「松本零士ブーム」から「機動戦士ガンダムの時代」へ
[2009/11/06] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(0) | TOP ▲
PSB1981さんとの対話からはじまった、この記事の続きです。私のほうの発言を書くとか言いながら、あまりそうなってないですし。(笑)
松本零士ブームって何だったのか。私だってリアル中坊だった時代のことです。前の記事で引いたようなアニメ様のように冷静な視点はないんですが、当時のぬるーいアニメファンのレベルでの実感で言うと、アニメの情報も知識もほとんどない中で、「アニメの作者」=「原作マンガの作者」というありがちな勘違いが基本的にはありました。それが第一点。
あと、『宇宙戦艦ヤマト』の続編商法が余りにお粗末で、ビジネス的なやり口のあからさまだった西崎義展プロデューサーへの反発が、ヤマト以後のアニメファンのやり場のない気持ちを、松本零士への追い風にしていたということもあったかもしれません。
私はヤマト以前から、松本零士の「戦場まんがシリーズ」が大好きな子どもでした。彼の描くメカは(「アルカディア号」をはじめ)とにかくカッコよかったんです。
ですが、本業であるはずのまんがのほうで、読み切り短編はともかく長編シリーズは、どの作品も中途半端に完結しないのを見ていくにつれ、「・・・?」という気持ちが生じてきたことを実によく覚えています。今の人には笑われるでしょうが、アニメというのは漫画家が実際作ってるわけじゃないらしいよということを知るのは、もう少し後になってからのこと。
旅立ちは描けても帰途のビジョンがない。999があんなに長旅だったのも頷けます。できることなら永遠に旅を続けていたかったはずです。あれは、覚めぬ夢の話です。いつまでも覚めぬ夢にたゆとうていたい、そのための揺りかごの話なんです。成長譚じゃないんですよ。あれはむしろ、ドラえもんやサザエさんの延長線にある。
これはバルタザールさんからいただいた言葉ですが、全く同感です。「遠く時の環が接するところ」って殺し文句で、どこまでも無限にループしちゃう。(笑)
松本零士という人は、今だったら世界観を作るコンセプターとか、そんな感じでしょうか。もっともそれも、同じパターンの繰り返しばかりではあるんですが、(愛憎入り混じった言い方ですけど)たしかに癖になりそうな、変な味のある作家ではありました。
ところで、当時のことを振り返って言うのに、オッサンたる私は“「底辺」にいたぬるーいアニメファン”というようにしか自分の立場を説明できないのですが、それは若いPSB1981さんに言わせると、「底辺も何も、全部『消費者』として、ひと括りでいいのでは?」とひっかかるそうなんですね。
まあ当時はクリエイターに近いファンも多かったでしょうし、ファンも知識を競うようなところがあったので、ヒエラルキーがあったのかもしれないですが、「底辺」という響きには、単なる消費行為の中に、抵抗の物語を呼び込もうとしているようなニュアンスがあって、そこが不思議な感じがします。
もっとも、アニメ新世紀宣言とか見ると、そういう(抵抗の)物語(フィクション)としてアニメブームがあったんだなぁ、と思わせられますが。
・・・とのご指摘でほとんど間違いはないのですが。よく考えてみれば、「抵抗の物語」というものはたしかにありました。いや、あったような気がするというべきか。
そこに物語はあったんだけど、それが(仕組まれた)フィクションに乗せられただけだったのか、敗北戦だったのかというあたりの話になるんでしょうかねぇ。w
むかしむかし、「松本零士ブーム」というのがありました
[2009/11/02] | 随想系 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲
某所でPSB1981さんとちょっと面白い対話があったので、ブログに転載しようかなーと思っていたら、思いは同じだったようなので、応答するような感じで私のほうのパートの発言を書いておきます。(すぐに書くつもりがだらだら長くなってタイミングを逸してしまい申し訳ない。)
PSB1981さんは私よりずっと若いんですけど、
「子供のころ銀河鉄道999が嫌だったなー」
「メーテル嫌い、っていうか怖いんだよ。。」
・・・ってつぶやいておられたんで、
「テレビ版はそうでしたね。あれ、映画版と違って鉄郎が子どもだからそう感じたのかなぁ。」
・・・と合いの手を入れたら、
「映画版は鉄郎子供じゃないんですか?」
・・・というリアクション。(!)
劇場版『銀河鉄道999』というのは、(例えば宮崎アニメなんかと同じぐらいのレベルで)わりと誰でも見たことのあるタイトルだと思っていたので、すでに歴史のかなたに去っていっていることにびっくり。(まさに「さらば、少年の日よ。」)
それで「あの松本零士ブームってのは何だったのか、誰か目の覚めるような解説を書いてくれないかなー」と私がぼやいたところ、PSB1981さんがリンク先の記事のようなことを書いてくださったというような流れです。
明らかに高度消費社会を前提にしなければ成立しえない当時のサブカルの中で描かれる、世の中(高度消費社会)に敗れ去る(ことを選択する)男の美学(スノビズム)と、それを消費する(プレ)オタクみたいな。
>消費社会への敗北
この辺りの感覚は、村上春樹の初期作品を読むと(頭で)理解できます。ねじれ、というのは、そんな村上作品が、80年代においてスタイリッシュなオシャレ小説(プチインテリや都会人の自意識の受け皿)として消費されていったという点ですね。
世の中に取り残され、敗北してゆくジョーや松本マンガの中の男(の美学)が、女子供のメディアであるマンガやアニメに乗っかって、高度消費社会到来後にブームを巻き起こした、というのも同じだと思います。
もう少し前段のところでこういうお話もあって、それで宇野常寛さんなら「安全に痛い」と表現するだろうと言われたのに、ひどく納得が行ってしまって。とぼけた感想なんですが、「エヴァンゲリオン的な読み方」ですね、と思わず言っちゃいました。
これは文句でもなんでもなくて、長い間、「あれは一体なんだったんだろう?」と思ってきたことが、こういう読み方で「なるほど」と思えるのだから、なるほどエヴァンゲリオンはアニメの批評を進歩させたんでしょうねー。
『ブレンパワード』 ゆるゆる再見 第1話 深海を発して
[2009/10/27] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲
ごく短い感想になると思うけど、書き留めておいてみます。
いろいろ書かなきゃいけないことはたまってるんですが、そういうのすっ飛ばして『ブレンパワード』の感想を何故か書きたくなっちゃったのね。だから仕方がないのです。
久しぶりにあのオープニング見ると、やっぱ、ぶっ飛びます。これはすごい(笑)。
第1話の時点では、ここに出てくる女性の群像のかなりが未登場だし。一体何が始まるんだろうかと思ったに違いない。
でも「きれい」だと思うんですよ。筋肉質だったりふくよかだったり、いろんなタイプの女性群像。(女の人はどんな感想を持つんだろう?私はエロスを感じるけど、いやらしくはないと思うんですよね。)
クドクドした説明をすっ飛ばして、いきなり火山が火を噴いてる状況。なんか『海のトリトン』を思い出してしまいました。街も壊れまくり。プレート、アンチボディ、Bプレート、オルファン。飛び出してくる謎、謎、謎・・・。作画も快調とは言いがたいかな。
「そして一年後」とかテロップで出てくるのなんて、かなり駄目(笑)。
しかし何だろう、このぞくぞくとした感じ。「何かが起こった」と思ったところで第1話はもうエンディング。アラーキーの写真をバックに『愛の輪郭』が流れてくると、鳥肌が立ちます。
日帰り京都出張(三十三間堂を拝観しました)
[2009/10/23] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲
今日は日帰りで京都へ出張でした。上司と一緒だったので、読書なし。超真面目な方なので、居眠りもなし。もちろんビールもなし。記念写真の一枚もなし(ごめんなさい)。うーん、緊張したなー。(笑)
京都は二年ぶりぐらいでしょうか。何度見ても、あの駅ビルは「スゲーッ!」って思います。そういえば平成ガメラでぶっ壊されてましたねー。
そういえば、そういうシーズンでありました。修学旅行の子どもたちがそこいらじゅうにわらわらと。ちょっとびっくりしたんですが、小学生の修学旅行って、最近はタクシー使ったりするんですね。「○○小学校○○班」とか札がついたタクシーがあちこち走り回ってました。助手席に二人、後部座席に四人とか乗ってる風景はちょっと異様。でも道が狭い街ですから、合理的なのかも。
用事が終わって、少し時間があったので、河井寛次郎記念館と三十三間堂を見てきました。
河井寛次郎記念館は少し奥まったところにあって、ごくこじんまりとした入り口。外から見たら「やってるの?」って思うような感じでしたけど、入ってみたらけっこうお客さんはたくさんいて、さすが観光地だなーと。(入館料は900円でした。)民芸運動の人だけあって、それ風の素朴な味わいがあるけど、でもすごく凝った建物。かなり大きな登り窯が保存されていました。今じゃあ周りにも民家がびっしりなんだけど、昔は違ったんですかねぇ。
非常にユニークな彫刻があちこちに置かれていて、特に説明もなかったので、あれも河井寛次郎の作品なんだろうか?焼き物しか知らなかったので、ちょっと意外な感じがしました。
「撮影希望の方は受付に申し出てください」と書いてあったんだけど、写メでパシャパシャ撮ってる人がけっこういました。あれはどうなんだろ?一方では、すごくのんびりとした時間をゆったりと過ごしている感じのお客さんもいて、私のほうは時間があまりなかったので、ちょっとうらやましかったです。
三十三間堂に行ったのは高校生のとき以来かなぁ。入り口なんかが観光客をさばき易いように整備されていたのは、まあ悪くはないんですが、拝観している間にどうも違和感があって。
ずっと昔に見せていただいたときには、表側には千手観音、帰りに見る裏側(「通し矢」をやるほうの側)に、背中合わせのように二十八部衆(っていうんでしたっけ?)が置かれていたと思うんですよ。それが千手観音様の前にずらっと二十八部衆が置かれていて。
まあ二十八部衆のほうも国宝だし。素晴らしいものでしたし、こちらは鎌倉時代の作品なので、観音様の「静」に対して動感豊かで対比も面白かったんですけど。やっぱり観音様の様式美はそれとして、単独で見たかった気がして、両方詰め合わせで見せられても、何だか違うかなーっと。
杉井ギサブロー『あらしのよるに』 ― 「友愛」は最も厳しい選択(だから尊い)
[2009/10/16] | 感想系 | トラックバック(1) | コメント(1) | TOP ▲
毎度今さらながら、杉井ギサブロー監督の『あらしのよるに』(2005年)を観ました。正直、「少し癒されたい」ぐらいの気持ちで借りてきたんですが、思いがけず、これは泣いてしまいました・・・。
シンプルな「寓話」の力ということについても考えさせられたのですが、しかし、こうも「やられた!」というところが何回も来てしまっては、ただ素直に「まいった!」と言うしかありません。(今回の記事は、twitterでkaito2198さんとお話した内容をサルベージしてきてリライトしてみています。)
ある嵐の夜、1匹のヤギ(メイ)が、山小屋に避難してきた。同様に1匹のオオカミ(ガブ)も同じ山小屋に避難してきた。真っ暗な闇の中、かぜ気味で鼻の利かない2匹は、互いの正体を知らない(勘違いした)まま夜通し語り合い、意気投合する。そして「あらしのよるに」を合い言葉に、翌日再び会う約束をする。
翌日、2匹は互いの意外な正体を知ることになるが、喰う者(オオカミ)と喰われる者(ヤギ)の関係を超えて、2匹は「ひみつのともだち」となる。しかしそれは、互いの種族にとって、決して許すことのできない禁断の友情であった。
kaito2198さんは、富野監督が「杉井さんのアニメに対する感性の繊細さはひょっとしたら宮崎監督以上かもしれない」とおっしゃっていたと紹介してくださいました。
宮崎監督のアニメの気持ちよさをスポーツカーの疾走感に喩えるとしたら、杉井ギサブロー監督のそれは高級車の心地よさではないでしょうか。「もの凄いアニメだぞー」という加速感も振り回され感もないのですが、気がつけば、とても滑らかに物語の空間へと誘われている。恥ずかしながら、ぱっと見では、どこが凄いのか分からないのが凄いですねー。(kaitoさんは杉井監督の「画面で感情を揺らす」力が凄いとおっしゃっていました。そう、まさにアニメならではの演出の力なんですよね。)
とても素晴らしい作品だという点では、kaitoさんと感じ方は一致したんですが、なぜか見解が分かれてしまったのは、「メイは素直に女の子だったらよかったのに」というご意見。
『あらしのよるに』の原作の絵本では、ヤギのメイ君の性別は曖昧らしいのですが、杉井ギサブロー監督はアニメ化にあたって「男の子」と解釈しています。そのことで、寓話としての普遍性を深いものにしていると私は思ったのですよ。



