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「日本の表現力」展、見て来ました 

[2007/01/27] | アニメ全般な話題 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 六本木にできた国立新美術館。今日しか行ける日がなかったので、見てまいりました。乃木坂駅からはすごく便利ですが、六本木駅から歩くときは、地図を確認して行くのが吉ですね。ちょっと迷いそうになりました。
 「日本の表現力」の感想……。はっきり言って、厳しいですねー。(笑)
 私は美術も嫌いじゃあないので、開館記念展「20世紀美術探検」も見ちゃったんですが、先ずはそれが失敗だったかも。(←ぉぃ
 なんちゅうか、一階の全フロア6000平米に約600点って、普通の展覧会の六倍、みたいな。(汗)…意外にそれほど混んでなかったんですけど、もう途中で腰が痛くて痛くて、だんだん意識は朦朧と。
 ちょっと休んで気を取り直してから、二階の「日本の表現力」を見ようと思ったんですが、各フロアに一つ、計四つもあるカフェ、レストランがどれも行列!やっぱり土日に行くもんじゃあないですね。あー、東京の美術館なんて、もう!(笑)
 結局、ぐったり状態のままで「日本の表現力」の会場に来てみると、…何、この人の多さ!きっとお客さんの数そのものっていうより、一人当たりの滞在時間が長いんじゃないかと思いました。(まあ、無料だっていうんで、見ていく人も多いんでしょう。)
 アニメの展示って、美術館だとあんなふうにしかならないんでしょうかね?プラズマディスプレイみたいなので、年代別にしょぼしょぼ流れているんですけど、あんな狭い会場に詰め込まれてもなぁ。この広い広い美術館の中で、アニメの扱いってこんなもんなのかよって、ちょっと哀しくなりました。小さくてもいいから、ちゃんとブースにしてほしかった。後半のほうのアートの作品も面白かったけど、ああいうのとせめて同等に十分な広さを持って展示してほしかったです。
 川村喜八郎さんの人形アニメーション『死者の書』も見ることができました。考えてみたら、昔『三国志』とか、凄いものをテレビで見ていたんだなぁと。これはほんとにアートだなぁと感心しました。
 で、『999』はどうしようかと思っていたら、死者の書が終わる時点で総入れ替え、しかも既に行列(?)みたいな感じで、早々にあきらめました。なんか、無料は無料だけど、映画館みたいに見やすい環境でもないし、よほどレアな作品でもない限りは並んでまで見るってのはどうなのよと。
 まあ、それよりも展覧会の最初のほうで、富野監督を含むメンバーで“メディア芸術”を考えるシンポジウムをやったんだそうなので、そういう内容みたいなのがどこかで見られないかと思ったんですけど、見つからなくて残念。メディアが売りなんだから、そういうフットワークの軽い対応ぐらいしてもいいんじゃないかと想うんですが。
 ともかく、とても大雑把に通史的に見るとこうなるのかという感じではありましたが、アニメの展示紹介の方法には大いに疑問と不満を感じた展覧会でした。やっぱりアートもアニメもマンガもエンタメも…って、一回に全部やろうというのは欲張りすぎなんじゃないんですかね?
 予想はしていましたが、予想以上に、アニメファンとしては苦しいものを感じた展示構成でした。

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「日本の表現力」展 凄いアニメのラインナップ!? 

[2007/01/21] | アニメ全般な話題 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 いよいよ明日(っていうか日付変わっちゃったから今日)、六本木に新しく開館する国立新美術館で開催される「日本の表現力」展(1月21日から2月4日まで)が気になっています。メディアアート、エンターテイメント、アニメ、マンガというテーマも見てみないとよく分からないし、この短い会期は展示よりも、むしろイベント主眼の構成なのかなと想像してみるけど、それも実際見てみないとなんともいえないですね。

「日本の表現力」展
公式サイト
公式ブログ
国立新美術館
公式サイト

 ちょうど近々上京する機会があるので、ぜひ見てみようと思っているんですが、イベントの告知を見て驚きました。(アニメ関係だけを抜粋)

時代を飾ったアニメーション

■その1
『鉄腕アトム』 アニメ第一話 [60年代]
上映時間:25分
(TVアニメーション) 手塚治虫
『ゲゲゲの鬼太郎』 [60年代]
上映時間:25分
(TVアニメーション) 黒田昌郎、白根徳重
『まんが日本昔ばなし』 アニメ一話分 [70年代]
上映時間:15分
(TVアニメーション)
■その2
『新世紀エヴァンゲリオン』 アニメ第一話 [90年代]
(TVアニメーション) GAINAX・EVA制作委員会
『蟲師』 アニメ第一話 [2000年代]
(TVアニメーション) 長濱博史
『鋼の錬金術師』 [2000年代]
(TVアニメーション) 水島精二
『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』 [2000年代]
上映時間:25分
(TVアニメーション) 神山健治
■長編単独上映作品
『白蛇伝』 劇場版 [50年代]
上映時間:78分
(アニメーション) 藪下泰司、大江原章、森康二
『太陽の王子 ホルスの大冒険』 劇場版 [60年代]
上映時間:82分
(アニメーション) 高畑勲
『機動戦士ガンダムⅠ』 劇場版 [1981年]
上映時間:137分
(アニメーション)
『銀河英雄伝説』 [80年代]
上映時間:59分
(TVアニメーション) 石黒昇
『AKIRA』 劇場版 [1988年]
上映時間:124分
(アニメーション) 大友克洋
『機動警察パトレイバー』 劇場版 [1989年]
上映時間:99分
(アニメーション) 押井守
『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』 劇場版 [90年代]
上映時間:123 分
(アニメーション) 押井守


もう一つのアニメーションワールド

■その1
『こねこのらくがき』 [50年代]
上映時間:13分(仮)
(アニメーション) 藪下泰司
『くじら』 [50年代]
上映時間:8分33秒
(影絵アニメーション) 大藤伸郎
『幽霊船』 [50年代]
上映時間:10分44秒
(影絵アニメーション) 大藤伸郎
『瓜子姫とあまのじゃく』 [50年代]
上映時間:18分
(人形アニメーション) 持永只仁
『こぶとり』 [50年代]
上映時間:15分34
(人形アニメーション) 持永只仁
■その2
『プチプチアニメ~ニャッキ~』
上映時間:5分8秒
(クレイアニメ) 日本放送協会
『頭山』(長編)
上映時間:10分
(短編オリジナルアニメ) 山村浩二
『年をとった鰐』(長編)
上映時間:13分
(短編オリジナルアニメ) 山村浩二
『こまねこ』(短編)
上映時間:5'10
(クレイアニメ) 合田経郎
『クジラの跳躍』(長編)
上映時間:23分
(長編オリジナルアニメ) たむらしげる
■長編単独上映作品
『連句アニメーション「冬の日」』 長編
上映時間:100分
(長編オリジナルアニメ) 川本喜八郎
『死者の書』(長編)
上映時間:70分
(人形アニメ) 川本喜八郎


歴代受賞作品セレクション その4

『年をとった鰐』 長編
上映時間: 13分
(短編オリジナルアニメ) 山村浩二
『頭山』 長編
上映時間: 10分
(短編オリジナルアニメ) 山村浩二
『死者の書』 長編
上映時間: 70分
(人形アニメ) 川本喜八郎


歴代受賞作品セレクション その5

『BLOOD THE LAST VAMPIRE』 長編
上映時間: 48分
(長編オリジナルアニメ) 北久保弘之
『新世紀エヴァンゲリオン』 長編
上映時間: 25分
(TVアニメ) GAINAX・EVA制作委員会
『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』 長編
上映時間: 25分
(TVアニメ) 神山健治


歴代受賞作品セレクション その6

『老人と海』 長編
上映時間: 40分
(長編オリジナルアニメ) ALEXANDER PERTROV
『クジラの跳躍』 長編
上映時間: 23分
(長編オリジナルアニメ) たむらしげる
『ほしのこえ―The voices of a distant star―』 長編
上映時間: 25分
(長編オリジナルアニメ) 新海誠


長編単独上映作品

『アヴァロン』 長編
上映時間: 106分
(長編オリジナルアニメ) 押井守
『千年女優』 長編
上映時間: 90分
(長編オリジナルアニメ) 今敏
『連句アニメーション「冬の日」』 長編
上映時間: 100分
(長編オリジナルアニメ) 川本喜八郎
『東京ゴッドファーザーズ』 長編
上映時間: 91分
(長編オリジナルアニメ) 今敏
『マインド・ゲーム』 長編
上映時間: 103分
(長編オリジナル動画) 湯浅政明・ロビン西


 マジっすか。なんか夢のような、すげぇラインナップですね。上映時間は公式サイトのこのページからPDF形式の一覧へ。これ両方見比べないと要領を得ないんですよねぇ・・・。いつ行けば何を見れるのかって一番重要な情報でしょうに!
 いや、メディアアートのフェスティバルだから、凝ったサイト作りをしたいのは分かるんだけど、「ウェブ・アクセシビリティ(→首相官邸情報通信技術戦略会議HPより。)って言葉知ってますか」と小一時間問い詰めたい気分です。少なくともねぇ、「音声や画像で表示されるコンテンツには代替手段を提供すること」!! (笑)
 もちろん地方から上京する私には、見に行ける日を自分で選べる余地なんか少ないんですけど。これはすごいや。もし東京に住んでいたらほぼ毎日行きたくなりそう。
 ところで、アニメだけに絞ったもう少し詳しいタイムスケジュールどっかにありませんかねー?(笑)

→関連:メディア芸術祭関連記事

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“アニメ産業”についての青臭い書生論が少し脱線 

[2007/01/15] | アニメ全般な話題 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 「アニメーター残酷物語」は都市伝説?という記事にいただいたコメントにお返事を書こうと思ったら、やたら長くなってしまったので、記事にしちゃいます。

十年前なら呆然とする数字でも、今ではありえます。というのも悲しいものがありますね。
その意味では日本全体が構造的にアニメーター化しているといえなくもないし、それを推進している亡国与党と賛成野党がアニメーター、でなくアニメ業界に関わっていくという行動にはむしろ寒気を覚えます。
まげまげさんのコメント


 本当に難しい問題です。「日本全体が構造的にアニメーター化」ってのは、深刻すぎて笑うに笑えない話ですね。聞こえてくる範囲では、少なくともアニメ業界の中でも一部の人間は成功を収めているらしいですが、底辺層はかなり悲惨に貧しいというのも間違いないらしいです。(うーむ・・・。)
 ここで問題になるのは、実力のある人間はきちんと正当に評価されて成功するシステムがあるのかどうか、ということが一つあります。また、底辺の人間の生活レベル・労働環境は、現代の最低限の社会水準を維持しているのかどうか。そのあたりで、才能のある人間が希望を持って入っていける業界の状況なのかどうかというようなことは、門外漢の一アニメファンの立場であっても、多少は関心を持っていいような事柄のような気がします。ただ非常に情報は断片的で、よく分からない点が多いですから、どういう言い方をすれば状況が改善されるのか、頭が痛いですね。

 どうも漏れ聞こえてくるアニメ産業の構造から、前近代的な雰囲気がぷんぷんしているのは、私の印象では確かにそうなので、少し関係あるようなないような話を書いてみます。
 まだ日本に近代産業らしい産業が育ってなかった明治時代に、キッチュな美術工芸品が日本の主要な輸出品だったことがあるそうです。もともとはジャポニスムの流行を背景にしたものだったそうですが、売れ筋を追いかけるあまりにどんどん極端奇妙なデザインになっていって、産業構造の近代化にも失敗し、凋落の一途をたどるのですが・・・。
 工芸は長く商工省の管轄で、文部省(文化庁)が関わりだしたのは、ずいぶん後になってからだそうです。そして産業としての工芸を支えていたのは、前近代的な徒弟制度でした。
 もともとは人々の生活と密着した中で培われた技術を活かしたものが「工芸」だったわけですが、こうした経緯を減る中で、生活と遊離して特殊なものになっていってしまったがために、特別な保護を必要とする「伝統工芸」になっていってしまったということがあります。(これは「伝統芸能」などでも似たようなことが言えるかもしれません。)

 こういう話が、アニメ産業の話とよく似ている気がするのは私だけでしょうか。
 歴史から何かを学ぶとは言っても、どこで何をどうしていたら、どうなっていたのかというようなことは簡単には語れない話です。政治経済の話、労働問題、みんな私は門外漢なんですが、ただ経済界とか、お役所のやりそうなことってのは、今も昔もあまり変わらなさそうなんで、過大な期待はできないとは思っています。素人意見ですが、お役所に、アニメに理解のある人が少しでもいるのなら、目先の利益に惑わされるのではなく、長い目で見て、人々の暮らしに根ざした豊かな文化としてのアニメーションを守っていくために何ができるのか、真剣に考えてみて欲しいですね。
 コンテンツ産業として云々という経済的側面よりも、青少年に与えるアニメの影響(教育的側面?)なんかも考えたほうがいいんでは。それは暴力の描写がどうのこうのという以前に、“夢を持てない環境”にいる人たちが作ったものを見て育てば、“夢のない子どもたち”になるのも当たり前じゃないですか、というようなことです。
 どの産業でも今はそうなのかもしれませんが、多くの人が、働くことに何の夢も持てない時代のような気がしています。才能の有無にかかわらず、誰もが人間らしい最低限の暮らしを営めるように努めることは国の責任だし、それには生活保護みたいな話ばかりじゃなく、人々が希望を持って働けるよう必要なシステムを、きちんと整備維持することも含まれるはずです。もちろん才能のある人には、その才能に応じて平等にチャンスが与えられるべきだということも、そこには含まれます。
 労働問題というと、政府(与党?)は労働者側の発想に立って考えてはいけないと思ってるんじゃないかってぐらい視野が狭いような気がするんですが、目先の経済的な観点だけではなく、未来にわたって“豊かな国”を作っていくために、行政はどう関わっていくべきなのかを考えてこそ「政治」なんだと思うんですがね。(…門外漢の癖に今日は脱線しすぎました。)


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「三原三千夫の万国博覧会」を見てみました 

[2007/01/15] | アニメ全般な話題 | トラックバック(1) | コメント(1) | TOP ▲

 先日書いた記事「ドラマ派のアニメはもう、それだけで批判の対象? 」で、「宮崎さんの作品は、とにかく画として完成してない場合が多くて、リアルな人間ドラマとか、そんなところにばっかりいってますよね。」、「日本のアニメがそういうふうになってしまっているのは、どうしてなんでしょうかねえ。」というようなことが書いてあるらしいから読まなければ、と書いたWEBアニメスタイルの「三原三千夫の万国博覧会」をさっそく見てみました。
 改めて読んでみると、けっこう目を通してはいたんですが、後半のほうの肝心な部分を読み逃していたみたいです。商業ベースのアニメ制作にも参加しておられますが、アートアニメーション的なスタンスのアニメーターさんなんだということを改めて認識。「特別企画 - 『2005年宇宙の旅』三原三千夫」ということで、WEBアニメスタイルの中で、短編作品を一つ見ることができます。

 以下、連載の中でのオススメを少し書いておきます。

 第20回「ゴリラは憧れ」を見て、普通に絵がうまいなぁと感心しました。…と思ったら、「上下逆さまにして描きました」とか「左手で描いてます」とのことで、なかなかびっくりしました。これはクロッキーとか、かなり人体の素描を重ねた人じゃないと、こんな絵は描けないんじゃないかと思います。
 第41回「20年間もあたり前に思ってきた事も……」は、アニメ製作現場の豆知識的ですね。欧米のアニメーターと日本のアニメーターのトレス台の傾斜がまったく違うというマニアックな話ですが、

 日本は伝統的に、床に紙を置いて、正座して水分の多い岩絵の具や墨で絵を描いていた頃からの連続性で、ほとんど水平の作画机が使用されているんでしょう。戦前の写真を見ると、まったく傾斜のない机で仕事をしているように見えますから。
 片や欧米では、フレスコ画の様に壁に絵を描き、その後、油絵の具でイーゼルに、板またはカンバスを立てかけて、立って、またはイスに座って絵を描いていたので、作画机も自然に傾斜の大きな物が使われるようになったのでしょう。


・・・という考察は面白い。日本画と油絵のそういうところから来るメンタリティの違いとか、美術のほうでは研究してる人がいそうですが、同じようなことがアニメにも影響あるんでしょうか。
 第43回「アニメファンだったボクから」では、同世代の人間として、なるほどと考えさせられました。「好きだったアニメを職業にするにつれて、アニメーターとして作品を観るようになり、正直な話、観られないアニメや観たくないアニメが増えてきたんですね。」としみじみと・・・。「本来アニメーションが表現するべき作品の方向性」を、三原さんなりに考えていることがよく分かりました。

日本のアニメは実写に近いリアルな感じの動きや、ディフォルメの少ない(目の大きなキャラクターはありますが、それは顔だけで全体的なシルエットはむしろリアルな方向じゃないと成立しないみたいですね)キャラクターで、本当はアニメで表現する必要の薄いと思われる人間ドラマなんかを、得意とするわけですけど、それって本当にアニメでやらなきゃならない事なんですかね。


 やはりこの連載の白眉は、こんな問題提起を含む第47回「ショメの仕事のスゴイところ」だと思います。

ショメの仕事を見ていると、もちろんショメの天才と個性によるんですけど、欧米人と日本人の芝居と絵のディフォルメの仕方の度合いの違いに驚くんですが、この違いはなんなんでしょうか。やはり文化的なものの違いなのか、しかし、19世紀末の世界では、歌舞伎や浮世絵など日本の文化の方が、ディフォルメはヨーロッパの文化より得意だった時期もあるようなんですがね。いったい誰がそうしてしまったのか、手塚、宮崎のツートップですか、悪い人たちは。ってもちろん、ジャパニメーションが悪いんじゃなくて、ボクが嫌いなものが多いだけなんですけどね。でも、もっと「絵」として成立するべきなんじゃないですかね、アニメーションなんだし。


 これにはドラマ重視派っぽい私でも、さすがに考えさせられますね。本来アニメーションで表現するのには不向きかもしれない“人間ドラマ”を、あえてジャパニメーションは重くとりあげてきた。――しかしアニメを「あまり上等ではないメディアで、“あえて”」というようなサブカルチャー的な文脈でだけ語られるのは、普通に映像表現としてアニメーションを志しているクリエイターにとってはまったくありがたくないことのようです。「ゴミの最終処分場」という言い方がスゴいですが、「ゴミの処分場だって、おもしろい場所といえばおもしろい場所ですしね、充分に。」ということで、個人としての好き嫌いとそうでない部分はきちんと区別されている点は好感が持てます。
 アニメ史的に言えば、手塚系全盛だったアニメブームの渦中に東映系の旗手として脚光を浴びたのが宮崎駿さんでした。過去記事では、「なるほど、虫プロ系と東映系ですか!」などで書きましたが、WEBアニメスタイルの記事で言えば、アニメ様の七転八倒「虫プロブームとマイナーだった宮崎アニメ」、「宮崎駿と判官びいきのやり過ぎ」「宮崎アニメがイケていた頃」などをご参照いただけるといいと思います。
 宮崎監督が、漫画映画系から文芸志向にゆるやかに路線転換をはじめたのは『ナウシカ』以後でしょうか。好き嫌いや路線の違いはあっても、一芸に秀でればそれで良いとばかりも言えず、それなりに評価はせざるを得ない作家だと思うのですが、ここでは「悪い人」にされるとは。(笑)……ただ宮崎さん自身が、同様に手塚さんを悪く言ったこともあるので、そうやって繰り返されていくものだということなのでしょうか。
 「~万国博覧会」に話を戻して、「第44回 王の帰還って、本当に王様なんているの?」は一見アニメ業界とは関係ない『指輪物語』の話なんですが、「ボクは王様なんていらない」「脇役は泣きをみるばかり。ことさら大きなナショナリズム、やれおそろしや、おそろしや。」…このあたり、三原さんの人となり、思いのありようがなんとなく伝わってきて、面白かったです。

ドラマや、キャラクター、世界観とファンの求めるものは様々でしょうが、もう少し絵や、アニメーションの技術的なところも観てほしい。色々なアニメーションがありますから、そういう部分にも興味を持って、アニメーション作品を観てもらえたらなと、思うんです。色々なスタイルのアニメーションが、世界にはありますし、絵や人形が動く事自体がかなりオモシロイ事なんですね。


 総論で言えば、第43回でこう書いておられたとおりで、アニメにはいろんな要素があるので、幅広く関心を持ったほうがいいぞ、というのは素直に賛成できる話です。
 昔に比べれば、(こういうクリエイターの声が、私のようなぬるいマニアでも読めるようになったということだけでも、)アニメの作画への関心というのは格段に深まったんじゃないかと思います。私なんかの体感ではむしろ前の記事でも書いたとおり、“ドラマ重視”の視点なんかは、今では少数派なんじゃないかと思っている次第。

「キャラクター >>> 作画 > 世界観 > ドラマ」


・・・残念ながら最近は、こんな感じじゃないでしょうかね~?(笑)


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ドラマ派のアニメはもう、それだけで批判の対象? 

[2007/01/14] | アニメ全般な話題 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 WEBアニメスタイルは、特にインタビューもので面白い記事がよく載ってるのですが、宮崎駿監督関連の話題で、興味深い記事がありましたので、御紹介しておきます。

アニメの作画を語ろう:animator interview 三原三千夫(1)  『走れメロス』と『もののけ姫』

 アニメーターになったきっかけは宮崎駿ファンだったからという三原さん。(嗚呼、私と同世代・・・。)「僕らの世代は、『未来少年コナン』や『カリオストロの城』を観て、アニメファンになった人が多いと思うんですよ。」はい、そうだと思います。(『カリ城』の人気は“後からしり上がり”だったと思いますけどね。)しかし入口はそこだったけど、ユーリ・ノルシュテインなどのアート・アニメーションに早い時期に接して「自分の方向が、ある意味曲がってしまった(笑)」と仰ってます。
 これまでの大きな仕事として、1997年の『もののけ姫』を挙げているんですけど「やっぱり宮崎ファンだったんですけど、一時期かなり否定的になってしまって。画がとにかく嫌いに」なったと。キャラが「ふにゃけて」いると。

三原 あと、これも宮崎さんの批判になりますけれど、結局手塚好きだったんでしょうね。それも大きい……。
小黒 宮崎さんが、手塚治虫が好きだったという事ですか。
三原 ええ。手塚治虫を読んできた世代ですよね。だから、手塚治虫のマンガが好きかどうかは別にして、画的な面でその上に乗っかって仕事をしてる。あくまでキャラクターの画についてだけですけど。


 私と同世代でアニメ制作の第一線にいる人には、こういう意見があるんだなぁと、興味をひかれました。「宮崎さんのキャラは、どこまでいってもマンガですよね。アニメーションのキャラクターじゃないと思います。」とまで言われると、宮崎信者じゃないですが、けっこう動揺してしまいました。(笑)
 真面目な話、マンガとアニメのキャラクターの違いってなんだろう、と。
 「宮崎さんの作品は、とにかく画として完成してない場合が多くて、リアルな人間ドラマとか、そんなところにばっかりいってますよね。」、「日本のアニメがそういうふうになってしまっているのは、どうしてなんでしょうかねえ。」というようなことが、以前に連載されていたコラム「三原三千夫の万国博覧会」に書いてあったそうなので、これは見逃してたんですが今からでも読まねばならないような気がしてきました。
 “基本=ドラマ重視”で、その物語の上に、画は乗っけただけってのは手塚マンガが築いた様式だっていうのは前にも聞いたことがあった気がします。(大塚さんの本だったかな。)だけど、そのことがここまで強く批判されるというのには、少しビックリしちゃいました。
 WEBアニメスタイルは、全体的に“作画重視”っぽい感じがあって、こういうのを読むと、逆に自分がいかに「画として完成して」るかどうかがどうでもよくて、「リアルな人間ドラマとか、そんなところにばっかりいって」る人間かということを痛感します。
 なかなか見る機会が少ないんですが、アートアニメーションはアートアニメーションで、何も考えずに見るのは嫌いじゃないんですけどね。(というか、むしろ好き。)
 やっぱり私は旧式なんだなぁと。最近はもう、ドラマ重視傾向のアニメファンというのは少数派なのかもしれないですね。

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