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GyaOで放映されていた『あしたのジョー 2』が、ついに「完」! 

[2009/05/01] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲

 4月の更新の少なさはまったくひどいもんでした。まあ忙しかったり、体調を崩してしまったり、いろいろあるんですが、感想を書きたくなるようなアニメをあまり見ることが出来なかったというのも無きにしも非ず。
 そういう中で、出崎統監督の代表作『あしたのジョー 2』は、毎週GyaOで見るのを楽しみにしてきた貴重な存在だったんですが、「かっけぇー!(驚)」以外の言葉がなかなか出てこないという意味で感想が書きにくい作品でもありました。

あしたのジョー2 サントラ

 ものの見方として、大きく「減点法」と「加点法」という二通りのやり方があるとすると、『あしたのジョー 2』というこの作品は、部分部分で細かく考えていくと、私の好みとは異なる部分が決して少なくありません。でも全体の印象で見てしまったときに、もう有無を言わせず「これはイイ!」という結論以外は出せないというか。もうちょっと「この点が素晴らしかった」というのを上手に書ければいいんですけどねー。

 とにかく久しぶりに涙が出そうになったし、ラストでは鳥肌が立ちました。やっぱり白木葉子のドラマがいいですね。前にも書きましたが、私は原作コミックがけっこう好きで、(といっても、もう何年も読んでいませんが・・・)あっちはもっと淡々としていたのが味があった(気がする)んですけど、このアニメ版はサイドキャラクターのストーリーが手厚く、濃い情趣で描かれていて、違う味わい深さがありました。

 矢吹丈という主人公。少年院からはじまった物語だけど、作中で彼がお酒を飲んでるシーンがあって、あれ、彼って何歳なんだろう、と思ったりしました。もちろん別に、倫理的にどうのこうのと言うんではなくて、林屋の紀ちゃんにせよ、白木葉子にせよ、魅力的な女性だと思うんだけど、彼は女性には興味なさそうに見えるのが不思議で。そういう意味ではとても抽象的なキャラクターなんですよね。

 この作中では比較的に私たち観客の目線に近い現実的な立ち位置にいる紀ちゃんは、ボクシングにのめり込んで「真っ白な灰」になるまで燃え尽きたいと言ったジョーに「ついていけない」と思い、優しい働き者の西と結婚する。ジャンルで言えばこの作品、ボクシングというスポーツもののアニメなんだけど、そのへんを漠然とほのめかすんじゃなくて、劇中でしっかり結婚式まで描いてるのが、考えてみると凄いんじゃないでしょうか。

 これに対してもう一人のヒロイン白木葉子は、お金で解決できることなら、どんなわがままな望みでもかなえることができる究極の財閥令嬢。もちろん美人なんですけど、ツンツンとした印象で描かれていて、普通じゃ観客が感情移入できる存在じゃないんですよね。
 その彼女が、ホセ・メンドーサとの最後の死闘を目の前にして、たまらずに逃げ出すのがいいんですよ。そこで試合前に誇りをかなぐり捨ててジョーと交わした会話がよみがえってきて、再び武道館に戻ってきて。そしてジョーに「頑張って、矢吹君!あと少しじゃない!」と。決してお涙頂戴な場面じゃないんだけど、その瞬間に張り詰めきった表情の葉子の目からボロボロと涙があふれ出ているのが、これがもうたまりません。
 「真っ白な灰」に燃え尽きるまでを見届けようと逡巡の末に決意した葉子だからこそ、ラストでジョーは「あんたにもらって欲しいんだ」とグローブを渡すんでしょう。

 原作のコミックは、力石との「クロスカウンター」の応酬とか、意外にテクニカルな面白みが物語の根幹なんですよね。このへんは『巨人の星』の「大リーグボール」の謎解きの話なんかとも似てます。コミックとアニメのメディアとしての性格の違いとか、いろいろ考えていくと面白いかもしれませんけど、とにかく抑制気味な表現だった原作に比べてアニメはリミッターを振り切る「これでもか」の勢いで情感を盛り込んでいて、本当に凄いです。

 有名すぎるぐらい有名なラストシーンですけど、最後の最後に画面いっぱいに力強く「完」という文字が示されたのを見て、もう一度鳥肌が立ちました。
 そうなんですよ、こういうのが見たかったんですよ!
 なんか、ブスブスと燃えカスみたいなものが残りまくって、続編だ劇場版だとか、そういうまだるっこしいのじゃなくて、文字通りやれることはすべてやり尽くしての完全燃焼!

 いつまでも記憶に残る作品っていうのは、やっぱりこういうものなんじゃないのかと改めて強く思った久しぶりの体験でした。

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出崎統 『あしたのジョー 2』とアニメブームの頃 

[2009/04/10] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 GyaOでやってますが、皆さん見てますかー?いやいや何だって、こう、カッコいいんでしょうねぇ?

 『あしたのジョー 2』は1980年放映。当時のことを思い出してみると、個人的には、だんだん忙しくなってきて、TVアニメからは少しずつ離れつつあった時期で、コンスタントにテレビシリーズのオンエアを全部見てはいなかったはずですが、それにしてはやけに印象に残っている作品です。

あしたのジョー2 COMPLETE DVD-BOX

 自分と同年代のアニメ様が熱く語り倒していらっしゃるので、なるほどなーと思うことは多々あるんですが、でも私はああいう立派なマニアの方とは違い、ただよく見ているだけのぬるーいアニメファンだったので、アニメ誌なんかもあまり読んでいなかったし、恥ずかしい話、実はあの頃、『出崎統』という名前をまだ認識していませんでした。(苦笑)

 『機動戦士ガンダム』の翌年でしょ?アニメブームさなかのあの頃、アニメ様みたいなすっごいマニアが出現してたのはそうなんでしょうけど、私ぐらいのぬるいのも、実はいっぱいいたんだろうと思うんですよ。
 そういう、ぬるい人視点の話で言うと、『宇宙戦艦ヤマト』とか『銀河鉄道999』とか、とにかく松本零士のアニメがぶわっと来てて。原作の漫画家とアニメの作り手の区別がまだよく分かってなかったところへ『ガンダム』が来て。だから、アニメの作り手の名前というのは、「富野由悠季」(その頃はまだ富野喜幸か・・・)というのではじめて認識したっていう、正直そんな感じでした。
 ただ、それでもやっぱりブームの渦中ですから、ぬるいファンはぬるいファンなりに「とにかくアニメとマンガは違うんだよ」とか、覚えたての言葉で「アニメ」のことを熱く語り合っていたりもして。今から思えば恥ずかしい限りですが、あの頃はそんなのでも楽しかったし、それはそれで真剣でした。

 そういうところへ来たのが『あしたのジョー 2』だったんですけど。考えてみると、あの頃は頭でっかちで、見たものの凄さを素直に認められずに、「何かが違う」とか言いながら、それでも気になってしまっていた。そういうような思い出があります。
 アニメ様もいつか書いてましたけど、当時のアニメブームって、かなりの程度「SFアニメ」ブームだったんですよね。だから、何でボクシングのアニメなんだよ、とか。まずは、そういうとっつきの悪さがありました。
 それと、『あしたのジョー』の原作コミックは以前からけっこう好きで、全部しっかり読み込んでいたんです。それで、当時の頭でっかちな自称アニメファンとしては、「これからはアニメの時代だ」ということを口角泡を飛ばして語ってるわけですから、「とにかくアニメとマンガは違うんだよ」と思い込もうとしているところです。だから、にわか覚えの理屈を持ち出して、「何でオリジナルストーリーじゃなくて原作マンガありなんだよ」とか。
 まあ、頭でっかちだと、そういうのだけで目がくらんで、目の前のアニメの面白さを素直に認められなかったりするという。「認めたくないものだな。自分自身の、若さゆえの過ちというものを」ですわ、まったく。

 だいぶ後になってから、出崎統という名前を覚えたとき、だけどビックリしましたね。あの頃、「アニメとは・・・、アニメの新しい表現とは・・・」みたいなことで何も分からないなりに問題意識を持って、ちょっと注目していた作品が、ぞろぞろとみんな出崎アニメだったんですから。

 特に、大好きだった『ガンバの冒険』(1975年)が出崎アニメだと知った衝撃は大きかったです。
 それと、私には二つ上の姉がおりまして、少女漫画もけっこう読んでいたので、『エースをねらえ!』も『ベルサイユのバラ』も原作コミックのファンでした。今から思えば、そういう超人気コミックをアニメ化するのに、あそこまでアニメ独自の表現を意欲的に盛り込むっていうのは、何とも凄いことをやってたもんだなぁと感心するばかりですが、当時の感想としては、どっちに向いて何を「違う」って言ってたんだか(笑)、・・・とにかく複雑な思いでした。

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広川太一郎さん ご逝去 

[2008/03/08] | 随想系 | トラックバック(1) | コメント(5) | TOP ▲

 休日出勤からようやく帰ってきて、ネットを見回ろうと思ったら、声優の広川太一郎さんの訃報を目にしました。軽妙洒脱、特徴のある声質の方で、とても好きな声優さんの一人でした。

宇宙戦艦ヤマト~新たなる旅立ち~【劇場版】 コロムビア・サウンド・アーカイブス キャプテンフューチャー オリジナル・サウント・トラック-完全盤-

 007のロジャー・ムーアなどがはまり役になるんでしょうか。個人的には、『宇宙戦艦ヤマト』での古代守であり、さらに印象が強いのは、『キャプテン・フューチャー』だったりします。

 最近のWikipediaは、訃報が出たら、たちまち記事に反映されているので驚きますが・・・。
 古代守役で印象に残っているのは、冒頭の冥王星会戦での沖田さん(CV:納谷悟朗)との会話ですね。「沖田さん、僕はいやです。戦って戦って戦い抜いて、・・・」(セリフはうろおぼえですが)といいながら、強力無比なガミラス艦隊に突っこんでいった「ゆきかぜ」の姿は、強烈な印象でした。イスカンダルで弟である古代進と再会したときには、本当に嬉しかった!(それだけに『新たなる旅立ち』には腹が立ちましたが・・・。)
 『キャプテン・フューチャー』は、『未来少年コナン』の後番組でしたが、1940年代テイストのSFがちょっとクラッシックな感じで、今ひとつ人気があったのかどうか。ただ、とにかく主人公のキャプテン・フューチャーことカーティス・ニュートンはとても清々しいキャラクターで、広川さんのはりのある声が実にはまり役でした。DVDは出てないそうなんですが、いつか見直してみたい作品です。

 私は声優さんのブームには、わりと冷めてたほうだったんですが、広川さんのおしゃべりはラジオか何かで聞いていたんでしたかねー。「・・・しちゃったりなんかしたりして・・・」みたいな独特の“太一郎節”が、とてもノーブルな感じで大好きだったことを不思議に思い出します。
 68歳というのは、お亡くなりになるには早すぎますね。安らかにお眠りになられることを祈ります。

もし吉田竜夫さんが若くして亡くなっていなければ、・・・ 

[2008/02/05] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(5) | TOP ▲

 『ガッチャマン』、『キャシャーン』をはじめとして、このところすっかり昔(1970年代)のタツノコ作品にはまっておりますが、EMITというサイトの“タツノコ『三悪志』”という特集を拝見して、1975年の『タイムボカン』にはじまり、1983年の『イタダキマン』に終わる(その後、2000年に『怪盗きらめきマン』が制作)タイムボカンシリーズを通観していくと、ある時期以降のタツノコヒストリーにもなり得るというのを知りました。

この『ヤッターマン』が始まって人気も上々の半年後、タツノコプロの社長・吉田竜夫さんが入院する。肝臓癌だった。手の施しようもなく容態は悪化、1977年9月5日、お亡くなりになる。45歳。

ヤッターマン♪天才ドロンボー

 ヤッターマンの視聴率は26.5%ですと。今じゃあり得ねー。(笑)
 しかし、タツノコ創業者の吉田竜夫さんが40代半ばという若さでお亡くなりになっていたとは存じませんでした。

【オシイ星人】かの押井守さんがモデルのクラゲ型宇宙人。♪オ~シイ オ~シイ オ~シイナ~ モウチョット

ゼンダマン♪これまたアクダマン

 へぇー、そうだったんだ!押井さんは竜夫さんの亡くなる'77年にタツノコプロ入社、'80年、スタジオぴえろに移籍なのですね。

タツノコプロには企画から撮影まで社内のみで完結する一貫した制作体制が整っていた。かつては東映動画や虫プロダクション(旧社)も同様の体制を保持していたが、これらが合理化や倒産により消滅したあともタツノコのみは長くこの体制を維持した。押井守は演出家の修業の上でそれが役立ったことを語っている。

竜の子プロダクション - Wikipedia

 吉田竜夫さんのいたときと亡くなってからでは雰囲気はがらりと変わる時期なのではなかったかと思いますが、竜夫さんの“遺産”というべきものがあったっていう感じでしょうかね。

『ゼンダマン』は一見好調にギャグを飛ばし、玩具の売れ行きも視聴率もそれなりなように見えた。 しかしタツノコプロ内部では、さまざまな嵐が吹き荒れていた時期だった。
吉田竜夫さんが亡くなられて、次々とタツノコプロを去る人が出てきたのである。 鳥海尽三さんは、自分でプロダクション(鳳工房)を作って独立。布川郁司さんも同様に、スタジオぴえろを設立。 鳥海永行さん、高橋資裕さん、安納正美さんらはそちらで演出家として活躍していくことになる。陶山智さん、押井守さん、西久保瑞穂さん、そして…笹川ひろしさん。
笹川ひろしさんには、同郷の平田昭吾さんという友人がいる。 彼が、西崎義展プロデューサーに頼まれ、笹川ひろしさんに移籍の話を持ってきたのである。

オタスケマン♪アーウーオジャママン

 ひぇ~、こんなところにまで西崎Pが関わってくるとは。アニメ史の影の怪人っていうような気がします。

世は巨大ロボット・ブーム。 ついに避けて通れないスポンサーの鶴の一声がかかった。 「巨大ロボットをボカンシリーズに」
ただかっこよく戦うだけのロボットでは、ボカンシリーズにそぐわない。 笹川ひろしさんは苦悩する。 大河原邦男さんとのやり取りの末、「大巨神」という人型ロボットと「大天馬」という 馬型ロボット、そのふたつの合体「大馬神」というすばらしいメカが完成。
気の良い性格を与えられたこの巨大ロボットは、異彩を放って魅力的であった。 「罪を憎んで人を憎まず」と三悪を許してはみるものの、ミレンジョが「大巨神の偏平足」などと悪口を言うのを聞きつけて、「大激怒!」と鉄槌を下す。後半になるに従って、おちゃめな性格に拍車がかかった。

ヤットデタマン♪ミレンジョ・ララバイ

 ヤットデタマンは1981年の作品。先日、「そういえば、あの『タイムボカン』シリーズにも巨大ロボットが出てきていたなぁ」と書いた元ネタはここだったのでした。

困った時のメカマン・大河原。今回もみごとな変型をするメイン・メカを作り上げた。タイムリース社専用運搬メカ・トッキュウザウルスは、ステゴサウルスのような恐竜型。非常時には、イッパツマンの乗る弾丸ヘッド号と合体して巨大ロボット『逆転王』となる。
(中略)
ところがこの頃から玩具メーカーの商戦が激化。次々と新商品が求められ、このすばらしい逆転王の命はわずか2クールちょっと。第30話『シリーズ初!悪が勝つ』で大破の憂き目にあう。 新しいメカは『三冠王』、トッキュウマンモスが変型する。飾りが多くなって重そうになった…強そうとも言える。

逆転イッパツマン♪シビビーン・ラプソディー

 すみません。どうしても個人的関心がロボットのほうへ行っちゃってますが。(笑)

1983年7月、任天堂の家庭用ビデオゲーム機「ファミリーコンピュータ」の登場で、オモチャ業界に大きな構造転換が訪れた。そればかりか、TVの画面がゲーム機に占領される時代を迎え、TV番組とゲームが視聴率を争うことになった。 時を同じくして、巨大ロボットアニメの人気も急激に下降線をたどった。

イタダキマン♪どびびぃ~んセレナーデ

 『イタダキマン』の打ち切り話は、なかなか泣けます。ファミコン+塾通い!思い当たるなぁ、たしかに。

 まぁ、タツノコの黄金時代はやっぱり吉田竜夫さんの生きておられた時代かな、と思われてならんのですが、ここ出身の才能というのは多数いたわけで、カリスマ的存在だったらしい竜夫さんが、もし、もう少し長生きをしておられたら、その後のアニメ史もきっと違っていたんじゃないかなぁと思ったりしたのでした。

昔の『ヤッターマン』の微妙な思い出 

[2008/01/17] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 GyaOでアニメばかり見てて、恥ずかしいんですけど。(これでも、一応はね。)いろいろやるもんだから、ついつい見ちゃっています。
 それで、ふっと見たら、『ヤッターマン』をやるって書いてあったから、そう言えばリメイクが地上波でオンエアされるって話だったなと思い出し、そうかネット配信してくれるんなら、これは見なければならないかと(いや、別にそんなことはないんですが、)思っておりましたら。・・・なんだなんだ。これは昔のヤッターマンではないか!(気付くのが遅い! 苦笑)

ヤッターマン DVD-BOX1 ヤッターマン DVD-BOX 2 ヤッターマン DVD-BOX3

 ついつい見てしまいました。「ヤッターマン - Wikipedia」を見ると、平均視聴率で20%超って、すっごい!土曜の6時半の枠でしたよね。私は前作の『タイムボカン』がわりと好きで、そう言えば、そのままずるずると惰性でこの作品も見ていましたね。6時から『コンバトラーV』(途中からは『ボルテスV』)、7時からは『まんが日本昔ばなし』という、そんな流れではなかったかと。

 これ、放映期間2年ちょっと、『ガッチャマン』以上の108話もやってたんですね。GyaOのうたい文句は「超人気国民アニメ」かぁ。第一話なんて見た記憶が全然なくて。“そうか、主人公のガンちゃん(ヤッターマン1号)の家って、おもちゃ屋さんだったんだ、あー、だから“ヤッターワン”はおもちゃっぽいのか”って、ほんと不思議なぐらいです。まあ、その辺の設定は、ほとんどどうでもいいようなストーリーなんだけども。
 1977~79年と言うと、『ヤマト』の劇場版、翌年は『さらば宇宙戦艦ヤマト』、79年は劇場版『銀河鉄道999』って感じで、第一次アニメブームが大爆発してた時期。お子様とはいえ、当然、私もアニメにのぼせ上がっていた時期なんですが。

今度の『ヤッターマン』は、『ヤッターマン』を題材にしたバラエティ番組なんだ。リメイクでもなければ、新訳でもリビルドでもない。最初の『ヤッターマン』は、ロボットアニメ全盛期だから成立した。今は違う。だのに、同じことをしなくちゃならない。だったら、『ヤッターマン』をネタにした、限りなく『ヤッターマン』に近い番組を、アニメという手段でつくるしかない。

550 miles to the Future: ■「傑作」をネタに、別の何かを成功させる■

 廣田恵介さんは、私の見ていない今度のヤッターマンの話をしてるんだけど、これを読んで、(読み違えたわけじゃないけど、)昔の『ヤッターマン』も、そういえば“バラエティ”だったのかなぁと思ったら、変にすっと納得できました。当時で言ったら、そのまま8時になったら伝説のバラエティ番組『8時だよ全員集合!』だったんですよ。
 「ポチっとな」とか、「ブタもおだてりゃ木に登るぅ~♪」とか、友だち同士の会話ではけっこう使っていたけど、あれドリフのギャグとかと似たようなもんだし。そういえば、ドリフのコントも毎度「お約束」のマンネリオチを、「くだらねぇ~」と言いながら、それなりに楽しんでみていたような気もします。

 むにゃむにゃ申しておりますが。(笑)
 たぶんほぼ毎週、2年ほども見ていて言うのもなんですが、当時から、どうも私はこの大人気だった『ヤッターマン』が、あまり得意ではありませんでした。それは私にとっては“アニメブームだったのに”ではなくて、“アニメブームだったからこそ”なんですね。そもそも融通の効かない性格に持ってきて、中坊の青臭さも加味されて、「楽屋オチとか、くだらねぇ~」、「アニメってのは、もっといいもんだよ」とか、イタい生意気をほざいてたんじゃなかったかと。(私の、そのへんの固い頭がもう少しだけ柔軟になるのは、もう数年後、『うる星やつら』ぐらいからではなかったかと思いますが。)

 で、久しぶりに見てみたらどうかと思えば。・・・やっぱりこりゃ、あまり得意ではないなぁ。なんでだ。(笑)
 勧善懲悪・・・のパロディなんでしょうね、これは。思い切りハイテンションで大真面目にパロってるんだけど。“そういうもんだ”とチャンネルを上手に切り替えられない自分がいるなぁ。昔で言ったら『ボルテス』見るでしょ、で、チャンネルを「ガチャガチャ回して」、この『ヤッターマン』でしょ。で、またチャンネルを「ガチャガチャ回して」、なんと『まんが日本昔ばなし』じゃないですか。(説明しよう!昔のテレビのチャンネルは「ガチャガチャ回す」ものだったのだ! 笑)・・・この気分の切り替えが、私は昔っから上手に出来ない子だったんだな!

 これ、制作サイドもどう思いながら作ってたんでしょう。今から思えば失笑ものなんだろうけど、お子様向けにしちゃ、お色気シーンも多いよなぁ。(苦笑)
 備忘録的に書き留めておくと、例によって、「演出:富野喜幸」の回がある(39話)し、あと「演出:押井守」の回もある(55回)から、そこは少なくとも見のがさないようにするとして。毎週2話ずつ更新って言ったって、1年以上続くわけで。これに関しては、ずっと見続けていける自信はないかも。

 もう一つ思うのは、ビジネスのことはよく分かんないけれども、タツノコプロって言うのは過去の遺産を上手く使ってるなぁ(?)ということで。『ガッチャマン』といい、『キャシャーン』といい、無料枠でばんばん流すし。『ヤッターマン』は、いい枠でのリメイクオンエアにこぎつけるし。今さら減価償却(?)でもないんだから、そこからどう、新しいビジネスを生み出すかという点では、高価なDVDボックスを何度も作り直すよりも、地味に需要を生み出して稼いでいるような気がします。
 ただ、今思えば個人的にはかなりタツノコっ子だった70年代も、どうやらこのへんまでで、80年代はサンライズのロボットもの(そういう時代でもあったんでしょうが)に流れて行ってるなぁという感慨もあります。(ひそかにタツノコ系の湖川さんなんかの仕事には、私もサンライズ作品の中で相変わらず親しんでいたということに気付いたのは最近のこと。)

 「メタ」うんにゃらかんにゃら(笑)みたいな言い方が出来る作品って、下世話に言うと“バラエティ”の親戚なんじゃないかと思ったりします。で、バラエティだから駄目だってわけじゃないんだけど、どうも私は昔から、「ベタ」なら「ベタ」、「ネタ」なら「ネタ」、「メタ」なら「メタ」って、チャンネル固定で見るのが好きって言うか、同時にあれもこれも的な見方がニガテだったのかもしれません。そんなことを(それでも懐かしい)『ヤッターマン』を見ながら思ったのでありました。

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