なんとなく模様替えをしてみました
なかなか調子も出ませんが。思い切って気分を変えようと思って、一念発起。ブログのテンプレートを替えてみました。
前のテンプレートはちまちま手を入れてあって、けっこう愛着があったんですがね。なんか、このテンプレートがすごくスカッとしてて、いいんじゃないかなぁと。
今まで手をかけてきた部分が、思ったよりスムーズに移行できたような気がして、まあまあ満足です。でもまあ、しばらく眺めていたら、いろいろ不具合はあるかもしれません。何かお気づきの点がありましたら、ご教示くださいませ。
テンプレートをお借りしたのはこちらの作者さんから。ブログのカスタマイズについて、分かりやすくいろんなことを書いておられて、とても参考になるブログです。
『新造人間キャシャーン』 最終回近辺の話 完結編 (笑)
GyaOの昭和テレビでずいぶん前に完結を迎えた『新造人間キャシャーン』。いつ見たアニメの感想を今頃書いてるんだよって感じですが・・・。(笑)
しばらく書かないでいると、感想も何だかまとまらないものですねー。
体調も戻らず、さえない頭でアレなのですが、まあ、「続きは今度にします」と前回書いた手前、何ほどのことが書けるものだか、とにかく思い出してみましょうか。(笑)
34話 キャシャーン対ロボットエース
いちおう最後の二話は連続するストーリー。物語のカギを握るのは、キャシャーンの父である東博士。
“ロボットエース”は東博士が開発した最強のロボットですが、結局この作品の中ではキャシャーンより強いロボットが作れるのは、東博士だけなんですよね。
『キャシャーン』という作品は毎回、すごくシリアスな人間ドラマを盛り込んだストーリーで、この点は当時として、ものすごく高く評価すべきものだったと思います。ですが、とにかくキャシャーンが「俺は不死身だ!」と言ってしまえば、“ハイそれまでよ〜♪”的な無敵の強さというのは、これはシリーズとしての物語のメリハリをつけるには、非常にマイナス要素でした。(パワーバランスですね。)
それは初期設定の問題なんですが。・・・逆に言うと、この条件下で毎回、骨のあるシナリオを出してきたことはすごいとも思います。東博士がもっとしばしば出てくれば、少しは違ったかもしれないんですけど。
そんなわけで。最後に来て、ついにキャシャーンより完璧に強いロボットが登場。ただ、もちろん東博士は、このロボットに弱点を仕込んでいました。それをスワニー(中の人はキャシャーンの母)を通じてキャシャーンに伝えることが出来るかどうか、というのがこの回のポイントでした。
最終話 地球最大の決戦
東博士の救出にはかろうじて成功するんですが、一緒にスワニーも連れて行くことができないまま最終回へ。
この回には、急に“人類対アンドロ軍団”の戦い全体が劣勢にあるというナレーションが入ってきます。切り札の東博士の奪回に成功したので、一気に戦局を挽回する秘策(おりしも接近中の彗星が発する宇宙線をどうかこうかして、ロボットの電子頭脳は全滅!みたいな素敵プラン)を立案。
ちゃんとオチを付けようというのは分かるんですが、『キャシャーン』ってここまで、そういう“戦い全体”みたいなのはずっとなくって、あったのは常にキャシャーンの回りの局地戦だけだったんで。ここだけ見ればともかく、今までの流れからは異質感が強くて、無理やり最終回にしたって言う感じが強くなっちゃったんだと思います。
あとスワニーの正体が、ついにブライキングボスにばれちゃう。今までばれないほうが不思議だったんですけどね(笑)。そんな意味でも、ここまでの流れと噛み合わない残念さはありました。なんていうか、いずれは終わりが来るような物語の作り方を、あまりしてこなかったんですよねぇ。
地中に潜って宇宙線の影響を免れた、キャシャーンとフレンダー、ブライキングボスとワルガーダーの間で展開される最後の戦い。うーん、なんだかなー、なんですが。追い詰められたピンチに捨て身で放つ“超破壊光線”に、この作品の必殺技である納屋悟朗のナレーションがかぶさって、(やや無理やり感はありましたけど、)長い戦いのケリをつけるにふさわしい盛り上がりは演出されてました。
そこからはエピローグに当たる部分ですが、意外と尺も長く丁寧に作られていて、打ち切りラストにしてはちゃんと最終回らしい作りをきっちりとしてたのには驚きました。戦後は再び人間とロボットが平和に共存していて、(そこも少し違和感がありましたが、)ブライキングボスそっくりのアンドロイドとキャシャーン&ルナがばったり出会うなんてサービスシーンまであり。
でも、このやたらと渋かった作品の締めくくりにしては、やや能天気に甘すぎて、もっと濃い結末を見たかった(笑)という気分も、正直言えばあるかもしれません。
この時代でも、濃厚な大河ドラマ的なストーリー性を持ったアニメはもちろんないわけではなかったと思います。ただ、そういうのはだいたいコミック原作を持っていたりしたんではないかと。
アニメオリジナルの作品として、『キャシャーン』はシリアスなドラマに果敢に挑んだ意欲作として記憶されるべきだと思うんですが、そういうシリーズとしての物語性の部分で弱かったことが、最後に出てしまったのだろうと思います。そうして考えてみると、『ガッチャマン』というのは本当にすごかったんですね。それでも、各回ごとのドラマの濃密さではガッチャマンをしのいだキャシャーンという作品も、やっぱり私の中では強く印象に残った作品だったことを改めて再認識しました。なんだかんだ、懐かしかったし面白かったです。
(関連記事→ 囚人022の避難所 tag: キャシャーン)
「マクロスFRONTIER」第6話までの雑駁な感想
長いブランクのリハビリを兼ねて(笑)、わりと評判よさげな『マクロスFRONTIER』の感想なぞ。
ただですねー。期待通りのクオリティというか、ここまで見てきただけでも充実した作品だと思うんですけど。何話か見のがしてるせいもあるかもしれませんが、“なんだかノリきれないなぁ”という印象が正直に言うとあったりするのです。
まあ、だいたいがへそ曲がりですから、「期待通り」っていうのは、私にはあまり向いていないのですね。どっちかと言えば、むしろ『コードギアス』みたいな、“何をやってくるか分からない”というような危なっかしい感じのほうが、私としては面白いと感じるほうです。
今回のストーリーで言うと、ちょっと予想外なのは、このシリーズでは最強の武器(笑)であるはずの「歌」が全然通用しない生体兵器(ぶっちゃけ怪獣だぁー)が敵だってことで。でも、このまんまじゃ終わんないのがお約束だと思うので、どこでどうひねりを入れてきて、やっぱり歌の力は偉大だってことになるんだろうかという。そういう関心はあります。
人間ドラマのほうでは、お約束の三角関係はとりあえずアレとして、印象が対照的なダブル歌姫というのも、まあ豪華な感じでよろしいかと。ただ古くさい言い方をしてしまうと、“マンガっぽい”設定だったりはしますけどねー。みんな、こんなのが好きなんだろうか。いや、ストーリーなぞはキャラクターの背景に過ぎないから、どうでもいいんだろうか。(それは言いすぎか。)
いや、もう少し考えてみると、そのへんよりも、どうも素直に入っていけないのは、“そうですかー、超長距離移民船団の都市宇宙船なのですかー”という。わりと根本的なところだったりして。
そう。まあ。少し前まではそうしたSF的に壮大な舞台設定に、ただわくわくと胸を躍らせていたんだろうなと思うんですけど。初代マクロスの設定年(2009年)も来年に迫った今は、例えば富野監督もスペースコロニーのような考え方を否定しているわけだし。・・・それが科学的に厳密に正しいのかどうかは別にして。“地球のことを見直さなくてはならない”という思いのあり方は、これはあると思うんですね。
そうしたときに、“超長距離移民船団の都市宇宙船”なのですかー、というのはどうしても私の中にはあります。面白いんだからいいじゃないかと言われたらゴメンナサイですけど。
ただ、主人公が、「ここには本当の空がない」って、ここまでに何度か言っていますよね。私はそこにちょびっと期待しています。四半世紀前の作品を少し翻案してリファインするだけのものじゃない部分が、ここから先、きっとどこかにあるはずだと思いたいんですね。
何しろ、文句が多いようですが、出来は上々な作品なのは間違いないと思うので、この先の続きも楽しみに見て行きたいと思っています。(ところでこの作品は、2クールなんですかね。近ごろ流行の2クール+2クールなんですかね。)














