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アニメ産業は先細りの一途か? - あえて言おう?“ニッチ上等!” 

[2008/06/30] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 例によってコメントするつもりが長くなってしまったのでトラバします。

 タツノコは過去の遺産で食っていこうとしないで、新たに企画を起こす能力はもうないんだろうか?

 何にせよタツノコがこのまま零落していってしまうのは忍びないので、金を稼いだらオリジナルの企画たてて欲しい。

 昔のタツノコ作品のファンとして、涙が出そうになるお話。

 また、今回のパネルでは、この新しいキャシャーンの物語の一部も公開されている。そのプロローグでは、なんとキャシャーンはブライキング・ボスの部下で、謎の少女ルナを殺害するところから始まるものになっている。また、キャシャーンのイメージも、大きな目が特徴になっており従来と異なった印象を感じさせる。

 元記事のほう。“な、な、な・・・なんだってぇー!”と思わずのけぞりますけど、「アニメ制作はマッドハウス」と言われると、それなら期待もしていいだろうかと。正直、今のタツノコが自分のところだけでやるという話だったら、失礼ながら不安でいっぱいだったかもしれません。

 これを読んで、お隣のマウンテンサイクル(2008/6/26付)で先日発掘されていた昔の記事のことを思い出しました。

 ガンダムは年間500億円をコンスタントに稼ぐニッチ産業だということ。ユーザーのパイがそんなに大きくない中で、どれだけ深掘りできるか?という商売らしい。

 ガンダムブランドを消費するだけのビジネスなど無駄以外の何者でもない。
 しかし、ビジネスサイドからすると売れるから売る、ぶらさがれるからぶら下がるのは当たり前の判断であり、結局、ガンダムブランドを無駄に消費しているのは、それを買う側のファンに過ぎない。

 だからこそ、ガンダムだから何でも良いというのではなく、本当にガンダムというブランドを生かそうとしている商品のみを購入するべきだ。消費者が正しい目を持って選択することのみが、本当にブランディングを考える商品を生み出すきっかけになる。

 「どれだけ深堀りできるか?」という商売なのは、タツノコブランドも同じだと思う。むしろ、汲めるだけのリソースがそこに眠っている(「ビジネスサイドからすると売れるから売る、ぶらさがれるからぶら下がるのは当たり前の判断」)と思ってくれる人が、まだある程度はいるらしいことを喜ぶべきなのかもしれません。(かつてのヒット作が、いまや・・・という嘆きはありますがね。)

 しかしかなり手堅いはずのガンダムですらニッチ市場と呼ばれるんでは、アニメビジネス全体が「どれだけ深堀りできるか?」という商売と言わねばならないんでしょうか。(もっとも、日本テレビと組んだスタジオジブリだけは別格か・・・?)

 しかしOVA作品は、ビデオやLDを買うか借りるかしないと見ることはできなかった。
 ところが今では、そんな作品もでわざわざ無料でテレビ放送してくれる。『コードギアス』なんていう徹底してオタク向けにチューニングされながらも高い質を維持している作品が無料で全国放送されているなんて、本来なら夢のようなことだ。

 こういう見方もありました。当たり前のようですが、「ガンダムだから何でも良い」、「タツノコ原作だから何でも・・・」、「アニメだから何でも・・・」というのを注意深く退け、何を見るのか、何を買うのか、しっかりと選ぶことが大切ですね。
 もしかすると作り手も、そういう切磋琢磨する環境にさらされているという意味では、“ニッチ上等!”な側面もあるのかもしれません。(ジブリブランドだから安泰という環境よりも、老舗のタツノコであっても、今、勢いのあるマッドハウスと組む、といったような。)ただし、富野監督がよく言っておられるように、隙間産業だけに安住する志の低さでは、業界全体が先細りになっていくだけなのはもちろんですが!

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もし吉田竜夫さんが若くして亡くなっていなければ、・・・ 

[2008/02/05] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(5) | TOP ▲

 『ガッチャマン』、『キャシャーン』をはじめとして、このところすっかり昔(1970年代)のタツノコ作品にはまっておりますが、EMITというサイトの“タツノコ『三悪志』”という特集を拝見して、1975年の『タイムボカン』にはじまり、1983年の『イタダキマン』に終わる(その後、2000年に『怪盗きらめきマン』が制作)タイムボカンシリーズを通観していくと、ある時期以降のタツノコヒストリーにもなり得るというのを知りました。

この『ヤッターマン』が始まって人気も上々の半年後、タツノコプロの社長・吉田竜夫さんが入院する。肝臓癌だった。手の施しようもなく容態は悪化、1977年9月5日、お亡くなりになる。45歳。

ヤッターマン♪天才ドロンボー

 ヤッターマンの視聴率は26.5%ですと。今じゃあり得ねー。(笑)
 しかし、タツノコ創業者の吉田竜夫さんが40代半ばという若さでお亡くなりになっていたとは存じませんでした。

【オシイ星人】かの押井守さんがモデルのクラゲ型宇宙人。♪オ~シイ オ~シイ オ~シイナ~ モウチョット

ゼンダマン♪これまたアクダマン

 へぇー、そうだったんだ!押井さんは竜夫さんの亡くなる'77年にタツノコプロ入社、'80年、スタジオぴえろに移籍なのですね。

タツノコプロには企画から撮影まで社内のみで完結する一貫した制作体制が整っていた。かつては東映動画や虫プロダクション(旧社)も同様の体制を保持していたが、これらが合理化や倒産により消滅したあともタツノコのみは長くこの体制を維持した。押井守は演出家の修業の上でそれが役立ったことを語っている。

竜の子プロダクション - Wikipedia

 吉田竜夫さんのいたときと亡くなってからでは雰囲気はがらりと変わる時期なのではなかったかと思いますが、竜夫さんの“遺産”というべきものがあったっていう感じでしょうかね。

『ゼンダマン』は一見好調にギャグを飛ばし、玩具の売れ行きも視聴率もそれなりなように見えた。 しかしタツノコプロ内部では、さまざまな嵐が吹き荒れていた時期だった。
吉田竜夫さんが亡くなられて、次々とタツノコプロを去る人が出てきたのである。 鳥海尽三さんは、自分でプロダクション(鳳工房)を作って独立。布川郁司さんも同様に、スタジオぴえろを設立。 鳥海永行さん、高橋資裕さん、安納正美さんらはそちらで演出家として活躍していくことになる。陶山智さん、押井守さん、西久保瑞穂さん、そして…笹川ひろしさん。
笹川ひろしさんには、同郷の平田昭吾さんという友人がいる。 彼が、西崎義展プロデューサーに頼まれ、笹川ひろしさんに移籍の話を持ってきたのである。

オタスケマン♪アーウーオジャママン

 ひぇ~、こんなところにまで西崎Pが関わってくるとは。アニメ史の影の怪人っていうような気がします。

世は巨大ロボット・ブーム。 ついに避けて通れないスポンサーの鶴の一声がかかった。 「巨大ロボットをボカンシリーズに」
ただかっこよく戦うだけのロボットでは、ボカンシリーズにそぐわない。 笹川ひろしさんは苦悩する。 大河原邦男さんとのやり取りの末、「大巨神」という人型ロボットと「大天馬」という 馬型ロボット、そのふたつの合体「大馬神」というすばらしいメカが完成。
気の良い性格を与えられたこの巨大ロボットは、異彩を放って魅力的であった。 「罪を憎んで人を憎まず」と三悪を許してはみるものの、ミレンジョが「大巨神の偏平足」などと悪口を言うのを聞きつけて、「大激怒!」と鉄槌を下す。後半になるに従って、おちゃめな性格に拍車がかかった。

ヤットデタマン♪ミレンジョ・ララバイ

 ヤットデタマンは1981年の作品。先日、「そういえば、あの『タイムボカン』シリーズにも巨大ロボットが出てきていたなぁ」と書いた元ネタはここだったのでした。

困った時のメカマン・大河原。今回もみごとな変型をするメイン・メカを作り上げた。タイムリース社専用運搬メカ・トッキュウザウルスは、ステゴサウルスのような恐竜型。非常時には、イッパツマンの乗る弾丸ヘッド号と合体して巨大ロボット『逆転王』となる。
(中略)
ところがこの頃から玩具メーカーの商戦が激化。次々と新商品が求められ、このすばらしい逆転王の命はわずか2クールちょっと。第30話『シリーズ初!悪が勝つ』で大破の憂き目にあう。 新しいメカは『三冠王』、トッキュウマンモスが変型する。飾りが多くなって重そうになった…強そうとも言える。

逆転イッパツマン♪シビビーン・ラプソディー

 すみません。どうしても個人的関心がロボットのほうへ行っちゃってますが。(笑)

1983年7月、任天堂の家庭用ビデオゲーム機「ファミリーコンピュータ」の登場で、オモチャ業界に大きな構造転換が訪れた。そればかりか、TVの画面がゲーム機に占領される時代を迎え、TV番組とゲームが視聴率を争うことになった。 時を同じくして、巨大ロボットアニメの人気も急激に下降線をたどった。

イタダキマン♪どびびぃ~んセレナーデ

 『イタダキマン』の打ち切り話は、なかなか泣けます。ファミコン+塾通い!思い当たるなぁ、たしかに。

 まぁ、タツノコの黄金時代はやっぱり吉田竜夫さんの生きておられた時代かな、と思われてならんのですが、ここ出身の才能というのは多数いたわけで、カリスマ的存在だったらしい竜夫さんが、もし、もう少し長生きをしておられたら、その後のアニメ史もきっと違っていたんじゃないかなぁと思ったりしたのでした。

昔の『ヤッターマン』の微妙な思い出 

[2008/01/17] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 GyaOでアニメばかり見てて、恥ずかしいんですけど。(これでも、一応はね。)いろいろやるもんだから、ついつい見ちゃっています。
 それで、ふっと見たら、『ヤッターマン』をやるって書いてあったから、そう言えばリメイクが地上波でオンエアされるって話だったなと思い出し、そうかネット配信してくれるんなら、これは見なければならないかと(いや、別にそんなことはないんですが、)思っておりましたら。・・・なんだなんだ。これは昔のヤッターマンではないか!(気付くのが遅い! 苦笑)

ヤッターマン DVD-BOX1 ヤッターマン DVD-BOX 2 ヤッターマン DVD-BOX3

 ついつい見てしまいました。「ヤッターマン - Wikipedia」を見ると、平均視聴率で20%超って、すっごい!土曜の6時半の枠でしたよね。私は前作の『タイムボカン』がわりと好きで、そう言えば、そのままずるずると惰性でこの作品も見ていましたね。6時から『コンバトラーV』(途中からは『ボルテスV』)、7時からは『まんが日本昔ばなし』という、そんな流れではなかったかと。

 これ、放映期間2年ちょっと、『ガッチャマン』以上の108話もやってたんですね。GyaOのうたい文句は「超人気国民アニメ」かぁ。第一話なんて見た記憶が全然なくて。“そうか、主人公のガンちゃん(ヤッターマン1号)の家って、おもちゃ屋さんだったんだ、あー、だから“ヤッターワン”はおもちゃっぽいのか”って、ほんと不思議なぐらいです。まあ、その辺の設定は、ほとんどどうでもいいようなストーリーなんだけども。
 1977~79年と言うと、『ヤマト』の劇場版、翌年は『さらば宇宙戦艦ヤマト』、79年は劇場版『銀河鉄道999』って感じで、第一次アニメブームが大爆発してた時期。お子様とはいえ、当然、私もアニメにのぼせ上がっていた時期なんですが。

今度の『ヤッターマン』は、『ヤッターマン』を題材にしたバラエティ番組なんだ。リメイクでもなければ、新訳でもリビルドでもない。最初の『ヤッターマン』は、ロボットアニメ全盛期だから成立した。今は違う。だのに、同じことをしなくちゃならない。だったら、『ヤッターマン』をネタにした、限りなく『ヤッターマン』に近い番組を、アニメという手段でつくるしかない。

550 miles to the Future: ■「傑作」をネタに、別の何かを成功させる■

 廣田恵介さんは、私の見ていない今度のヤッターマンの話をしてるんだけど、これを読んで、(読み違えたわけじゃないけど、)昔の『ヤッターマン』も、そういえば“バラエティ”だったのかなぁと思ったら、変にすっと納得できました。当時で言ったら、そのまま8時になったら伝説のバラエティ番組『8時だよ全員集合!』だったんですよ。
 「ポチっとな」とか、「ブタもおだてりゃ木に登るぅ~♪」とか、友だち同士の会話ではけっこう使っていたけど、あれドリフのギャグとかと似たようなもんだし。そういえば、ドリフのコントも毎度「お約束」のマンネリオチを、「くだらねぇ~」と言いながら、それなりに楽しんでみていたような気もします。

 むにゃむにゃ申しておりますが。(笑)
 たぶんほぼ毎週、2年ほども見ていて言うのもなんですが、当時から、どうも私はこの大人気だった『ヤッターマン』が、あまり得意ではありませんでした。それは私にとっては“アニメブームだったのに”ではなくて、“アニメブームだったからこそ”なんですね。そもそも融通の効かない性格に持ってきて、中坊の青臭さも加味されて、「楽屋オチとか、くだらねぇ~」、「アニメってのは、もっといいもんだよ」とか、イタい生意気をほざいてたんじゃなかったかと。(私の、そのへんの固い頭がもう少しだけ柔軟になるのは、もう数年後、『うる星やつら』ぐらいからではなかったかと思いますが。)

 で、久しぶりに見てみたらどうかと思えば。・・・やっぱりこりゃ、あまり得意ではないなぁ。なんでだ。(笑)
 勧善懲悪・・・のパロディなんでしょうね、これは。思い切りハイテンションで大真面目にパロってるんだけど。“そういうもんだ”とチャンネルを上手に切り替えられない自分がいるなぁ。昔で言ったら『ボルテス』見るでしょ、で、チャンネルを「ガチャガチャ回して」、この『ヤッターマン』でしょ。で、またチャンネルを「ガチャガチャ回して」、なんと『まんが日本昔ばなし』じゃないですか。(説明しよう!昔のテレビのチャンネルは「ガチャガチャ回す」ものだったのだ! 笑)・・・この気分の切り替えが、私は昔っから上手に出来ない子だったんだな!

 これ、制作サイドもどう思いながら作ってたんでしょう。今から思えば失笑ものなんだろうけど、お子様向けにしちゃ、お色気シーンも多いよなぁ。(苦笑)
 備忘録的に書き留めておくと、例によって、「演出:富野喜幸」の回がある(39話)し、あと「演出:押井守」の回もある(55回)から、そこは少なくとも見のがさないようにするとして。毎週2話ずつ更新って言ったって、1年以上続くわけで。これに関しては、ずっと見続けていける自信はないかも。

 もう一つ思うのは、ビジネスのことはよく分かんないけれども、タツノコプロって言うのは過去の遺産を上手く使ってるなぁ(?)ということで。『ガッチャマン』といい、『キャシャーン』といい、無料枠でばんばん流すし。『ヤッターマン』は、いい枠でのリメイクオンエアにこぎつけるし。今さら減価償却(?)でもないんだから、そこからどう、新しいビジネスを生み出すかという点では、高価なDVDボックスを何度も作り直すよりも、地味に需要を生み出して稼いでいるような気がします。
 ただ、今思えば個人的にはかなりタツノコっ子だった70年代も、どうやらこのへんまでで、80年代はサンライズのロボットもの(そういう時代でもあったんでしょうが)に流れて行ってるなぁという感慨もあります。(ひそかにタツノコ系の湖川さんなんかの仕事には、私もサンライズ作品の中で相変わらず親しんでいたということに気付いたのは最近のこと。)

 「メタ」うんにゃらかんにゃら(笑)みたいな言い方が出来る作品って、下世話に言うと“バラエティ”の親戚なんじゃないかと思ったりします。で、バラエティだから駄目だってわけじゃないんだけど、どうも私は昔から、「ベタ」なら「ベタ」、「ネタ」なら「ネタ」、「メタ」なら「メタ」って、チャンネル固定で見るのが好きって言うか、同時にあれもこれも的な見方がニガテだったのかもしれません。そんなことを(それでも懐かしい)『ヤッターマン』を見ながら思ったのでありました。

“日本のビジュアル大衆文化の頂点は、アニメじゃなくマンガ?”という話 

[2007/12/05] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(4) | TOP ▲

 パソコンの調子もネットワークの調子も絶不調!12月は、それでなくても気ぜわしくて嫌いです。(←時候のあいさつ。w)
 今日はまた、ネットで見かけた話題から。

東浩紀は小黒氏との会話で、「七〇年代のアニメ作家たちは、大きく表現主義と物語主義の二つに分けられると言われている」との示唆を受けたと述べている。表現主義派は大塚康生、宮崎駿、高畑勲といった東映動画出身の人間たちであり、物語主義派はりんたろう、安彦良和、富野由悠季といった虫プロ出身の人々である。

アニメビジネスがわかる:
アニメビジネスがわかる本34

 こちらのブログは面白い記事がてんこ盛りで、あちこちと興味深く読ませてもらったんですが、上で引用した記事には、“アニメ様”こと小黒祐一郎さんご本人から「訂正」が入ってました。

 それから「七〇年代のアニメ作家たちは……」の話だけど、これはどこかのパーティで言った話。多分、どこかで勘違いされている(増田さんの勘違いではなく)のだろうと思うけど、りんたろうさんを始めとする虫プロの人達が「表現主義」だと言ったはず。
 以下はパーティで話してない内容かもしれないけれど、この考え方で言うと、富野さんの立ち位置が曖昧だ。富野さんのスタイルは虫プロ出身なのに「表現主義」的ではない。だから、富野さんはアニメ界の主流になる作品は作ったけれど、虫プロの流れの中では主流ではない。という話。
 念のため、訂正。

編集長メモ:
増田弘道さんのブログ「アニメビジネスがわかる」

 東映動画系、虫プロ系というのはよく言われる話なんですが、「表現主義」「物語主義」という言い方を聞いたのははじめてで、もし最初からそういう対比なのだったら、語感から言って「勘違い」の発生も無理はないという印象。でも「どこかで」勘違いが、ということなので、伝言ゲームの途中で、違うプリズムの通過時に屈折が生じたものなのでしょう。「表現~」のほうにしか訂正記事の中で言及をしておられないから、もしかしたら「物語~」というほうは途中で誰かの解釈した尾ひれがついたということなのかも。
 まさに伝言ゲーム恐るべしなんですが(笑)、そもそも“アニメ様”が「りんたろうさんを始めとする虫プロの人達」を表現主義的と名づけた、その意味は、ぜひ聞いてみたいと思ったのでありました。

 ところで、

保守本流という言葉がよりふさわしいのは東映動画でした。

・・・というのは、先日Nishinomaruさんからいただいたコメントの一節なのですが、アニメーションらしいアニメーション(いわゆる日本的な“アニメ”ではなく)としての本流は、東映動画系にあるんだろうなぁと私も思います。というところで、じゃあ虫プロ系とかっていったいなんなのかという話です。

言い得て妙であるが、日本のビジュアル大衆文化はマンガに集約され、一方アメリカは映画がその位置を占めている。氏が言うように日本の大衆的エンタティンメント・コンテンツの頂点にはマンガがあり、そこからアニメやテレビドラマ、映画が派生して行く。一方、アメリカでは映画が頂点にあり、ついでテレビアニメやコミックといった二次著作物が発生するが、そこが日米の映像エンタティンメントの大きな違いと言えるであろう。

アニメビジネスがわかる:
アニメビジネスがわかる本32

 上記は、宮崎駿さんの著書『出発点1979年~1996年』を増田さんが紹介した文のまとめなんですが、宮崎監督がテレビアニメ的な過剰表現(つまり虫プロ的表現、でしょうか)を“講談”に喩えたのを受けて、「日本のアニメには伝統的な大衆文化の影響が垣間見られる」と述べておられるのが面白く。
 そうして、アメリカの“映画”に対して、日本の“マンガ”について宮崎さんが、「アメリカ社会で、いちばん社会全体を繋いでいるのは、マンガじゃなくて彼らにとっては映画なんです。日本は多分、テレビとマンガがそれを担っていて、映画の方は隅っこの方にいっちゃったということだと思うんですね」と書かれていたのを上記のようにまとめてあります。
 “日本のビジュアル大衆文化の頂点は、アニメじゃなくマンガ”という見方についても、たぶんそうなんだろうなと思います。伝統かどうかはわからないですけど、マンガには浮世絵だとか、何か歴史を辿ってもよさそうなルーツがあるのも面白いですよね。
 仮に、日本では、その大衆文化の伝統の底力的に、虫プロ的な表現も認められる素地があるということを、宮崎監督は(不本意かもしれないけど)言っているのだとすると。“アニメーション”的には東映動画系が本流だけれども、“大衆文化”的には虫プロ系が本流となる目があるということなのかもしれないですよね。

 そこで虫プロ系の中では異端児扱いの富野監督の立ち位置なんですが。“アメコミ風”とよく言われるタツノコ系との親和度が高いんじゃないかと、私は前からぶつぶつ言っているわけです(笑)。
 そういう意味で言うとアメコミは、“映画”を頂点とするアメリカ的な文化風土の産物なわけで、富野監督的にもピタッとはまっている気がするんですよね。
 ただそうイレギュラーな位置づけにおさまってしまうと、アニメ様に「富野さんはアニメ界の主流になる作品は作った」って言ってもらった立場はどうなっちゃうのかです。まあ、ぶっちゃけ、その辺のアンビバレントなところが魅力と言えば魅力なんですけどねー。(笑)

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結局見ている『モスピーダ』 w 

[2007/11/04] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 うだうだ文句を言いながら(笑)、ついついGyaOを開くとダラダラと見てしまっている『機甲創世記モスピーダ』です。考えてみれば、この感覚は、私が子どものころにテレビアニメを見ていた雰囲気に近いかもしれないですね。
 “アニメビジネス”の話もいろいろ書きましたけど、制作費の話というのは単純ではないようで、「5000本売れないアニメにとってテレビは大きすぎるメディア。但し原作付きを除く。―桀紂屋(ketchu)」などを読ませていただくと、なるほどと思います。
 テレビアニメというものの多くが、ビジネス的に成り立たないというようなことになってくると、見るでもなしに見るというアニメ視聴の舞台は、やっぱりネットに移ってくるのかもしれないですねぇ。そういう視聴スタイルというのも必要なものだとは思うんで、無料配信っていうのはやっぱりありがたいです。

 で、『モスピーダ』なんですけど、物語としては弱いですよねぇ。いちおうキャラクターたちは目的地を目指して旅をしているんだけど、動機がはっきり描かれているのはスティックとジムぐらいでしょうか。レイや、ましてミントなんかは何故このメンバーに加わってるんだか、よく分かりません。
 各回のくさい芝居は好物なんですが、強引な進行も少なくなくて、これ、1983年の作品とはいえ、『ガンダム』以前のテレビアニメの雰囲気です。
 『マクロス』も私が思うには、物語としてはグダグダだったんで、これの影響下で作られたというのが実によく分かるというか、道理でメカはカッコいいです。キャラクターの設定も面白い。今、7~9話あたりを見ていると、敵の正体が少しずつ明らかになってきて、要素としては面白そうで、“惜しい”作品って思う人がいるっていうのも、だから分かります。
 でもメカとしては、戦闘機からロボットに変形する“レギオス”が売りなんだと思いますけど、出てくると圧倒的に強すぎて、興をそがれるんですよね。バイクからパワードスーツに変形する“モスピーダ”のほうが、アニメーションの絵的にも面白くて、・・・ともかく微妙です。(笑)

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 『マクロス』のときに、『ヤマト』以降のアニメファンが制作に加わるようになって作られた作品、という言い方をされていたと思うんですが、そんな感じ(同人誌的?)かも。
 文句ばっかり言いながら、でも何か惹かれるものがあって、ついつい見ちゃっているんですが、“ロボットもの”に対してっていうよりも、タツノコの作品に対して自分は親和性が高いんだろうか、とか、首を捻っております。(笑)

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