コードギアスのヒロインたち
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ちょっと思い出したので、忘れないうちにメモしておきます。
ルルーシュは自ら望んで「魔王」と呼ばれながら死んでいったわけですが、第1期の終わり近くでも「魔王」という言葉を使ってなかったかな?うろ覚えで書いてしまいますけど、たしか神根島でC.C.の過去に接してしまい、自らを「魔女」と言う彼女に対し、「ならば俺が“魔王”になればいいだけだ」というような会話だったと思います。
係り結びといいますか、そういう形がきれいにできているなぁと思ったんですけど、大河内さんは第1期の終わりの時点で、既にこの終劇の迎え方までを見越していたのか、それとも、あれを念頭において(あるいは意識的にか無意識にか、その言葉に触発されて)物語の結末を描き出したのか。そんなことが何だか気になりました。
『コードギアス』というこの作品には、主人公ルルーシュの周りに多数の少女(一部、魔女を含む)がいて、誰が正ヒロインだったか、みたいな話もあるんですけど、その序列みたいなことを言ってみてもしかたがないといちおう私は思っています。(まあ『マクロスF』みたいな話であれば、何か三角関係がどうなったのか結論を示さなくてはいけないとは思いますけど、それとこれとは違うから。)
ただ、あえてどうかというと、シャーリーは死んでしまったし、妹ナナリーとはきちんと訣別していますし、やはりカレンかC.C.かという話ですよね。
最終回のタイトルが『Re;』であるのは、ルルーシュが生命を賭けて行動で示したものに対し、残った者たちがどう生きて応えていくのかというようなことかな、と思いました。そして、それを代表するかのように、エピローグの中でルルーシュに語りかけていたのはカレンでした。
“仮面の騎士”ゼロがルルーシュを襲撃した場面で、あらかじめ同様の自己犠牲を思い描いていたナナリーはともかくとして、カレンもまたいち早く“ゼロ・レクイエム”の真実に気付くのは、本当を言うと、これはちょっとヒロイン特権を行使してる(笑)と思うんですよ。フォローもしておくと、ナイトメア越しとはいえ一番スザクと刃を交えたライバルとして、偽ゼロの俊敏な動きから、その正体がスザクではないかと見抜けたというのはあります。ランスロットを倒したときの手ごたえから、スザクは本当に死んだのかと疑問を持っていたのかもしれない。
でも、それにしてもどちらかと言えば彼女はスザクと同類の筋肉馬鹿(失礼!)系のキャラクターであったはずで、ここまで念の入ったルルーシュらの芝居の真意を一瞬で察知できるタイプではなかったはずじゃあないかなー、と。(まあ私の主観ですが。)
ただ、この物語の語り部でもあるC.C.は、エピローグでのルルーシュへの語りかけも、最後の一番美味しいところ(「ギアスという王の力は・・・」)を持って行っちゃいました。「魔王」として死んでいったルルーシュの運命の女は、そういう意味であえて言えば、C.C.だったと言えるのかもしれません。
非常にきれいに、見事に幕を下ろした『コードギアス』だったんですけど、こんなことに限らず、やっぱり簡単にくくれないものを多く残したという点では、何度も反芻したくなる作品だったのではないかと思います。(“名作”という言葉は、時代が決めていくものなのでしょうけど。)
[2008/09/30
01:58]
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コードギアス 反逆のルルーシュ R2 final turn 『Re;』
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「調子のいい話よね。でも、だからこそみんな、過去に囚われず、先に進めるのかもしれない。」
いい最終回でした。印象に残るセリフはありすぎるぐらいありましたが、このエンディングを象徴するセリフをあえて絞れば、カレンのこれでしょうか。あと、セシルさんも美味しいところを持ってっていたような気がします。(笑)
「ささいなことよ。あとから考えてみたら何てことない、出発点ってだけ。」
こういうのを、結局明かされなかったロイドとラクシャータの過去の因縁話に引っ掛けて、するっと言わせる。これ、壮大な悲劇に終わったこの物語全体にかかってくる、実に気の利いた暗喩でもありますよね。
やぁーりおるわ、大河内一楼!!(笑)
「あなた、がんばったじゃない」
「がんばっただけじゃ・・・」
「んーん、がんばった!」
「成功と失敗を繰り返してでも、前に進む」というのは、前回ミレイさんとリヴァルの間であったこの会話を受けて、この作品の基調テーマの分かりやすいまとめになっていたと思います。最後の最後まで、嘘とどんでん返しの連続で、非常に複雑な構成になっていた物語だったからこそ、“骨格”になる部分がしっかりしていなくてはならなかったわけですけど、この一点にきれいに収束したので、見終わった後の印象が心地よいものになっているのは不思議なぐらいです。たぶん、長く忘れられないぐらいに胸に突き刺さってきた悲劇の終幕であったにもかかわらず。
“皆が皆、そうやって足を踏み出したときに、価値観が衝突しあうのは当然なので、そうした対立を解決するのに、再び旧来の“正義と悪”を持ち出すのがナンセンスだとすれば、じゃあ力が強いほうが勝つという、そういうやり方しかあり得ないのか。”
これが前回、この『反逆のルルーシュ』という物語の落としどころをどう描くのかと私が注目していたポイントだったんですが、最も力の強かったものが、最も大きな自己犠牲であがなうという結末を迎えるとは。
なるほど、それでこそ近しいものにこそ真意を打ち明けない“ゼロ・レクイエム”の構想であったかと納得もされましたが、最後の最後にカレンや、そしてナナリーには、その想いのありかが伝わったという描写は実にいいものでした。泣かせるなー。
[2008/09/29
19:15]
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[FC2 tag] コードギアス
富野由悠季というあり方から、谷口悟朗は多くを学んでいる気がします
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『コードギアス』がいよいよFinマークを打とうというタイミングで、日経ビジネスオンラインで6回にも及んだ谷口悟朗監督のインタビューも完結したようです。毎回なかなか面白い内容でしたが、最後の回に近づくにつれ、現実的な落としどころとの間で揺れる部分なども出ていたように思われました。
ごく個人的な感想ですが、アニメーター出身ではない谷口監督は、その点では同様の富野由悠季監督の歩んできた足跡から、是非の両面を深く学んでいると感じました。本人の意識の持ち方は分かりませんけど、立ち位置を考えれば、結果的に当然そうなるだろう、それは考えざるを得ないだろうとも言えます。まあ、思いつきレベルですが少しメモ。
しょせん谷口悟朗という名前は記号でしかなくて、ただの使い捨ての何かだろう
人気作を作れば、ファンが支持してくれるのでは、という問いかけに対し、「それは『コードギアス』という作品に対してであって、私に対してではない」と答える谷口監督の発言。『コードギアス』を『ガンダム』に置き換えれば、「富野由悠季という名前は記号でしかなくて、ただの使い捨ての何かだろう」という言葉がそのまま導き出せると思いました。これは、富野アニメのファンという立場を外して客観視すれば、たぶん状況はそうなのだろうと私も考えます。この話は、下記の記事などにも関連します。
それはともかく。結局『コードギアス』の完結までに、私は『無限のリヴァイアス』を最後まで見ることが出来なかったんですけど、この作品は富野アニメの系譜で言うと、『無敵超人 ザンボット3』に照応するんだろうと考え始めたら、ものすごくすっきりしました。
| 富野 | 谷口 | |
|---|---|---|
| 挫折の経験 | ライディーン | ガサラキ |
| ここに我あり | ザンボット3 | リヴァイアス |
| エンタメの実験 | ダイターン3 | ガン×ソード |
| 勝負作 | ガンダム | コードギアス |
すごく雑駁に図で示すとこんな感じでしょうか?(以下、長くなるので追記で。)
[2008/09/28
14:43]
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