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小説 『装甲騎兵ボトムズ』 (高橋良輔) この物語はやっぱり面白い! 

[2009/06/05] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(5) | TOP ▲

 相変わらずネットでのお買い物があまり得意でないもので、例えば本だったら大概のものはブックオフで探すと、こういう感じの旧型人間であります。
 で、「えー、まだ『リーンの翼』も読んでなかったんですかー」みたいな恥ずかしいこともあるんですが(笑)、リアル本屋さんは探してるつもりじゃなかったものがつい目にとまり、衝動買いしちゃったりするのがいいところでもあり、悪いところでもあり。そんなわけで、先日入手したのがこれ、『装甲騎兵ボトムズ』の高橋良輔監督によるノベライズです。

装甲騎兵ボトムズ〈1〉ウド編 (角川スニーカー文庫) 装甲騎兵ボトムズ〈2〉クメン編 (角川スニーカー文庫) 装甲騎兵ボトムズ〈3〉サンサ編 (角川スニーカー文庫) 装甲騎兵ボトムズ〈4〉クエント編 (角川文庫―角川スニーカー文庫)

 元祖ボトムズのストーリーを丁寧になぞったノベライズでした。昔からあったのを私が知らなかっただけかと思ったんですけど、4巻の巻末にある高橋監督のあとがきを読むと、2002~03年にかけて書かれたものってことでいいのかな?
 ご自身で「テレビの放映後20年経ってのノベライズなど寡聞にして聞きません」と書いておられるとおりで、ちょっと意外な感じがしますね。

 ついつい富野監督の小説と比べてしまうのが私のサガですが、アニメ版を小説版にしたからと言って、あまり改変を加えていないというのが、高橋監督らしいところでしょうか。もっとも、富野監督にしてもアニメのすぐあとで執筆した小説版の『機動戦士ガンダム』では「えぇーっ」てぐらいストーリーを変更したわけですが、ずっと後年になって書いた『密会 アムロとララァ』では、だいぶアニメの物語に沿った内容になっていたという印象があるので、放映から長く間があくと、かえってそういうふうに馴染むというか何というか、そんなものなのかもしれません。

 そんな感じで文章としても、富野監督よりもずっと読みやすい、きれいな小説にまとまっていたと思います。もちろん富野監督のは、あの毒気が味なんですけど、少々読者を選ぶと言わざるを得ない部分があります。この高橋監督の小説版『ボトムズ』は、誰が読んでも(アニメ版のファンだった読者であれば)抵抗感なく楽しめる、素直な内容だったんじゃないかなぁ。

 アニメのノベライズは映像で表現された部分を文字にしてしまうことで、解釈が加わってしまうというところがあって、特に後半の「サンサ編」から「クエント編」あたりの「んぐぐぐぐ・・・?」と思いながら映像を眺めていた部分もすらすらっと読めてしまうのは、よいところでもあり、ちょっと食い足りないところでもあり。まあオチは分かっていますから、普通はこういうもんでしょうね。(そのへんが富野監督との違いかな?)
 とにかく真面目な高橋監督は、あとがきで、ワイズマンがどうしてキリコに欺かれたのかという部分をこの小説版で補完しちゃいました、ということに義理堅く触れています。ああ、そういえばなるほど。言われなければ、そんなに違和感もなかった感じでしたけど。そこの「どうして」に関心のある方は、ぜひ読んでみてください。

 私はこの作品は、キリコとフィアナのラブストーリーとして好きなので、「サンサ編」で「私を置いていって」というフィアナに、「冗談はなしだ。俺はくそ真面目な男だ」というキリコのシーンが一番好きですけどね。(笑)
 そんな風に考えていくと、アニメ版で魅力的だったサイドキャラクター(私の好きなのは「クエント編」でのキリコとシャッコとの絡みとかですが・・・)の描写とかも、あっさりと読めすぎてコクが足りないかなぁ?・・・これを読むと、アニメをもう一度見たくなります。それはいいことなのか悪いことなのか。あと、アニメ版を見たことがない人がこれを読んでも面白いかどうかも、私にはよく分かりません。

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「装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ」第11話 特別配信だそうです 

[2008/08/24] | 感想系 | トラックバック(1) | コメント(3) | TOP ▲

 『装甲騎兵ボトムズ』の12年ぶりの新作『ペールゼン・ファイルズ』のOVAが、いよいよ完結ということで、BIGROBEストリームでは、何故かラス前の「第11話」を特別公開しています。(9/1まで)
 しかも劇場公開決定なんだそうで。“「ペールゼン・ファイルズ」がなんと劇場版として公開されることが決定!” って言い方は、再編集された劇場版が制作されるって意味ですよね、たぶん。

装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ 限定版 6<最終巻>

 このボトムズは、第一作の、特にラストの印象が強烈で、しかもフィアナ様ぞっこんLOVEなので(笑)、どうもスピンオフ作品には私は関心が薄いのです。高橋良輔監督には申し訳ないんですけどねー。
 ただ、子犬さんがずっと感想を書いておられたので、「ほほぉ、『ペールゼン・ファイル』か、へぇー♪」という感じでした。で、無料と聞いては、これは見なければ!(笑)

 で、見るまでは“なんでラス前?”と思ってたんですけど、たしかにわりと親切に、ここまでの展開を知らなくても物語に入れるような作られ方になってました。ここまでの伏線を回収する回だったのかな?そこはよく分かりませんけど。
 ストーリー的には、『ボトムズ』終盤の物語のキモになってきた“異能生存体”が重要なテーマになっているようです。ただ子犬さんも違和感を表明しておられましたけど、物語時間では、いちおう元祖第一作の前史であるはずの、この作品で、その辺の言葉がぽんぽん出てきちゃうというのは、少し「?」なところがありますね。
 ガンダムでいうと“ニュータイプ”みたいな位置を占めるキーワードなんですけど、あまり安売りしちゃいけないと思うんだ・・・。そのへんはまあ、物語を駆動するためのギミックに過ぎなくて、硝煙の臭い漂う男くさいドラマが大事なんでしょうけどね。

 あと評判の微妙なCGでのメカの動きなんですけど、この回に関して個人的には、すごく速い動きと、すばやいカットの切り替えで、本編では、あまり気になりませんでした。・・・これって、作画レベルが正直微妙だった元祖『ボトムズ』と同じ方法論のような気もしますけどね。(笑)
 どなたかが以前に、富野アニメに関して、あとコンマ何秒見せられたら作画の悪さで「ウェッ」となる直前でカットを切り替えていく、編集テクニックの妙(笑)というようなことをおっしゃってましたけど、アレです、アレ。その意味では、素晴らしくよく出来ている。
 いや、オープニングでゆっくり見せられるじゃないですか。あれがつらいなぁと。どうもなんだか、『FLAG』よりもレベルは後退してるような気がしてなりませんでした。でも本編の中で、よく動いている絵づらでいうと、「かっけぇー!」と思うカットはいくつもありました。そんな感じです。

 ミリタリーテイストでボトムズが好きな人には、いい作品なのかもしれません。個人的には、フィアナ様のいないボトムズなんてなぁ・・・と私は思いますけど。(←結局そこかよ。)

『装甲騎兵ボトムズ』 6~10話 仲間か、なにやら照れくさい・・・  

[2007/12/26] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 ハイ。神は死にましたよ、神は!(・・・のっけから罰当たりな。 笑)

 ってわけでクリスマスにふさわしく、聖夜に引き続いて地獄の底から神の不在を問う(笑)、『装甲騎兵ボトムズ』を見ているというわけです。(BIGROBEさん、無料配信ありがとう。)

装甲騎兵 ボトムズ VOL.2 装甲騎兵 ボトムズ VOL.3

  1. 素体
  2. 襲撃
  3. 取引
  4. 救出
  5. レッド・ショルダー

 昨夜見た序盤の五話に比べると、少しシナリオは緩くなってきた感じでしょうか。そりゃ、あのシビアいっぽうのペースでテレビシリーズの長丁場は続きませんって。
 その代わりに、ここで物語を支えはじめているのは、キリコと仲間たちの交情でしょう。ただ、『ボトムズ』が曲者なのは、仲間たちも無類の善人でもなければ、キリコも最初から仲間たちを信じているわけではなくて、いろんな思惑や成り行きや、いくつかの偶然の中で、互いに触れ合ううちに、いつの間にか情が通いはじめてしまうという。そこをちょっと無愛想なまでに淡々と描いていってるところじゃないかと思います。

 治安警察に執拗につけ狙われるわけを、キリコはなかなか仲間たちに打ち明けず、問い詰められても下手なおとぼけを続けています。自分が軍の最高機密に触れてしまったらしいことを、彼らに話してもしかたがない。それだけかもしれないし、意識下では、秘密の所在を知れば、あるいは彼らの身辺にも危険が及ぶかもしれない、と思ってるのかもしれない。結局10話でついに打ち明けるのは、彼らに自分と同行することを断念させるためでした。

 面白いのは、ゴウト、バニラ、ココナ、彼らみな、最初から知り合いではあっても強い友情で結ばれた仲間なんかじゃないんだけど、無愛想なトラブルメーカーのキリコと出会ったことで、三人の間にも絆が生まれていくんですよね。
 それから例えば、“何か特別なイベントでフラグが立って友情が・・・”みたいな単純さでは、まったくないのも良いです。三人の中で一番あからさまにキリコに惚れていくのはココナなんですけど、これにしたって、何かピンチをキリコに救われてほろっとしたりとか、そういうのは無し。暴走族に拉致されたときだって、自分ひとりの才覚で脱出してくるようなタフな子なんだな。(どっちかと言えば、毎度みんなに助けられてるのはキリコのほうだったり。)

 バニラがキリコを助けるのには、いちおう貴重な“ジジリュウム”の保管庫を狙うときの相棒にしたい、という彼なりの目論見があるんですけど、そのわりにキリコ抜きでも実行しちゃったりするし、結局そんなに思惑ずくだけで行動してるわけでもなさそうですよね。
 この5話分の中で、最高のエンターテイメントだったのは、ウドの街に、せっかくせしめた莫大な金貨を雨と降らせて、捕らわれたキリコの救出に成功する場面でした。半分自棄で、群がる街の人々の上に金貨をばら撒く彼らの姿の可笑しいこと!地獄のような街で世知辛く生きてはいるけれど、結局そんなに打算に縛られているんじゃなくて、そのときそのときの自分の気分にとても自由であることへと吹っ切れていっちゃう。無理に言葉にすると、そんな感じでしょうか。すっごいカタルシス!

 そしてね、そういう一部始終をクールな目でじっと見つめている“素体”ことフィアナがまたいいんだ、これが。彼女の視点は視聴者の目線と同じかもしれないです。そして冷徹なパーフェクトソルジャーのはずの彼女の心が、やがて少しずつ動いていく、それは理屈としては覚醒前に意識化にキリコの存在が刷り込まれたためということになっているけど、こうやって見ていると、そういう理屈だけじゃないなぁと。
 ここまでチラ出しされてきた彼女は、第6話でキリコとしっかり再会するんですけど、またしてもオールヌードのシャワーシーンという大サービス(笑)。フィアナ大好きっ子としては、“ここはもっと神々しいまでの作画であれば”と一瞬、頭をよぎったりもしちゃうんですが、ここだけそうやって浮いちゃってもダメなんですよね。

 『ボトムズ』の最初のほうを、きっちり続けて見たのって、実はこれがはじめてだったような気がします。昨年末にGyaOで放映してたときも、最初のほうは見逃しちゃったんですよね。今見ると、感想メモの最初はちょうど、11話、12話。続きはほとんど見たはずなのに、全部をまめに感想を書いてなかったのは惜しかったなぁ。どうして次の感想が31、32話まで飛ぶんだろう。「昔のアニメは渋かった」では35、36話。「何しろボトムズはいい!」では39、40話あたりの感想を書いてます。あと、なぜかツボに入って42話にしびれたあとは、51話、最終話まで感想が飛んでいる~?

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(2005/02/24)
郷田ほづみ、弥永和子 他

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 はぁ~。DVDボックスなど、私には到底手が出る値段ではないのですが、『ボトムズ』は本当にいいですよねー。フィアナを愛すあまり、私は続編は「・・・。」なのですが、続編が出るおかげで元祖『ボトムズ』がネットで配信されたりするという側面もありましょうから感謝いたしております。新作も、いつか機会がありましたら、ゼヒ見てみたいと思っております。

装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ  限定版 (1) 装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ 限定版 (2) 装甲騎兵ボトムズ ペールゼン・ファイルズ 限定版 3

『装甲騎兵ボトムズ』 1~5話 キリコと地獄に付き合ってもらう・・・ 

[2007/12/25] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(6) | TOP ▲

 クリスマスイブですねー。皆さん、お元気ですか(・・・。)

 そんな聖夜にふさわしく(笑)、今宵、私が満喫していたのは『装甲騎兵ボトムズ』!
 BIGROBEストリームで1~10話を放映中です(1/2まで)。振り返ってみれば、去年のクリスマス近辺もGyaOで『ボトムズ』を見ていたなぁ。

「何しろボトムズはいい!」というだけの話 (2006/12/23)
『ボトムズ』第42話「砂漠」 ~ こりゃぁ痺れる!(2006/12/26)

装甲騎兵 ボトムズ VOL.1装甲騎兵 ボトムズ VOL.1
(2006/10/27)
郷田ほづみ、弥永和子 他

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  1. 終戦
  2. ウド
  3. 出会い
  4. バトリング

 最近のいろんな作品と比べてみても、この作品の序盤のシナリオって隙もなく、ムダもない感じで、研ぎ澄まされた出来に思わず唸りますね。作画とは違う意味ですけど、演出も非常に細やか。制動時の逆噴射の表現とか、当時として画期的に頑張っちゃいるけど、SF的な考証の完璧さとまで言うのには、(射撃の反動とか、)そりゃたしかに無理はあります。でも例えば、追っ手を振り切ってキリコがエレベーターに飛び込むと、ドアが閉まるまでの何秒か、追っ手の放った銃弾の跳弾がエレベーターの中を跳ね回ってる・・・みたいな、すごく細かいこだわりとか。こんなの普通はやらないよ?(笑)
 まあ、そんな重箱の隅をつつくような話ばかりじゃなくて、ほんとに物語を魅せるための演出!いい感じの緊迫感があって、上手にいえませんが、アニメというよりも、ものすごく上質な映画みたいな感じ。
 声優さんの掛け持ちも多く、ちょい役の声ではゴウト役の富田耕生さんが随所で大活躍。低予算の作品だったんだろうなぁとも感じますけどね。曲数も乏しいBGMが、それでも実に効果的に使われているんですよねー。

 1話だと、キリコ役の声優さんの声がまだ上ずり気味で安定しないんだけど、それも演出のうちかなぁ。何しろ、みんな同じATに乗ってるし、顔にゴーグルまでしていたら、聞き慣れた声でないとキリコがどれなのか、一瞬わからなかったりするんですね。これ、当時はじめて見せられたアニメファンは、さぞ驚いただろうなぁ。それにまあ、これだけ拷問されたり、袋叩きにされたり、ボコボコに痛めつけられる主人公も、なかなかおりますまい。(笑)

 奪われた“素体”奪回のために、ロッチナ大尉はキリコをわざと泳がせています。序盤のほうではキリコの生命に危機が迫ると秘密部隊が助けていたりしますけど、この描写はウド編でも最初のほうにしか出てきませんね。本人も知らないところで衛星から監視されている、みたいなサスペンスの面白さもあったんだろうけど、そうじゃないほうのドラマ作りが面白くなってきたんでしょう。

 ゴウト、ココナ、バニラ。これらの仲間たちとのなれ初めもいいですよねぇ。キリコっていうのは、やっぱり戦争のことしか知らない純粋な世間知らずで、それが彼らにはおのずと分かっちゃうから、なんだかんだと言いながらも、ほっとけなかったのか。そのへんは観客の言葉にならない感じ方と一致することで、かろうじて成立する一線のような気もします。
 どうでもいいですが、バニラの第一声は「いやぁ、参った参った隣の神社だよ~。」・・・これって千葉繁さん得意のアドリブ混じりですかねぇ?それと、4話でゴウトがキリコにサインさせようとしていたバトリングの契約書。キリコが読もうかとしたら大慌てでしまいこみましたけど、あれ、よっぽどひどい契約内容だったんですかねぇ?(笑)

 第5話では、幻覚剤による拷問というシチュエーションを借りながら、「神なら死んだはずだ」とキリコに言わせてます。先々を考えると深いなぁ~。また言わせ方が渋い!
 “ファンタム・レディ”ことフィアナは、ここまではミステリアスな顔見せだけで、そのチョロ出し具合がまた上手いもんですよね。
 ハードボイルドな展開なんだけど、でもエンターテイメントになっているのは、もちろんメカの魅力も大きいんだけど、それより何より、ひと癖もふた癖もある声優たちに、いい芝居をやらせている、そこがすごいんじゃないかなぁと。

 「来週もキリコと地獄に付き合ってもらう・・・」は1話最後の予告編のラストワードだったんですけど、これで定型にしても良さそうなものを、毎回、予告編はこれを上回る名セリフを次々と連発で。
 さて、「神は死んだ」ところで、クリスマスなんてどこ吹く風じゃ。明日は6話~10話に付き合ってもらう!(笑)

装甲騎兵ボトムズ 最終回! 

[2007/02/01] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

何しろボトムズはいい!」という話は前に書きました(笑)。でも、『ボトムズ』をこのぐらい通してみたのは、実は初めてだったりするんですよね。

 

 第51話「修羅」。まさに修羅の道を突き進むキリコ。雲霞の如き敵ATの群れに真っ向から突っ込んでいく。組織の部下たちを冷徹に捨て駒にして、ようやくワイズマンの眠る場所へたどり着く。ひそかにこれに続き、影からキリコを助けるフィアナ。そしてもう一人、キリコが真にワイズマンの後継者にふさわしいのか見届けたいと執念の追跡を続けるロッチナ。

 ワイズマンの力を手にして、銀河の支配者となるとうそぶくキリコ。最終話「流星」。あえぎながらも追いすがる敵を振り払い、振り払い、ついに最後には、行く手を阻もうとしたフィアナのATさえをも撃破して、ひたすらワイズマンの座を目指して上り詰めようとする。そしてついにキリコのATも力尽き、最後は自分の足で延々と昇 り続ける・・・。

 やっぱりオチが分かっていても、「うわぁ、どうなるんだろう」と思いますね(笑)。完全に力尽きて、もう昇れないふりをして、ワイズマンに手助けさせたのは、あれはワイズマンの力の及ぶ限界を見極めるための策だったんでしょうか。いよいよ後は立ち上がるだけで“神の力”が継承されるという瞬間に、きらっと目 を輝やかせて、銃を放つキリコ!分かっているのに、「ええっ、やっちゃったよ!?」ってついつい思ってしまうのでした。(笑)

 ワイズマンの心臓部のコンピュータの回路を次々と止めていく描写は、名作『2001年宇宙の旅』の完全なパクリですけど、まあそれでもいいじゃな いかと思えます。物理的な力を及ぼすことのできないワイズマンは、言葉でキリコに圧迫を。これまでキリコのたどってきた道は全部自分が仕組んだこと、たとえばフィアナとの出会いもそうだ、と言われたのには、さすがのキリコも動揺。「希望のなかったお前に、初めて生きる意味が生まれ、愛とともに力と支配に対する認識が芽生えた。私はまずお前を、当たり前の人間にしてやったのだ」・・・うーん、そうなのかぁ。なかなか考えさせられますね。
 世の中、何もかも仕組まれ、規定されているように感じるときがあります。でも、完全にプログラムされていてさえも、人間というものはその引かれたレールの通 りに進むとは限らない。そして、『2001年』でもそうだったけど、全能とも思えるような力を斥けたところにこそ、人間の真の再生の可能性はあるのかもし れない。

 「罪を超越できるのは、完全な支配だ。」「たとえ殺しても神は罪を犯したことにはならない、神だけは!」しかしワイズマンも神ではなく、しょせんは人の意思だってことなのかなぁ。
 だけど「お前は神を殺した!」と非難するロッチナも、実にいい味を出してました。そしてワイズマンさえ欺いたキリコの真意を理解していたフィアナもね。スー パーマン的な能力でも、努力と根性とかでもなく、いかにもキリコらしい(ちょっと姑息っぽい)アイデアで神に対抗したのは、考えてみると実に面白い。すごく神秘的なテーマを扱うのに、ファンタジックな映像に頼らないで、あくまでミステリアスな、それでいて人間味のあるシナリオの力で押し切ったところはすごいと思いました。

 「何故用意された支配者の座を受け取らなかったのか。」ここは難しいところですよねぇ。
 でもキリコは“当たり前の人間”ということを知ってしまったから、“神”ではなく“人間”として生きたいと思ったんだろうなぁ。

 クエント星大爆発の後、いきなり「一年後」のエピローグの描写は「何が始まったんだ?」という感じで、なかなか驚きますね(笑)。個人的には、ここにル・シャッコも仲間としていてくれるのが、嬉しいなぁ。
 「神は死んでも、戦争は起きた。戦争がある限り、利用される。俺たちは、この時代に生きるべきじゃないんだ。」「あると思うのか、戦争のない世の中が?」・・・これだけ“戦争”を描いてきた作品の最後で、この問いかけが持つ意味は重いなぁ。(続編なんて、作らないほうが良かったのになぁ・・・。)

 永遠の別れなのに、湿っぽくなりすぎず、意外とあっさり。コールドスリープとはいえカプセルを虚空に投げ出すというのは自死同然とさえ言えるのに、「あの二人、幸せになるといいねぇ」というのは、作品を見守ってきた視聴者の感覚のセリフですね。

 「ココナ、ゴート、バニラ、シャッコ、みんなに会えてよかった。そして・・・フィアナ。」

 うわ、泣けたわ。アダムとイヴかぁ・・・。


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