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『星を継ぐ者』/『恋人たち』/『星の鼓動は愛』 

[2006/09/12] | 新訳Ζ | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 貧乏性の私がせっかくDVDを購入したので、いつか三部作を一気にみてやろうと思っていましたが、ようやく実現できました。95分+98分+99分のロングラン!劇場で見るのと同等に集中したかったので、絶対に邪魔が入らない一人の時間を確保。飲み物、食べ物まで完璧に準備した上で、トイレ休憩も各話の入れ替え時に限定して臨みました。(笑)

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 一気に見て、間違いなく一番よかったと思えるのは、新訳の世界に没入できるので、テレビ版の記憶が邪魔にならない点です。通しで見てみて、情感は一本で通っていると実感できました。これはやっぱり断じてツギハギ映画なんかではありません。
 ただ、正直に言って、これだけの長時間、画面に集中し続けるというのは気力・体力ともにキツイ…。さすがに第二部終わりから第三部初めぐらいは、ちょっと集中力が切れそうになりました。
 けど、『星を継ぐ者』のイントロから『星の鼓動は愛』のエンディングまで、きれいに呼応して物語の輪が閉じていくのを見るのは、すごく心地いいカタルシスです。このストーリーは、シャアに始まってシャアに終わるという言い方も出来ますけど、その出会いから始まったもろもろの出来事を通じてカミーユという少年が、(決してシャアに教えられたものではない)自分自身のものの見方、考え方を獲得していった、そういう物語だったと改めて思えました。
 劇場では遠慮してなかなか出来ないことなんですが、“声を立てて笑う”という場面が、特に(ちょっと意外な感じでしたが)第二部『恋人たち』で何ヶ所もあって、それは人間味のある“小芝居”のいくつかなんですけど、なるほどエンターテイメントになっていると実感。(今回は一部から一気に見ているから、こっちもキャラクターに情が入っているので、それで成立する面もあるのかな、と思わなくもありませんでしたが。)
 とにかく没入して見てましたので、細かなディティールについて云々ということは、今回は何も言えないんですけど、各キャラクターの情、とりわけ主人公カミーユの情の流れというのが、想像以上に丁寧に、描かれていたのを発見したような気がします。ほか、「意外にそうか!」と思えたのは、特にサラであったり、細かいところでエマさんだったり、レコアさんだったりといったところでしょうか。

 三部作を通しで見たことで、『恋人たち』の印象が、単篇で見ていたときよりも格段に良くなりました。これは予想できたことでしたが、予想以上でした。それから、第一部から丁寧に見ていけば、(思った以上に)初めて見た人にも分かりやすい描き方がちゃんとされているという気がしました。

 これを劇場で見なかった人は、やっぱり損したんじゃないかと私は思います。せっかく見るんであれば、劇場というのは集中して見ることが出来るいい設備だということをしみじみと。(笑)
 今から見るという人は、やむなくDVDで見るしかないわけでしょうけど、これは集中して見ないと面白さの半分も分からないかもしれないですから、一回は無心に話に没入してご覧になられることを強くオススメしておきます。(最近は、これってけっこう難しいんですよね、ついつい話のネタ探しをしてしまいがち。けど、それだけじゃ損だということ。)で、鉄は熱いうちに打て、ということで、なるべく三部作を短期間で見るのが一番だと思います。(第三部だけ見ようなんて論外!)

 本当は、この作品は、『∀ガンダム』(日替わりで第一部/第二部を上映)みたいな短期間で完結までを見られる公開方式だったら、もっと評価が違ったような気がします。(興行的には、ある程度の期間、話題を引っぱりたかったりするでしょうし、評価と興行成績は必ずしも一致しなかったでしょうけどね。)

 うん、とにかく自分的には通しで見て、あらためて納得できたし、これまで以上に新訳三部作を評価できる気がしたので良かった。(何がどう、ということをちっとも言っていないので、皆さんには何のことやらだったら申し訳ないです。 笑)
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新訳Ζのデジタル映像編集(素人的視点から) 

[2005/11/23] | 新訳Ζ | トラックバック(0) | コメント(5) | TOP ▲

映画監督 富野由悠季「Final Cut Proは“必殺兵器”でした」

常連のスカルさんはMAC使いでCGを描く人。だからこういう御大の情報が気になってチェックしたりしておられる。

デジタル技術の進歩を素直に喜ぶ御大。自分もちょっと気になるページだな、と思っていました。

もうひとつ重要なのは「ワンフレーム編集」ができたこと。これもフィルムでは難しいことでした。TV版では3フレームずつの動きというのが結構あって、テンポよく見せるために1秒半の動きを1秒のものにするために1フレームずつ抜いていくようなこともやりました。これは結構やりましたが、本当につらい作業だった(笑)。でも、やってみると間違いなくいい、とわかります。だったらやるしかないんです。それをやるから、旧作を使う意味があるんです。



これはすごいね。もう「旧作画だ!」っていうだけで「痛い!」と決め付けて見てる人が多いけど、そんな作業があったなんて思ってもみなかったし、言われて見てみても、どこにそれがあるのか分からないようなところで厳密に動きを追及してるんだ・・・。

旧作カットと新作カットが混じってどう見えるかということは考え抜きましたので、漫然とはやっていません。リズム感が大事になってきます。「えっ、また古くなってきた、あ、あ、あ、(新作カットが)来た!」みたいなリズム感を乗り越える映像のテンポ


御大って本当に面白いですよね。会話形態が既にアニメ状態というか、常に語尾が次へと動いて行っちゃう。新旧のリズム感が大事って言ってる端から、それを「乗り越える映像のテンポ」と話が膨らんでいっちゃう。(笑)

「新作カットだな」と思わせるのは数秒で、観客の意識がまたすぐ物語展開に入っていくように仕向けないといけない。視覚におけるリズム感やスピード感、このテンポで見ていたいという観客の欲求を満たさないとダメ。


観客がね、素直にそうやって見てくれると信じているというのか、素直に見てくれる観客だけを相手にしてるというのか。はじめて見終わった直後に「全体の○割ぐらいが新作カットだった」とか機械のように分析してくれるガノタな観客の皆さんは、既にその時点で物語から身を引いちゃってるものね。トミノさんがどんなマジシャンで持てる技術の限りを尽くしても、「物語を身体感覚として味わおう」という気のはじめからない、素人批評家たちの印象には残らないのも無理はないかも。
スカルさん、演出ってのは本当に深いですよね(・・・しみじみ)。それを理解する(・・・っていうか味わう)のには、事前知識はむしろ邪魔で、ただ画面に集中すること、それだけなんだとつくづく思うのです。

ただ、スカルさんのブログを読む前に、このページをはじめて見た時に私が気になったのは、むしろ最後のところ。

──監督ご自身としては、かなりの部分を自分ひとりの手で完結できることについてどうお感じになっているのでしょう?


という、この質問! これ、スカルさんも言っているとおりMACの宣伝としてのインタビューなんだけども、私も聞いてみたかった、こういうネガティブなことも聞いちゃうインタビュアー、偉い! 

富野:すべていいことだとは思っていません。ですから、僕の場合、画として現れるもの──アニメーター、彩色、美術の分野──に関しては、(一定基準から)はみ出さない限り何にも言いません。物語構造とか画像構造については余白を作っているつもりだし、「ここで何ができるのか」という発見を、スタッフにはしてほしいと思ってます。


うん。∀以降、いわば回りの若いスタッフとのコラボレーションによって息を吹き返した御大であるならば、独りで完結してしまう、こういう作業というのは「どうなのだろう?」と、私はそこが一番気にかかったのでした。「六十歳の手習い」は今のところ大丈夫そうなので、まあ安心しましたが。

若い人からみて「これはできない!」というところまで自分でやってみせれば、認めてくれるでしょ。


なるほどねぇ。そういうコンピュータの使い方ならば、まあ心配することはないかな。

ただ、この頃ずっと「ファースト劇場版」との対比で新訳Ζを語ってばかりおりますけれど、本当にぎりぎりまでムダを削ぎ落としてるのは分かるのだけど、「ちょっとしたゆとり」がやや足りないような気がするのは、こういう機械(コンピュータ)で「ギリギリのこと」が出来てしまうことの反作用でもあったりはしないかと。
・・・私がそう感じるのは例えば、BGMの使い方とか、どうでしょうか。
昔は「音楽の力に頼る」部分みたいなのが所々にあって、それもひとつのリズムを作っていたような気がするんですが、今は「映像でギリギリまで追い詰める」という姿勢がまず先にあって、「音楽いいなぁ~」と感じさせるシーンが少ないような印象があります。(今回の音楽も悪くないなぁと思う割に、です。)
∀の最終回を思い出せば分かるように、御大は音楽をアニメの画面に活かす素晴らしい才能を持っている人だと思うのですが、そういう部分が「恋人たち」にはあまり感じられなかった。
まぁ、機械のせいばかりではないのでしょうが、映像のリズムの中で、少~しいい加減に、「出たとこ勝負を遊んでみた」ようなところもあってもよかったのじゃなかったかな、と。
二回目を見てみて、改めて振り返って、ふっとそんなことを思ったりしました。

あー、もう一度見に行きたい!(笑)


新訳Ζの製作費はもののけ姫の1/23ですか 

[2005/10/02] | 新訳Ζ | トラックバック(0) | コメント(8) | TOP ▲

今日も目にとまったことだけを。

8光年の彼方さん経由で

TVアニメ&OVA 1話当たりの予算

という記事を拝見。

TVアニメで
エヴァは1話あたり625万円の製作費。
種運命は3,300万円って。
アニメの製作費などと言うのは、
大半は人件費なのかと思ってましたが。
この差はどうやったら出てくるのか、
そのほうが不思議。
種運命。いろいろ言われてましたが、
エヴァの4倍近くも人手をかけてるんでしょか?
あ、そうそう。終わっちゃったんでしたね。
熱く語ってた皆さんも、これから寂しくなりますね。

映画のほうは、さらにわからないですね。
検索すればソースは分かるって書いてありますが、
そんな余裕はさすがにない・・・。
しかし、なにか同じ土俵で比べてる数字とは
ちょっと思えないぐらい桁が違いすぎませんか?

星を継ぐ者

とはいえ、
何しろ「新訳Ζ」は破格に製作費が安いのは、
事実なんだろうなぁ…。




orz
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