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モデムを換えたら世界の風景が変わって見えてきた 

[2008/11/25] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 タイトルはちょっと大げさなんですけど。(笑)

 このところ、ずーっとネットの接続が悪くて、ああでもないこうでもないと設定をいじってみたり、いじいじとしておりました。「プロバイダ変えたら?」ってご意見もあったんですけど、せっかくのケーブルTVの回線なので、なんとかならないかなぁーと。
 で、今日、意を決してケーブルTVのサポートに電話をしました。平日の日中しか受付しないって、なかなか殿様商売してるなぁと思いつつ。

 それはお客様の設定が何だかんだ言われるかと思い、言い方が難しいなぁーと思って、今まで調べた資料とか全部手元にそろえて。万全の体制で電話したわけですよ。

「はい、ケーブルテレビ○○、サポートデスクです。」
「そちらでインターネットの契約してる○○と言いますけど・・・。」
「はい、どうされました?」
「どうも最近、接続の状態がすごく不安定で、速度も出てないんですけど・・・。」
「お客様の登録されている電話番号をお願いします。」

 なんだ、お客様番号もいらないのかよ。一生懸命、請求書のはがきを見つけてきてメモして持ってるのに。
 で、電話番号だけで、個人が特定できて、それで回線の状況がある程度分かったみたいです。

「・・・。(この間、ほんの数秒。)お客様の使ってらっしゃる機器は、だいぶ長く使っていただいておりますし、モデムの交換になりますが、本日はご自宅にいらっしゃいますか?」
「え?・・・ええ、いるようにしますけど。」
「では後ほど業者から何時にうかがえるか電話がまいりますので・・・。」

 え?・・・それだけ?

 これって、ほぼ二つ返事に近い状態じゃないですか。私の使ってたモデムって、そんな問題外に旧式だったわけ?
 だったらさ、早く換えてればよかったじゃないですか。“苦情が出たら対応”って、そういう方針なのかなー? ・・・いいのか、そんなので。

 何しろ、どのように調子が悪いのかを説明しようと思って一生懸命調べてまとめたメモは、完全に無駄になりました。(笑)

 ちなみに、私の使っていたモデムはPCX1100という機種で、プロバイダによっては、無償交換をプロバイダ側から“お願い”してやってるみたいです。なんだよ、それー。ダメじゃん、うちのプロバイダ。

 ・・・。で、来ました。新しいモデム。

 ネットに繋げてみました。・・・早っ! ぜぇーんぜん今までと違います。

 今まで、何をいろいろ調べたり、我慢したりしてきたんだろう・・・。

 まあ、何しろ。一事が万事この調子で、生活能力というものが全般に低いのが私の悩みです。(笑)

 とにかく。同じようなことで悩んでる皆さん。(いるのか?)
 何年か使うとモデムというのもへたってくる(何故かはしりませんけど)もののようです。落雷とか停電とか、思い当たる故障の原因が特になくても、別に設定をいじったわけでもないのに接続速度が妙に落ちてきたりしたら、あまり遠慮せずに、とりあえずプロバイダに相談してみたらいいみたいですよ?

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「共存と関係の空間」という言葉はすごくいいと思いました。 

[2008/04/28] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(4) | TOP ▲

 いろいろ皆さんに、いい言葉を聞かせていただいて、いろいろなものがとうとうと自分の中に流れ込んできているのに、うまくまとめられません。
 きちんとまとめることが出来る自分なら、一つ一つの言葉に明快に向き合うことも出来るんでしょうけど、それが上手に出来ないので、こうしてまとまりのないままにメモ的に書きとめて、少しでも整理したいと。

いやぁ、でも、コメント欄って独特の雰囲気あるかんなー。
なんたって、人の書物に勝手に書き加えちゃうわけだし。

 どうもそうなんですよ。今、生活に疲れてる(笑)せいもあるけど、どうもひとさまのブログのコメント欄にコメントするのが何故か億劫で。

[*ブログ][はてな][なんとなく][あるある]コメント欄にコメントするのって、微妙に体力気力を消耗する。ブコメは自分向けメモだけど、コメントは相手に向き合うからなんでしょうかね。

 それで、こんなふうにブクマコメントしました。

 “関連して”というか。2ちゃんねる的な対話、あるいはブログでも、コメント欄での対話、ブクマコメントでの対話、トラックバックでの対話。同じインターネットでの対話形態でも、そうしたものそれぞれの微妙な性格の違いという指摘が、どうも興味深く。

他人様、余所様、という言い回しを、最近とんと聞かなくなりました。個性の時代と言いますが、そもそも自分がどんな存在であるかを自覚しないでいるのに、個性というものが成立するものでしょうか。

 インターネットは本来他言できない(しにくい)内面的問題を、低コスト低リスクでオープンにして互いに共感できる場だけど、メリットとデメリットがあるってことを書いたわけですけど、反論(っていうか私の感じでは「対話」)の性格っていうのも、それと深い関係がありますよね。
 そうして、ネットを眺めていると“他人様”という言葉と“他人事”という言葉さえ、混同されてしまっているんじゃないかという状況があり。たとえば、微妙な性格の違いを省みることなく、どこででも2ちゃんねるモードの対話(それは対話というよりバトルかも?)をしている人を見かけることが多く。

 他方で、“ブロガー vs 論壇の人”の話は、自分の野次馬根性に辟易として、思わず書き留めちゃったものでした。でも対話しているお二人が、互いの立ち位置の違いに苦しみながら、噛み合わない応酬をそれでもなんとかやろうとしている様子を、ついつい興味深く眺めてしまったのは、その道の達人のような人たちでも、こういうコミュニケーションの齟齬に戸惑うこともあるんだなぁと。

 zsphereさんに言及していただいた話を、上の話に無理やり結びつけると、達人の皆さんに感心したのは、齟齬に戸惑いながらも対話の努力は続けていて、(多少は優越感ゲームの側面もあったかもしれないけど)共有できるコミュニケーションのマナーを見出そうとする姿勢は揺らいでないように見えたことでした。これは見習いたいところです。

滅私奉公の公私の論理では、公というのは結局、単に、レベルがひとつうえの私でしかない。そこには質的差異などない。しかし公共としての、パブリックとしての公というのはそういうものではなく、共存と関係の空間だ。同化の空間ではない。

 zsphereさんが引用しておられた公共性についてのこの言葉、私も大変印象に残りました。
 “鍵コメさん”の言っておられたことも、そのへんと繋がると思うんですけど、インターネットの不都合なところは、(普通はそれは長所として語られるんですけど)見たくないものは見ないで済ませることが容易だってところもあるんでしょうね。そうやって、適当に自分に都合のよいものだけを切り貼りして繋ぎ合わせて、身の丈に合わない大言壮語を無頓着にしてしまう。(そういうところが“セカイ系”的な自意識の肥大化を呼び込んでしまう。)

 ただインターネットも所詮はツールに過ぎないはずのもので。暗黒面の2ちゃんねる的な同調圧力(「空気嫁」)が強く働きすぎると「同化の空間」になってしまうけれど、使いようによっては「共存と関係の空間」にだってできるはず。・・・ただ、それには、(正確に理解することなどは不可能だとしても、それでも、)“他人様”と自分の双方の立場や気持ちを思いやろうとする想像力が欠如してしまってはならない。決して楽ばかりもしていられないし、気力体力も消耗します。(気力体力が充実してないときには、むやみに人に関わることを遠慮するのも、一つのマナー?そのへんは微妙・・・。)
 そういうふうに、上手く使いこなすことが出来れば、インターネットとかブログとかいうツールも、自分を磨き、向上させるために充分役に立つものにできるんじゃあないでしょうかね。(まあ、この言いざまは、半分は自分に当てるムチみたいにもなっちゃってますけど。 笑)

「言うに言われぬ・・・」もの/人間はスペックではないということ 

[2008/04/24] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲

富野由悠季監督が以前何かのインタビューで、田舎に出かけて薪割りのために斧を持った時、「うわ、これで人を殺せるんだ」と思ってものすごく嫌な気分になった、その時に感じた嫌な気分っていうのは大事だよね、という話をしてたと記憶しています。
確かに、そういう嫌な気分っていうのはあって。だからこそ、たとえば「ハサミを人に渡すときは刃の方を相手に向けて渡すな」とか、「食事の時に相手に箸を向けるな」といったマナーも自然にできていったんだと思います。危ないっていうのもあるけど、多分相手の本能的・動物的な警戒感を刺激してしまうからでもあるでしょうし。(太字は引用者)

 なんとなく気になりながら、うまくコメントできなくて、ただ「うだうだ・・・」と触れてきたことについて、zsphereさんもやっぱり気になってるらしく再度記事にしておられました。引用中で私が太字にした部分、「嫌な気分の大事さ」、そこから「自然にマナーができていく」ということ。そのへんが、ひどく弱くなってきてしまっているからこそ、こんなに語りにくい話題のはずのものが、ネット上でずいぶん大きな声で語られているのだろうなー、というのが私の感想です。

書いたあとで気づいたが、「あるものを描くことは、描く対象を許容することではない」と言えるのならば、「あるものを好むことは、好む対象を許容することではない」と言えるのかもしれない。許容というのが社会通念に関する限り、あってはならないことなのだけどどうしても好いてしまう、ということはあるだろう。人間の欲望は、倫理・道徳とは別のレイヤーに位置するからだ。

 zsphereさんのリンク先のこの記事に、私は次のようにブクマコメントしてました。

なんてゆーか非モテの話でもそうだけども、昔は決して人には明かせなかった内面的問題が、わりと低コスト低リスクでオープンにできるようになったことのメリットデメリットって言うのは確かにあるなぁ!

 何で唐突に「非モテ」とかの言葉が出てきたかというと、その直前に読んでいた記事が次のようなものだったからです。

ほんと君たちは甘やかされてるよ。甘やかしているのは誰かっていうと、やっぱインターネット。はてなでブログを書いているような連中とか。ほんとひどすぎるね。貴重な思春期の孤独感をスポイルしてしまっているよ。モテない話が通じすぎるんだ、最近は。モテないという苦しみは、本来、誰にも相談できずに、ずっと心に隠しもっていなきゃいけないような類のものだろう。(太字は引用者)

 この太字にした部分は、激しくズキッときました。これはまさしくそう!
 本来、一人一人の心の闇に隠れていたような部分を、低コスト低リスクでオープンに語り合えるようになったのは、これはたしかに“インターネットさまさま”なのではないかと感じます。これまで私はそれは、“いいこと”だと単純に考えてきたんですけど、・・・デメリットというのもある!そうだ、たしかに!!これはちょっと目からウロコな指摘でした。

合目的的なキャラクター、世界観に沿った合理的なキャラクターという思想。それにしたがって消費すればよいという思想。それ自体が、語り手と受け手による巨大な暴力である。

日本のサブカルチャーにおいて、明確にこれに反する作品作りを行なったのは富野由悠季で……というのはもはや素朴にすぎる見方かもしれない。が、少なくとも、富野的な態度を無用とするポルノの保守性、旧態依然とした構造は明らかだろう。

 キャラクターなど“ただ消費する”、それだけのためのものという作品の作りかたは、「語り手と受け手による巨大な暴力」だという見方に共感。富野由悠季はそれに抵抗する作品の作りかたをしているというのが「もはや素朴にすぎる見方」ではないのかという疑念も、たしかにあり得る、のかな?
 富野監督の作品では、一つの出来事が(しばしば相反する)多面的な角度から捉えられていると前にも書いたんですけど、それは作為ではなくて、むしろ素朴にそうなってると私は思ってます。つまり、実際の戦争の場面でも、たとえば核にも類するような大量破壊兵器を持ってしまえば案外、人なんていうのはゲーム感覚でそのボタンを押してしまえるかもしれないということと、もちろん、そのような兵器によって、何の罪もない多くの人々のかけがえのない日常が一瞬で蒸発し、跡形もなく消え去ってしまうかもしれないということは、どちらもあるがままの現実だと思うんですよ。
 どれかのキャラクターの視点に偏って物語と接していると、ひどい極論がそこから導き出されかねない危うさはあるんだけれど、薪割りの斧を見ただけで「うわ、これで人を殺せるんだ」とものすごく嫌な気分になるという場合には、そこでは既に、一瞬のうちに“殺す側”と“殺される側”の双方の立場が自分の中で想像されているんだと思うんですね。こんなことは特殊でもなんでもなく、ごく当たり前に人と人との間で働いている心の働きなんだと思うんです。

 そういう自然な心の働きが、機能していないというのは、これは富野由悠季の作品の作り方のせいでもなんでもなくて、どうも世の中自体が近頃そんななのですよ。「核兵器どっかーんで、敵を一瞬にして殲滅してやったぜー、気持ちよかったぁー」なんて、たとえゲームの話にしたって、世間に向かってはばかりもなく言うようなことじゃないんだって。ほんのちょっとの想像力があれば。
 「人間の欲望は、倫理・道徳とは別のレイヤーに位置する」というのは、まさにそのとおりなんだけど、匿名であると実名であるとに関係なく、実際にそうした欲望があったからといって、それを堂々と人前に曝していいとは限りません。心の闇の部分に関わる話は、もう少しこそこそと人目をはばかってする程度の節度が何故失われてしまったのか。
 他人の気持ちや立場をおもんぱかる“想像力の欠如”と言ってしまえばそれまでなんだけど、ネット上で簡単に話や趣味が合う人とそうでない人を選別して、外部に何らはばかることのない対話を大声でしてしまえるメンタリティというのは、キャラクターを“スペック”だけで消費してしまう感覚とあい通じるものがあるような気がします。――もちろん、それに押し潰されるところまでも、“心の闇”を一人で抱え込めなんて、決してそんなことが言いたいわけではないんですけどね。
 うまくまとめられませんが、“言うに言われぬものが自分の中にはある”というのが「貴重な思春期の孤独感」だったとすれば、それを味わい尽くした果てに、自分と同じではないかもしれないけど“ほかの人にも、言うに言われぬ何かがあるのかもしれない”という想像力を得て、人は世の中へ出て行けるようになるんでなかったかなぁ、と。

Livedoor Readerを試してみました 

[2007/07/25] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 先日やった性格判断で、お前はパワーあふれる「統率者タイプ」に学ぶといいぞ、という判定だったので、誰かそんな人いないかな、と思っていたら、Takkunさんがそれだったという記事を書いておられたので、さっそく勝手に師匠認定。(笑)

 っていうわけで、(というのは話のネタですが、)師匠がLivedoor Readerの使い方を指南しておられたので、なるほどなぁとさっそく試してみる素直な私。

 師匠曰く。公式ブログの記事を読むべし。(笑)

livedoor Readerパーフェクトガイド - livedoor ディレクター Blog

 「2割のヘビーユーザーが8割のフィードを読んでいる」ってのには膝を叩きました。超納得。
 まあ自分がヘビーユーザーかどうかはよく分かりませんけどね。とりあえずはてなRSSで読んでいるフィードを全部移植してみたら、200項目まではなかった感じでした。(この時点で、いくつかフィードを整理できたので、それだけでもスリム化には効果あり。)

 で、そういうヘビーユーザー向きにカスタマイズしやすいのがLivedoor Reader+FireFoxの組み合わせですよ、という例示がこの記事の狙いのようです。ふむふむ。
 ここで素のFirefox2ではなくて、アドオンのTab Mix Plusとセットでオススメされているあたり、なかなか実践的。実は私、“FireFoxは2になったらあまりTab Mix Plusのメリット感じること少ないですよ”という、どこかでチラッと読んだ風評を鵜呑みにして、このアドオンは入れていなかったのですが、これを機会に入れてみたら、意外に便利さを実感。うん、これだけでも効果あり。(笑)

 そして、はてなRSSからのデータ移行も、解説を読みながらやってみたら、思ったよりはずいぶん簡単でした。(「グループ」なんかもそのままするっとこっちへ入りました。)
 次に「登録数ランキングの上位を一括登録」しなさいと推奨されているんですけど、とりあえずここはスルー。おすすめフィードもとりあえずスルー。だってねぇ・・・(笑)
 共有機能を有効にする、ってのがどう触るのか、イマイチよく分からなくて、このへんから少しもたもたし始めました。Livedoor Readerは初めて使う人には直感では分かりにくいところがあります。(何でも最初はそんなものかもしれませんけど。)はじめた直後は共有機能は無効になっているんですね。で、これを「有効」にする、と。で、さっき「はてな」から丸ごと移行して来たヤツにはいっぱい「非公開」にしたいものもあるので、あわててそのへんを見ると、始めた直後は全部非公開になってるらしく、一安心。(苦笑)
 「はてな」から持ってきたグループは、そのままの塊になってるので、そこでグループごとに公開・非公開を決めていた設定を、そのままもう一度ここで設定しなおす感じです。

 達人はキーボードショートカットを使うべし、ってことで、この機能「はてな」でもあったんだけど、なかなか使いこなせていなくて、Livedoorのほうが少し覚えやすいかなぁ。

 次は「レート」の設定。重要度の格付けですね。グループとは別に個々のフィードにレートを付けるっていう、ここが大きな違いですかねぇ。・・・ただ、フィード一つ一つに対して自分なりの重要度を5段階で格付けしていくっていうのは、これもけっこうしんどかったです。不要なフィードは「Delete」キーで削除とか、操作に今ひとつ慣れていないところがあったり。(この時点ででも、いくつかのフィードは再び整理できましたけどね・・・。)

数が多いので最初は時間がかかりますが、初期投資だと思って時間を惜しまず設定しましょう。

 ・・・はいはい。(笑)

 そしてマイフィードの表示のやり方を左から「レート順」「新着順」「新着のみ表示」にする、と。これも分かりにくかったけど、やってみるとここがポイントっぽいです。

 なんか、このへんまででけっこうしんどくなってきてたのですが、次の「ピンの設定」あたりで「!」と思いました。ずいぶん細かくカスタマイズできる仕様なんですね。このへんがLivedoorの売りなんでしょうか。そしてTab Mix Plusとの連携のさせ方を細かく指南。ほぉほぉ、なるほど。これは親切かも。

 次はクリップの設定で、デフォルトはLivedoorクリップだけど、はてなブックマークも選べるようになってますね。

 うーん。今日は設定で精いっぱいで終わってしまいました。ちょっとだけ使ってみた感じでは、格付け順に出てくるところは、たしかにけっこう便利かも。ただ、実用性本意なのかもしれないけど、あちこちに広告の入っている画面のデザインとかが、今ひとつスマートさには欠けている感じはどうしてもします。(機能的には、かなりカスタマイズできるんですけど、そのへんは何もないんですねー。 笑)

 とりあえず、しばらく並行して使ってみようかと思っています。デザイン的なことを言えば、実は以前に少しだけ試してみたBloglinesの画面が一番シンプルでよかったな、と思ったりもするのですが、他のサービスとの連携なんかを考えるとやっぱり「はてな」だな、と思ってしまった過去があり。カスタマイズ性の高さがポイントになるらしいLivedoor Readerに、これをひっくり返すだけのアドバンテージがあるのかどうか。・・・自分好みにカスタマイズすることへの向き不向きも左右しそうですね。(はてなRSSも見た目はほとんどカスタマイズできないけど、デフォルトでまだまし。このLivedoorの画面の愛想のなさは、実際なんとかならないもんなんだろうか。)

ようやく復帰しました。 

[2007/03/13] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 全然ネットにつなげない状態が二日も続き、復帰の気配もないことから、さすがにたまりかねて今日の日中、プロバイダのサポートに(こっそり会社のパソコンから)メールしました。
 でもなーんにも返事来ないし、「どーなっちょるねん」と思いながら帰宅しましたら、

「!」

・・・何事もなかったかのように回復しています。メールの返事なし、プロバイダのサポートのページを確認しましたが、なんらアナウンスなし。

 どう思われます?これ、局部的なただの障害?

 いくら田舎のケーブルテレビとはいえ、この対応は・・・。ちょっと腹に据えかねています。
 ケーブルにするときに工事費もかかってるし、プロバイダを乗り換えるのも面倒なんで、泣き寝入りかなぁと思いながらも、苦情のメールぐらいは入れておこうかと思っています。

 ネットができない状態だったおかげで、この数日、今までたまりにたまっていた読書が多少は進んだという、思わぬ功徳はありましたけどね(笑)

 さてさて。すみません。お騒がせいたしました。


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