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『マッハGoGoGo』―もう目眩がしそうですヨ!w 

[2006/10/31] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 いやぁ、GyaOのおかげで懐かしいものを見せてもらいました。これって1967年の作品だったんですね。(さすがに生まれてないよ~)…ってことは私が見てたのも再放送だったのか。
 もうね、何て言うか、……とりあえず最近の若い人は見ないほうがいいかも。(笑)
 タツノコプロの2作目の作品になるんだそうで(1作目は『宇宙エース』→タツノコプロ作品データベース)、絵も動きもストーリーも、何もかもぎくしゃく。一言で言えば、猛烈に「テレビまんが」
 …しかし、あえて言うと、そこがもう、たまらなく面白い!(笑)
 そうだよなぁ、自分なんて、こんなの見て育ったんだよなぁ、って言うか。とにかくノリだけは間違いなくすごくいい。特に音楽。あと出てくるキャラクターのノリもすごい。喋りとか、たぶん当時の最先端のボキャブラリーなんだろうな。(今見ると、そこはちょっとあれですが。)
 今どきマンガでも、ギャグマンガでもない限りは、こんなにデフォルメされた表現ってありえないんで、ある意味、新鮮な驚きとさえ言っちゃっていいかも。すごいですよー、猛スピードで併走しているマシンからマシンへ「ジャーンプ!!」とかね。ボカンボカンと次々に雑魚マシンは爆発するし。(でも悪役でさえも、ほとんど死なない…。)
 なんかもう、悪役とアクションとかしていて完全に遅れていても、奇跡のような追い上げ(笑)で、ちゃんとゴール直前で大逆転優勝!とかね。
 べたべたのギャグとかも入りまくりだけど、ストーリーには変に熱いものがあったり。
 まるで、ちょっと“トリップ”しちゃったっていうような、恍惚のアニメ視聴体験でした。いや、アニメなどと言うよりも、これは「テレビまんが」という全然別の何かだといったほうがいいかもしれない。(いまやこういう「まんが」も絶滅してしまったので、その言葉から正確なニュアンスが伝わるのかどうか自信はありませんが。)
 リアリティのある滑らかな動きの代わりに、とんでもない立体的(?)なカメラワークが駆使されているのは、「まんが」が動くんだ!!っていう喜びにあふれているってことなのかもしれません。(あるいはアートアニメーションを見ているような感覚に近い?)
 とにかく普通に言ったらメチャクチャとしか言いようがないんだけど、なんか大笑いしながら夢中で観てしまったのは、懐かしかっただけではないような気がします。アメリカでも大人気だったというのはバタくさい作りのせいだけではないと思います。やっぱり日本のアニメ史に残る名作のひとつなんだろうな。(でも、しつこいけど、ほんと今のアニメに向ける目で見たら、くらくらとめまいがしますから!)
 第1話~第4話は残念ながら、今日の正午で放映終了してしまいました。今日からは第5話~第8話を放映中です。うーん、見なきゃいけないものが多すぎて、ほんと大変!(笑)



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『星の鼓動は愛』は“純愛”否定? 2 

[2006/10/30] | 新訳Ζ | トラックバック(0) | コメント(4) | TOP ▲

 富野監督と「純愛」の話 三部作の延長戦の、そのまた続きです。(笑)

富野監督は「30代が恋愛にアップアップしていて、一生シングルかもしれない…」といわれていますが、実際にアップアップしているのは、恋愛(純愛)もせずにお見合い結婚をしてこの頃になって「経済orコミュニティ至上主義」は失敗だったとして、(個別には決定的な理由は色々有るでしょうけれども)離婚している熟年世代の方ではないでしょうか?


 私はなるべく“いぢわるくまじかいし”たくないですけど(笑)、ねもさんのコメントの流れ、はじめは“恋愛至上主義”じゃないと言っておられたように思ってたんですが、だんだん“主義者”寄りになって行っちゃってません?別にディベートをしているわけじゃないですし、基本は、(私には似合わないながらも)“恋バナ”ですから、どうか気楽にお付き合いくださいませ。(笑)

 まず富野監督が“恋愛問題”を専門的に研究してる人ではないだろうというのは、それはそうでしょう。“そういう人”なりの考え方だ、と思って耳を傾けてみてはいかがでしょうか?ちなみに私自身も、恋愛に関しては「まるで駄目男」クンです。(笑)
 ですが、そんな私でも、恥ずかしい話をすれば、土砂降りの雨の中を傘もささずに彼女の姿を求めて泣きながら走った…ぐらいの個人史はあります。(こんな話は長くなるので書きませんけどねー。 自爆)だから、富野さんが自伝などで書いてることで、彼の恋愛体験のすべてが分かるわけでもないだろう、と私は想像するのですよ。
 生きてきた年代、それぞれの体験、…恋愛観などというのは結局は百人百様のものとまで言い出すと身も蓋もないですが、だけど“恋バナ”などというやつは、自分の立場で感じてきたことを、思ったままに語るしかないものではないでしょうか。また、人の話も(専門家、非専門家を問わず、)そうしたものだと思って聞かないと、絶対普遍の真理なんて、そうそうはないんじゃないでしょうか?(といって、百戦錬磨のツワモノ以外の言葉は無意味だというようなものでもないでしょうし。)

 ご指摘のとおり、今「アップアップ」してるのは、格別30代だけじゃないだろうと私も思います。熟年離婚も「アップアップ」だろうっていうのには強く同感。ただ、その原因がお見合い結婚なのかどうかは、私には疑問です。(恋愛結婚であれば大丈夫だと?少なくとも富野監督はそうではないと考えておられるようです。)――それこそ私も専門家じゃないから分かりませんが、いい年をして分別なく別れて、それで幸せになれればいいですけど、ねぇ?
 韓流ドラマブームな中高年の「純愛への憧れ」が、あまりいいものには思えないというのも、だから大賛成。そういう熟年世代に向けてもメッセージを、というのも分かりますよ。ただ、その人たちは残念ながら、富野監督のアニメなんか見ないだろうからなぁ…。(苦笑)
 それから、ここはちょっと大事なところですが、「熟年離婚」は「一生シングル」よりも、「ワーストケース」なのかどうかは議論が分かれそうですよ?……一応、人生でやるべきことはやり終えて、残酷なことを言えば老い先も短い人たちが、感情と現実の折り合いを付けられないのも無残といえば無残ですが、“人生これから”の人たちの問題は、考えようによってはいっそう深刻ですよね。

 そして、“~主義”ということなんですが、富野監督の発言には、「イズムを出発点とした表現というのは所詮論文でしかない」、「所詮、イデオロギーというのは100年持ち得ないかもしれないと考えます。」というものがあります。(→【東大】富野由悠季講演会【五月祭】[2003年5月])
 「~優先主義」か「~至上主義」か、どころの話ではなくて、富野さんという人は、あらゆる“~主義”を根底からぶっ飛ばす、スゲー思想(というかヤバイ思想?)の持ち主だということなのですよ。(でも“原理原則”みたいなことは言うので、そこが果てしなく難しい・・・。)

といったときに、人間が一番支持するのは、体感的に言う快感でしかない。そうするとオーガズムも重要な要素なんだけど、オーガズムに近いようなものを体感、想像できるかもしれない、そういうような欲望を喚起してカタルシスさせる芸能というシステムは、人が永遠に手に入れ、持続させなければいけないことなんじゃないかなと思えてきたんで、イズムというものを捨てた、という言い方があります。


 知性で塗り固めるイズム(=“~主義”)は結局その場限りのものなので、これに代わるべきものとして、(のりのりさんが指摘されたように、)人間の生理に根ざしたシステムとして、「芸能」を構想する。――ちょっと難しいですよね。(笑) 私なんて本質的には“頭ガチガチ”な人ですから、こういうのも感覚的じゃなくて、つい頭だけで考えちゃう。(なので、この話はここではここまで…。)

 話を戻せば、富野監督の立場は、つまり「非恋愛至上主義」という“主義”でもないんじゃないかということです。同様に“個人主義”でもなければ、“コミュニティ至上主義”でもないんだと私は思います。

囚人022さんは、「コミュニティは(そのコミュニティの構成員同士の)恋愛をもっと素朴に祝福してもいいのではないか」といわれていますが、コミュニティに幻想を抱きすぎの様におもいます。


…とねもさんは言われるのですが、仮に“キミとボクだけのセカイ”を夢想してさえも、それは実際には、既に最小限のコミュニティだったりするんじゃないかと私は思うんです。富野さんの言葉で言うところの、「結婚、つまり、性別が違う人と一緒に暮らすというのはもともとが折り合いが悪いものなのよ。それをなんとか定置をして、子供を生んで、家庭を維持して、なおかつ死ぬまで一緒だったりする。そういう他者と折り合いをつけて暮らしていくのが、結婚であり、人間であり、世の中なんです」ってことですね。
 つまりシビアな見方では“キミ”はもう他者のはじまりなんで、“キミとボク”の恋愛だけは特別だというのは、逆にそれこそ「幻想を抱いてるんじゃないですか?」ってことです。
 だからそれを承知で「折り合いを付ける」決意をした二人っていうのは、その馴れ初めが“ドラマチック”だろうと、そうでなかろうと、等しく祝福に値するんだと、もしやそういうことが富野さんは言いたいのではないかなぁって。

(恐るべきことにまだ続く)


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『星の鼓動は愛』は“純愛”否定? 1 

[2006/10/30] | 新訳Ζ | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 富野監督と「純愛」の話 この三部作(笑)は、“恋愛べた”の私なりに一生懸命書いたのですが、その中で話の引き合いに出した、ねもさんのほうから気合のこもったツッコミをいただきました。ごめんなさい、ちょっとだけ勝手に要約します。

・自分的には、『カミーユが「妥協の産物」としてファを選択』であっても、『カミーユが、恋愛的な反比例距離を克服して物理的な距離の近さまで近付きたかった結果としてのファ』であってもどちらでも良い
・ただ、どちらの感情が根底にあっても描写の不足感を強く受ける(カミーユに感情移入し難い)
・なので、『星の鼓動は愛』のラストで、映画の主題が「純愛」だからといって、その予め用意されていた結末のエピソード(=カミーユは崩壊せずにファと結ばれる)に向かって、なんの脈絡もなく唐突にファへ向かって愛情を注ぎだすカミーユ描写は、まるで「デウス・エクス・マキーナ」的ではないか?
・あの様な、作品(とかその先の観客)への「愛情優先主義」ではなく「尺優先主義」で作られた描写不足なラストでは納得出来ていない


 これについての私の理解は、先日書いたとおりですが(→「恋愛至上主義」と「星の鼓動は愛」、私の雑感 )、つまり“描写が足りない”のではなく、カミーユとファの恋愛ドラマは“意図的”に少なめに描かれたものではないのかと考えています。
 (ご指摘のように「中学生ぐらいからのお隣さん」を幼馴染と言う言わないは別にしても、)彼らが互いに好ましく思っていることは、既に先刻承知のことなのですよね。これは「何の脈絡もなく唐突」ではないと思います。
 だから、それに「納得がいかない」というのは、彼らの恋愛が“ドラマチック”な要素を欠いているという不満感なのではないのかと私には思われます。
 つまり、ここで問題提起されているのは、「恋愛ってそんなにドラマチックなものじゃなきゃ駄目なの?」ということだと私は考えているのです。そして作者がそういう考えの持ち主であれば、“ドラマチックでない普通の恋愛”を、まさにそのように表現してみせなくてはなりません。――これは物語の長さ(尺)には関係のないことであり、「~優先主義」という言い方をすれば、むしろ“何も優先しない”(ドラマチックな恋愛と普通の恋愛とで、どちらが上でも下でもない)ということを、そのままに見せたのが、この作品の表現ではなかったでしょうか。
(余談ですが、“~優先主義”という言い方は、“~至上主義”よりも、この場合のニュアンスとして適当なものかもしれないですね。つい、言葉のインパクトに引っ張られて“~至上主義”、“~原理主義”などと用いてしまいがちですが、ご指摘のおかげで「語弊もある」ということを教えてもらった気がします。)

 さて、もちろんカミーユは、いくら苦労をしてきたとはいえ老成した大人ではありませんから、まだ若いねもさんやルロイさんと同じように、純粋なものへの憧れを失ってはいないでしょう。ただ、(またものりのりさんがうまいことを言ってましたが、)それはそれとして“純愛”の理想は“殉愛”だけでいいのか、という疑問形はあり得るとは思いませんか?

対照的にZガンダムのサラ・ザビアロフが「頭でっかちな純愛(恋愛至上主義)」を貫いた子なんですよ。「私とハプテマス様は地上で唯一無二の特別な関係なの!」とか言って。でも、サラって本当はカツやカミーユにも揺れてたんです。そこで素直になっておけば良かったのに、そうしないで頭でっかちな純愛を貫いた結果、ああなってしまったんですね。


 psb1981さんのこの指摘も、私は慧眼だなぁと感心しました!

 偉そうに言ってるように聞こえたらいやなんで、正直に書いておきますが、「手近な現実と向き合うということが、すごくみっともないこと、納得の行かないことに思えていた自分を、この作品で発見した」気がしているのは、ほかならぬ私自身です。

そういや、「下衆なもの」と表現されているそれは「人間の生理に根ざしたもの」ということではないでしょうか?


・・・とのりのりさんが鋭くご指摘のとおり。
 「生きている喜び」や「好きな人と抱き合える喜び」――私のような夢見がちな人間は、往々にして(&いくつになっても)“それだけではない何か”を求めてしまうのですが、夢を追いかけるあまり、大元にある“それ”を、いつしかつまらないこと、どうでもいいことだと思いなしていたようです。どうもそこで(少なくとも私は)「アップアップ」してしまっていたような気が。(笑)
 そういうわけで、これは私自身には、実によく当てはまる話だったので、「“恋愛至上主義”というもののためにアップアップ・・・」というのを前提に文章を書いてしまったのですが、「そんなものは一般論ではない」と言われると、なるほど少し、普遍性を再検討する必要は感じております。

続く



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『リーンの翼』 富野総監督バースデイスペシャル 

[2006/10/29] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 1話を観たきりで、続きを観ていなかった『リーンの翼』。TSUTAYAに行くたびに毎回チェックしてたのですが、DVDが各回一枚しかなくて、常にレンタル中だったのです。(喜んでいいのやら悲しむべきなのやら。)
 いい加減にあきらめてネットで観るかと思っていましたら、富野御大のバースディスペシャルで一挙無料配信だそうで!

「リーンの翼」公式ホームページ

【全6話一挙無料配信イベント】
11月5日 富野由悠季総監督 バースデイスペシャル!
「リーンの翼」全6話 一挙24時間無料配信!!

原作者にして総監督である富野由悠季の誕生日(11月5日)を記念して、24時間限定でリーンの翼」全6話を一挙無料で配信いたします。
是非この機会に最新の“バイストン・ウェル”サーガをお楽しみください。

■ 配信期間 :11月5日(日)正午12時~11月6日(月)正午12時までの24時間
■ 配信話数 :全6話
■ 配信サイト:
BIGLOBE ストリーム
GyaO
BANDAI Channel
■ 視聴方法 :各配信サイトによりまして視聴方法が異なりますので、ご利用方法をご確認の上、視聴ください。


…というニュースは、もうだいぶ前から出ていましたから、皆さんご存知のことと思いますが。(笑)
 いえ、よくよく見たら正午~正午だったのですね。
 私、「11/5」しか頭になかったので、その日の休みを確保するのに精一杯で、翌月曜日のことまで考えていませんでした。むしろそっちのほうが重要って感じなのではないかと。(今からでも、何とか休む策謀を巡らせないとな~…。)
 ネット先行配信ということで、TSUTAYAの冷たい対応もそういうのと関係あるのかなと思いますが、この太っ腹企画は「もう一度話題を盛り上げよう」ってテコ入れなんでしょうね。
 1話を見た感じで、「これは映画的な作品だなぁ」という印象を持ったので、ぜひ全6話を一気に観たいと前から思っていました。
 「もう飽きるほど観たよ」「っていうかDVD買ったしぃ」という人も多いんでしょうが、せっかくの太っ腹企画ですから、“富野御大聖誕祭”(笑)が盛り上がることを祈りたいと思います。


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機動戦士ガンダムZZ 第5巻 

[2006/10/29] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 ようやく開き直って話が動き出してみれば、まあ面白いじゃない?(しかし、無茶するなぁ…。 苦笑)

機動戦士ガンダム ZZ 5 機動戦士ガンダム ZZ 5
矢尾一樹、 他 (2002/04/25)
バンダイビジュアル

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第17話 奪回! コア・トップ
第18話 ハマーンの黒い影
第19話 プルとアクシズと
第20話 泣き虫セシリア(前)

 新旧入り混じっていろんな人物が登場。パワーアップされた新兵器!“ロボットもの”のお約束のようなドタバタ展開。そんな感じでしょうかね。
 メッチャーさん?こういうファーストで言ったらリード艦長みたいな人が入ると、逆に回りは危機感を持ってまとまったりするもんかも…。こういう人のおかげでブライトさんが一番嫌な大人の役から少し解放されて、よかったね。(笑)
 出たぞ、新兵器メガライダー!(…ってほど、カッコいい登場の見せ場もなかったけど。)んで、アクシズを強襲するって?確かにエゥーゴの指揮系統はどうかしちゃってますねぇ。
 誰、このメガネっ娘?ミリーさんっての?いつからいた?ラヴィアンローズから乗り込んできたってこと?アナハイムの子なのか。
 「指揮官ってけっこう疲れるものだな。」アクシズのほうの作戦も、かなり開き直ってめちゃくちゃですが、それはともかくとして、ゴットンさん面白い。
 パワーアップされた主砲のテストをやるぞ、と。捕虜のキャラさんはコアトップを盗んで逃げる、と。「おっぱいオバケ」と命名されたキャラさん、「やることが無茶だ。」(→いや、ごもっとも。)強制合体だ!で、合体のタイミングを狙う敵機と。うんうん、手堅すぎるぐらい“ロボットもの”してるしてる♪
 おぉ、出た!キュベレイ!だけど、ジュドーはともかくとして、他のパイロットたちも、こいつらファンネル初体験でよく瞬殺されないなぁ?(ブライトさんは“ビット”って言ってるのね。さすが一年戦争組。)
 すっげぇ、アーガマのパワーアップした主砲!って、ジュドーいきなり血迷ってるし。(え、でもそこで分離しちゃったら、またキャラが暴れんじゃ…?)で、アクシズに潜入するぞぉって、すっごい展開だなぁ。
 そして、おお、ついに本物のハマーン様の登場だぁ!サイコガンダムを入手した?グレミーがニュータイプ部隊をこっそり組織してる?さすがハマーン様が出ていらっしゃると話が急にシビアになりますよ。(笑)
 で、何?プルっていきなり入浴シーンで登場するの?げげ、出たなぁ「プルプルプル~♪」(ハ、ハマーン様の緊迫感との落差が大きい…。)
 アクシズについてきちゃったビーチャたちは、可哀そうなことになってるのね。因果応報ってやつでしょ。こいつらたしかに行動力だけはあるんだけどなぁ。
 一方のジュドー。ぬけぬけとアクシズへ侵入成功も、まぁこれだけ“漫画チック”な展開なら、それでもいいか?って気になるね。このへんは『Vガンダム』での描写より、いっそナチュラルに馴染みやすいかも。プルって初登場から壊れまくってるねぇ、これはすごい。(ジュドーの早食いって、隠れた特技だったのかな?)え、ビーチャたちのほうは、モビルスーツをいただく?(もしもーし、そうそうすぐに稼動体制にならないでしょうってばー?)
 おぃおぃ、ハマーン様は水着を披露。(サービス、サービス?)で、ジュドーはハマーンと邂逅しちゃうのぉ?これまたすごい!“スーパー漫画チック”な展開!!(笑)
 「怒るのイヤ!私はジュドーと遊ぶの!」
 「プルみたいな子がパイロットなんていけないよ」
 えーと、これまた、さらに極端な相手が出てくると、今まで暴れん坊だったキャラクターが、常識をわきまえた人に見えてきてしまうという、面白い現象か。(それは狙いのうち?)
 ん?まるでそのまんまのザクがいたような?
 あれ、ビーチャとモンドは捕まってるの?で、グレミー君、そこで尋問することはルー・ルカのことなのかよ。(って、次の展開の仕込みかよ。 笑)おぃおぃ、ZZを土産に寝返ったふりのジュドー君。そしてグレミーの嫉妬と来るか。これは見苦しい…。うはぁ、メガライダーでゼータとマークIIがアクシズを強襲?すっげぇハチャメチャな展開! 意外とグレミーが指揮官らしくなってきていて。(へ~。)
 ちょっとルー・ルカのゼータ強すぎません?「こんな私を愛しちゃう」とか言ってるし。「街中でモビルスーツで遊んで!」…うわ、リィナへのジェラシーでプルがハイパー化しちゃってるよ。
 ハイメガ砲でのアクシズ攻撃は、一撃離脱だけなのね。(何しに来たん?)
 「だからってアクシズの市民まで」
 「答えられないのかよ、だから大人って!」
 「あたしたち戦争やってんのよ」
 「居住区の被害はないはずだ」
 ほほぉ、ZZでこういう会話をできるのか。(…というか、ZZだからこそ、できるのか?)
 「お前たちは勝手なことをやったんだ」
 「そっちのほうが勝手なくせに」
 うん、どっちの言うことにも理があるというか、むしろ無理があるというか。(笑)
 お、出た。ウォンさん!“嫌な大人”の代表選手は、ZZでは「修正」に失敗!
 グラナダの街にはゼータの曲が流れ、サービス満点。で、まめだねぇ、ゴットンさんは。グラナダでまで奇襲かいな。(…というか、相変わらずめちゃくちゃなアクシズの作戦。)
 「裏切った人間をどうして信用できる?」
 「彼らはもうアーガマの一員なんです。」
 うーん、実はそんな気持ちだったのか、ブライトさん!(じーん…。)――ということなのか?(笑)
 だけどさ、「嘘をついてまでモビルスーツを持ち出すような子じゃありません。」とまで言い切れるの? まぁ…ジュドーだけに関しては、そうかなぁ?

 何しろ思慮分別のないガキばっかりの話ですからねぇ。その辺のイライラ感が、ここまでずっと強かったわけなんですが、ストーリーを動かし始めてみれば、相応には役割を果たすようになってくるってことなのか。ともあれ、ようやくにして、しんどいところを抜けてきましたかねぇ~。
 それでもビーチャとモンドは、ゴットンたちを本気でMSで踏み潰そうとしたりとか。思慮の足りないガキってのはこういうもんだし、世の中にはこういうやつが必ずいるってのも描写としては正しいんだけど、こういうデフォルメされた世界観の中で、変にリアルなキャラクター描写ってのがどうも気になっちゃうのは私だけなんでしょうかね。
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