やっと見てきました 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』 ええっと・・・? 

感想系 | トラックバック(0) | コメント(3) | TOP ▲

 やっと休みがもらえたので、相変わらず祭りに乗り遅れ気味だけど、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を見てくることが出来ました。これでネットにあふれるネタバレ感想をいちいち回避しなくても済むというもの。
 ・・・ではあるのだけど。

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序 通常版 [DVD]

 困ったもんだな。正直に言うと、よく分かんなかったです。なんだろ?情報量多すぎ?前から4列目で見たのがよくなかった?
 肩が凝りました。あと、「長いなー」と途中で感じました。ストーリーに上手く乗れなかった。そんな感じでした。
 私は旧作の『新世紀エヴァンゲリオン』にもそれほどハマらなかったので、昔のストーリーも何となく覚えている程度。今度の『破』には、旧作には出てこなかった新キャラクターが出るらしいよ、という程度しか、情報の事前収集もしてなかったし。
 新劇場版第1作の『序』も1回しか見てなかったので、繋がり具合も分かんなくって、ありゃりゃりゃりゃってな感じです。私はどっちかというと「先入観なしで見るべきもんだろう」という考え方のほうなんですが、この作品は予習復習を欠かさない立派なヲタクの方々向け?(それにしては、平日の昼間の回だったけど、普通っぽいお客さんがけっこうたくさん入ってました。)

 出だしから新キャラ登場だし。ほとんど新作だし。微妙に旧作とシンクロする部分があるのがよけいに紛らわしくて、今ここでストーリーを思い出すのでも一苦労。なので以下、あんまりネタバレ感想にはならないはずなんだけど。(笑)
 マリっていうんでしたっけ、あの子。のっけから「♪しあわせはー歩いてこーない だーから進んでいくんだよー 一日一歩みぃっかで三歩 三歩進んで二歩下がるぅー」とか歌ってましたねー。なんじゃなんじゃなんじゃってな感じでした。あれも大変分かりやすく象徴的な意味なんだろうとは思いますけど。

 こうやって書いてると少しずつは復習できますね。そういえば、音楽(っていうか選曲)がすごかった。童謡みたいなやつ。(なんだっけ?)昔は引用してくるのはクラシックとかで気取ってたのにね。なんとなく挑戦的な感じ。(とぼふさんが何気に劇中歌の紹介をしてくれてた。感謝感謝。)

 前作ヒロインのアスカはかわいそうでしたねー。これも熱心なファンへの挑戦的な感じかなぁ。エヴァのファンは庵野監督に振り回されるのが好きなんだよなぁー、きっと。(エヴァのファンの人には悪いけど、やっぱり自分はエヴァのファンじゃないっぽいなぁ。)
 綾波といいアスカといい、女の子っぽくラブラブな感じ(ミサトもか)がアップしてましたけど、アスカはその分、よけいにかわいそうかな。レイはお人形さんっぽくなくなった。アスカは男勝りの活躍ぶりが減っちゃった。・・・旧作との比較でばかり見てしまう。何でだろう?旧作にそれほど愛着があったわけでもないのに。

 思い出したことをランダムに書いていくと、細かいところではケータイの着信音とか、特撮オタ大喜びなんだろうなとか、なんとなく「それ」と分かる程度の私は思いながら見てました。でもこういうのって、観客が物語に入りこんでいくのには関係ない、むしろノイズですよね。
 前のテレビ版のエヴァなんかでも前半は全力でオタク受けする作品だったのが、最後でひっくり返されたんだけど、みんなそういうの忘れてるんだろうか?そういえばラストで「今度こそ」ってカヲル君が言ってたな。やっぱり今回のは「二周目」のエヴァってことなんだろうか。
 富野監督の新訳『Zガンダム』がエヴァの新劇場版にきっかけを与えてるんだろうと思いますけど、「(また?)悪いところを拡大して真似するのはやめて欲しいな」みたいな言葉が、漠然と頭をよぎります。
 前作を下敷きにしているのが前提で、それとの差異が重要だというやり方は、あまり胸を張ってやるもんではないんじゃないかと。やむにやまれぬ思いに衝き動かされて後ろめたく思いながらすることなんじゃないかと。上手くは言えませんが。

 そういえば、なんとサードインパクトが起こりかけてるところへカヲル君の乱入で、これはもう一気に「破」というか、旧作とはかけ離れたところへ進もうとしてるみたいです。(シンジの聞いているウォークマンみたいなののトラックが進んだっていうのも分かりやすい表現でしたね。)
 しかしあれ?何でサードインパクト寸前になっちゃったんだっけ?あ、そうか。シンジがすっげぇ気合で頑張ったからか。いきなりすっごい綾波LOVEになってたなぁ。綾波が自分の替わりはいっぱいいるからっていうのを思いっきり否定してた。熱血ぅー。(笑)
 劇中ここまででシンジがそんなに綾波好きだったとは見えてなかったけど、今回の綾波はたしかにいじらしかった。最初のほう(アスカがミサトの家に同居し始めたあたりだったかな)で、シンジたちは賑やかにやってるのに、綾波が一人の部屋で孤独してる短いインサートが妙に印象に残ったです。

続きを読む

[2009/07/03 21:28] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(3)
この記事のはてブ はてブの数 livedoorクリップ クリップ数 Webスカウター情報 

[tag] エヴァンゲリオン fc2ファビコン

TOP ▲

『機動戦士Zガンダム』 第45話「天から来るもの」/第46話「シロッコ立つ」 

感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

第45話 天から来るもの

  • レコアにサラの救出を命じて、あとはアクシズ・エゥーゴとティターンズの潰し合い(文字通り)を高みの見物としゃれ込むシロッコ
  • カミーユ→カツ「まわりの状況をもっとよく見つめるんだ」「戦いに集中できなければ、死ぬのはお前なんだぞ」・・・へぇー。カミーユにそう言わせるんだなぁ。
  • 火事場のゼダンの門。だけどロザミアの隊(ニュータイプ部隊)には待機を命じるバスク。何で?(単に信用がないから?逆に戦力の温存?)
  • レコアとファ。「今のあたしは女として、とても充足しているの。安定しているのよ。」そうは見えねぇ・・・。「世の中には、男と女しかいない」と思いすぎるのは、恋愛至上主義という「主義者」なんじゃないだろうか。
  • サラとカツ。「やめてくれサラ。会いたいんだ、会って話がしたいんだよ。」「たとえそう思っていても、それをいうのは男じゃないわ。だからあなたのこと全部好きになれないの!」ひでぇ。見ちゃらんねぇ。すげぇ(笑)。
  • 「これが戦争だろうが!」普通の戦場ならジェリドの捉え方のほうがまともなんだろうけど、ここではすでにそうは見えない。
  • ゼダンの門に激突する寸前のアクシズから発進する艦隊を確認して、はじめてアクシズの戦力の大きさを認識するブライト。ここまで隠し玉を見せなかったハマーンさまはさすがって感じ?
  • ファとエマ。「あたし、女ってああなんじゃないかって思ったりするんです。」「そんなことないわよ。」レコアとエマの対比は、ファの存在によって活きているなぁ。
続きを読む

[2009/07/01 00:15] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1)
この記事のはてブ はてブの数 livedoorクリップ クリップ数 Webスカウター情報 

[tag] Zガンダム fc2ファビコン

TOP ▲

『機動戦士Zガンダム』 第43話「ハマーンの嘲笑」/第44話「ゼダンの門」 

感想系 | トラックバック(0) | コメント(1) | TOP ▲

 のっけから余談。3月ぐらいからずっとハードワークが続いていて、まったく体調がすぐれません。今日も微熱アリ(笑)。
 まあ実働的に残業や休日出勤が続くのもそうなんですが、プロジェクトが動き出してから社の方針が変わった結果としてフォローなし、当然成績は悪い。梯子をはずされたけど、責任は云々されるのか・・・的なストレスが強烈です。同僚はメンヘルでダウン。それはまあいい(よくないけど)。取引先の担当者も明らかにメンヘル状態なのに、キツイ責任を負わされ続けていて、・・・。
 でもたぶん、こんな状況も私の周りだけの不幸ではなくて、今のこの国のあらゆる組織の中で日常にありふれている風景なのだろうなぁと。

 そんな感じで(ぇ?)・・・、あと一息がなかなか先に進まない、テレビ版の『Zガンダム』再見です。前回からだいぶ間が開いてしまったので、『水の星へ愛を込めて』も久しぶりに聴くと胸にしみるなぁーって感じですが。1985年の作品なんですよね、これ。いや本当に?w

第43話「ハマーンの嘲笑」

  • ロザミアの件でカミーユもぴりぴりしてるところへウザいキャラNo.1のカツが来たぁー。w
  • グラナダを狙うコロニーレーザーが戦況としては本筋(やっとそこへ物語が来た)。で、背に腹はかえられないエゥーゴはハマーンのアクシズに協力を頼むしかない。(スポンサーには弱い・・・。)
  • そこで「ハマーンのアクシズはエゥーゴの敵なんですよ!」と青臭い嫌悪感をぶちまけるのが、カツ君の役回り。そこに何故かファ・ユイリィも賛同。「ファだけは子どもの顔をしているな」ってカミーユも前には言っていましたね。若さゆえの潔癖症?
  • カミーユだってアクシズは厭なんだけど、グワダンへの使者に立つのは、動いてるほうが気持ちが楽って感じでしょうか。ハマーンは「シャア・アズナブルめ、こういう出方をするとはな」と。組織の動きの中で、個人的な情のほうが前に出ている?
  • あえてキュベレイでアーガマへ行くのは戦力の誇示?そしてキュベレイの存在を知っているシャア。アクシズとの因縁を感じさせる、上手い芝居の立て方ですね。
  • 昔の女に頭を下げる屈辱に耐えるシャア。今回ラストでも駄目を押してますけど、それを察してあげてしまうのが、またしてもカミーユというところがつらすぎますよ。この子は感じすぎる。
  • アーガマとラーディッシュの2艦だけでの陽動は、戦力差から言って捨て身の作戦らしいです。で、手持ちの戦力は全部出したいところだけど、クワトロには出撃させないブライトさん。カツとかファとかは数合わせにしかならないにしたって、百式は大きいだろうに。何ですかね?(口には出さないが、屈辱に耐えているシャアを思いやってるのはブライトも同じか?)
  • 最初のうちはパイロット適性ゼロの描写をされ続けてたファだけど、このごろではニュータイプっぽくカミーユの苦境を察したりしますね。ブライトさんもそのへんを見ていてパイロットからはずさないのかな?いい上司だ、ふむ。
続きを読む

[2009/06/22 22:06] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(1)
この記事のはてブ はてブの数 livedoorクリップ クリップ数 Webスカウター情報 

[tag] Zガンダム fc2ファビコン

TOP ▲

小説 『リーンの翼』について、もう少し書きたいこと 

雑記 | トラックバック(0) | コメント(2) | TOP ▲

 富野由悠季の小説『リーンの翼』の感想を書いたところですが、少し辛らつじゃないかというリアクションもいただいておりまして、そうなのかなぁと。

 今日における富野由悠季作品偏愛に至るまでの、超個人史的なことを言うと、今現在、感想に手こずっているテレビ版の『Zガンダム』のリアルタイムの時点で、私は富野離れを一度体験しているというのが実はあるんですね。それで無意識にしても同時期の作品である小説『リーンの翼』については、どうも同じような抵抗感があったんじゃないかと。

 つまり「個人的な感情を吐き出すことが、事態を突破するうえで一番重要なことではないか」という思いは理解できるにしても、それに共感できるのかどうか、それを普遍的に価値あるものとして認めるのかどうかということですね。(バカな話ですが、当時の富野監督と同じような年齢に今の自分がいるのでよけいにそう思います。)

 ご都合主義というのは悪い言い方ですが、都合というものは絶対にある。誰しも世の中にあふれる都合の中で、折り合いをつけながら生きているんですよね。これの否定はナンセンスです。
 ただ物語の中の都合にも、いろいろな種類があって、物語の外的要因(スポンサーその他含め)もあるし、内的要因の中には、物語それ自身が要請してくる都合と、作者の個人的な都合もあるんじゃないかと。

 これは主観的な印象ですが、小説『リーンの翼』の中でばたばたと死んでいったキャラクターたちは、必ずしも物語それ自身の都合によって死を与えられたものではなかったような気がしてなりませんでした。その死(あるいはその生きざま)が、物語の中で適切に意味を持つ(物語表現の一角を正当に占める)ことができないと、どんな端役であれキャラクターの生は空しいと感じるのです。

 本来、富野由悠季という演出家は、こうした物語の「本線の情」を一貫させる(物語の世界に生命を吹き込む)ことに卓越した才能を持っていると思います。『リーンの翼』におけるこれはテクニカルな問題というよりも、「自分独自のもの」で作品を充たそうとする“作者の都合”だったんじゃないかと私は感じてしまったのです。

 以上は一見ネガティヴ一辺倒で辛らつな評価に見えるかもしれませんが、私にとってはそうした地点から、「あるかも知れぬ事なれば、あるかも知れぬとして聴くのだぞ!」(『ファウ・ファウ物語」)という形で、自意識の井戸を掘るばかりではない物語(ファンタジー)の意味を再構築しはじめた富野由悠季という個性に惚れ直したという経緯があるんですよ。
 なればこその『新訳Z』でありOVA『リーンの翼』ということです。(この両作品については、「なればこそ」が多少の問題かもしれませんが。)

 ちょうど小説『リーンの翼』と対にして語るべきアニメ『聖戦士ダンバイン』について、半径1クリック圏内で話題になっていたりもするんですが、『ダンバイン』はそんな意味ではとってもアンヴィバレントだと思うし、どうもうまく言葉が出てこないので、そこはまた今度ってことで。

 もうひとつ、『リーンの翼』巻末のあとがきにあたる「オーラ・ロードへの遥かな道」はツッコミビリティ満載で思い切り書き殴りたい思いもあるのですが、富野監督にとって克服してきた過去のことを書いてみても世間の誤解を招くだけで意味がないのかもしれないと、ちょっとためらっています。

 それと、読後感想で気になっていることのもうひとつは、作品についてのネタバレ度が高いので、「続きを読む」のあとで。

 以下ネタバレ注意!

続きを読む

[2009/06/16 19:23] | 雑記 | トラックバック(0) | コメント(2)
この記事のはてブ はてブの数 livedoorクリップ クリップ数 Webスカウター情報 

[tag] リーンの翼 fc2ファビコン 読書 fc2ファビコン

TOP ▲

小説 『リーンの翼』 (富野由悠季) 個人的な感情を吐き出すことが・・・ 

感想系 | トラックバック(0) | コメント(4) | TOP ▲

 ちょっと失敗して3巻だけ未入手で未読なんですが、いちおう6巻まで読み終わったので、感想をメモしておきます。(別のところにラフスケッチを書きましたが、もう少しだけまとめられないかな、と。)

 相変わらずだらだらと長くばかりなるので、ポイントを先に書いておいてみます。

  1. 小説『リーンの翼』の執筆時期は1983〜1985年。アニメでは『聖戦士ダンバイン』、『重戦機エルガイム』、『機動戦士Zガンダム』の製作時期。アニメ『ダンバイン』と小説『リーンの翼』の物語はほぼ並行して書き始められ、バイストン・ウェルの世界観を創った。
  2. この小説の主人公・迫水真次郎は太平洋戦争末期に特攻兵器“桜花”のパイロットだった軍人。現代っ子が異世界へトリップするのではなく、過去から来た主人公。主人公が戦争中の日本の状況についてあれこれと反芻する描写が作中で非常に多く、そして長い。
  3. 『リーンの翼』は富野監督にとって、はじめて(アニメのノベライズではない)オリジナルの小説を書く機会となった作品。
リーンの翼―バイストン・ウェル物語より〈1〉 (角川文庫) リーンの翼―バイストン・ウェル物語より〈2〉 (角川文庫) リーンの翼―バイストン・ウェル物語より〈3〉 (角川文庫) リーンの翼―バイストン・ウェル物語より〈4〉 (角川文庫) リーンの翼―バイストン・ウェル物語より〈5〉 (角川文庫) リーンの翼―バイストン・ウェル物語より〈6〉 (角川文庫)

『彼は、個人的な感情を吐き出すことが、事態を突破するうえで一番重要なことではないかと感じたのだ』

 小説『リーンの翼』の感想の話をするのに、何故いきなりアニメ『Zガンダム』テレビ版でのクワトロ大尉のセリフかというと、この小説は『野性時代』(角川書店)1983年3月号〜1985年12月号に連載(全34回)されたものであり、この時期がアニメ監督としての富野由悠季にとっては、『聖戦士ダンバイン』、『重戦機エルガイム』、『機動戦士Zガンダム』の製作時期に当たるということは、これは見ておくべきだろうということです。

”バイストン・ウェルの物語を覚えている物は幸せである” このキーワードで始めた物語のはずが、 僕自身の不幸さを実体験するようになろうとは思わなかった。 僕は、その記憶を持っていないのに気づいて、なんと不幸な人なのだろうとカンカクするからだ。

(「リーンの翼1」より)

 『ダンバイン』とこの小説が並行して書き進められたということを、私はあまり意識していなかったのですが、なるほどバイストン・ウェルという架空の物語空間は、アニメと小説の双方で創り出されたものなんですね。私は『ファウ・ファウ物語』や『オーラバトラー戦記』、『ガーゼィの翼』のほうを先に読んでしまって、バイストン・ウェルものの中では、この『リーンの翼』を読むのが最後になってしまいました。

 しかし、それにしては作者の筆は、自ら創造した異世界バイストン・ウェルを描写することに、それほど嬉々として走ってはいないなぁという印象でした。「僕は、その記憶を持っていない」っていうのはそういうことじゃないかと。
 その代わりに。他のバイストン・ウェルものにはない、この作品の特色は、主人公の迫水真次郎が太平洋戦争末期に特攻兵器“桜花”のパイロットだった軍人で、つまり現代っ子が異世界へトリップするのではなく、過去から来た主人公だというところだと思います。

迫水真次郎はどこから来た男なのか

 物語の素直な読みではなくて、斜から執筆の舞台裏をのぞき見るようなことばかり考えてしまって恐縮ですが、何しろ物語の流れをしばしば遮ってまで、迫水が戦争中の日本の状況についてあれこれと反芻する描写は作中で非常に多く、そして長いです。この違和感はどうにかすっきりしたい。

 はじめに思ったのは、富野監督は戦争を知っている世代だからなぁ・・・ということですが、しかし1941年生まれの御大には、幼時に防空壕に逃げ込んだ記憶ぐらいはあっても、さすがに迫水のような記憶を持っているはずはないですよね。
 だとすれば、たぶん迫水は、監督が小学生ぐらいのときに夢中で読んだ戦記ものとか、そういう世界から来た男なんじゃないでしょうか。ただ富野監督のことだから、そんな頃からそれらの物語には飽き足りぬものがあって、やがて中学生ぐらいになると自分で小説もどきを書き始めてしまったり・・・。

 『ガンダム』、『イデオン』と小説は書いたものの、アニメの(それも“ロボットもの”の)ノベライズであることに忸怩たる思いを持っていた富野監督にとって、はじめてオリジナルの小説を書く機会となった、この『リーンの翼』を書くにあたって、少年の頃から持っていた物語のイメージをここに投影したいと考えたことは容易に想像されます。

 そして、もうひとつには、あえて言えば「露悪趣味」とでも名づけるしかない、自分の趣味嗜好の濃厚な表出。(逆さ吊りとか、ねぇ・・・。w)
 これもあわせて考え出すと、アニメ『ダンバイン』ではやれない大人のストーリーをやりたかったというのは分かる。分かるんだけど、オリジナルの小説であるのを免罪符にして、「自分独自のもの」を入れ込むことに執心しちゃっている面があるのではないか。そういう疑念がわきます。今回は「ロボット」を出さないというのはそんなに大事なのか、何でそれがそんなに嬉しいのか、などとも。

続きを読む

[2009/06/15 01:25] | 感想系 | トラックバック(0) | コメント(4)
この記事のはてブ はてブの数 livedoorクリップ クリップ数 Webスカウター情報 

[tag] 富野由悠季 fc2ファビコン リーンの翼 fc2ファビコン 読書 fc2ファビコン Zガンダム fc2ファビコン

TOP ▲