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安彦さんの言った「東京オリンピックの絵」って 

[2007/12/02] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 そういえば、先日、グダちんさんのところで安彦さんの対談の話を読んで、一つ記事を書かせてもらったんですけど、その時にもう一つ調べて書こうと思っていたことを書き忘れてしまっていたのでメモしておきます。

佐 クラッシャージョーの走る絵
安 東京オリンピックの絵なんですよ

 これだけだと、ちょっと謎な会話なんですけど、たぶんこれだと思う画像を見つけたので紹介だけしておきます。

安彦良和「クラッシャー・ジョウ」 亀倉雄策「東京オリンピック」ポスター

 右は著名なグラフィックデザイナーの亀倉雄策さんのデザインした、東京オリンピックの公式第2号ポスターなんだそうです。グラフィックデザインっていうのも、あまり“アート”としてはみなされてこなかったジャンルだったんですが、日本よりも先に世界でその実力を認めさせる活躍をした人の一人っていうことで、高い評価を受けている方のようです。一瞬の動きを切り取った写真をグラビア印刷した技術は、当時最先端のものだったんだとか。

 安彦さん、さすが視野が広くて勉強熱心だな、と思いました。

→ 東京国立近代美術館「特別展・亀倉雄策のポスター」

亀倉雄策のデザイン亀倉雄策のデザイン
(2005/07)
亀倉 雄策

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安彦さんと富野さん、そして『機動戦士ガンダム』 

[2007/11/28] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(4) | TOP ▲

 今日は代休をもらったので、床屋へ行こうかとか、そろそろ冬タイヤに替えようかとか、いろいろ思っていたはずだったんですけど、結局うだうだと一日ネットを巡回してしまいました。

 その中で、グダちんさん安彦さんの対談を聞きに行かれたメモなんかを読み返してみて、面白かったところを少し文字起こししてみたりしました。

  • ガンダムとマクロス以後の違い/雑念や混じりけがなくなっていく/1stガンダムは雑念があった
  • 今は分業が当たり前で、緻密な背景がある。しかしそうでないといけないというわけではない。空気感があればよい←→書き込まないと読者は分からないんじゃないかという強迫観念
  • 富野とはパーティで挨拶するが、ちゃんと会うのは7年前のオリジンのとき以来。「書きますよ」「うん、俺も読みたい」そんくらい。
  • やっぱりSEEDとか、美形っていうのは変化を付けにくいんですよ。だから今のシリーズでは美形ぞろいだから変化できないんじゃないかな。

 最初のは、グダちんさんが“人種の描き分け”のようなことを質問されたら、回答がずれた方向へ行ったそうなんですけど、傍目にはこれも面白いです。

マクロスは食わず嫌いで見てないそうだが、マクロスはおたくが描きたいモノを描いているだけで、自分たちのようにアニメ界を変えてやろうとか、社会に一泡吹かせてやろうという「雑念」がなく、ただただ欲望をピュアに造るようになったと思う。
というお話。

・・・っていうような部分は、個人的に最近、『愛・おぼえていますか』を見たりして感じたこととも重なって、すごくなるほどと。
 最近、『ヤマト』でも安彦さんがコンテや原画を描いていたんだよなぁと改めて意識したりして、たぶんもう少し若い世代の人にとっては(アニメーターとしての)庵野さん的な絵が重要だったりするように、自分にとっては安彦さんの絵というのは原体験的に刷り込まれている部分があって、その安彦さんがアニメ業界を離れていったことというのは、ものすごく重い出来事だと再認識し始めているところだったりします。

 もう一つ。とぼふさんが、何気なく5年ほど前の文章を引用しながら、さらっと現在のアニメの「バラエティ番組化」について書かれた文章を読んで。引用もとの文章(「映画的」ということ)も、とぼふさんが昔に書かれた文章なんですけど、これが読み応え満点なので、超オススメ!すばらしい。
 それで、長浜忠夫、出崎統、高畑勲、宮崎駿、富野由悠季、押井守、細田守、庵野秀明、といったアニメ作家たちの流れを簡潔にまとめた内容はいちいちうなづけるもの(必読!)ですが、安彦さんの話の流れで、富野さんと安彦さんの関係に触れた部分をここでは引用します。

『ガンダム』が成功したのは「安彦良和」という優れたアニメーターがいたからです。これはちょうど高畑氏と宮崎氏との関係と似ています。
ですが、安彦氏も「絵描き」でありながら演出家指向が強く、富野氏とのコンビは『ファーストガンダム』以降続きませんでした(『機動戦士Zガンダム』(1985~86)や『機動戦士ガンダムF91』(1991)では安彦氏はキャラデザインのみで作画には参加していません)。
そのことが決定的だったかどうかはわかりませんが、実写でいうところの優れた「カメラマン」を パートナーに出来なかったという事実が、富野氏を独自の方向へと向かわせます。
それは「絵コンテ」ですべてをコントロールしてしまおう、という傾向です。

 あー、すごい。「ちょうど高畑氏と宮崎氏との関係」とか、すごくなるほど。

元々映画系志望だっただけにリミテッド・アニメとは指向が違っていたと言われ、安彦良和によれば「画を描く手間を考えない『真面目にやっているのか?』というコンテ」、湖川友謙は「動かす意欲を刺激する良いコンテ」と、良くも悪くも平均点でないコンテを描いていたようだ(現在でも癖の強さは変わっていない)。安彦の回想では、画面の奥の方で関係のないキャラクターの芝居が入っているなど、処理に困るシーンがあると現場で適当にカットしていたそうである。それでも特に文句を言ってこないため「軽い演出家」との印象を持っていたが、ガンダム製作時に膨大な設定を持ち込むのをみて考えを改めたという。

 Wikipediaの富野由悠季の内容は、なんか論争が絶えなくて始終内容が書き換わってますが(笑)。
 富野さんの絵コンテ志向については、私は“虫プロ”というその出自よりも、“タツノコ”系との親和性とか印象を持っています。「画面の奥の方で関係のないキャラクターの芝居が入っている」みたいなところに、先の話で言うところの「雑念」がこもっていたりもするような気がするんですけどね。

確かにこの作品、誰が見ても文句のない傑作だし、良くできた作品でもある。また、その後の日本映画に与えた影響を考えるととてつもない功績を持つ作品でもある。しかし、同時に大きな「罪」も残してしまったんではないだろうか? 「罪」とはあまりにも出来が良すぎたことである。そしてあまりに出来が良すぎたためにその後の怪獣映画や特撮映画にも大きな影響を与えてしまい、その表現や内容の可能性を狭めてしまったんじゃないかと思う。

 これは実は『ゴジラ』(1954年の最初のゴジラ)について書かれた文章なんですけど、ここでいう“映画”なり“怪獣映画”という言葉を、仮に“アニメ”や“ロボットアニメ”に置き換えてみると、『機動戦士ガンダム』という作品にもよく当てはまる部分があるような気がします。
 「『ガンダム』が成功したのは「安彦良和」という優れたアニメーターがいたからです」というのは、たぶん真実だと思うんで。アニメーターとしての安彦さんの挫折というのは、(挫折といったら怒られるかもしれないけど、)重要なターニングポイントなんでしょうね。

 とぼふさんの“「映画的」ということ”は、「物語性」と「演劇性」について述べて終章としていますが、“その二つを組み合わせて「作品」を作るということはとても難しいこと”と述べられた内容(特に「演劇性」の部分)を富野さんはその後もたゆまずやり続けているのではないかと思うのですね。・・・ますます日本のアニメが「バラエティ番組化」する中で、『ガンダム』のようなタイミングに恵まれることもなく、そうした富野監督の試みは時代に受けるものにはなりにくいわけですが、それでも私はやっぱり好きだなぁ。
 たかがサブカル。社会に受けてナンボという事実は厳然としてあるのですが、“アニメ界を変えてやろうとか、社会に一泡吹かせてやろうという「雑念」”を、安彦さんや富野さんが共有できなくなってしまったというのは、それはやっぱり残念なことだと思われてなりません。

オトナゲない大人たち!(だけど、嫌いじゃないんだなぁ。w) 

[2007/11/01] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 子犬さんのところ雑誌『CUT』11月号に掲載された富野インタビューの一部が紹介されていて、あまりに面白かったんで、これは全文読みたいと、今夜は本屋さんで探してみたんですけど、案の定見つからず・・・。

Cut (カット) 2007年 11月号 [雑誌]Cut (カット) 2007年 11月号 [雑誌]
(2007/10/19)
不明

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 昔は見つからなかったら、“あきらめる”という素晴らしい解決方法があったんですが、なまじネットなんかがあるから、ついつい帰宅してから注文をしてしまうんですよねー。

 子犬さんの記事にもコメントで書いたんですけど、この間、『ユリイカ』の安彦さんの特集号を(これも書店では見つからずネットで買って)読んで、≪うわー、なんかずいぶん毒づいてるなぁ≫と思っていたところだったので、今回の富野さんのおっしゃりようも、さもありなんという気がついついしてしまい。(でもまあ、こう身も蓋もない言い方をするのは、エンタメの創り手としてはどうなんでしょうかねー、と信者でさえ思わずにはいられないものがありますが。w)

ユリイカ 2007年9月号 特集 安彦良和ユリイカ 2007年9月号 特集 安彦良和
(2007/08)
不明

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 安彦さんって、私はやっぱりアニメーターとして大好きなんですね。(・・・と、『巨神ゴーグ』があまりピンと来なかった昔を思い出すのでした。)
 漫画家としては、どうも苦手で。とはいえ、さすがに『THE ORIGIN』ぐらいは読むべきかと“シャア・セイラ篇”の第10巻までは買ったんですが、“開戦篇”以降は実はまだ読んでなかったり。うかうかしていたら、そのあともう、5巻も出ているんですねー。

機動戦士ガンダムTHE ORIGIN (11) 機動戦士ガンダムTHE ORIGIN (13) 機動戦士ガンダムTHE ORIGIN 15 オデッサ編・前 (15) (角川コミックス・エース 80-18)

 その都度買ってれば、さほどに思わないんですが、5巻もたまると値段も張るなぁと(笑)。それで、ブックオフで探したんですけど、どうしたことか当地のブックオフには『THE ORIGIN』が全然見当たらず。(以前にはけっこう売ってたのに・・・。)そしたら『ナムジ』が5巻そろいで売ってたので、思わず手にとって・・・立ち読みで読破してしまいました!(ゴメンナサイ、ブックオフさん。)

ナムジ―大国主 (1) (中公文庫―コミック版)ナムジ―大国主 (1) (中公文庫―コミック版)
(1997/09)
安彦 良和

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 安彦ファンの方も大勢おられるかもしれませんが、私はやっぱり安彦さんのアニメが好きなんで、マンガって駄目かも。画が好きなだけに、あの物語が甘美な“毒”に感じられてしまうんですよ。思わず読みふけってしまうんだけど、個人的に、いつも何だか読後感がよろしくない(まあ、そういう種類の作品なんでしょうが。 笑)。
 『ユリイカ』で宇野常寛さんの痛烈な安彦批判を読んだときは、≪そこまで言わなくても・・・≫って正直感じたのでした。(文句を言うわりに、けなされると庇いたくなるのが、やはりファン心理というものでしょうか。)でも、改めて実際に作品を読んでみると、自分が内心苦手だなぁと感じていたことを、攻撃的な言辞にすると、あの批判そのままなのかもしれない、と。

 ただ、ダブルスタンダードではないですよと言いたいわけでもないですが、私は富野監督の小説もニガテです。(笑)
 やっぱり私の感じ方では、アニメ作家の作品は、アニメが一番なんで。他は参考資料というのでは、あまりにいやらしいんで、いちおう余技と言いますか。“絵描きが作った焼きもの”みたいな感じで、独特の味わいはあっても陶芸家の作ったものとは違うんじゃないかと。
 ・・・と言うより、こういう言いたい放題をそれぞれ放置されている時点で、富野さんも安彦さんも“エンタメ”の作り手とは、もはや思われていないって気がしちゃいますね。(ちょっと別格に“偉く”なっちゃって、誰もブレーキをかけられなかったりするんでしょうか。「誰か止めろよ」と思いながら、こんな発言をしているんだかどうだか分かりませんけど。)もう少しうがった物言いをすると、“イロモノ”として、話題づくりみたいにして放置されているんだったら、イヤだなぁと思います。

ふっと富野さんの年齢を思った 

[2006/09/04] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 富野監督は1941年生まれ。
 1964年に虫プロ入社で、その年の鉄腕アトムの演出家デビューが23歳頃。
 1968~1972年の「さすらいのコンテ・マン」時代(*1)が27歳~31歳頃。
 「海のトリトン」(1972年)が31歳頃。
 「勇者ライディーン」(1975年)が34歳頃。
 「無敵超人ザンボット3」(1977年)が36歳頃。
 「機動戦士ガンダム」(1979年)が38歳頃。
 「伝説巨神イデオン」(1980年)が39歳頃。「The IDEON 接触篇/発動篇」は1982年なので41歳頃。
 「聖戦士ダンバイン」(1983年)は42歳頃。
 「機動戦士Ζガンダム」(1985年)は44歳頃。
 「機動戦士ガンダムΖΖ」(1986年)は45歳頃。
 「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」(1988年)が47歳頃。
 「機動戦士ガンダムF91」(1991年)が50歳頃。
 「機動戦士Vガンダム」(1993年)が52歳頃。
 「ブレンパワード」(1998年)が57歳頃。
 「∀ガンダム」(1999年)が58歳頃。劇場版の「地球光/月光蝶」は2002年なので、61歳頃。
 今日に至る「リーンの翼」「新訳・機動戦士Zガンダム」(2005~06年)が64~65歳頃。

 だらだらと自分用のメモで羅列してしまったけれど、思ったのは、たしかに私もいい歳こいた大人だけれども、まだ富野さんが精一杯考えて、「みんな星になっちゃえー!」(by イムポフ・カーシャ in イデオン発動篇)としか言えなかった年代に過ぎないってこと。(つまらない話ですが。)
 「僕らができなければ、次の世代が!」(by ウッソ・エヴィン in Vガンダム)と思えるに至った年代までには、10年ほど執行猶予がある。別に、制作当時の作者の年齢にそれほど意味があるのかと言われれば、何とも言えないところだけれど、といって、まんざら無意味でもないような気がした。

 これらが皆、決して完成度の高い作品ばかりではない気もするけれど、私が富野監督が好きなのは、その年代年代で真摯に悩んで精一杯のことをやってきているという思いがあって、私を置いてけぼりにしない、いわば“同伴者”といったような印象があるからのような気がしている。(たまに置いてかれたことも、なくはなかった気がするが…。)
 「あなたは富野信者なんですか?」と言われて、ふと思い出すのだが、ずっと昔、まだ私の青春時代(笑)にけっこう遠藤周作にハマったことがあって、「奇跡を起こす神の子・キリスト」ではなく、「無力だが人生の“同伴者”としてのイエス」というイメージが、猛烈に愛おしいものに思えた時期があった。
 そんな例えを出すだけでも“信者”なのかもしれないけど、仮に私が“信仰告白”するとすれば、そんな感じ。

 何でこんなことを書いたんだろうかと自分なりに考えてみたが、ある尊敬する友人の記したものに、「文化コードの異なる人たちには全く通じないという話」の一環として「トミノなんとかという監督の漫画映画」という言葉があり、思わずふと自分探しをしてみた次第。相変わらずの駄文で申し訳ないです。


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まったりとニュータイプ談義 

[2006/05/01] | 御大 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

>何かの必要があって、途中から物語に追加された設定
「物語の落としどころ」のために持ってきたと思われているようです。

少なくとも盟友安彦氏はそう考えているようです。
というか当時は中盤のあたりで安彦氏が入院で抜けて富野色が強くなったんだったか?


 末尾の話はほぼ定説と理解していますが、正直微妙なのですよね。劇場版でのニュータイプ描写の強化を考えると。安彦氏のコミック(オリジン)を読んでいても、彼の『俺ガン』というのが何なのか、見えるようで見えないという思いがしています。
 「落としどころ」という話も分かるようで分からないようで。・・・かなり多くのガンダムファンが、ニュータイプはないほうがよかった、ないし、なくても別にかまわない、という意見を持っている現状を考えると、ですが。(話が落ちてない、と思ってる人が少なくない)
 ア・バオア・クーでの最後の戦いで、アムロがシャアに敗れていたら、連邦は敗北していたのかどうかというのも曖昧ですしね。一人の兵士の働きで戦争全体がどうこうなるものじゃないというのが、最後までガンダムの鉄則だったのかどうか。ファーストガンダムでは、この点はぼかされていましたが、Ζガンダムではどうだったのでしょう?カミーユがシロッコを倒せなかったら?(おやおや?)

それとみんなニュータイプになりました、めでたしめでたしって話にすると、ちょっと宗教的になってしまう気が、、、。


 これまた微妙にぼかされていますけど、『逆襲のシャア』のラストはそんな風にも見えなくはなかったですよね。ご指摘のとおり、イデオンの中で語られた、我々は全ての人に良くあれと伝えるすべを持たない・・・という嘆きは、当時からニュータイプについての話の延長線で読まれていたと思います。
 ちょっと脱線しますが、イデの発動とエヴァのラストを、どう重ねて読んで対比するのかが、今エヴァを見ている中で、これから私が楽しみにしているところです。けれどもテレビ版を順々に見ていって、劇場版に行き着く道筋も同様に、きちんと辿らなければ駄目だろうなと思っていまして。(そういう相似形もまた、興味の尽きない所です。)

 話を戻して、それぞれ一兵士に過ぎないシャアVSアムロの対決結果が、戦争の勝敗に関係なかったかもしれなかったところは、けっこうファーストガンダム独特のリアルっぽさかもしれない?あるいは安彦テイストこそは、そういう感じであるかもしれないのでしょうか?
 しかし、仮にそうだとして、だからそれで?(うーん、微妙な話だ。)
 ・・・私は“リアルっぽさ”とは言っても大仰に“リアリズム”とは言いたくないのですよ。だってガンダムは“巨大人型兵器”の活躍するロボットアニメなのだから。
 主人公が活躍しようがしまいが、大きな物語の結末には何ら影響力がなかったとしたら?それは戦場のドキュメンタリーですか。舞台は宇宙で人型の巨大ロボット兵器が活躍するドキュメンタリー?うーむ・・・。(汗)
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