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「マクロスFRONTEER」感想。しかし第9話以来とはひどいかも(笑)。 

[2008/07/28] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 第14話「マザーズ・ララバイ」まで見て、面白くなってきたなぁと感想でも書こうかと思いきや、前回のメモは第8話まででありました。我ながら、この放置プレイはひどい(笑)。

マクロスF(フロンティア) 2
  • 第9話「フレンドリー・ファイア」
    • 脇を固める!いいと思います、こういうエピソード。(『宇宙戦艦ヤマト』とか、そういうのが多かったですよ。)
    • 後から思ったら、シェリルのマネージャーさんが昔のことに妙に詳しかったのは、何か訳ありの複線でしたか?
    • しかしマイクロン化すると幼女体型って、かなり反則っぽい設定やなぁ・・・。(笑)
    • ランカちゃんの人気が出るのを妨害してる人いましたね。あれは何だったんだろ?
    • ランカになついてる、あのへんな生き物って・・・後から思えばバジュラなのか?
  • 第10話「レジェンド・オブ・ゼロ」
    • この『マクロスF』は、これまでのマクロスシリーズの要素を全部詰め込むというコンセプトだそうですが。・・・初代のマクロスしか知らないと、正直ちょっとつらいんですよねぇ。そのへんどうなんでしょう?
    • しかし宇宙船の中に、この島はすごすぎる。(笑)
    • アルトの元歌舞伎役者という設定は、凝り過ぎな気もするけど、どうなんだろう。
    • ランカちゃんのストーカーになってる謎のバルキリーのパイロット。サイボーグなの?
    • おー、シンデレラストーリー!(笑) おまけにキスもか!しかも両方かよ!!
  • 第11話「ミッシング・バースデー」
    • 親に反発する息子という役に酔っている・・・とか。なんかアルトの立ち位置って難しいんですね。
    • んー。親はさておき、アルトは女の子より「空」かぁ(苦笑)。
    • でも、アルトの一番の望みを正しく把握しているシェリルさんってさすがってことかな。
    • しかし、どうもすさまじい辺境の星へ慰問へ行くようですけど、人気ナンバーワンのアイドルといっても、けっこう厳しいんですねー。護衛って言ったって一機だけだし。そんなもんすか。
  • 第12話「ファステスト・デリバリー」
    • おぉ、ルカ坊ちゃんすげぇ!この子わりと好きなキャラのほうかも。
    • うわははは。これは初代しか知らなくても分かる!(ちょっとは『マクロス7』も見たことあるし・・・。)分かると気持ちいいな。
    • サブタイトルが、ナルホドいかしてますね。あと、脇を固めるキャラたちがそれぞれの個性を活かしていてよかった。
    • 体調不良を押して辺境の星まで来たシェリルさんのモチベーションが、“アルトに空をプレゼントしたかったから”って。くはっ!(笑)
    • ケド、おいしいところはランカに持ってかれて、これは悔しかろう。うん。
    • しかし、何だか仕組まれた陰謀だったんだけど、どっからどこまでが作戦通りで、どっからがイレギュラーだったんだか。この辺、わざと混乱させているんだろうか。
  • 第13話「メモリー・オブ・グローバル」
    • げげ、ランカちゃんが虫にさらわれちゃうとは、すごいひねりが来た!・・・しかしアイドルはトイレには行かないのではっ!(笑)
    • へー、そしてシェリルのマネージャーさんがねぇ。これはなかなか込み入ってきましたよ。(って、今までいろいろ怪しい挙動はあったけど。よく分かってなかったかも。)
    • 彼女の不審に気付くミシェルが鋭すぎる。君は何者?(笑)
    • マクロス艦内でバジュラの研究の跡。あれ、人為的に作られた生物兵器とか、そんな感じ?
    • うは。『エイリアン』な感じ。こういうのキツいなぁ。んー?ランカちゃん虫とシンクロしてるの?
    • マネージャーさんは何がやりたいんだろ?シェリルを殺してバジュラとの全面戦争を引き起こしたいような感じだったけど、星を吹き飛ばしたのはバジュラ繁殖の証拠を隠滅するためもある?
    • どっかーん!これは一体どうなるんだろう。ぜんぜん分からんけど、ちょっとわくわくしてきた。(笑)
  • 第14話「マザーズ・ララバイ」
    • あぁ。ルカ君はメガネっ子萌えだったのか。しかし相手はルカ君を半人前だと思ってるっぽい。これは非道い!傷つくなぁ。(笑)
    • これは名言「後悔するくらいなら当たって砕け散れ。」・・・「散れ」ってオイ(笑)。
    • やっぱ「全面戦争」って言ってますね。今までのは限定戦争だったのか。しかし脳もない相手と全面も限定もないだろうに・・・?“反応弾”って何だ。そんなめちゃくちゃ強力でもなかったゾ。
    • おやおや。みんな素直にもとの空間に帰ってこれたのね。もっと過激な方向を期待したけど、無難なラインへ戻るのか?
    • 「あたしはシェリルよーっ!」って飛び出していっても、すぐ落とされちゃうあたりはマクロスらしい感じでしょうか。そのわりにアルト君が気合を入れると無敵モードのスイッチが入っちゃうのは、まあ仕方ないところですが。ルカ君が無事でよかった。(って、そっちかよ!)
    • おー、なんとランカは“虫愛ずる姫君”だったのか。なるほど、そう来たか!しかし、これは微妙だなぁ。『ナウシカ』ぐらい全般にぶっ飛んでれば無理やりにでも収まりも付くけど、この作品のシチュエーションでそれをやっちゃうのか。
    • ランカちゃんの歌声で一瞬動きの緩慢になった敵に、「くたばれバジュラどもぉ!!」って主人公はけっこう非道ぃ。(笑)
    • んー?謎の新型バルキリー野郎は「ギャラクシーの生き残り」とか自称?今までけっこう敵対してきたはずだけど、あれは記録ないのかなぁ?
    • げ?マネージャーさん生きてる?

 なんだかダブルヒロインというより、アルト姫まで含めて三人ヒロインという印象があり(笑)。美形男子に感情移入できない向きは、この作品なかなか没入してみることが難しいのではなかったりしませんでしょうか。
 ランカちゃんのヒミツが明かされてきたわけだけど、もともとはシェリルさんにも何か因縁がありそうだったのに(イヤリングだけ?)。これ、二人ともに何だかってやり過ぎちゃうと、あまりに作為的なシナリオになりそうなぎりぎりのところに来ている感じ。
 しかしため過ぎたとはいえ、大して独自の視点もない、こんな程度の記事なのに、なぜだか書くのにすごく時間がかかってしまいました。どうもマクロスは苦手です!

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「マクロスFRONTEER」第7話、第8話 こりゃまた極端な対比・・・ 

[2008/06/07] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 第8話「ハイスクール・クイーン」を見て、そういえば第7話「ファースト・アタック」の感想はどうだったっけと過去記事を読み返し。あれ、書いてなかったなぁ、と。

マクロスF(フロンティア) 3

 皆さんもいろいろおっしゃってたし、面白いんだろうと思いながら、なんか私のツボじゃないんでしょうか。個人的な印象だけですけど、正直、いまいちハマりません、この作品。(ごめんなさいね。)

 キャラクターの(声優のではない)演技の抑揚の問題なのかな、と思ったりもしますが、まだよく分かりません。第7話で激しい戦闘があったことはよく覚えているんですが、メカ描写の印象は強いんですけど、キャラクターのほうは記憶に薄くて。それにしても、"近接格闘戦”はすごかったですね。

 第8話では、「あれ、シェリルって、こういうキャラクターなんだ」と感じましたが。第7話とは対照的に、徹底した学園ものでした。極端な対比!これは意図してやってるんでしょうね。
 ちゃんと期待通りにお色気シーンも来るし。そこに持ち込んでくるまでのドラマも無理のない作りで。そして何より、絵づらとしての描写自体は抑制されているからこそ、発揮されているお色気のほうも、味わいがあって大変よろしいです(笑)。

 とにかくメカ描写にせよ、お色気描写にせよ、描きたい欲望にものすごく忠実に、とても丁寧な表現がされている作品だと思います。欲望は、ここでは悪い意味で言っているのではないですが。
 あまりにそこへ、きれいに一致して向かっていってしまうと、葛藤がないのかな、とか。作者の顔が見えるというのはどういうことなのか、とか。・・・あー、相変わらずうまく言えません。

「マクロスFRONTIER」第6話までの雑駁な感想 

[2008/05/26] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(9) | TOP ▲

 長いブランクのリハビリを兼ねて(笑)、わりと評判よさげな『マクロスFRONTIER』の感想なぞ。
 ただですねー。期待通りのクオリティというか、ここまで見てきただけでも充実した作品だと思うんですけど。何話か見のがしてるせいもあるかもしれませんが、“なんだかノリきれないなぁ”という印象が正直に言うとあったりするのです。

マクロスF(フロンティア) 1 マクロスF(フロンティア) 2

 まあ、だいたいがへそ曲がりですから、「期待通り」っていうのは、私にはあまり向いていないのですね。どっちかと言えば、むしろ『コードギアス』みたいな、“何をやってくるか分からない”というような危なっかしい感じのほうが、私としては面白いと感じるほうです。
 今回のストーリーで言うと、ちょっと予想外なのは、このシリーズでは最強の武器(笑)であるはずの「歌」が全然通用しない生体兵器(ぶっちゃけ怪獣だぁー)が敵だってことで。でも、このまんまじゃ終わんないのがお約束だと思うので、どこでどうひねりを入れてきて、やっぱり歌の力は偉大だってことになるんだろうかという。そういう関心はあります。
 人間ドラマのほうでは、お約束の三角関係はとりあえずアレとして、印象が対照的なダブル歌姫というのも、まあ豪華な感じでよろしいかと。ただ古くさい言い方をしてしまうと、“マンガっぽい”設定だったりはしますけどねー。みんな、こんなのが好きなんだろうか。いや、ストーリーなぞはキャラクターの背景に過ぎないから、どうでもいいんだろうか。(それは言いすぎか。)

 いや、もう少し考えてみると、そのへんよりも、どうも素直に入っていけないのは、“そうですかー、超長距離移民船団の都市宇宙船なのですかー”という。わりと根本的なところだったりして。
 そう。まあ。少し前まではそうしたSF的に壮大な舞台設定に、ただわくわくと胸を躍らせていたんだろうなと思うんですけど。初代マクロスの設定年(2009年)も来年に迫った今は、例えば富野監督もスペースコロニーのような考え方を否定しているわけだし。・・・それが科学的に厳密に正しいのかどうかは別にして。“地球のことを見直さなくてはならない”という思いのあり方は、これはあると思うんですね。
 そうしたときに、“超長距離移民船団の都市宇宙船”なのですかー、というのはどうしても私の中にはあります。面白いんだからいいじゃないかと言われたらゴメンナサイですけど。
 ただ、主人公が、「ここには本当の空がない」って、ここまでに何度か言っていますよね。私はそこにちょびっと期待しています。四半世紀前の作品を少し翻案してリファインするだけのものじゃない部分が、ここから先、きっとどこかにあるはずだと思いたいんですね。
 何しろ、文句が多いようですが、出来は上々な作品なのは間違いないと思うので、この先の続きも楽しみに見て行きたいと思っています。(ところでこの作品は、2クールなんですかね。近ごろ流行の2クール+2クールなんですかね。)

『マクロス』の話と、技巧の優劣だけでない“雑念”の大切さ 

[2007/12/18] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(4) | TOP ▲

 今年ももう残すところ僅かで。12月というのは気ぜわしくて本当に嫌になるのですが、実生活でやらなきゃいけないことはさておき(笑)、アニメは見続けていたり。年末年始にいい感じで区切りが入るといいかな、というようなことを漠然と考えていて、長いテレビシリーズを見始める気にもあまりなれず、このところは映画をいくつか見ていたりします。
 そんな背景もあって、超個人的に、いわゆる“虫プロ系”監督の劇場映画祭りとして『銀河鉄道の夜』(杉井ギサブロー監督)と『メトロポリス』(りんたろう監督)を続けざまに見て、とても楽しかったんですが、この豪華な流れのあとだと、テレビアニメのクオリティを見るのがつらくなったりしますね。

 GyaOで『超時空要塞マクロス』の1~5話をやってた(1/25まで)ので、このあいだ見直した、劇場版の『愛・おぼえていますか』が面白かったところでもあり、さっそく見てみようとしたのですが、あー、こりゃ苦しい。マクロスは、テレビの再放送で何度かちらちらと見ているのですが、最初のほうをきちんと見たことがなかったんで、いい機会だったんです。ただちょっと、今回は間が悪かった!同じ作品を見るんでも、一期一会と言いますか、タイミングの良し悪しは印象に大きく影響してしまうので。この作品に関しては、「劇場版→TV版」という流れの視聴は、まず推奨できないといってもいいでしょうね。

超時空要塞マクロス メモリアルボックス

 久しぶりに見てみて、オープニングなんかを眺めていると、いかにもがっつりと“SF”らしくしてみたかったんだなーとしみじみ。『機動戦士ガンダム』っていうより、『宇宙戦艦ヤマト』に連なる思いというか、そんなところを強く感じました。(よりダイレクトには、私の場合、あの『宇宙空母ブルーノア』なんかを思い出したりしましたが。)
 ストーリーの組み立てを大幅にいじってある『愛・おぼえていますか』と見比べていくと、なるほどこういうふうに序盤を再構成したんだという観点も面白かったです。たしかに“人間ドラマ”のほうは、かなり優先的に残されていたんですね。Wikipediaにまとめられた放送経緯の記載なんかを読むと、制作背景のどたどたぶりにはかなり同情すべき点もあり。かなり“同人誌”的なノリで作られている作品なんですけど、ばたばたと制作事情に振り回されている中で、SFチックなものが徐々に背景に押しやられていって、人間ドラマ(っていうか恋愛劇)にフォーカスが合ってきているという部分が面白いような気がします。若いスタッフ中心で作られた作品だけに、制作過程の中でスタッフたち自身の成長もあったんではなかったかと思ったりしますね。つまり、富野監督の言う「メカではドラマは書けない!SFバカはそれで終わらせるっていうのがまちがいなの」というところだと思います。

 安彦良和さんが、マクロスはおたくが描きたいモノを描いているだけで、自分たちのようにアニメ界を変えてやろうとか、社会に一泡吹かせてやろうという「雑念」がなく、ただただ欲望をピュアに造るようになったと思う、というようなことをおっしゃっていたそうですが、“おたく”にも“おたくなりの成長”というものはあったと思えます。
(余談ですが、ストーリー初期に一条輝がリン・ミンメイに呼びかける二人称代名詞は、かなり露骨に「おたくは・・・」を連発で、「オタク」という用語の普及に一役買ったという話があるそうですが、今見てみると、その点にはたしかに猛烈な違和感を感じました。)

 ただよく考えてみると、ここで「雑念」っていうのも面白いことを言っていますよね。普通はロボットがガシガシとカッコよく変形したりとか、女の子のスカートがやたらとヒラヒラしたりとか、そっちが「雑念」じゃないですか、どう考えても。(笑)
 あるいは、“がっつりとSFらしくやってやろう”というのは、これはココロザシと言えなくもないんですが、“SFバカ”のレベルで止まってしまっては、ココロザシとして低い、と言わざるを得ないですよね。宇宙の神秘の真髄に触れるサイエンスフィクションとまで行かなくても、やりようはあるわけですが、SFらしい体裁というのは手段であっても目的ではないわけで。

 SF的な観点からの「リアルだ/リアルじゃない」という論議は多いわけなんですけど、もう少し間口を広げていくと、前にも話をさせてもらってきたように「“自然主義”的/“表現主義”的」というような話になるんだと思うのですね。で、それは手法のレベルの話であって、枝葉末節とまでは言わないけれど、精緻を極めて写実的に描かれていれば素晴らしいというのは、表現全体の中ではごく一部に限定された視点でしかない。そのわりに、昨今、かなり偏重されているような気がします。
 写実的に描くにせよ、主観的に描くにせよ、“表現したい中身”こそが本来は肝心なのですが、芸事を見る場合にすぐに技巧の優劣だけに着目しようとして、本質がどうでも良くなってしまいがちなのは、私も含め、日本人の悪癖なのではないでしょうかねー。

「視聴率が取れなきゃ、うちは。困るんですよ。いまは、劇画のブームです。手塚先生の丸っこいキャラクターは子供たちも、もう飽きちゃったんですよ。 手塚先生の原作以外だったら、話を伺いましょう。」

 虫プロの営業担当の言い訳として、否定的に書かれているとはいえ、1970年前後ぐらいの時期に、既にこういう言い方があったんだそうで、このところ「手塚キャラはニガテ」と言いまくっている私には、耳が痛かったです。(笑)
 キャラクターのデザインなどというのも“枝葉”のはずなのですが、ストーリーを通じて表現したかったテーマのようなことが、逆に「雑念」扱いになっていってしまうという本末転倒。

 「虫プロ系」といったような区分に意味があるのは、せいぜい高橋良輔監督や富野由悠季監督の世代ぐらいまでかもしれないですね、ということを言ったわけですけど、手塚治虫的なテーマの大きさや重さがノイズ扱いになってしまうんだとすれば、あんまりですよね。・・・とか何とか言いながら、私も手塚独特の説教くささは、正直これまた「ニガテ」と言ってきているわけです。
 虫プロ系とは対極にあるはずの高畑勲さんの“自然主義”的な作風なんかでも、宮崎駿という稀代の絵師を欠いてしまうと、テーマの大きさ、重さだけでは世間からは敬遠されがちなような・・・。
 だから私も“中身さえ良ければ、”と言うつもりでもなくて、内容たるテーマを裏打ちできる優秀な表現手段との出会いは大切だと思うんですね。要するに私は、手塚治虫とか高畑勲みたいな偉い人じゃなくて、単なる俗物だってことだと思います。だけど、簡単に部分だけを取り出して切り売りできるような、技巧だけで満足できるほど、マニアックにもなれないわけです。
 あるいは、高尚さと大衆性の狭間のそのあたりで苦闘し続けている人だから、私は富野監督の仕事が好きなのかもしれないですね。

「'80年代ロボットアニメ」史の個人的懐想 

[2007/11/19] | 随想系 | トラックバック(2) | コメント(3) | TOP ▲

 先日、“アニメの青春”だったんだなぁと寝ぼけた感想を書いた『愛・おぼえていますか』は1984年の作品。思い出してみると、この年、『風の谷のナウシカ』と、『ビューティフル・ドリーマー』はしっかりと劇場で見ました。けれど、実はこのマクロスの劇場版は、当時見に行っていなくて、これを見たのはずっと後年になってから、テレビで放映されたもので、はじめて見たのでした。
 アニメブームの真っ只中で、自分も若き日を過ごしてきたんだけど、部活だ受験だで忙しくなってしまい、さすがにテレビアニメをフォローしきれなくなっていたらしく、『マクロス』にはほとんど関心がなかったんだろうと思います。その前の年、1983年には『宇宙戦艦ヤマト 完結篇』があったりして、“マニアック”なアニメ視聴というものに、かなり嫌気がさしはじめていた時期でもなかったかとも思い出されます。(あの『ヤマト』の完結篇というのは、私にとってはそういう作品でした。)

宇宙戦艦ヤマト~完結編~【劇場版】

 1982年にイデオンの『接触篇/発動篇』を見て、もうこれ以上の作品はないんじゃないかというぐらいの衝撃を受けていたこともあるような気がします。『ビューティフル・ドリーマー』は誰か友だちが強くプッシュしてくれて、半信半疑で見に行って、新しい可能性を感じ、とても驚いたことを覚えています。
 この頃、私は高校進学と同じ県内での転居が重なって、中学校のときの親友たちとは離れ離れになっていたのですが、個人的にアニメ映画を見に行くというのは、これら旧友たちとの親交を暖める特別なイベントで、『ナウシカ』や『ラピュタ』などの宮崎アニメ黄金期の名作も、彼らに手を引っぱられるようにして見に行っていたのでした。あのみんなには今、だからとても感謝をしています。

カラオケにいって『装甲騎兵モスピーダ』の「失われた伝説をもとめて」を歌ったことがある。第1話の映像も流れてカラオケは例の如く大盛り上り。ところがそこでその場にたまたま参加した、若い男子が無邪気にも発した一言に、歌をガナっていた一同、ちょっと頭を抱えてしまったのだった。
 その彼の一言とは――。
「で、コレおもしろかったんスか?」
 ……シンプルだけれど、実に難しい質問だ。

藤津亮太の只今徐行運転中:
ロボットアニメは青春時代の夢を見るか?

 藤津さんともあろう人が、「装甲騎兵」じゃなくて、「機甲創世記」なんだけど(笑)、今、うだうだとGyaOで『モスピーダ』を見ていて、この文章を久しぶりに読み返すと、思わずいい加減に間違っちゃう部分も含めて、その気分は実によく分かると言うか。

 『宇宙戦艦ヤマト』が放送開始された'74年から『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』が公開された'84年までの10年間は、今思うと「アニメの青春時代」だった。数ヶ月から半年のスパンで“事件”が次々と起こり、アニメの可能性がどんどん拡大された。

 まさに私の個人的アニメブームは、藤津さんの指摘した「アニメの青春時代」そのものだったんだなぁと、思わずうるうるしてしまいます。
 『愛・おぼえていますか』を見直してみたいと私が思ったのは、『モスピーダ』を見ていたら、どっかで頭のチャンネルが、それを求めたような気がしてなりません。何ていっても『モスピーダ』は、「ガンダム・ブームの余波で生まれたあだ花」に違いありません。「あだ花ではあっても、ブームの最中の熱気とカオスが籠もっていて、そこがねじれた魅力になっている」と言うのもそのとおりで、だから私は当時見たこともなかった『モスピーダ』を今はじめて見ても、その時代を知っているから、“懐かしい”気がするのかもしれません。

機甲創世記モスピーダ Complete BOX

 今日見たのは「第13話 砂嵐プレイバック」、「第14話 ミントの結婚行進曲」、第15話「 仲間割れのバラード」という、このあたりなんですけど、やっぱり好き放題に作っているなぁと、感心するやらあきれるやら。第13話は(“制作都合の総集編”的意味合いもあるのか)いきなり意味不明にファンタジーな幻想世界へずぶずぶ入っていっちゃうし。第14話の原住民の集落は、既視感があると思ったら、まんま、その年に公開されたばかりの『スター・ウォーズ ジェダイの復讐』の“惑星エンドア”だし。第15話では、このメンバーでの旅に、各自がどんな目的意識を持って加わっているのかというところを描こうとしていて、おおっと思ったんですけど結局グダグダだし、男女その他の人間関係もカオスにその場次第だし(笑)。
 『マクロス』のアイドルの描写もそうだったけど、“自分が見たいと思うものを作るのに、何をためらう理由がある?”という信念なんでしょうかね。まあ、そうやってコアな固定ファン向けに閉じた表現になっていってしまうんでしょうけど。そうやって今に続いていくのかもしれないんですけど。

 モスピーダの主題歌「失われた伝説をもとめて」は、藤津さんが思わず歌ってみたくなるのも分かる印象深い名曲で、私も半分はこのオープニングを見るために、この作品を見ているようなところがあります。

そこには、ロボットアニメというジャンクなジャンル作品が、一般的なテーマを語りうるメディアたりえるという夢があった。今思えば、みんなウブだった。

・・・というのが一番うまく現れているのが、この『モスピーダ』ではオープニングでしかないというのが、つらいところではあるのですが。(無理とは思いながら、それでももしかしたら、“あの時代”を知らない世代にも訴える部分があるのではないかと夢見てしまう、そうした心性は否定し難い。)
 ただココロザシは持ちながら、モスピーダは粗製濫造の哀しさでもあるのだろうな、と感じてしまう部分があり。持てる能力の限りを注ぎ込んだのであろう劇場版『マクロス』の完成度と、この『モスピーダ』と、実は背中合わせの部分もあるのだろうなと、時代の熱気とカオスを知っている世代としては今さらながらに味わいなおしてみたりしているのでありました。

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