ヤバ面白い! 富野由悠季 『アベニールをさがして』 読了 

[2009/02/10] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 1995~1996年に富野御大将がお書きになった小説らしいです。アニメ作品のノベライズではなく、全くのオリジナルストーリー。それゆえファンの認知度も低いのでしょうか、既に絶版だそうで、ネットで古書を買い求めて読ませていただきました。善良な市民さんによれば、「古本屋ではそれなりに見かけます」とのことだったので、そのうち出会いもあるかと思っていたのですが、kaito2198さんのブログでアベニール特集を開始されたので、時流(笑)に乗り遅れてはならないと、あわてて入手。さっそく読了させていただきました。

アベニールをさがして(1) アベニールをさがして(2) アベニールをさがして(3)

 御大が“ビョーキ”な時期の作品ということで、もっと無茶無茶読みにくいものを想像していたのですが、そんなことはありませんでした。(このへんに波長が合ってしまうのは、私もちょっと“ビョーキ”なのかしら?)
 特に第一巻なんかは、かなりテンポも良くて、ずいずいと物語の世界に引き込んでいく語り口は見事なもの。たしかに第二巻以降は、少し読むペースが落ちました。というのは、はたして主人公たちの行動はそれで正しいのかと、思わず考え込んでしまうような展開になってきたせいもあるかもしれません。
 そこは最後までそれで突っ走る感じですけど、でも語り口が重くはならないので、決していやな感じではありませんでした。ずっと問題意識を持ちながら読み終わって、私としては結末の後味も悪くはなかったですよ。そんなばっちりハッピーエンドとか、なるわけがないんだ。そんな簡単な話だったら、こんなに繰り返し書いたりしないですよ。

 kaitoさんは「アイデア集合体」という言い方をしておられましたけど、『∀ガンダム』に連なっていくような部分があるのはもとより、他のもろもろの富野作品に通じるいくつものアイデアが惜しみなく盛り込まれているのにはビックリ。片っ端から引き出しを開けたっていう感じさえあって、ちょっと惜しみなさ過ぎじゃないかと思うぐらいです。(笑)
 そこは難しいところで、地球の上にウィルスのように繁殖している人類という種が、これからどうあるべきなのかということ。それが頭からどうしても離れないということになると、これを突破するためのアイデアなどというのは、そうそう何通りも出てくるわけがない。・・・愚直に悩み続けていることを微笑ましく思うのが富野信者なのかもしれませんが、突き放した視点からは「またか」という印象もあるのかもしれないですね。

 そういう設定的な部分だけではなく、作中登場する何人もの女性に主人公の日向オノレ君(高校生)がいろいろと(むらむらと?)惹かれたりする描写やら、年上のセクシーお姉さんのピアスの話なんかは、富野小説の愛読者ならニヤニヤせずにはいられない微妙な表現満載。これをジュブナイルにするつもりだったとか言われると、もう言葉を失うわけですが。(笑)

 けっこう入手困難な本だからネタバレで感想を書いてもいいのかもしれないんですけど、(ネットにもそういうところがけっこうありますけど、)「アベニールって、・・・なんだ?」っていう大きな「?」が作品を駆動していく重要な軸だから、関心がある人には、ぜひ実際に読んでみて欲しいとも思うんですよね。

 やはり終盤に向かうにつれて、多くの人が死んでゆく内容ではあるんですけど、それは納得がいく展開だったと私は思います。むしろ具合が悪いところがあるとすれば、他の作品にはない独自の設定の部分で、あらかじめ地球の人口や環境の問題を、何とかかんとか解決をつけてしまったところなのかもしれません。
 そのことについて作中人物がぶつぶつと言い合っていて、この作品で一番ヤバ面白い過激な部分(彼らの意見の合意可能なポイントは、かなり危険ゾーン 笑)でもあるんですが、しかし作為として創作した部分でそういう不満を残すのは、やっぱり気まずいものがあったんじゃないでしょうか。

 「しかし、よく言われるように富野語の文章が読みにくいとは感じなかったなあ」とグダちんさんも言ってましたけど、全く同感。このレベルは富野小説では序の口。要は、ちょっと精神世界に入っていっちゃうような表現に抵抗感があるかどうかだと思います。
 いろいろ縛りがあるガンダム的なものよりも、奔放に展開していったこの作品。私はかなり好きでした。

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『機動戦士Zガンダム』 第23話「ムーン・アタック」/第24話「反撃」  

[2009/02/08] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

ファとカミーユの心の揺らぎがファの独走を生んだ。シロッコもまたジェリドの独走を見守るだけだった。そこにはそれぞれの人々が道を求める姿があった。

 冒頭ナレーションは見てる中で頼りにする部分なんですけど、前回(第22話「シロッコの眼」)がそんな風に総括されるんだなーって感じです。うーん、「道を求める」かぁ。何だかよく分からんなぁ。

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 経験を重ねてきて、既にルーキーではないカミーユでありまして、今や新たなルーキーであるファや、さらにはカツを、先輩としてリードしてやらなくちゃいけない立場です。大先輩のクワトロも久々にチラッと出てきましたけど「戦争などは所詮はその前後の戦術の優劣によって決します」とかカッコいいこと言ったぐらいで、若いもんどもにはあんまりかまうこともなく地球へ降りていっちゃうし。

 ティターンズはフォン・ブラウン市を制圧するアポロ作戦を実施。ナレーションではここが戦略上重要だと言っているんですけど、シロッコの想定外の突出があったにせよ、グラナダからの増援の展開が遅れたエゥーゴは、あっけなくティターンズによる占領を許してしまうし。逆にティターンズも、エゥーゴの反撃にあうとあっさり撤退するし。シロッコとジャマイカンの確執はあるにしても、何となく解せない感じ。

 で、そういう大事なはずのときにまた、エースパイロットであるクワトロを、何もブレックスの護衛にしなくてもいいじゃないかとも思うんですが。それだけカミーユも戦力としてあてにされてきたということもあるかな。それから、徐々にクワトロに政治向きの仕事もさせようという思惑もあったのかも。

 連邦議会はティターンズに牛耳られているようですが、ブレックスさんって政治力はあったんでしょうか。正直よく分かりません。暗殺しなきゃならない程度にはティターンズにとって邪魔な存在だった、と思うべきなのか。
 マークII強奪のときみたいに非合法なテロ行為にも参加している一方で、合法的な政治活動もやっているというのがブレックスさん(&エゥーゴという組織)の不思議なところ。いちおう『逆襲のシャア』に向かっていく“シャア・アズナブルのドラマ”のドラマとして見れば、ハヤトに「何年かかっても地球連邦の首相に・・・」と言われていたような、もうひとつの可能性というものを示してくれているのでしょうがね。もうちょっとブレックスの下で政治活動の修行をしていればどうだったのか。

 それで、クワトロ不在のアーガマで、ティターンズ占領下のフォン・ブラウンへの潜入スパイをカミーユがやってますけど、うーん。適任者だったのかなぁ?柄にもなく、ちょっとクワトロの戦争マニアに似てきてないか?大丈夫かこいつ。
 で、案の定、見つかっちゃったところで、たまたま来合わせたジェリドとばったり。おかげでかえって助かっちゃうという少し強引な展開。未熟者筆頭のカツが乱入してきてしまうあたりを考えれば、カミーユもジェリドも、やっぱりまだまだ未熟者って感じ。ほとんど覚えていなかったんですが、アムロがカツにやった拳銃って、けっこうアイテムとして、いろいろ活躍してたんですね。

 このへんで初登場してきたヤザンっていうのは、ジェリドには足りないライバルの要素を担って出てきたような気がします。
 24話からオープニングが『水の星へ愛をこめて』に替わり、後半戦本格化という感じですが、作品スタート時に思い描いていたストーリーラインから変更になっていった部分というのはあるはずだと思うので、そのへんも含めて軌道修正的なポイントがどこかに見つからないだろうかと、気にしながら見ているんですが、なかなかポイントがつかめません。

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復活のシャア専用ブログ? 

[2009/02/06] | ネット巡遊記 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 ガンダムと富野監督好きでインターネットを見てる人なら、知らない人のなかった「シャア専用ブログ」さん。私も大変お世話になりました。

 2007年1月1日付で「シャア専用ブログお仕舞い」という記事を出されて、多くの人から大変惜しまれながら更新停止をなさいました。

 その後、2008年1月いっぱいでバックナンバーのデータも消えるのではないかという追記がされて、いっとき実際に読めなくなっていた時期もあったんですが、その後静かにデータが復活していて、とても嬉しかったものです。
 その頃「シャア専用ブログが本当にお仕舞いになっちゃうらしいです」という報告をしたりしたんですけど、お仕舞にはならなかったんで、結果的に誤報を流したことになるのかなーと反省したりもしておりました。

 それで、いちおうアンテナに残してあったんですけど。

 「09/02/05」という日付のある最新記事を目にしました。こ、これは!?

 も、し、や、復活のシャア専用ブログ、・・・なのでしょうか?

 夢でも見てるんじゃないかと思いましたが、現に更新されているようです。
 以前にも「誤報?」をやってしまいましたので、トーン抑え目に書きたいですが、もしかするともしかして、更新再開ということになるのかもしれません。そうであってくれたら嬉しいですね!

『キャシャーンSins』 第14話~第16話 矛盾しているところがいい 

[2009/02/03] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(4) | TOP ▲

 相変わらず面白いんですけど、相変わらず感想メモの書きにくい『キャシャーンSins』です。何ででしょうかね?
 怪獣映画みたいな怖い系BGMがときどき使われるなーと思っていたんですけど、ストーリーラインとしては“特撮っぽい感じ”という理解が自分なりにできてきました。でもこういうストーリーは本来アニメのほうが向いてると思います。そんなような捻じれがある気がなんとなく。
 それはともかく、後半に入ってきて、物語はまとめモードになってきていますけど、最後の何話かで性急にまとめるんじゃなくって、じっくりと巻きに入ってきてるあたりの印象は悪くありません。前半に見られたような一話完結的なエピソードのキレはないですけどね。

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第14話「真実は闇を照らし」

第15話「死神ドゥーン」

第16話「信じる力のために」

 この何話かでオージがいろいろ口を開いてくれて、リンゴちゃんの謎も少しは分かってきました。それにしても・・・?まるで「かぐや姫」みたいな・・・?分かれば分かるほど、謎が深まってますねー。

 デュオとキャシャーンのガチンコバトルは、なるほどたしかに『ドラゴンボール』風でした。(笑)
 バルカンとマルスに叩きのめされたのを見たときは、デュオって意外と弱いのかと思ったけど、二体いっぺんに相手にするんでなければ大丈夫だっていうんで、それならやっぱり強いんですかね。
 ひたすら肉弾戦のみで、そういうパワーバランスみたいなのを表現するのはなかなか難しいものがありますが、それでなきゃ『キャシャーン』じゃないしねー。そういう意味じゃ、『ドラゴンボール』風のスピーディなバトルは、キャシャーン独特の優雅で華麗なジャンプが見られなくて、その点ではやや物足りないかもしれません。
 だけど、今作では解説役というか舞台回しというか、嫌味をぶつぶつ言ってるばかりかと思ったブライキング・ボスが、実は強いってところを見せてくれて、ちょっとびっくりしたり安心したり。
 ものすごい末世というか、秩序も何ももうむちゃくちゃな世界を描いているんですけど、ただまあ、そういう戦闘力の強弱でドラマが決まっていくわけではない感じもあって。それじゃあいったいどうなっていくのかっていうのが全然分からなくて、そこが興味深いところでもあります。

 この作品では「罪」というのがひとつのテーマなんですけど、そのせめてもの償いとして「弱いものや滅び行くものを守る」ということをキャシャーンが言うようになってきています。この世のものは誰もが皆、何かの罪を背負って生きているような気がします。そういう意味で、このテーマは普遍性を持っているのかな。
 その一方で、リンゴとリューズだけは特別に「滅びから解放してやりたい」というのは矛盾のような気がするんですが、そこがまたいいんじゃないかと。

 「人は守るべきものができると弱くなるのかもしれない」

 「守るべきものができると優しくなれるのよ」

 実に面白いですね。

 しかしほんとうにルナは生きているんですかねー。「会えたところで幸せになれるとは思えん」というオージの言葉は、単なる印象の話をしているのか、何か根拠があって言っているのか。何か哲学的なことが言いたいのか。

 隠者のような振る舞いをしながらキャシャーンやデュオをアジっているブライキング・ボスが、この作品ではいちばん哲学者的(笑)なんですけど、「キャシャーンに勝ちたい」だけの今のデュオでは、キャシャーンには勝てないよという断言が面白いですね。そのデュオに一方的に肩入れしているレダっていうのも不思議な存在です。

 新エンディングの曲は、まだ前半のエンディングの曲ほど耳に馴染んできていないんですが、誰も彼もが安らぎを得て眠っている描写が何とも印象的だと思いました。

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