『トリトン』は懐かしいのだけど・・・ 

[2007/02/28] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 今日も今日とて「読まなきゃ!」という記事がネットに多すぎて、なんだか、ただ読んでばっかりいます。今日「おおお!?」と思ったのは、この記事でした。

真佐美 ジュン 海のトリトン
(via 8光年の彼方さん)

 『海のトリトン』制作の舞台裏の物語ですが、読んでいるとなかなかツライものが。西崎義展にまんまとヤラレる手塚治虫先生・・・。
 富野ファンとしては、手塚先生は富野さんに絶大な信頼を持っていてくれたのか、とか、富野さんは昔から「哲学的な話しぶり」だったのか、とか。つい、そんなところに目が行ってしまうのだけれど。
 ただ、「8光年の彼方」さんも富野発言を引いておられるとおり、まんまとヤラレて地団駄踏むのも、逆に、長いものには巻かれて何の疑問も持たないのも、どっちも誉められたことではないんで、アニメ界もタフな大人の業界にならなきゃならないという警句は、今でもまだ通用しそうに思えるところが怖いです。(この発言の元ネタは『だから僕は…』だったら、1981年ごろ?)

だから僕は…―ガンダムへの道

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富野 由悠季 (2002/11)
角川書店

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 あと、コメント欄のリンク先からたどって行ったら、こんなページがあったのを知って、これはまた読み甲斐がありそう(あり過ぎ)だと嬉し涙。

アニゲノム~日本動画興亡史~

 すごくマニアックな戦前のアニメ史が書かれているようなんですが、「現代のアニメーションが抱える、資金提供者と創作者の企画意図の落差などの問題は、はるか大正時代よりすでに明らかになっていた」と言われると、これは一見の価値がありそうだな、と。時間ができたら、少しずつ読んでみるつもりです。

海のトリトン DVD-BOX

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富野喜幸、羽根章悦 他 (2001/09/21)
ジェネオン エンタテインメント

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 『海のトリトン』は今から考えても不思議な雰囲気を持ったアニメでした。あのウェットな空気感は、『ライディーン』を経て『ブレンパワード』まで繋がってる何かがあるような気がします。(“海”の描写が多いってだけじゃなくて。)どのへんまでが手塚さんのもので、どんなところが富野流なのか。・・・これもいつか見直してみないとなぁ。(いつのことやら。)


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あれれ、もうこんな時間(笑) 

[2007/02/27] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 今日は何となくぼやぼやしていて、そういえばこの間ブクマだけしたけど、しっかり読んでなかったなというところを、ちょっと読み返してみようか、と思っていたら、いつの間にかもう、こんな時間でしたよ(笑)。
 今夜、とりわけじっくり読みふけってしまったのは、ここ(からのリンク先)でした。

8光年の彼方 - ∀ガンダム劇場版公式サイト 富野インタビュー アーカイブ

 何か記事に書いてみようとか、あまり考えずに、ただただ読んでしまって。でも、アメリカの話とか、恋愛の話とか、エンターテイメントということについてとか、ここでも話題にしていたようなことが富野監督自身の口でたくさん語られていて、読んだことのなかった自分がちょっと恥ずかしかったです。っていうか、このインタビューの主要部分は、『地球光』と『月光蝶』のセル版のDVDには特典映像で入ってるんだそうで、全然知らなくて、ますます恥ずかしかったです(笑)。
 さすがアガルタさんは詳しくて、「両者を比較すると同じインタビューを文章化していることは間違いない。違いはWeb版のインタビュー記事よりもDVD版のそれが短く編集されている点にある。」と実例を挙げて分析されています(→ 千年の風に吹かれて : 富野監督のインタビュー、Web版とDVD版の違い。

 内容で印象に残ったところを書き出したら、もうきりがないぐらい引用したくなりそうなんで、一箇所だけにしておきます。

 いま時点での社会環境がいびつなのは、中途半端に頭のいい人たちが自分たちに合わせてシステムをつくっているからなんです。大多数の必ずしも頭の良くない人が暮らせればちょうどいい、という社会になっていないんです。そして、利口な人が幸せな人生をおくっているかというと、結局は満たされていないという気持ちの悪さが増えているだけに見えます。そのために、変なことがいっぱい起こっていると思います。

(中略)

 人間は利口でもないし、それほど器用でもないでしょう。だけど、人間が気持ち良くなるために社会をつくっているんだとしたら、もっと気持ち良くしていくために動くことはできますよね。今回の∀の映画で一番言いたかったのは、そういうことです。

∀と社会 - ∀ GUNDAM the Movie Official Web
〔INTERNET ARCHIVE〕

 利口でも器用でもない自分は、でも、気持ちよくなるために、どう動けばいいんだろうなって。「年齢を重ねれば、それだけ気持ちの良さが広がる」と言われても、家の中での居場所、友だち、そもそもこのへんから、けっこうつまづきがち(笑)。ものを知っていく気持ち良さ、人の優しさ、このへんは最近になってようやく少し分かってきたかなぁ。

 あと、そうですね。とりあえず『地獄の黙示録(特別完全版)』(←ここ重要、らしいです)は見たほうがいいらしいですね(笑)。っていうか、その前に『地球光/月光蝶』を見なおさなきゃ!

地獄の黙示録 特別完全版

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マーロン・ブランド (2002/07/25)
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『聖戦士ダンバイン』 第28話~第30話  

[2007/02/26] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 今回は『聖戦士ダンバイン』第28話から30話までの感想メモです。「オーラマシンを操る人々は、バイストンウェルにおいて、悪しきものなのかもしれない」という冒頭ナレーションがだんだん現実味を帯びてきて、なんだか重苦しい空気が漂ってきました。

第28話 ゴラオンの発進

 ゼラーナでエレ王女は、リムル姫よりも丁重に扱われているような気がして、「そうか、この子が来るためにリムルはいなくならなきゃいけなかったのかな」と勝手に想像してみたり。(もっとも敵将の娘と、わがスポンサーの孫娘じゃ扱いも違うか…。)ショット・ウェポンもドレイク・ルフトも軍服着用で、いよいよ本格的に戦争モードに突入。フォイゾン王は相変わらず気さくな人なんだけど、娘を亡くしてもなお、孫娘と打ち解けられないところがあるとはね。大型戦艦ゴラオンはかっこいいんだけど、何か“黒い影”を感じるエレ王女。そうですよねぇ、大艦の建艦競争じゃあねぇ・・・。

第29話 ビルバイン出現

 およ、オープニングの絵が変わった!主役メカの交代ですか~。ダンバインMark-IIじゃないんですね(笑)。ただパワーアップしたってだけじゃなくて、変形したりキャノンが付いたり、そこは演出的にも変化が出ていい感じかなぁ。でも、変形はいいんですけど、“ゴッドバード”(『ライディーン』)みたいな美しさが今ひとつ感じられないのは、少し残念です。
 あららら、決戦を控えてショウとマーベルもいい感じ。城を捨てて闘う覚悟はいいんだけど、先頭に立ちたがるフォイゾン王は短慮だよなぁ。古いタイプと言われても仕方がないか。……そうか、フォイゾン王が戦死してしまったら、エレがラウの国の女王になってゴラオンを指揮しなきゃいけないのか。

第30話 シルキーの脱出

 ビルバイン強い!…んだけど、機体の強さは自分の力ではないと、かえって焦りの見えたところを、「もっと健やかな大人になれば…」とマーベルに慰められるショウ・ザマなのでした。ラースワウへの潜入は、ショット・ウェポンの兵器工場破壊が任務だったはずなんだけど、その前に水牢に閉じ込められているフェラリオのシルキー・マウを助けるほうが主になっちゃいました。潜入が妙にうまく行って、てっきり「罠?」って思ったけど、フェラリオの長、ジャコバ・アオンの力が及んでいたんですね。追撃してきたミュージー・ポウの新型オーラバトラーは“ライネック”だとか。これが地上人のマーベルより強いんだなぁ。
 ジャコバ・アオンにフェラリオたちの世界へ召喚されてしまったショウたち。ジャコバが何か望みをかなえてやると言ってるのに、マーベルは自分をバイストンウェルに呼んだフェラリオのナックル・ビーの罪を減じて欲しいと。え、嘘?トッドを助けた、あの不思議な女性がナックル・ビーだったの?

 時は人の魂に試練を与えている、せめて乱れの元凶である機械をバイストンウェルから排除してくれまいか、とジャコバ。それはかねてからのショウの望みでもあるのはそうだけど、「約束しよう」って即答するのはどうなんだろう、って思いました。あと、もっと他に目先で重要な望みってなかったんだろうかとも(笑)。それに、シルキーの救出しか眼中になくて、城中にいるはずのリムルのことなどは思い出しもしなかったってのも、なんだか…。
 両勢力共に、次々と新兵器の登場で、ものすごい軍拡競争が展開されている感じのバイストンウェル。見てる側も、この世界観でこんなのは異常だと明らかに意識せざるを得ないわけで、仮に前半を見てなくて、このへんから見始めたのであれば、ガンダムとかと同様の「戦争もの」という理解で違和感も少ないのかも知れませんが。そういうようなモードの移行が、どうもあまりスムーズではないような気がした、このあたりの展開なのでした。


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『聖戦士ダンバイン』 第25話~第27話  

[2007/02/25] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 今回は『聖戦士ダンバイン』25話から27話までの感想メモです。あんまりカッコイイ主題歌じゃないような気がしてたんですが、だんだん耳に馴染んできたら、最近ではときどき、頭の中で一日中鳴っていたりします。「うみとだいぃちをー つらぬいたとき~♪」(笑)

聖戦士ダンバイン 5

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第25話 共同戦線

 拠点を移したはずのゼラーナなんですが、意外にあっけなくトッド・ギネスの部下たちに発見されちゃうんですよねー。失敗続きで左遷され、屈辱に耐えて復讐の機会を窺うバーン・バニングスを見ていると、『イデオン』のギジェ・ザラルを思い出します。“共同戦線”と言いながら、トッドにいいように利用されてしまって。ダンバインとレプラカーンでオーラバトラー同士のオーラ力比べは、海を裂くほどのエネルギーのぶつかり合い。だけど、そんなことをしている間に、リムル姫はあっけなくさらわれちゃいましたよ?

第26話 エレの霊力

 どうしてパンクロッカーな地上人のジェリルは、ショウ・ザマが地上界からバイストンウェルに戻ったときに、エレ王女が関与したことを知ってたんでしょう?この母もフォイゾン王の娘なんだけどなぁ。あっけなく殺されてしまいましたよ。でもそのショックはゼラーナに逃げ込んだエレ姫の霊力を強めるキッカケにはなったみたいですね、“巨大な悪意”が接近しているという予言を。たしかにドレイク軍の巨大戦艦“ウィル・ウィープス”はでっかいですね!
 オーラ力のアップしているトッドとショウの力のぶつかり合いは、またも異世界への扉を開いてしまいます。バイストンウェルの安定が揺らいでいるって描写なのかもしれないけど、こう危なっかしいんじゃ落ち着かないですよね。

第27話 赤い嵐の女王

 嵐の玉の中、レッド・ザットとかいう妙なところへ飛ばされてしまったショウ。無法者のガロウランに追いかけられているフェラリオを助けたことから、高飛車な不思議少女、シーラ・ラパーナ姫に出会います。「まるで女王さまだなぁ」…げげぇ、本当に女王様だったんですねー(笑)。
 彼女は“聖戦士”と認めればこそ苦言を呈した、とか言ってましたが。ずいぶんあっさりとラウの国のゼラーナに帰り着いて、「俺、甘ったれか?」ってマーベルに甘えちゃったりするショウ。そこは可愛いんだけど、たしかに少し頼りないのかな。

 前の巻だったかな。マーベルが流しに向かって髪の毛を洗っていたのを見て、「この話は風呂に入らない世界なのかなぁ(笑)」と思っていたら、エレ姫がシャワーを浴びているところが出てきて、やはり緊張のほぐれる描写のときには入浴シーンなのかと。
 一緒に嵐の玉の中に飛び込んできてしまったトッドのビアレスはパワーアップしたりダウンしたり、どうもよく分かんなかったです。何回かかけて、せっかくゼラーナにとけこんだ気がしたリムルがあっけなくドレイクに奪還されちゃったりとか。放ってあったエレ姫がゼラーナに飛び込んでくる流れとか。オーラ力のぶつかり合いが、異世界への扉を開いたり開かなかったりとか。……何だか少し、ストーリー進行のきめが粗い気がした、この辺の展開。でもシーラ・ラパーナはちょっと吹っ飛んでて面白そうなキャラでしたね。彼女がショウをあの世界に召喚したのかな?オーラ力って、そんな感じに作用するような感じがしてきました。
 作中時間でどのぐらいの時間が流れたことになってるのか、ドレイク軍はものすごく強化されちゃって、これじゃゼラーナぐらいの小部隊では何も歯が立ちそうもないです。次回は、いよいよドレイクの軍とフォイゾン王の軍が大戦争を始めるのかな。全49話だから、これで折り返し地点を回ったというわけですね。物語のエンジンを、少し急にかけてきた、そんな感じなのでしょうか。


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幕末機関説いろはにほへと 第20話「波浪ありて」  

[2007/02/24] | 感想系 | トラックバック(1) | コメント(0) | TOP ▲

 『幕末機関説 いろはにほへと』第20話の感想メモです。残り話数がそろそろ気になってくるところで、いよいよ決戦の地に確定気味の蝦夷地へ主要な役者が勢ぞろい。「さあ、ついにラストアクション来るぞー」と意気込んで見ていたら、見事に外されてしまいました。そう言えば、前回ラストで秋月が流れ着いたのは、確かに「陸奥の国」でしたけど、双六のラストスパートで、“5コマ戻って1回休み”でも出たみたいな、そんな感じ。

 寒風吹きすさぶ陸奥の海岸に流れ着いた秋月が、生死の境をさまよいながら、しっかりと月涙刀を握り締めて離さなかったというのは、話の展開上、当然と言えば当然ながら、視覚的にも強調されていたように思います。そんな秋月ですら、飯も咽喉を通らないほど、赫乃丈に斬られたことはショックだった模様。
 父親が漁師の仕事を放り出して戦に行ってしまった母子の口を借りて、「戦いの意味」を秋月に問うのは、正直、最初はクサいと思いました。何故闘わねばならない宿命なのか。しかし今の秋月の迷いは、「己が宿命の真なるを知らず」と言われてしまう自分だったこと。

 「ふざけるな、海をなめるんじゃねぇ!おめぇは命を、命を何だと思っている!」

 この母の強さと重ねて、榎本武揚の軍が松前城を攻略し、蝦夷を平定する戦いが描かれるのですが、ついに天守閣にひるがえった新撰組の旗が、血染めだったのが何だか印象に残りました。

 「なにゆえ、なにゆえ、あんな目にあった海に。」
 「戦とおんなじかも知んねぇなぁ。嫌っても、呪っても、海は無くなんねぇ。」
 「だども、だども今は、海が無くなんねぇなら、それでもそこで生きていくんなら、知ってやろうと思った。あたしの方から海のことを。」
 これは、この作品の中でも名シーンだったかもしれないですね。「己が宿命を憎んだことなどない。嫌ったことも、呪ったことも。ただの一度も。当たり前のように目の前にあった。この刀のように。」と言う秋月の眼に、光が戻りました。「己が宿命の真なるを知ることなら、そこからなら…」

 覚悟の決まった赫乃丈の強さも印象に残りましたが、これで二人とも、ただ宿命に流されるのではなく、その本質を知りたいんだという決意は一つになったわけです。
 前回はヒロイン赫乃丈が自分の宿命を直視する決意を固めるエピソードだったとすれば、今回は主人公が自分の宿命を見つめなおすという、そのことだけにたっぷり一話を費やした、そういう感じでしたね。……で、今は二人を遠く隔てる海峡を、来週は渡ろうというわけです。

 相変わらず“覇者の首”は無敵モードで、これをどう封じるのかというヒントさえ何も見えない中で、(残り話数が気になって分からないんですけど(笑)、)でも、それでもこうやって何度でも立ち上がって立ち向かっていくっていう。骨格の部分ではすごくシンプルと言うか、古いのかもしれないタイプの作品なんですけど、でも私は素直に好きなんですよ、こういう話が。


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