スポンサーサイト 

[--/--/--] | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) | TOP ▲

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ほどほどに味わうのが苦手な人です 

[2006/02/28] | ブログ日記 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

たぶんもう、嵐は過ぎたと思う・・・。スゴい数の人が通り過ぎていったはずなのに、誰もコメントも残さないで行っちゃいました。考えてみれば、子犬さんのところも並んで紹介されていたけど、子犬さんは全然動じていないから、囚人さんはネット慣れしてないお馬鹿さんなのかもしれないですね~。
それにしても「大人と子どもの・・・」という1行紹介に、あの大勢の方々は、どんな記事を期待して見に来てくれたものか。(昨日のユニークアクセス数とトータルアクセス数の差は少ない・・・。)

 そんなわけで、あまり気にしないで、淡々といつものように行きますね~。

 ●目に見えぬ鬼神はゑがきやすく、・・・
「目に見えぬ鬼神」までの道のりには、今や6車線のハイウェイができちゃっていて、鬼神も消費単位に貶められている、って感じですか。パターン化されたキャラクターではない、真の鬼神を描きたいのならば、その生まれ来たおおもとを探らねばならないでしょうね・・・。
たしかに昨今、ファンタジー慣れをし過ぎて現実との境目があやふやな人たちは、たぶん受け手だけではなく作り手にも多い気がします。そんなわけでハイウェイは異世界への下り車線だけが6車線。それを現実世界に照らし返すための上り車線は、隘路の多い一般道のような気がするのは私だけでしょうか?(経済的な現実世界へは、ハイウェイどころかワームホールぐらいのスピードで転送されてくるみたいですけどね。)

大人と子どもの・・・
ルロイさんのVガンダム論本格執筆予定地は、「エム・エス」のほうのここですよね。「ガンダムの崩壊と新生」という内容が予告されているわけですが、「新生」という中身にとても関心があります。(催促ではないですので、どうかマイペースで。でも期待をしています。)

「大人になって新しく発見できる要素があるのがガンダム」
「大人になったらめちゃくちゃにしか見えなかったのがVガンダム」
「そしてそこに何もないのが種」

はからずして大勢の人たちがこのコメントも読んでいったはずなんですが、誰も何もコメントを残していかなかったですね・・・。子どもの楽しみというだけなら、ガンダムもVガンダムも種も似たようなもん?大人になって振り返ったときに「メチャクチャ」という何かがあるほうがいいのか、「何もない」ほうがましなのか?
ルロイさんは以前に、「SEEDの正体」は「これ以上なく設定がしっかりした萌えアニメ」と総括し、「 誰も内容なんて求めていない。欲求を満たす素材を探しているだけ」の現代にふさわしい作品と言い切っておられました。まさに"時代の子"とでも言いますか・・・、この点には、誰も異論が挟めないのかもしれませんね。
「何もしなくても生き延びられてしまう時代」には、大きな"子ども"が大勢いるらしいです。そして"アニメなんて見てるのは子どもだ"という社会通念はたぶん変わっていない。そういう中で、アニメに"大人"の目を向けようとするほうが、世間では異端視されるだろうことをもっと強く自覚せねば、と今さらながら思いました。

41さんは「正直評価に困る」けど「どちらかと言えば好きな作品」だとおっしゃる。スカルさんもバルタザールさんも含め、われらどっぷりと同世代(笑)。
完全に「子供の視点から見たガンダム」はたしかに我々には分からないんですが、囚人さんがヤマトの話を持ち出したのは、子どもの視点からアニメを見たときに、子どもらしく楽しんでいた部分はもちろんそうなんですが、子どもながらにも真剣に「作品」を見ようというムードが、あの頃には今よりも強かったような想いがあるのです。「戦争を描くエンタテイメントで戦争に思いを飛ばすなどというのは、至難の業」という話を、たぶん私たちの多くは四半世紀ぐらい前にやってきちゃってる。(身に覚えがありませんか?)
だから今さら「やぼ」ですよ、もちろん。それどころかヘタすりゃ異端視されます。歴史の遺物なのかもしれません。何やってんでしょ?

「怨念の部分が鑑賞しどころ」ですか、zsphereさん!
zsphereさんは作者以上に作者サイドの視点を洞察される方だと思っていますが、「Vガンダムほど見事に『狂気』を描ききった作品を知りません」とまで聞かされたら、「このままちゃんと見ずに私の中では終わっていくのだろう」宣言は撤回しなきゃならないかもしれないですね。

関係ないんですが、今日のお昼に蕎麦屋に行きましてですね、体調も悪いもんで、きのこうどんを食ったんです。いや、美味かった。飯を食いながら『Vガンダム』のことを考えてる自分ってのも何なんだろうと思いながら、たとえば「人間ってのはよくキノコなんぞ食うな」と。(笑)
だって毒キノコを食えば死んじゃうかもしれないわけじゃないですか。最初に「このキノコは食える」ということを身をもって証明したヤツは偉いと思います。だけど、たまたまその人が死ななかっただけで、人によっては蕎麦アレルギーとかあって、蕎麦食っただけでも死にそうになることだってある。今日はね、本当は「合鴨煮込みうどん」が食いたかったんです。でも、あれ美味いんだけど、今日の体調で食ったら、あの旨みである脂が消化し切れなくて、絶対に腹を壊すと。
・・・いや、なんかわけの分からないことを書き出しちゃいましたが、毒にも薬にもならないようなもんですら、食べ過ぎれば腹を壊す。滋味に富んだものでさえ、体調次第では消化不良になってしまう。だから「このキノコは食える、しかも美味い」ということを断言するのはなかなか難しい。ただ「私は食べた。こんな味だった。私には美味かった。」とは言えるし、それを聞いて次に食べる人間は、自分の責任で食べればいいんですよね。私は今、わりと日常的に「狂気」の崖っぷちに自分がいるような気がしてるので、こういうときに『Vガンダム』は、やばいんじゃないかと思わずにはいられないのです。(いささか自意識過剰かなとも思いますが。)
富野さんという料理人が作ったものは、きっと味わい分ければ美味いんだろうと思うのです。けど、作った本人が食傷しちゃって、「食うな」と警告してるんだから、よほど毒気が強いことも間違いない。
不器用なんだな・・・自分はガムかなんかみたいに飲み込まないで、ほどほどに味わったら後は「紙に包んでポイ」とかできる人じゃない。私たちの世代は、そういう風に、アニメにだって主食にできる滋味があるんじゃないかとか思いながら育ってしまった。

蕎麦アレルギーなら治らないかもしれないけど、胃もたれぐらいは体調さえ回復すれば、また美味いものが食えるようになる。この作品は"主食"にしてもいいのか、"おかず"ぐらいでしょ、とか、"珍味"ぐらいでやめとくほうが無難かなとか、まあその辺もいろいろありますが、もう少し自分の健やかさに自信が持てるようになったなら、いつか味わってみたい作品ということに、「見ないで終わるだろう」宣言の内容を変更させてください。

漫画・アニメ全般 - 漫画・アニメにほんブログ村 漫画アニメブログへ
スポンサーサイト

5万ヒットありがとうございます。 

[2006/02/27] | ブログ日記 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲

昨夜は飲みすぎまして、二日酔いだと思っていたら、少し熱があるみたいです。
避難所の様子を覗いてみたら・・・ この零細ブログはじまって以来の凄いアクセス?
前回の記事が「カトゆー家断絶」さんに(「8光年の彼方」さん経由で)紹介いただいたようです。ちらっと一行載っただけでこれほどとは。

もうすぐ5万ヒットだなと思っていたら、あっという間に超えちゃいました。(もう5万5千超えてるよ・・・。)
皆さん本当に本当にありがとうございます。

 それにしても前回の記事は、yasuakiさんルロイさんの書かれたものを合わせてご紹介したものなんで、注目されるならお二人のほうなんじゃないかと。

 コメントもたくさんありがとうございます。
 今日は体調思わしくないんで、お返事書けるかなぁ・・・。

 日記を書きます - 日記・ブログ にほんブログ村 漫画アニメブログへ
続きを読む

大人と子どものVガンダム 

[2006/02/26] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(6) | TOP ▲

どう考えても今(この頃ずっと?)、鬱がきてるので、周辺をグルグルしながらも、踏み込むのを回避し続けているのが『Vガンダム』です。
正直、作品を観てないんで私には何も語る資格はないんですが、私がいつも参考にさせていただいているyasuakiさんとルロイさんのサイトで最近、相次いでこの作品の話題を書いておられたので、それぞれ興味深く読ませていただきました。

Vガンダム論第二章アップと20歳以下禁止の「大人のガンダム」構想

Vガンダムの思い出

読み比べて面白いのは、yasuakiさんは 「20歳以下は禁止の大人のガンダム」論を展開しているのに対し、ルロイさんは小学校5年生のときのリアルタイムな視聴体験を書いておられること。大人のガンダム論としては「ディズニーや宮崎アニメが対象とする13歳くらいまでを取り込む」といったマーケティング的観点と、作家の視座の相克が明らかにされているのですが、それを当の子どもはどう受け止めていたかというように読み合わせていくと、ひとしお味わい深いものがありました。

12~13歳という、人間の感性がいちばん鋭敏な時期の、しかも皆が最低限の共有体験をもっている年代を描いたほうが、よほど生き生きとしますし、見る人の共感も得られるんですよ。


という狙いで主人公の年齢は、13歳に設定。この狙いと「一番初期の企画書を書いた段階では、ギロチンだけだったんですよ」という物語のイメージの落差。「Vガンダムは企画の段階で、既に難しい問題にぶち当たっていたと思う。」とyasuakiさんも書いておられますが、確かに想像も付きません。

最初のパラグライダーで飛んでたら大変なことになったウッソのところは良く覚えてます。その次に覚えてるのはもうオリファーの特攻だったりするんですけどね。あれは小学5年生の自分にとっては大爆笑でした。オリファーごっこしたもんなぁ…。


いっぽうのルロイさんのほうを読んでみると、よく分かりませんが「大爆笑」になっていたようです・・・。

「本当に戦艦を地上でも浮かせて飛ばすというのなら、バイクだって空飛んでいいんでしょう?」と言ったら、「飛ばしてよ」と言われ、「本当ですね」という話になりました。


大人の方では半ばやけのようにバイク戦艦が登場することになってしまいましたが、子どもの方の感想では、これは影が薄かったようです。

V2アサルトとバスターの2種類があってしかも同時装備可能というアイデアは好きでしたね。毎回装備が違うのも楽しみでよかった。今回はメガビームシールド装備してるよ!みたいな。


・・・それはそうだろうと思うのですよね。やっぱりガンダムは"ロボットアニメ"ですから。戦艦好きなのは、たぶんむしろ大人のほうで、子どもはガンプラでしょうって思うんですけど、バ○ダイの役員さんは何を考えていたのやら。

本当にバイク戦艦でいいのかと言ったら、「かっこいいじゃないですか」という返事でした。
経営ということを考えている自分を、クリエーターだと思い込んでいる大人というのはすごいものだな、と思いました。


「それと、戦隊物的なものもやってほしいな。」
「ガンダム5機をそろえて、出せということですか」
「そうだ」
という会話もまたすごい!

初めて買ったのは1/144Vダッシュでした。彩色済みが当たり前だった当時そのあまりのしょぼさに愕然、すぐに1/100に乗り越えたのもいい思い出です。クリスマスには1/60V2を買いました。予想以上に大きくてびっくりしました。でも完全変形がかなり良かったですね。Vガンダムは変形合体するくせにスパロボっぽくないところが長所だと思います。


かたやルロイ少年(失礼!)のほうは、そんな大人の思惑など全然かまわず(ま、知るわけないですな)、自分の関心をどんどん推し進めていた模様であります(笑)。
yasuakiさんが「戦隊ものという要請を受けたためか、ゲーム慣れした子供たちに受けるように、ガンダムを複数登場させ、すぐに壊れて、交換させながら戦うことにした。」と述べている富野さんの工夫は、ルロイさんが「V2アサルトとバスターの2種類があってしかも同時装備可能というアイデアは好きでしたね。毎回装備が違うのも楽しみでよかった。今回はメガビームシールド装備してるよ!みたいな。」と言っているあたりでは狙い的中していたようにも思えます。
でも、後のほうでは「Gガンダム以降のように凄いガンダムがたくさんいるんじゃなくて、量産されているガンダムがあって、その中にV2という凄いガンダムが一体だけいるっていう構図が好きでした。」と言っておられますから、そもそも「戦隊もの」発想自体が大人の勝手な思い込みだったのかもしれないですね~。

なにしろルロイさんの回想には、ギロチンも拷問も出てこないのであります。「カテジナさんが記憶喪失になったのは覚えてました。目が見えないのは覚えていませんでした。」「カテジナさんをあまり覚えてないのが不思議です。オデロが死んだのはショックでした。リーンホースの特攻より砲台代わりのガンイージを覚えてました。最後の朽ちたV2&Vが印象的でした。」ということです。とりあえず、ほら、やっぱり戦艦よりモビルスーツですってば。

「とにかく視聴者に伝わっていないし、伝わるような作り方がとにかく完全にできなかったっていうのがあります。という意味では、典型的に失敗したシリーズだと思っています。」
「作品論的な面で評価できることというのは基本的にあるとは思えないのが『Vガンダム』という作品です。」


と富野さんが苦々しく振り返っている作品だが、それを見ていた当時小学校5年生の少年の感想は、「VガンダムはSDから入った子供を引き込むには十分な傑作だったと思いますよ。」「これ、リメイクしてくれないかなぁ(笑)」なのでありますから・・・。

断っておきますが、これ、ルロイ少年が"作品への鑑賞眼"を持っていなかったなんてことを書いているんじゃありませんからね。今日のルロイさんがアニメに向ける鋭い解釈を考え合わせれば、そういう感性が大人になって唐突に現れるなんてことはあり得ない。そうではなくて、ターゲットを少年層と言っておきながら、当の少年の感想とこれだけかけ離れた所で、一体何を苦しみ悩んでいたのかと思っただけなのです。
近年、制作者としての公共に対する意識ということを繰り返し言っておられる富野さんとして、少なくともこれだけ見事に狙いとした受け手との間で意識がすれ違っていたとするなら、それは失敗作というのも確かにそうなのだろうと。ただ、あえて見るならば「問題点というのは、この『Vガンダム』の中に全部載っている」という目で、見るしかないんだってことですよね。その分析をyasuakiさんはやろうとしておられるということなのでしょう。

小学校5年生と言えば、私だったら『宇宙戦艦ヤマト』を見ていた頃になるんじゃないかな。たしかに偉そうな感想は言ってみても、実際は「反射衛星砲ごっこ」とか、「波動砲ごっこ」とか、「ドメル戦法ごっこ」とか、そんなことをやっておりましたですよ、当時は。そんなもんだ。(笑)
それでも崩れ行くガミラス星上空での古代と森雪の会話は印象に残ってます。
「我々がなすべきことは愛し合うことだったんだ、勝利か・・・クソでも喰らえっ!」
消化し切れなかったものっていうのは、かえって意外といつまでも尾を引いて残るものだったりするんじゃないかと思うのです。

先日、これまたお世話になっている子犬さんのところで、御大が一番「鬱」だったときの小説を読んでない人は「信者失格~♪」みたいな話がありまして、読んでない私は信者候補生脱落と相成ったわけでありますが、残念ながら「それでもよいかな・・・」と。
たぶん『Vガンダム』もまた、このままちゃんと見ずに私の中では終わっていくのだろうと今のところは思っております。私は作り手でも批評家でもないのですから、"一人の観客"として、自分が見たいと思うアニメだけを見ようと。そこがまさに「黒歴史」なので、実際いろいろと不自由を感じる部分はあるのですけどね。(OVA『ガーゼィの翼』のほうは、見るか見ないか、まだ態度を決めかねています。)

漫画・アニメ全般 - 漫画・アニメにほんブログ村 漫画アニメブログへトラックバックピープル―富野由悠季
続きを読む

文化庁メディア芸術祭関連の話題 

[2006/02/26] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

先日記事にしました「文化庁メディア芸術祭アニメーション部門」(審査主査 富野御大)関連の話題で、子犬さんが「アニメーション部門受賞者シンポジウム」の模様を詳細レポートしておられたので、まずはご紹介。
「生御大、いいですねー。しかし、見事にかみ合わないものですね・・・。受賞者の皆さんは、富野さんなんか偉くないと思ってるんでしょうか(笑)。 」とコメントしたら、「そうですね。ただ『偉くない』とは思ってないでしょう。」と子犬さんは応えてくれた。確かに、ここまで言われて黙って聞いてるだけでも偉さは分かってるほうか・・・。でも子犬さんご指摘のように、半分はエンターテイナーとしての狙いにしても、あまりにかみ合わない会話ぶりに、だんだん笑えなくなってきて、しまいには、とても寂しい気持ちになりました。

「頭山は見て2晩うなされた。絶対見て欲しい。」


山村浩二さんを御大も高く評価していたのは、とても嬉しく思いました。

前回の審査講評の記事には、たくさんのコメントをありがとうございました。

●『商業主義という通念からも逸脱しているのではないかと疑わせる作品』
補足情報として挙げたとおり「アニメーション部門の応募総数は311。うち長編アニメーション19。TV、OVA55」という多数なので、候補多すぎますね。本当に多作というより濫作状況というべきなのかもしれません。『エヴァ』のデッドコピーというのは、もはや"裸踊り"でさえなく、"ただの楽屋落ち"と解せばいいのか、とにかくそれはもう、人様にお見せする芸ではない、ということなのかなと思いました。

●『日本独自の文化があったのではないか』という自説
御大の話としてはもう少し広義な話をしてそうな気はしますが、「被造物にも情を感じる、日本独特の感性がなければ、キャシャーンもガンダムもR・ドロシーも生み出せない」という視点は、素晴らしいですね!アンチボディ(ブレンパワード)なんて、それそのものかもしれません。

●「目に見えぬ鬼神はゑがきやすく、まぢかき人物はゑがく事かたし」
言葉の直接的意味は、ご指摘のとおりですが、『リーンの翼』をやってる御大がファンタジー批判はどうでしょう?ここはやはり少し突っ込んで、「大きな論理 > 個人の感情」を自明のこととして、その相克をなんら問題としない制作姿勢の問題ではないかと私は考えました。
つまり、例えば個人の感情も描いているつもりらしいが、実際には"味付け"程度にしか考えていないか、あるいは逆に大きな論理のほうが"味付け"程度になっているという発想の貧困ぶりです。いずれにせよ新味ばかりで、そこにはなんの滋味(栄養?)もない。「難しいものに挑む気概が欲しいという意味」というのは、まさしく言われるとおりだと思います。

デジタルであろうがなかろうが個人で映像を作れる時代。ただ覚えておいてほしいのは世間に発表すると言うことは公共に向けて発表すると言うことであり、見てくれる人に対しての作品でなければならない。ストーリー性や制作者の魅力も大事だが、自分の好きなものを作って共感されるほど簡単なものではない。公に向けて意思表示をする行為であるという視点を持てばデジタルは強力なツールになる。


という言葉との結びつきで私は解釈したいと思いました。

●補足
「エイゼンシュテインの映像理論」というのを私は知りません。作り手でも批評家でもない"一人の観客"として、作品を見ていたいと思っているのですが、それでも知っておいたほうがよいことでしょうか?

それから「携帯電話が小道具」という例が出ていましたが、『新訳Ζ』への批判を読んでる中で、「公衆電話を使ってる描写があったが、宇宙世紀には携帯もないのか」みたいに居丈高に書いてるものがあったのは、そういうネタ元があったのですか?(SEEDちゃんと見てなくてごめんなさいね・・・。)

漫画・アニメ全般 - 漫画・アニメにほんブログ村 漫画アニメブログへトラックバックピープル―富野由悠季

『機動戦士ZガンダムII -恋人たち-初回限定版』DVD、買えました! 

[2006/02/25] | 新訳Ζ | トラックバック(0) | コメント(5) | TOP ▲

昨日発売の新訳Ζ『恋人たち』DVD、予約してなかったので心配だったんですが、無事に買うことが出来ました。高い買い物をするんだから、せめて予約で割引を狙うべきだったよな、と激しく後悔(笑)。

恋人たちDVD


DVDって、貧乏人の私には涙が出るほど一大決意を必要とする買い物。けっこう直前まで逡巡の挙句、何かに背中を押されるようにして「よし、買うぞ!」というような感じになってしまいます。(毎度それで損をしているのだから、かなり間抜けな話なのですが。)
・・・ 今、予約を激しく逡巡しているのは再販されるらしい『伝説巨神イデオン 接触篇/発動篇』。正直言ってよほど「一生モノ」と確信が持てるものでなければ、コレクターアイテムとして持つ必要は感じないほうで、レンタルで十分だと思ってしまう人です。(何十回レンタルしたら元が取れるのかとか、つい考えてしまう・・・。)
 それなのに、新訳Ζは完結も待たずして「買おう!」と考えてしまっているのは、冷静さを失っているのでなければ、「作品を支持する意思」を表明するのには、可能な限り劇場に通うことと、DVDを買うことしかないだろうという気持ちがあるようです。

 しかし、・・・耳が赤くなるぐらいの一大決心でおなじみのTSUTAYAに行き、売り場に並んでいなかったので、年甲斐もなく恥ずかしいのをぐっとこらえてカウンターで、
「今日発売のΖガンダムはないですか!?」
と聞いたのに、
「どっちですか?」
と言って最初『SEED』を出そうとしたTSUTAYAの店員!

一瞬、殺気のオーラを出してしまった私は大人気なかったでしょうか?(笑)
(それにしても『ハウル』のDVDは相変わらずイヤになるぐらいの大宣伝で、巷にあふれかえっているのを見ると、複雑な思いです・・・。)
 今日、明日も仕事なので、『恋人たち』は今度の休日に、『星を継ぐ者』と通しでゆっくりと鑑賞する予定。



漫画・アニメ全般 - 漫画・アニメにほんブログ村 漫画アニメブログへ
続きを読む
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。