/22] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 のっけから余談。3月ぐらいからずっとハードワークが続いていて、まったく体調がすぐれません。今日も微熱アリ(笑)。
 まあ実働的に残業や休日出勤が続くのもそうなんですが、プロジェクトが動き出してから社の方針が変わった結果としてフォローなし、当然成績は悪い。梯子をはずされたけど、責任は云々されるのか・・・的なストレスが強烈です。同僚はメンヘルでダウン。それはまあいい(よくないけど)。取引先の担当者も明らかにメンヘル状態なのに、キツイ責任を負わされ続けていて、・・・。
 でもたぶん、こんな状況も私の周りだけの不幸ではなくて、今のこの国のあらゆる組織の中で日常にありふれている風景なのだろうなぁと。

 そんな感じで(ぇ?)・・・、あと一息がなかなか先に進まない、テレビ版の『Zガンダム』再見です。前回からだいぶ間が開いてしまったので、『水の星へ愛を込めて』も久しぶりに聴くと胸にしみるなぁーって感じですが。1985年の作品なんですよね、これ。いや本当に?w

第43話「ハマーンの嘲笑」

  • ロザミアの件でカミーユもぴりぴりしてるところへウザいキャラNo.1のカツが来たぁー。w
  • グラナダを狙うコロニーレーザーが戦況としては本筋(やっとそこへ物語が来た)。で、背に腹はかえられないエゥーゴはハマーンのアクシズに協力を頼むしかない。(スポンサーには弱い・・・。)
  • そこで「ハマーンのアクシズはエゥーゴの敵なんですよ!」と青臭い嫌悪感をぶちまけるのが、カツ君の役回り。そこに何故かファ・ユイリィも賛同。「ファだけは子どもの顔をしているな」ってカミーユも前には言っていましたね。若さゆえの潔癖症?
  • カミーユだってアクシズは厭なんだけど、グワダンへの使者に立つのは、動いてるほうが気持ちが楽って感じでしょうか。ハマーンは「シャア・アズナブルめ、こういう出方をするとはな」と。組織の動きの中で、個人的な情のほうが前に出ている?
  • あえてキュベレイでアーガマへ行くのは戦力の誇示?そしてキュベレイの存在を知っているシャア。アクシズとの因縁を感じさせる、上手い芝居の立て方ですね。
  • 昔の女に頭を下げる屈辱に耐えるシャア。今回ラストでも駄目を押してますけど、それを察してあげてしまうのが、またしてもカミーユというところがつらすぎますよ。この子は感じすぎる。
  • アーガマとラーディッシュの2艦だけでの陽動は、戦力差から言って捨て身の作戦らしいです。で、手持ちの戦力は全部出したいところだけど、クワトロには出撃させないブライトさん。カツとかファとかは数合わせにしかならないにしたって、百式は大きいだろうに。何ですかね?(口には出さないが、屈辱に耐えているシャアを思いやってるのはブライトも同じか?)
  • 最初のうちはパイロット適性ゼロの描写をされ続けてたファだけど、このごろではニュータイプっぽくカミーユの苦境を察したりしますね。ブライトさんもそのへんを見ていてパイロットからはずさないのかな?いい上司だ、ふむ。
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小説 『リーンの翼』について、もう少し書きたいこと 

[2009/06/16] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 富野由悠季の小説『リーンの翼』の感想を書いたところですが、少し辛らつじゃないかというリアクションもいただいておりまして、そうなのかなぁと。

 今日における富野由悠季作品偏愛に至るまでの、超個人史的なことを言うと、今現在、感想に手こずっているテレビ版の『Zガンダム』のリアルタイムの時点で、私は富野離れを一度体験しているというのが実はあるんですね。それで無意識にしても同時期の作品である小説『リーンの翼』については、どうも同じような抵抗感があったんじゃないかと。

 つまり「個人的な感情を吐き出すことが、事態を突破するうえで一番重要なことではないか」という思いは理解できるにしても、それに共感できるのかどうか、それを普遍的に価値あるものとして認めるのかどうかということですね。(バカな話ですが、当時の富野監督と同じような年齢に今の自分がいるのでよけいにそう思います。)

 ご都合主義というのは悪い言い方ですが、都合というものは絶対にある。誰しも世の中にあふれる都合の中で、折り合いをつけながら生きているんですよね。これの否定はナンセンスです。
 ただ物語の中の都合にも、いろいろな種類があって、物語の外的要因(スポンサーその他含め)もあるし、内的要因の中には、物語それ自身が要請してくる都合と、作者の個人的な都合もあるんじゃないかと。

 これは主観的な印象ですが、小説『リーンの翼』の中でばたばたと死んでいったキャラクターたちは、必ずしも物語それ自身の都合によって死を与えられたものではなかったような気がしてなりませんでした。その死(あるいはその生きざま)が、物語の中で適切に意味を持つ(物語表現の一角を正当に占める)ことができないと、どんな端役であれキャラクターの生は空しいと感じるのです。

 本来、富野由悠季という演出家は、こうした物語の「本線の情」を一貫させる(物語の世界に生命を吹き込む)ことに卓越した才能を持っていると思います。『リーンの翼』におけるこれはテクニカルな問題というよりも、「自分独自のもの」で作品を充たそうとする“作者の都合”だったんじゃないかと私は感じてしまったのです。

 以上は一見ネガティヴ一辺倒で辛らつな評価に見えるかもしれませんが、私にとってはそうした地点から、「あるかも知れぬ事なれば、あるかも知れぬとして聴くのだぞ!」(『ファウ・ファウ物語」)という形で、自意識の井戸を掘るばかりではない物語(ファンタジー)の意味を再構築しはじめた富野由悠季という個性に惚れ直したという経緯があるんですよ。
 なればこその『新訳Z』でありOVA『リーンの翼』ということです。(この両作品については、「なればこそ」が多少の問題かもしれませんが。)

 ちょうど小説『リーンの翼』と対にして語るべきアニメ『聖戦士ダンバイン』について、半径1クリック圏内で話題になっていたりもするんですが、『ダンバイン』はそんな意味ではとってもアンヴィバレントだと思うし、どうもうまく言葉が出てこないので、そこはまた今度ってことで。

 もうひとつ、『リーンの翼』巻末のあとがきにあたる「オーラ・ロードへの遥かな道」はツッコミビリティ満載で思い切り書き殴りたい思いもあるのですが、富野監督にとって克服してきた過去のことを書いてみても世間の誤解を招くだけで意味がないのかもしれないと、ちょっとためらっています。

 それと、読後感想で気になっていることのもうひとつは、作品についてのネタバレ度が高いので、「続きを読む」のあとで。

 以下ネタバレ注意!

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小説 『リーンの翼』 (富野由悠季) 個人的な感情を吐き出すことが・・・ 

[2009/06/15] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(4) | TOP ▲

 ちょっと失敗して3巻だけ未入手で未読なんですが、いちおう6巻まで読み終わったので、感想をメモしておきます。(別のところにラフスケッチを書きましたが、もう少しだけまとめられないかな、と。)

 相変わらずだらだらと長くばかりなるので、ポイントを先に書いておいてみます。

  1. 小説『リーンの翼』の執筆時期は1983~1985年。アニメでは『聖戦士ダンバイン』、『重戦機エルガイム』、『機動戦士Zガンダム』の製作時期。アニメ『ダンバイン』と小説『リーンの翼』の物語はほぼ並行して書き始められ、バイストン・ウェルの世界観を創った。
  2. この小説の主人公・迫水真次郎は太平洋戦争末期に特攻兵器“桜花”のパイロットだった軍人。現代っ子が異世界へトリップするのではなく、過去から来た主人公。主人公が戦争中の日本の状況についてあれこれと反芻する描写が作中で非常に多く、そして長い。
  3. 『リーンの翼』は富野監督にとって、はじめて(アニメのノベライズではない)オリジナルの小説を書く機会となった作品。
リーンの翼―バイストン・ウェル物語より〈1〉 (角川文庫) リーンの翼―バイストン・ウェル物語より〈2〉 (角川文庫) リーンの翼―バイストン・ウェル物語より〈3〉 (角川文庫) リーンの翼―バイストン・ウェル物語より〈4〉 (角川文庫) リーンの翼―バイストン・ウェル物語より〈5〉 (角川文庫) リーンの翼―バイストン・ウェル物語より〈6〉 (角川文庫)

『彼は、個人的な感情を吐き出すことが、事態を突破するうえで一番重要なことではないかと感じたのだ』

 小説『リーンの翼』の感想の話をするのに、何故いきなりアニメ『Zガンダム』テレビ版でのクワトロ大尉のセリフかというと、この小説は『野性時代』(角川書店)1983年3月号~1985年12月号に連載(全34回)されたものであり、この時期がアニメ監督としての富野由悠季にとっては、『聖戦士ダンバイン』、『重戦機エルガイム』、『機動戦士Zガンダム』の製作時期に当たるということは、これは見ておくべきだろうということです。

”バイストン・ウェルの物語を覚えている物は幸せである” このキーワードで始めた物語のはずが、 僕自身の不幸さを実体験するようになろうとは思わなかった。 僕は、その記憶を持っていないのに気づいて、なんと不幸な人なのだろうとカンカクするからだ。

(「リーンの翼1」より)

 『ダンバイン』とこの小説が並行して書き進められたということを、私はあまり意識していなかったのですが、なるほどバイストン・ウェルという架空の物語空間は、アニメと小説の双方で創り出されたものなんですね。私は『ファウ・ファウ物語』や『オーラバトラー戦記』、『ガーゼィの翼』のほうを先に読んでしまって、バイストン・ウェルものの中では、この『リーンの翼』を読むのが最後になってしまいました。

 しかし、それにしては作者の筆は、自ら創造した異世界バイストン・ウェルを描写することに、それほど嬉々として走ってはいないなぁという印象でした。「僕は、その記憶を持っていない」っていうのはそういうことじゃないかと。
 その代わりに。他のバイストン・ウェルものにはない、この作品の特色は、主人公の迫水真次郎が太平洋戦争末期に特攻兵器“桜花”のパイロットだった軍人で、つまり現代っ子が異世界へトリップするのではなく、過去から来た主人公だというところだと思います。

迫水真次郎はどこから来た男なのか

 物語の素直な読みではなくて、斜から執筆の舞台裏をのぞき見るようなことばかり考えてしまって恐縮ですが、何しろ物語の流れをしばしば遮ってまで、迫水が戦争中の日本の状況についてあれこれと反芻する描写は作中で非常に多く、そして長いです。この違和感はどうにかすっきりしたい。

 はじめに思ったのは、富野監督は戦争を知っている世代だからなぁ・・・ということですが、しかし1941年生まれの御大には、幼時に防空壕に逃げ込んだ記憶ぐらいはあっても、さすがに迫水のような記憶を持っているはずはないですよね。
 だとすれば、たぶん迫水は、監督が小学生ぐらいのときに夢中で読んだ戦記ものとか、そういう世界から来た男なんじゃないでしょうか。ただ富野監督のことだから、そんな頃からそれらの物語には飽き足りぬものがあって、やがて中学生ぐらいになると自分で小説もどきを書き始めてしまったり・・・。

 『ガンダム』、『イデオン』と小説は書いたものの、アニメの(それも“ロボットもの”の)ノベライズであることに忸怩たる思いを持っていた富野監督にとって、はじめてオリジナルの小説を書く機会となった、この『リーンの翼』を書くにあたって、少年の頃から持っていた物語のイメージをここに投影したいと考えたことは容易に想像されます。

 そして、もうひとつには、あえて言えば「露悪趣味」とでも名づけるしかない、自分の趣味嗜好の濃厚な表出。(逆さ吊りとか、ねぇ・・・。w)
 これもあわせて考え出すと、アニメ『ダンバイン』ではやれない大人のストーリーをやりたかったというのは分かる。分かるんだけど、オリジナルの小説であるのを免罪符にして、「自分独自のもの」を入れ込むことに執心しちゃっている面があるのではないか。そういう疑念がわきます。今回は「ロボット」を出さないというのはそんなに大事なのか、何でそれがそんなに嬉しいのか、などとも。

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小説 『装甲騎兵ボトムズ』 (高橋良輔) この物語はやっぱり面白い! 

[2009/06/05] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(5) | TOP ▲

 相変わらずネットでのお買い物があまり得意でないもので、例えば本だったら大概のものはブックオフで探すと、こういう感じの旧型人間であります。
 で、「えー、まだ『リーンの翼』も読んでなかったんですかー」みたいな恥ずかしいこともあるんですが(笑)、リアル本屋さんは探してるつもりじゃなかったものがつい目にとまり、衝動買いしちゃったりするのがいいところでもあり、悪いところでもあり。そんなわけで、先日入手したのがこれ、『装甲騎兵ボトムズ』の高橋良輔監督によるノベライズです。

装甲騎兵ボトムズ〈1〉ウド編 (角川スニーカー文庫) 装甲騎兵ボトムズ〈2〉クメン編 (角川スニーカー文庫) 装甲騎兵ボトムズ〈3〉サンサ編 (角川スニーカー文庫) 装甲騎兵ボトムズ〈4〉クエント編 (角川文庫―角川スニーカー文庫)

 元祖ボトムズのストーリーを丁寧になぞったノベライズでした。昔からあったのを私が知らなかっただけかと思ったんですけど、4巻の巻末にある高橋監督のあとがきを読むと、2002~03年にかけて書かれたものってことでいいのかな?
 ご自身で「テレビの放映後20年経ってのノベライズなど寡聞にして聞きません」と書いておられるとおりで、ちょっと意外な感じがしますね。

 ついつい富野監督の小説と比べてしまうのが私のサガですが、アニメ版を小説版にしたからと言って、あまり改変を加えていないというのが、高橋監督らしいところでしょうか。もっとも、富野監督にしてもアニメのすぐあとで執筆した小説版の『機動戦士ガンダム』では「えぇーっ」てぐらいストーリーを変更したわけですが、ずっと後年になって書いた『密会 アムロとララァ』では、だいぶアニメの物語に沿った内容になっていたという印象があるので、放映から長く間があくと、かえってそういうふうに馴染むというか何というか、そんなものなのかもしれません。

 そんな感じで文章としても、富野監督よりもずっと読みやすい、きれいな小説にまとまっていたと思います。もちろん富野監督のは、あの毒気が味なんですけど、少々読者を選ぶと言わざるを得ない部分があります。この高橋監督の小説版『ボトムズ』は、誰が読んでも(アニメ版のファンだった読者であれば)抵抗感なく楽しめる、素直な内容だったんじゃないかなぁ。

 アニメのノベライズは映像で表現された部分を文字にしてしまうことで、解釈が加わってしまうというところがあって、特に後半の「サンサ編」から「クエント編」あたりの「んぐぐぐぐ・・・?」と思いながら映像を眺めていた部分もすらすらっと読めてしまうのは、よいところでもあり、ちょっと食い足りないところでもあり。まあオチは分かっていますから、普通はこういうもんでしょうね。(そのへんが富野監督との違いかな?)
 とにかく真面目な高橋監督は、あとがきで、ワイズマンがどうしてキリコに欺かれたのかという部分をこの小説版で補完しちゃいました、ということに義理堅く触れています。ああ、そういえばなるほど。言われなければ、そんなに違和感もなかった感じでしたけど。そこの「どうして」に関心のある方は、ぜひ読んでみてください。

 私はこの作品は、キリコとフィアナのラブストーリーとして好きなので、「サンサ編」で「私を置いていって」というフィアナに、「冗談はなしだ。俺はくそ真面目な男だ」というキリコのシーンが一番好きですけどね。(笑)
 そんな風に考えていくと、アニメ版で魅力的だったサイドキャラクター(私の好きなのは「クエント編」でのキリコとシャッコとの絡みとかですが・・・)の描写とかも、あっさりと読めすぎてコクが足りないかなぁ?・・・これを読むと、アニメをもう一度見たくなります。それはいいことなのか悪いことなのか。あと、アニメ版を見たことがない人がこれを読んでも面白いかどうかも、私にはよく分かりません。

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『機動戦士Zガンダム』 第41話~第42話 

[2009/06/04] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 どうしてこう、書きにくいんでしょうかね、このあたり。どうしようもなく滞ってしまいました。このままでは挫折してしまいます。今日は、なるべく軽く、行ってみますね。

第41話 「目覚め」

  • 今回何故か、キャラクターの目に星が多め。危うげな作画やなぁ・・・。
  • シロッコはなんでレコアさんをバスクのところへ置いてきちゃったんだろ?いろいろ計算ずくなんだろうけど・・・。
  • カミーユは助平根性を出しているんじゃないのか?(実はそうではない)という演出的な振りが、けっこうあざとい。
  • 再び危険信号。「君のメンタルの方が大切だ。」(ハサン先生)
  • ロザミアを「収容」しなければならないという検査結果が出たとき、ハサン先生はカミーユではなく、あえて出撃間際のクワトロ大尉を名指しして相談。何故かなー?
  • 毒ガス作戦が実行されたとき、エマさん以上にファが人々の死を感知。(珍しい?)
  • っていうか、あれだけ「パイロット適性なし」とハッキリしてたファが、またパイロットやってるのにも驚きます。
  • ネモでハイザックを撃破しちゃうロザミア。「いいチームワーク」?何で強化人間と思えないんだ、カミーユは?

クワトロ 「今さら何故かとは聞かん」
レコア 「大尉、あなたはいつもそうして…いつも自分だけ、高いところにいようとする」
クワトロ 「それが理由か、レコア少尉? ならば、せめて私の手でその業を払わせてもらう」
レコア 「世界が自分を中心にして動くと思うな、シャア!」

  • つまり「何故だ」と聞いてほしかったんだよな、レコアは。
  • 何でロザミアは「めざめ」のスイッチが入っちゃったんだろうか。カミーユの「死んでしまえ、死んで!」という怒りを感じたから?
  • 「だけど、あれはロザミィなんだ!」っていうカミーユの執着は何?
  • 「あの女が行ってくれた…」っていうファは、ロザミアに脅威を感じてたんだねぇ。

第42話 「さよならロザミィ」

  • 毒ガス作戦は、コロニーレーザー移動の間の陽動、とここでナレーションで明かす。まあたしかに末端の兵士に知らせる必要はないわけだけど。
  • 「人類が自然にニュータイプになるのを待つより、造れるならば」というクワトロ。この男は強化人間に抵抗感が少ない。だから『逆襲のシャア』ではギュネイを強化してたわけだ。自然にニュータイプに革新するのを待っていたら、「地球は人類の手で汚れ切って死に絶えます」とここで言っているシャアは、すでに『逆襲のシャア』の彼になっているんですねー。
  • ロザミアの扱いぶりはでたらめにしか見えないが、バスクはこんなことでニュータイプの弱点でも探ってるつもりなんだろうか?

「こうやって、抱きしめていたかった。そういう女の子がいたんだ」

  • ああ、そういうことだったのか、カミーユ。フォウの姿をロザミアに重ねて見ていたんだね。
  • 以前コロニーレーザーを使ったときには中立の13バンチは目標から外していたはずだけど、今回は毒ガス作戦のターゲットにする?
  • しかしサイコガンダムでもあるまいに。バウンドドッグ、堅いなぁー。(クワトロ大尉、けっこう当ててるんだけど・・・。)
  • それにしてもメンヘルに引っ張られてるカミーユを見てるのは、本当につらいなぁ。フォウ二周目とほとんど同じことをまた繰り返してるし。たちが悪い・・・。
  • 次回・・・げげ、カツ登場かよ!(絶句)
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